閑話 占い師
お待たせしてしまい申し訳ありません。
閑話、メイル視点でお送りいたします。
私は、エルフの中でも特別な家の生まれだ。
代々私たちの家系には”予言”と呼ばれる特殊な系統魔法に目覚める者が生まれ、その者は“占い師”と呼ばれる特別な役職に就くことになっている。
”占い師”の立場は、獣人族の“時詠みの姫”に似ている。
違う点は、予知魔法のように災厄を予知するわけではなく、漠然とした世界の大きな事柄が頭に響く文字として浮かんでくること。
先代である私のお婆様がそうだ。
お婆様は以前、魔王の出現と、各地で現れる『邪龍』『暴食の獣』『人食いの雷獣』という三つの災厄、それと同時に『光の勇者』であるリュウセンを含めて『雷の勇者』『白き癒し手』と呼ばれる三人の活躍も予言した。
予知魔法ほど日常的に使える魔法ではないけれど、同じくらい貴重で大事な役割を持つ魔法とも言える。
だから同じ魔法に目覚めた私もお婆様の跡を継ぐことが決められていた。
―――正直、そのことに関しては別にいいし、私自身も納得していた。
私の役割が将来みんなのためになる大切なことだということは分かっているし、この役目を担うことでなにか私に不利益なことがあるわけでもない。
私は優しいお婆様が大好きだから、そんなお婆様のお役目を継げることは誇らしくすら思っていた。
―――だけれど、里の中で特別な立場にいるということがちょっと嫌だった。
里の人たちには特別扱いされるし、家族以外で普通に接してくる人の方が少ないくらいだったから、同年代で同じ目線で仲良くしてくれる子がいなかった。
初対面では普通に話せても次に会う時は決まって皆よそよそしくなっちゃって、その時点でその子とは普通の友達関係でいられなくなってしまうくらいだ。
でも、そんな中で私は彼女と出会った。
『私、フラナ! あなたの名前は!』
フラナの存在は私にとって特別だった。
族長の娘という私に近い特別な立場にいて、私と同じ悩みを抱えていたフラナと私は自然と話すようになり、それから親友という間柄になるのにそこまで時間はかからなかった。
小さい頃は私と同じで里の男の子も真っ青な男勝りで、私と一緒に里の外に遊びにいったりしていつもルルガ様や家族に怒られたりはしていたけれど、私にとっては毎日が楽しくてかけがえのない思い出だった。
『ねえ、メイル。私、彼が好きになっちゃったみたい』
『ぽえ?』
―――だからこそ、彼女がリュウセン・カズキに恋心を持ったと聞いた時は頭が真っ白になった。
今まで見たことのない顔でそんな告白をした彼女は、自分でも出したことのない類の声が出てしまうくらい衝撃的だった。
真っ先に浮かんだのは親友をとられたという感覚と、好い人を見つけたねという一人の親友としての祝ってあげたいという感情。
いや、別にこのことに関してはフラナがリュウセンに惚れることは全然悪いことじゃない。
普通に諸手を挙げて祝うべきことだ。
でもどうしよう。
―――幼い頃からの親友を取られたくないって心と、親友として祝わなくちゃならないっていう心が二つあるぅぅ……!!
里内の同年代の娘たちのほとんどがリュウセンに好印象を持っていることも理解している。
当の私はというとリュウセンを見て、ふーん、人間ってこんな感じなんだぁ、くらいにしか思っていなかったが本当の問題はその後だった。
『メイル。私、リングル王国にいってくるわ!』
『ぱえ?』
『心配ないわ。お父様には既に許可はもらったから!!』
ものすごい勢いでフラナはリュウセンについていってしまった。
え、勢いすご……と唖然としている間にフラナはあっという間にリングル王国に向かっていった。まあ、数週間ぐらいで帰ってくるんだろうな……と楽観視していたのも束の間、彼女はそのまま数か月戻ってこなかった。
手紙はちゃんと送ってくれているから近況自体は知れていたけれど、その内容の一部には必ず―――、
『カズキったら結構お茶目なところがあってー』
『カズキがこの前一緒にねー』
『最近、カズキが―』
———惚気話が入っていた。
読んでいて普通に苦しかった。
いえ、だって小さい頃のフラナは男勝りだとかよく言われていたのに、急に恋に目覚めてここまで振り切ってくるだなんて思いもしていなかったから。
だから普通に内心でリュウセンに対して対抗心を抱いていた。
『私の方がフラナと一緒にいた期間が長いんだが?』
『親友で幼馴染なんだが?』
『フラナのことを一番分かっているのは私なんだが?』
『昔からずっと一緒に遊んでいたんだが?』
―――と。
しかし、そんな重いことはフラナの前では絶対に言えない。
というよりこんなこと口にしたらきっと引かれてしまうし、変な勘違いもされてしまう。
私はノーマルだ。
ただ対等に話せる友達が里にいないだけだけの対人経験常人未満のエルフだ。
―――でもとりあえず、私はリュウセンは苦手だ。
嫌いとまでいかないのは彼が善良な人で、里を救ってくれた人だということを分かっているから。
でも、フラナはリュウセンと過ごすために、それなりの間リングル王国に滞在していたし、なんなら里帰りした際もずっとリュウセンとの惚気話ばかり聞かされて……ますますリュウセンに対しての苦手意識が強くなっていくばかりだ。
●
隠れ里が謎の怪物の襲撃を受け、決して少なくない怪我人が出た。
基本的に里で大人数の怪我人が出ること自体稀だから、かなり異例の事態に私達は最初はうまく動くことができなかった。
ようやく動き出して里の皆が集まる広間に怪我人を集めて手当を行っていたけど、治療に使う包帯も薬草も常備している分はそこまで豊富じゃない。
私も怪我をしている方々のために力を尽くしているものの、それでも深い傷を負った人はどうしようもない。
怪物に周囲を囲まれ、怪我人を安静に治療できる場所に運べず、それどころか薬草すらも集められない今の状況は、まさしく絶望的なものだった。
『メイル、安心して。彼はウサト、凄腕の治癒魔法……使い……よ?』
そんな時に現れたのは戦いから戻ったフラナとリングル王国から救援にやってきたリュウセン、そしてウサトと名乗る治癒魔法使いだった。
初対面の人間、それに加えてリュウセンの関係者と思わしき男に思わず警戒してしまった。
でも、そんな警戒心なんてすぐに跡形もなく消し飛ばされてしまった。
なにせ、やること全部がとんでもなかったからだ。
一緒にいた魔族の女の子と合体? 融合? したかと思ったら背中から腕は生やすわ、日常感覚で系統強化を使いだすわ、背中にも目がついているのかってくらい正確に怪我をしている人の位置とか容態とか把握しているし、とにかく滅茶苦茶だった。
なにより凄まじいのは、そんな無茶苦茶なことをした上で奇跡みたいな速度で怪我人が癒されていっていること。
「はぁ……」
報告が終わった後、族長のルルガ様は一旦その場を解散させ各々に休息するように言い渡した。
お婆様は引き続きルルガ様とお話をするようで、私とフラナはリュウセンとウサトさん達を他の皆さんが休んでいる部屋に案内した後に、また別室に移動し軽い食事を摂ることにしていた。
「ひとまずの危機が去ってよかったですね」
「ええ、本当に」
つい少し前は怪我の手当をしていたこともあって食欲もなかったけれど、全員命の危険もなくなったことで安心したからかものすごくお腹が空いてしまっていた。
簡単なスープに干し肉、そして森の薬草を練りこんで調理したパンを口にして空腹を満たす。
「メイルもお疲れ様。貴女も疲れたでしょ?」
「私よりも姫様の方がお疲れでしょう?」
対面で一緒に食べているフラナにそう返すと、彼女は困ったように微笑む。
「もう人目はないんだし、いつもの調子で話していいんじゃない? 貴女のその喋り方、ものすごくむず痒くなってくるわ」
そう言われた私は脱力するように目の前のテーブルにつっぷした。
さすがに里の皆の目がある場所では気を抜けないけれど、彼女の前では別。
「はぁぁぁぁ……本ッ当に大変だったぁ。もう二度とあんな修羅場経験したくない」
敬語を外すと同時に、張り詰めていたものを吐き出す。
私も“占い師”後継者の立場があるから、普段は丁寧な言葉遣いをするように意識しているけれど、幼いころからの親友であるフラナの前では普段通りの口調で話すことにしている。
「うんうん、いつものメイルね。やさぐれ占い師」
「誰がやさぐれだよ。あとまだ見習いだ」
まあ、本当の口調はおしとやかとは程遠い男勝りな口調だから、里の皆においそれと見せられない姿なのは自覚してるけど。
「猫被って疲れない?」
「慣れた。今こうやっているのもお婆様のためだから全然苦でもないし」
「そういうところは昔から変わらないわよね。お婆ちゃんっ子なところも」
「うるせー」
ここまでくれば、猫を被った私も、今の私もどちらも自分自身。
どちらをやっていて楽かどうかの違いでしかない。
「あんな酷い怪我初めて目にしたから本当に怖かった」
「……私が不甲斐ないせいで貴女だけじゃなく、皆にも怖い思いをさせてしまったわ」
「そんなことないだろ。フラナはよくやってくれていた」
ルルガ様が負傷で動けない間、族長の娘として最前線で指示を出して怪物の対処に当たっていたのはフラナだ。
そんな彼女を不甲斐ないだなんて、この里の誰も思っていない。
むしろそんなことを宣う輩がいたら、私がぶっ飛ばしてやる。
「はぁ、それもこれもあの怪物のせいだ」
「怪物? ……あ、ああ、襲ってきた奴らね。それはそうだけど依然として敵の正体が分からないのは不気味よね」
「なんで今悩んだ?」
怪物なんて襲ってきた奴らしかいない。
……そもそも、私は遠目でしか里を襲った怪物の姿を見ていないけど、あれがまともな生き物ではないことは分かる。
そもそも生き物なのかあれは? 魔物みたいな意思を感じないし、本能というより決められた標的を襲い続けていたって感じだった。
「でも……ふふ、カズキが来てくれてよかっ―――」
隙を見逃さないとばかりに惚気ようとするフラナの脇腹を手刀で突く。
「ぷふぇぁ!?」と横にのけ反った彼女に、私は間一髪と額を拭う。
「い、いきなり何するのよ!?」
「隙を見せたらすぐに惚気ようとするから」
「止め方が野蛮すぎない!?」
少しでも対応が遅れたら惚気てくるからな。
私の精神衛生のために止めさせてもらった。
「嬉しいのは分かるけど、浮かれすぎるなよ? ルルガ様の怪我が治っても貴女には貴女のやることがあるんだからさ」
「ちゃんと分かってるわよ」
正直、そこは心配してない。
実際ちゃんと皆を率いて里を守ってくれていたし。
「それにしても、相変わらず人見知りなところは治ってないのね」
「……仕方ないだろ。初対面の奴と会うことに慣れてないんだから」
里の面々の顔は見慣れているけど、外から来る奴らと顔を会わせる機会自体そこまでない。
だから初対面の人を相手に話す時は正直ものすごく緊張するし、取り繕っている時でも思わず目つきが鋭くなったりしてしまう。
でもリュウセンに対してはちょっと睨んでるのは内緒だ。
「貴女が人見知りなのは知ってるけど、初対面の人を睨むのはやめた方がいいわよ?」
「それは悪いと思ってるけど……。ボロが出ると目つきが悪くなるのはしょうがないだろ」
「猫を被るとおっとり系なのに、素の目つきが怖すぎなのよねぇ」
目つきが悪いのは生まれつきだ。
思わずむすっとした顔をしてしまうと、苦笑したフラナが私の頬をつつく。
「ま、メイル。世界は広いわ。目つきどころか一瞬で雰囲気とか人相が変わる人とかいるから心配ないわ」
「そんなやつそこらへんにいるわけないだろ」
「ウサトがそうよ」
「あいつがそうなのぉ……?」
え、嘘、礼儀正しくて真面目っぽい印象だったのに?
いや、治療している時の見た目は壮絶だったけど、よく考えてみるとあれも怪我人を治すために手を尽くした結果らしいし……。
「そもそも、あいつは何者なんだ? お前がルルガ様に報告しに行っている間、とんでもないことをしてこっちは大混乱だったんだよ」
「あー……そうねぇ……」
私の言葉にフラナが遠い目をする。
「その反応……ああなるって知ってたんだろ」
「予想してたわね。言ったでしょ? 彼は治癒魔法使いとして凄腕だって」
「普通の治癒魔法使いじゃなかったのが大問題なんだよ……」
思い出すだけでもあれが現実だったのかさえ疑わしく思えてきてしまう。
「身体から黒い腕をいくつも伸ばしたり、背中ですんごいぐるぐる緑の魔力が回ってたり、内臓が零れそうな怪我人も少し目を離した瞬間に治ってたりするんだぞ……」
「……。予想していた以上のことが起こってるわねぇぇ」
結果的にものすごく助かったけれど!!
あんなの警戒心抱くどころじゃないし、あそこまで必死に皆を助けてくれた人間に不信感だって抱けるはずがない! だからこそびっくりしているんだけどさ!!
「でも悪い人じゃないわ。むしろ底抜けのお人よしだと思う」
「……それは分かる」
怪我をしている皆を治療している時、彼は作業ではなく真剣な思いで治療に取り組んでくれていた。
彼が私達の味方で、信用に値する人間だということを行動で示してくれたんだ。
「それと桁違いの行動力の化身よ」
「人柄を聞く上でそんなに怖いことある……?」
桁違いって言葉を使うこと自体あまりない気がする。
でも救援を仰いで一日も経たずにここまで来ることを考えたら、桁違いの行動力というのも分かる。
「でも正直、カズキだけじゃなくウサトも来てくれて助かったわ」
「あいつはリングル王国でも有名なの?」
「ある意味カズキ以上に有名かもしれないわね。ほら、前に彼のことも話したでしょ? 貴女が嘘っぽいとか茶化したやつ」
ブルーグリズリーを背負って駆けまわったり、変な治癒魔法を使うとか……。
聞いた時は「とうとう冗談も言うようになったんだなぁ」と微笑ましく思っていた。
「あれ全部事実だから」
思わず頭を抱えてしまう。
嘘だろ、と言いたいけど今日見た姿だけで全く反論できなくなってしまった~!
「それに今日戦ってる時の姿なんて……」
「戦うのも本当なんだ……簡単に説明するとどんな感じ?」
「来た時は空を飛んできたわね。最初に見た時は謎の飛行物体かと思ったわ」
「???」
彼についての説明だよな?
いきなり話題変わったりしてないよなこれ!?
「治癒魔法使いは空を飛んだりしないんだぜ。そんなの田舎者の私にだって分かるわ」
「そうね、メイル。外の世界でも人が空を飛んだりするのは非常識なことなの」
「じゃあ、私達は今なんの話をしているんだ?」
だんだん頭が混乱してきた。
治癒魔法使いが空を飛ぶってどうなっているんだ。
癒しの波動で飛ぶのか? ……癒しの波動で飛ぶってなんだ?
私、疲れているのかな……。
「だから、一緒に頑張りましょうね」
「え、なにごめん。話聞いてなかった」
唐突に笑みを向けてそんなことを言ってくるフラナに思わず聞き返す。
「カズキ達が事態の解決のために協力してくれている間、当然私達も力を尽くさなくちゃならない」
「まあ……それはそうだな」
「ウサトは里の他の者に任せると、ちょっとした混乱が起きそうだから……私と貴女でサポートしていきましょう」
「……ちょっとした混乱ってなんだ!? おい、目を逸らすな!! 体のいいこと言って私を巻き込もうとしてるだろ!!」
「巻き込もうとしていないわ!! だって貴女の立場上もうそうなるって決まっているようなものだもの!!」
「ぐおおおおお……!?」
た、確かにその通りで何も反論できない……!!
しかし納得できない私はすぐにフラナに詰め寄るが、彼女はどこか諦めたような顔で窓から見える夜空をを見上げて、私の追及をスルーし続けるのだった。
人見知り強気系エルフのメイルさんでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




