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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第114話 ローヴェル伯爵

 ローヴェル領都へ入ったその足で、俺と学院長は伯爵邸へ向かった。


 領都の中心部に建つ邸は、いかにも中堅伯爵家らしい造りだった。

 広すぎず、狭すぎず、古さはあっても荒れてはいない。正面の石段も磨かれているし、門番の立ち方にも隙はない。


 ただ、どこか印象が薄い。


 豪奢でもなければ、強い個性もない。

 悪く言えば無難、良く言えば堅実。そんな空気が邸全体に漂っていた。


 応接室へ通され、少し待つとローヴェル伯爵本人が姿を見せた。


「ようこそお越しくださいました、学院長殿」


 年の頃は父上より少し上だろうか。

 痩せても太ってもいない、中肉中背。目元は柔らかく、出てきた瞬間に威圧感を振りまくタイプではない。


 学院長が立ち上がり、簡潔に挨拶を返す。

 俺もそれに続いた。


「初めまして、ローヴェル伯爵。ハル子爵家嫡男、リオン・ハルです」


「リオン君か。噂は耳にしているよ」


 伯爵はそう言って、ほんの少し笑った。


 目つきに嫌味はない。

 少なくとも、俺を変に持ち上げようとか、探ろうとかいう感じではなかった。


「まだ若いのに、ずいぶん忙しくしているらしいね」


「いえ、できることをしているだけです」


「その“できること”が人より多いのだろう」


 言い方も穏やかだった。


 この人は、たぶん悪人じゃない。


 そう思った。


 ただ同時に、この人が自分から何かを大きく変える姿も、あまり想像できなかった。


 学院長は形式的な言葉をいくつか交わしたあと、すぐに本題へ入った。


「本隊の到着は明朝と伺っております」


「はい。その予定です」


「では、それまでの間に領都を少し見せていただきたい。表向きな案内ではなく、普段の空気が見えれば十分です」


 伯爵は少し驚いたようだったが、嫌な顔はしなかった。


「それはもちろん構いません」


 むしろ、ほっとしたようにすら見えた。


「王のご視察となると、どうしても皆が硬くなります。整えるべきところは整えておりますが……その前に見ておかれたい、というお気持ちもわかります」


 その言い方に、俺は小さく引っかかった。


 整えるべきところは整えている。

 それ自体は間違っていない。だが裏を返せば、この人は“整える”ことはできても、“変える”ことには慣れていないのかもしれない。


「ご許可いただけるなら、ありがたい」


 学院長が言うと、伯爵はすぐに頷いた。


「どうぞご自由に。ただ、何か不都合があれば遠慮なく仰ってください。隠し立てするつもりはありません」


 それも本心なのだろう。


 やっぱり、この人は悪くない。

 悪くないが――それだけで領が伸びるわけでもない。


 面会を終えて邸を出た時点で、俺の中の伯爵像はだいたい固まっていた。


 善良。穏やか。礼儀もある。

 だが、変化を押し切る胆力は薄そうだ。


 ◇


 学院長と二人で、改めて領都を歩く。


 昨日、門前で見た違和感は、昼の光の中だとさらにわかりやすかった。


 町へ入る人間はいる。

 荷も来ている。

 だが、その流れが妙に鈍い。


 門をくぐる直前で足を止める旅人。

 荷台の紐を結び直す商人。

 中へ入るかどうかを測っているみたいな空気。


 昨日は見た目の印象だった。

 今日は、その動きの不自然さがはっきり見える。


 門を抜けたあとの大通りは、整ってはいた。

 石畳に目立つ割れはなく、通りも汚れすぎていない。店も閉まりきってはいない。


 でも、やはり熱が弱い。


 宿場へ近づいても、昨夜途中で泊まった宿場のような“留まり”がない。

 人が腰を落ち着ける空気が薄い。


 学院長が横で聞く。


「どう見える」


「人はいます」


「それは誰でも見ればわかる」


「でも、残っていない」


 学院長は黙って先を促した。


「街道の流れはちゃんとあるのに、それが領都の力に変わりきっていない感じがします。町の中に人がいるのに、町が人を受け止めきれていないというか……」


 自分で言っていて、まだ輪郭は曖昧だ。

 だが、完全に見当違いでもない気がしていた。


 市場へ回る。


 野菜も肉も布も、最低限は揃っている。

 住民が日々の暮らしを回すには十分だろう。


 けれど、街道の要衝らしい広がりがない。

 外からの流れを吸って膨らんでいく町の市場ではなく、領民の生活を支えるための市場で止まっているように見える。


 水場も見た。


 住民にとっては使いやすい位置なのだろう。女たちが桶を持ち、子どもが走り、生活の流れとしては自然だ。

 だがその流れと、旅人や商人の動きが妙に交わらない。


 住民の町と、外から来る者の町が、うまく重なっていない。


 俺が足を止めて地図の写しを見ていると、学院長が静かに言った。


「断定はするな」


「はい」


「だが、違和感は忘れるな。現地に来る価値は、そこにある」


「……はい」


 町の外縁も歩いた。


 そこでも、何かが薄くずれている感触は消えなかった。


 荒廃しているわけじゃない。

 町が死んでいるわけでもない。

 それなのに、伸びきらない。


 資料の綻びが、現地の空気と少しずつ繋がっていくのを感じていた。


 ◇


 夕方が近づくにつれて、領都の空気は少しずつ変わった。


 町そのものが別物になるわけじゃない。

 たった半日で街路の形が変わるはずもない。


 変わるのは、人の立ち方だ。


 門前の兵がいつもより姿勢を正し、役人たちの足取りが無駄に速くなる。

 店先も、普段より少しだけ整えられている。

 誰かが急に豊かになったわけじゃない。ただ“見られる準備”をしているだけだ。


 学院長と俺は一度伯爵邸へ戻り、そこで本隊到着を待つことになった。


 陽が傾ききる少し前、外が急に騒がしくなる。


「来たようですな」


 邸の執事がそう告げた。


 学院長が立ち上がる。

 俺もそれに続いた。


 門前へ出ると、ローヴェル伯爵とその家臣たちがすでに整列していた。

 その向こうから、本隊が見える。


 先頭は騎兵。

 続いて王家の旗。

 重すぎず、だが軽くはない列。王の移動だと一目でわかる。


 その中心にある馬車は、学院長のものより一段格が高かった。

 華美というより、誰が乗っているかを示すための威厳がある。


 列が止まり、侍従が動く。

 そして王が姿を現した。


 王は今年四十五歳らしい。

 若々しいという年ではないが、衰えたというには早い。背筋が伸び、顔色も良い。なにより目がよく動く。立った瞬間から、すでに周囲を見ていた。


 その横に立つ若い男が第一王子なのだろう。


 エドガーとはだいぶ違った。

 よく喋りそうな顔をしているし、実際、馬車を降りた直後から側近へ二言三言何かを指示している。動きに迷いがない。


 ――あれが第一王子か。


 アルフレッド・アルスレイン。

 昨年学院を卒業した、王太子。

 もちろんSクラスだったそうだ。


 ローヴェル伯爵が一歩前へ出て、深く頭を下げる。


「陛下、このたびはローヴェルへお越しいただき、誠に光栄に存じます」


「急な視察だ。気を遣わせたな」


 王はよく通る声でそう言った。

 静かに圧を出すタイプではない。むしろ場を動かす声だ。だが軽くはない。気安く見えるのに、誰も本当に気安くは接せられない。そういう不思議な重さがあった。


 学院長が進み出て、正式に挨拶する。


「お招きに応じ、先行して参りました」


「うん、ご苦労。早くから入ってもらえたのは助かる」


 王は学院長に対して、旧知の者へ向けるような口調で応じた。信頼があるのがわかる。


 そして、その視線が俺へ向く。


「君がリオン・ハルだな」


 思ったより自然な言い方だった。


 俺はすぐに一歩進み、頭を下げる。


「ハル子爵家嫡男、リオン・ハルです。本日は随行の機会をいただき、ありがとうございます」


「そう固くならなくていい。……と言っても難しいか」


 周囲が少しだけ和む。


「私はレオンハルト・アルスレイン。この国の王だ。まあ、見ての通り、堅苦しい場でも黙ってばかりはいられん性分だ」


 その口調は気さくにも聞こえたが、軽くはなかった。

 むしろ、よく喋るからこそ、その場を自分のものにしてしまうような強さがあった。


「ハル領の話は聞いている。ヴァレスト公爵からも、宰相からも、エドガーからもな」


 その名前が並んだ瞬間、俺は少しだけ背筋を正した。


「今回、学院長に君を同行させてもらったのは、少し見てみたかったからだ。机の上で賢い若者はいくらでもいる。だが、小さくても実際に流れを動かした者はそう多くない」


 横で第一王子が口元を緩める。


「父上がそこまで言うのは珍しいですよ。私は君の顔を見る前から少し興味があった」


 やはり、よく喋る。

 だが軽口のようでいて、観察している感じがある。

 エドガーが“黙って見る”なら、この人は“喋りながら測る”人だ。


「アルフレッド・アルスレインだ。改めてよろしく、リオン君」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そう返したところで、横から妙に甘い声が入った。


「陛下、やはり若き才が集まると場が華やぎますな」


 グレイヴ侯爵だった。


 にこやかだ。

 丁寧だ。

 いかにも王に忠実であるかのような顔をしている。


 だが、俺へ向ける視線だけが一瞬だけ冷えた。

 ほんの一瞬だけだ。気づかない人間なら見落とすくらい。


 だが見えた。


 王は侯爵の言葉を軽く受け流し、すぐに領都の方へ顔を向けた。


「さて」


 その一言で空気が締まる。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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