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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第122話 噛み合わない班

 行軍訓練当日の朝、王都近郊の森の入口には一年生たちがずらりと並んでいた。


 秋の朝らしい、少し張った空気。

 冷たいというほどではないが、立ち止まっていると肩が引き締まる。


 森の手前には、班ごとにまとめられた荷と支給品。

 地図、携行食、水袋、火起こし道具、簡易の天幕布。


 教師たちが最後の確認をしている間も、あちこちから声が上がっていた。


「本当に森で一泊するのか」

「迷ったらどうするんだ」

「いや、ちょっと楽しみだな」


 緊張している者もいる。

 だが、それ以上に、行事そのものへの高揚の方が強かった。


 少し離れた場所には、セレナ、ヴィクトル、ガイル、ナディア、エドガーの姿も見える。

 いつもの六人は、当然ながら全員別班だ。


 視線が合う。


 ヴィクトルは肩をすくめて笑い、

 ガイルは短く頷き、

 セレナは「変な負け方はしないでよ」とでも言いたげに目を細めた。

 ナディアは柔らかく微笑み、

 エドガーは相変わらず静かな顔でこちらを見ている。


 言葉はなくても、それで十分だった。


 教師が前へ出た。


「これより行軍訓練を開始する。確認地点は三つ。今夜は森の中で野営し、明日日没前までにゴールへ到着しろ。繰り返すが、これは自分一人が着けばよい訓練ではない。班で動き、班で着け」


 その言葉のあと、班ごとに時間をずらして送り出されていく。


 やがて、俺たちの番が来た。


「行こう」


 そう声をかけて、俺は班の三人を見た。


 カイル・フェルド。

 マルク・ベネット。

 エミル・ロスタ。


 簡単な顔合わせは済ませているが、まだ空気は固い。

 それでもこの時点では、どこにでもある即席の班にしか見えなかった。


 ◇


 森へ入ってしばらくは、道もまだ広かった。


 踏み固められた土。

 目印の杭。

 たまに分岐する獣道。


 最初のうちは、ただ歩くだけなら難しくない。


 難しくないはずなのに、班の空気は最初から少しずつずれていた。


「最初の分岐は右だと思う」

 俺が地図を見て言う。


 すると、エミルがすぐに反応する。

「左の方が近く見えるけど」


「左は沢に寄る。距離が短くても足場が悪いと結局遅れる」


「でも、試してみる価値はあるかもしれないだろ」


 まっすぐな反論だった。

 意地悪というより、単純に自分の考えを強く出すタイプらしい。


 マルクは地図と俺の顔を何度も見比べている。

 何か言いたげだが、口を開けずにいる。


 そしてカイルが、少しだけ遅れて言った。


「まあ、左を選びたくなる気持ちはわかるな」


 それ自体は、別におかしくない。


 でも、妙に引っかかった。

 正面から反対するわけでもなく、空気だけ少し揺らす感じがある。


「右で行こう」

 俺はそう結論を出した。

「最初から不確定な方へ寄る意味は薄い」


 エミルは面白くなさそうな顔をしたが、ついてきた。


 その後も似たような小さなずれが続いた。


 歩く速さ。

 休憩を挟む間。

 荷物をどう持つか。

 水をどのくらい飲むか。


 どれも、ひとつひとつは大したことではない。

 でも、全部が少しずつ噛み合わない。


 エミルはすぐ反発する。

 マルクは遠慮して必要なことも言わない。

 カイルは表面上は穏やかだが、時々、なぜか話がまとまりにくい方へ言葉を置く。


 嫌な感じだった。


 そして嫌な感じというのは、大抵、歩き方に出る。


 四人の足音が揃わない。

 呼吸の切れ目がずれる。

 班として進んでいるというより、四人が同じ方向へ歩いているだけの集まりになっていく。


 ◇


 最初の確認地点に着いた時、他の班がすでにいくつか先に来ていた。


 教師から印を受け、少しだけ休む。


 木陰に腰を下ろしたところで、エミルがぼそりと言った。


「やっぱり、最初の分岐は左でよかったんじゃないか」


 その口調には、半分以上、結果論の響きがあった。


「そうとも限らない」

 俺は短く返した。

「左を選んでいたら、別のところで時間を使った可能性もある」


「でも今、遅れてるのは事実だろ」


 その言い方に、マルクがぴくりと肩を震わせた。


「ぼ、僕、もう少し早く歩いた方がよかったかな……」


「そういう意味じゃないよ」

 俺が言う前に、エミルが強めに返す。

「なんでそうなるんだよ」


 マルクが黙る。


 カイルは水袋を持ち上げながら、ゆるく口を開いた。


「まだ一日目だし、焦ることもないだろ。どうせ夜営までには着くんだから」


 正しいようでいて、これもまた嫌な方向へ働く言葉だった。

 焦りを抑えているようで、まとまりも作らない。


 俺はそこで小さく息を吐いた。


 なんだ、この感じ。


 前にも知っている。


 誰かが大きく間違っているわけじゃない。

 でも全員が少しずつ違う方向を向いていて、班として前へ進む力だけが削られていく空気。


 ◇


 確認地点を出たあとも、流れは良くならなかった。


 沢を越える時、マルクが足を滑らせかける。

 俺がすぐ手を伸ばして支えたが、そこで列が止まる。


「す、すみません……」


「大丈夫」


 そう言って立て直そうとしたところで、エミルが低く言った。


「だから止まるんだよ」


 責めるつもりだったのか、ただ出た言葉だったのかはわからない。

 だが、言われた方には十分刺さる。


 マルクは目に見えて縮こまった。


 カイルがそこへ入る。


「言い方がきついと余計に動けなくなる」


 止めているようでいて、また空気だけが散る。


 嫌になるほど噛み合わない。


 昼を過ぎた頃には、さすがに俺も気持ちが沈み始めていた。


 正しいと思うことを言っても、空気が悪くなる。

 まとめようとするほど、まとまらない。


 その感触は、前世の記憶とよく似ていた。


 うまくいかない会議。

 正しいと思って出した方針に、誰も腹落ちしていない空気。

 焦って言葉を重ねて、余計に人が離れていく感じ。


 あの頃の俺は、人を動かしているつもりで、実際には押していただけだった。


「……またか」


 小さく漏れた声は、自分でも驚くほど乾いていた。


 前世でもそうだった。

 正しいことを言えば、人は動くと思っていた。

 ちゃんと説明すれば、理解してくれると思っていた。


 でも、人はそんなふうには動かない。


 それを知ったはずなのに、また同じことをしようとしていたのかもしれない。


 失望しかけた。


 班に、ではない。

 自分に、だ。


 ◇


 小さな斜面を越えた先で、俺は足を止めた。


「少し休もう」


 エミルが眉をひそめる。


「また?」


「このまま進んでも、多分もっとずれる」


 強く言い返さず、俺は近くの倒木へ腰を下ろした。

 そして、水を一口飲んでから、深く息を吐く。


 前世とは違う。

 ハル領で、俺はそれを学んだ。

 工房でも、温泉でも、街灯でも、正しさだけでは人は動かなかった。

 ローヴェルでも同じだった。


 まず必要なのは、答えを押しつけることじゃない。


「……まずは班員を動かそうとするんじゃなく、班員を見よう」


 そう思った瞬間だった。


 視界の端に、淡い文字が浮かぶ。


 《綻び:失敗恐怖》


 まず、マルクを見た時だった。


 次に、エミル。


 《綻び:主導権反発》


 そして、カイル。


 少しだけ間を置いて、淡く、冷たい文字が浮かぶ。


 《綻び:不自然な誘導》


 思わず息が止まる。


 やっぱり、そうか。


 でも、その直後に別の感情が胸をよぎった。


 綻びの目は、便利な力だ。

 問題がどこにあるか、言葉になる前に見える。


 でも、だからこそ危うい。


 人の弱いところが先に見える。

 疑う理由が、簡単に見つかる。

 使い方を間違えれば、誰のこともまっすぐ見られなくなる。


 もし今の俺が、この文字だけを信じたらどうなる。


 マルクは頼りない。

 エミルは面倒だ。

 カイルは信用できない。


 ――そうやって、全部切っていくこともできる。


 でも、それをやった瞬間に、このスキルは人を助ける力じゃなくなる。


 この力そのものが良いか悪いかなんて、たぶん決まっていない。

 見えた綻びをどう扱うかで、いくらでも変わる。


 このスキルがすごいんじゃない。

 このスキルを使う人間が、どうありたいかだ。


 見えたなら、疑うためじゃなく、近づくために使うべきだ。


 俺はもう一度、息を吐いた。


 ◇


「少し、話していいかな」


 そう言うと、三人とも少し意外そうな顔をした。


 俺はまずマルクを見る。


「さっき、地図を見て何か言いかけてたよね」


 マルクはびくりと肩を揺らした。


「え……」


「気づいたことがあったなら、聞きたい」


 責めるつもりはなかった。

 ただ、本当にそう思った。


 マルクはしばらく黙っていたが、やがて小さく言った。


「……右の分岐の先、目印が少ない気がしたんだ。でも、間違っていたら迷惑かけると思って……」


「間違っていてもいい」

 俺はすぐに言った。

「気づいたことを言わない方が、後で困ることもある」


 マルクが顔を上げる。


「君、ちゃんと見えてると思う。だから次からは、気づいた時点で言ってほしい。合ってるかどうかは、その後に皆で考えればいい」


 マルクは少し迷って、それから小さく頷いた。


「……うん」


 次に、エミルを見る。


「エミルも、言いたいことがあるなら聞かせてほしい」


「……別に」


「あるでしょ」


 そう言うと、エミルは少しだけむっとした顔をしたが、黙りはしなかった。


「Sクラスの人って、最初から答え持ってる顔してるから嫌なんだよ」


 思ったより、まっすぐな言葉だった。


「こっちはまだ考えてる途中なのに、正しい道はこっちだって顔されると、従うだけみたいで腹が立つ」


 なるほど。


 俺は少しだけ苦笑した。


「それは、悪かった」


 エミルがこちらを見る。

 たぶん、謝るとは思っていなかったのだろう。


「君、さっき斜面の足場とか、ぬかるみとか、先に見えてたよね」


「まあ、あれくらいは」


「そういうの、助かる。地図で見えるものと、足元で見えるものは違うから」


 エミルは口を開きかけて、閉じた。


「だから、反対したい時は反対していい。ただ、意地でぶつかるんじゃなくて、何が見えてるかを言ってくれると助かる」


 しばらく沈黙があった。


 やがてエミルは、ぶっきらぼうに言う。


「……見えてることは、ある」


「じゃあ、それを聞かせてほしい」


 今度は、少しだけ素直に頷いた。


 最後に、カイルを見る。


 ここだけは、少しだけ難しい。


「カイルも、何か引っかかってることがあるなら聞きたい」


 カイルは表情を変えなかった。


「別にない」


「本当に?」


「……どういう意味だ」


 その返しが、少しだけ硬かった。


「さっきから、時々、話がずれる感じがしてた。もし何か気になることがあるなら、横から濁すより、そのまま言ってもらった方が助かる」


 数秒の沈黙。


 空気が少しだけ張る。


 やがてカイルが、低く言った。


「……班の中で、一人だけ最初から全部見えてる顔をされると、面白くないってだけだ」


 その言葉に、少しだけ本音が混じっていた。


 全部じゃない。

 でも、全部が嘘でもない。


「それも、わかった」


 俺は頷いた。


「じゃあ、余計に言ってほしい。今のままだと、誰も得しない」


 カイルはそれ以上何も言わなかった。

 だが、目を逸らしもしなかった。


 ここで無理に踏み込むのは違う気がした。


 俺は立ち上がる。


「完璧に仲良くやれとは言わない。でも、この訓練は四人で着く訓練だ」


 三人の顔を順に見る。


「だから、せめて言いたいことは言える班にしたい。俺も決めつけるのをやめるから、皆も気づいたことは出してほしい」


 言葉にしてしまうと、少しだけ肩の力が抜けた。


 さっきまでみたいに、班を動かすために押すんじゃない。

 まずは声が出るようにする。その方が、たぶん前へ進める。


「行こうか」


 今度は、誰もすぐには反発しなかった。


 歩き出してしばらくしてから、マルクが小さく声を上げた。


「次の分岐、多分右で合ってる。左は足跡が少ない」


「ありがとう」

 俺はすぐ答える。


 少し先を見ていたエミルも言う。


「右でも、その先の斜面は端を歩かない方がいい。真ん中がぬかるんでる」


「了解」


 後ろから、やや遅れてカイルの声がした。


「荷の紐、一本緩んでる。止まるほどじゃないけど、次の休憩で直した方がいい」


「ありがとう。次で見る」


 完璧じゃない。

 空気が急によくなったわけでもない。


 でも、さっきまでとは違った。

 その後、野営地につき、順番に見張りを置いて仮眠を取ることにした。


 夜中、俺は1人で火をみながら色々と考えた。


森の中で厄介なのは、道に迷うことだけじゃない。

 人が噛み合わなくなることの方が、よほど班を遅らせる。


 そして今、俺はようやくそこへ手を伸ばし始めていた。


 綻びの目は、使い方次第だ。


 切り捨てるための力にもなる。

 近づくための力にもなる。


 なら、俺は後者でありたい。


 そう思いながら、前へ続く森の道を見た。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
「右でも、その先の斜面は端を歩かない方がいい。真ん中がぬかるんでる」 これは、どこを歩けと話しています?真ん中をぬかるんでいるけど注意して歩けと言っているのかな。端は歩かないほうが良いと言っているか…
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