35. 夏子は異世界の子
(夏子は異世界の子)
あれから、一週間が過ぎた。
夕顔さんと昼顔さんは、異世界に帰って行った。
現れた時も突然だったが、いなくなる時も不意にいなくなった。
まさか、電車に乗って帰ったとも思えないし、今だにどういう人たちなのか分からない。
そもそも、異世界があること自体、信じられないことなのだ。
そして、あれから役所には行っていない。
僕は毎日店に出て、たこ焼きを焼いている。
夏子はつまらなさそうに、僕の後ろで椅子に座って外を眺めていた。
一人の壮年らしき男性が、無言で指で何か合図している。
「たこ焼き三パックですか?」
返事はなかった。でも、指を三本立てているので、たこ焼きを三パック袋に詰めた。
「ととさん、違うよ!その人、団子三本とたこ焼き一パック欲しいのよ」
「え、本当かい?」
それでも男性はしきりに指で合図している。
「その人、耳が聞こえないのよ」
僕は、夏子の言う通りに、団子三本とたこ焼き一パックを袋に詰めて男性に渡した。
男性は微笑みを浮かべてお金を置いて行ってしまった。
「夏子、凄いな。男の心が分かるのか?」
「彼が一生懸命念じているから分かるのよ」
「……、そっか、夕顔さんみたいだな……」
やっぱり夏子は、人とは違う月見の血を受け継いでいる。
良いことなのか、悪いことなのか、背中がゾクゾクする違和感を感じる。
少し手の空いた午後、夏子に話しかけた。
「つまらなさそうだな……、小学校にでも行ってみるか?」
「でも、ととさん、学校も役所も同じようなものなんでしょう? つまらなかったわ……」
役所にいた時、夏子は一言も喋らなかった。
まるで異星人を見ているようだった。
「……、そうか……、この世界はつまらないか……?」
「みんなどうして、どうでもいい事を紙に書いて回しているのかしら……」
「それが、役所の仕事だからな……、それでこの社会の秩序が保たれているんだ」
「秩序って何……?」
「秩序か? 存在の証明かな……」
「……、そんな物が無くても、私は生きていけるわ!」
「まー、そうだな……、でも、存在を証明してくれるから、水も電気も買えるんだ」
「でも、あたしのやる事がないわ……、薪を割ることも、火を起こすことも、井戸の水汲みも……」
「そうだな……、この世界は、何でもスイッチ一つでできてしまうからな……、公園にでも行ってみるか? 大きな木があるぞ……」
「……、行ってみたい!」
僕は店を母に代わってもらって、夏子を連れて公園に向かった。
小さい頃、ここが僕の遊び場だった。
小楢木が何本も植えられていて、冬には、どんぐりを拾って遊ぶのが楽しみだった。
春には、桜の木もたくさんあって、お花見もできる。自慢の町の憩いの場だ。
遊具はブランコしかなく、でもよく乗って遊んだ。
子供たちはまだ学校なのか、誰もいなかったが、ブランコに一人大人の女の人が座っていた。
夏子はそれを見ると走って女の人の前に出た。
僕は、近くのベンチに座った。
「ママさん、あなたの子供でしょう。あそぼうって言ってるよ」
「え、……、子供……、子供は死んじゃった……」
「……、どうして……?」
「……、病気で……、よくここに遊びに来ていたの……」
「でも、あそぼうって言ってるよ」
「……、もう、いなくなっちゃったの……」
「いるよ! ママさんの横に……、あそぼうって言ってるよ」
彼女は、言葉に釣られて横を見た。
そこには死んでしまった隼也がいた。
「あそぼう……、ブランコ乗りたい……」
彼女は、ブランコの鎖を両手で持って顔を伏せて泣いた。止めでもない涙が顔を覆った。
「ママさん、泣いていないで、いつものように遊んであげてよ。ブランコ乗りたいって……」
彼女は、ブランコから降りて、隼也を乗せた。
そして大きくブランコを揺すった。
その光景は僕にも見えた。
「そっか、僕も異世界の人間なんだ……」
隼也はブランコから飛び降りた。
「今度は鬼ごっこだよ!ママが鬼だから捕まえて!」
「ダメよ!走っては……」
「大丈夫だよ!捕まえて!」
「よーし、……」
彼女は走って追いかけた……
公園に笑い声が広がった。
「……、捕まえた!」
捕まえたのは、夏子だった。
「ママさん、隼也君はいつも傍にいるから、すぐ傍にいるから……」
「……、そうね……、……」
彼女は、小さな夏子をしゃがんで抱きしめた。
「……、さー、夕飯の買い物、行かないと……」
彼女は、手を振って公園から去って行った。
夏子も彼女に笑顔で手を振っていた。
手を振りながら僕の座っているところに来た。
「夏子、凄いな!霊が見えるのか?霊媒師になれるな」
「違うわ……、霊なんて見えないわ!あのママさんの心が見えたのよ。死んだ子供のことを思って悲しんでいたから……、もう一度、隼也と遊ぶ夢を見させてあげたのよ」
「そうなんだ……、俺も月見に逢いたいな……」
「逢っているじゃない……、私は月見よ」
「そうだな……、だんだん月見に似てくるよ……」
本当にそうだ……、もうじき月見と同じ歳になる。
「……、どんな人だったの?」
「物静かで、優しい人だったよ。そうだ、縫い物が得意だった。一晩で着物が縫えるくらいだ。夏子の白小袖も月見が縫ったんだ……、夏子が大きくなったら縫い物を教えたいと言っていた……」
「……、ととさん泣かないでよ、私がいるから……」
「バーカー、泣いてないよ……」
そんな時、小学校からの帰り道なのか、三年か四年生くらいの子供たちが公園の中を通って行く。
「あれが小学生だよ……、……」
「……、知っている。可愛いわね……」
やはり、夏子は小学生には見えない。小さく見ても五年生六年生だ。成長が早すぎる。
後、一週間すれば中学生だ。




