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『ここは、光亡の窟。宝を持ち帰りたくば、光亡き道を進め』
宝?まぁ、間違いなくこの箱の事だろうな。持ち帰りたくばって事は、この箱は外に出るまで開かないギミックがあるって事だな。でも、帰りなんてすぐじゃねぇか。振り返って足を一歩出したら外にワープするのに、進めって何言ってるんだ?
オレは箱を両手で抱え、外へ帰るべく振り返った。
「………あれ?」
入口から差し込んでいる筈の光が見えない?………どういう事だ?………待てよ?
オレは更に振り返り、今度は底の方を見る。底には、先程と変わらず光が灯り看板をぼんやりと照らしていた。
何か嫌な予感がするな。モンスターが飛び出してくる感じじゃなくて、もっと悪質な………意図というか何というか。
箱を持ったまま、底から入口へと少し転進して、再度底へと振り返ってみる。
目に映るのは、ぼんやりとした灯りと看板を認識した途端に掻き消えるように光が見えなくなる。オレの予感と予想が正しければ………。
その場から動かずに背後を振り返る。灯りと看板のセットが見える。
つまり、アレだ。入口まで戻る途中で底の方を見ると底までワープする、と。いや、底の方を見るというより光を見たと認識した途端に戻ったような気がするな。つまり、振り返っても見ないようにすればワープしない?………ちょっと試してみよう。
再度入口へと転進し、視界を閉じながら底へと振り返る。底の方を向いたと感じつつ、更に半回転。
恐る恐る視界を開くと、目の前には光と看板。
うーん………どう考えても面倒臭いなコレ。わざわざこんなアイテム一つ手に入れるために、こんな面倒臭い事してられるかよ。
オレは箱を放り捨てようとして気が付いた。箱が手から離れない。片手は離せるが、もう片方の手に吸い付いたかのようにピッタリとくっついて離れない。
何だコレは。手から離れないとか呪いの箱かよ。
オレはどうにかして箱から手が離せないか色々試してみる。箱を壁に打ち付けたり、光で炙ってみたり、床に擦りつけてみたりだ。まぁ、効果はどれも無かったのだが。
仕方ない。これはLP減るから余りやりたくなかったのだけどな。
オレは箱を持っている方の手首を掴み、グリッと回して外した。外した手は重力に従い下へ落ち、ゴトンという重たげな音と共にその場に転がった。
オレの視界には部位欠損状態というアラームと、それに伴ってLP上限が減った旨が通知される。
題して、『手から離れないのならば手ごと外せばいいじゃない作戦』だ。
これは、何回も死んだふりを繰り返す中で発見したスケルトンの奥義、関節外しだ。どうやら、スケルトンの各関節部は普段は不思議な力で結び付けられているらしく、これはプレイヤーの無意識下で行われている。で、これを意識的に取っ払う事が可能なのだ。勿論こんな方法で関節外しが可能な種族に限るんだろうが。そして、スケルトンは外した骨をトカゲの尻尾切りのように、そのまま放置する事も可能だ。まぁ、身体の一部を外しているためか、部位欠損状態の判定を喰らいLP上限が減るデメリット付きなので多用は出来ない。
しかし、これで呪いの箱からの呪縛からは解き放たれた。オレは晴々とした気持ちで入口へ帰ろうとし………。
光………?見えないが?
やっぱり駄目だった?自切しても、オレが持ってる判定になるってのか?そう言えば、取り外しても自分の意思で指とか動かせるな。つまり、取り外したとしても物理的に消滅させないと駄目なのか?
下に落とした手を見ると、わきわきと動く指と掌に張り付く呪いの箱。
………待てよ?外した手を
このままにしたらどうなるんだ?
オレは、地面に落ちた蠢かせている手を後目に、入口へと進む。後ろからカラコロと音がする。振り向きたくないが、どうやら箱が転がりながら付いて来ているようだ。
これは、オレの作戦勝ちのようだな。勝手に箱が付いてきてくれるなら、あのクソ重い箱を自力で運ばなくても良いという事。LP上限が削れたのは正直痛いが、ここは敵も出てこないから何て事もない。外へ出たら外した手を元に戻せば部位欠損も治るしな。
暫くカラコロと転がる箱を引き連れながら歩く。行きに危うく亡我状態でログアウトしかけた事から、かなりの距離を移動したのは確実だ。あの時はゴールがあるのかどうかすら分からない上に、無音だったから精神的に死ぬかと思った。しかし、今は頼もしいオトモ(?)も居る。呪いの箱サンが音を立てながら付いてきてくれるというのがとても有難かった。………とでも言うと思ったか。どう考えても装備解除不可な呪いの箱は無いわ。これで、ショボいアイテムしか入っていなかったらマジでキレるぞ。どう考えても割に合わないからな。
帰りは左手の法則宜しく左手で壁に触れながら来たので、今度は右手で触れながら歩く。いやぁ、吸い付いたのが左手だったのは不幸中の幸いか。これで右手を落としていたら、手首を押し付けながら歩かなきゃだったもんね。
ところで、行きは結局何時間掛かったんだろうな。実はステータス画面覗いてもノイズが走ってて上手く読み取れないんだよね。ダンジョン特有の仕様なのかと思ってたけど、もしかしたらこの呪いの箱の影響なのかも分からんね。
まぁ、とにかく時間が確認出来ないのだ。それに、亡我状態で時間感覚が死んでいたのも問題だ。ログアウトするような時間なのかも知れないし、実はそんなに経っていないのかもしれない。ログアウトするのならば、死んだふりをしなければならないのだが、行きと同じような理由で死んだふりを使いたくない。入口がある事は知っているのだが、また底に戻るのは非常に面倒臭いのだ。
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粥………うま………。
いや、オレには食事不要だし、そもそも食べてもそのまま顎から落ちるだけなんだが。脳内で手を振るゾンビーフ氏に手を振り返す。
多分、行きで陥った亡我状態から回復した位歩いていると思う。後ろからはカラコロと変わらず音がする。音がするって事はオレの手が少なからず残っているという事だが、長い時間転がしていたし、指とか削り取られているような気がする。元に戻しても元には戻らないような………。
おや?何だか光が見える。オレは後ろを振り返ってはいない。絶対にだ。にも関わらず、前方から光が見える。これは外へ出られる………のか?
それから体感一時間程歩き、漸く暫くぶりに光亡の窟とやらを脱出した。
洞窟外へと出たオレが目にしたのは星の光。あの洞窟内に射し込む強い光は何処から来たのか。いや、それよりも………。
「何処だここ?」
洞窟外に拡がっていたのは、入って来た時とは明らかに違う見慣れぬ景色だった。




