第五百九話
お待たせしました。
第五百九話です。
治癒魔法による治療を始めてから約20分ほどが経っただろうか。
怪我人全員に治癒魔法を施した後は、もう一度治癒診断で治療に不備がないか確認しておく。
「傷は治しましたが、しばらくは安静にするように」
そして、この後のことを説明しておくのも忘れない。
真剣な顔で僕の話を聞いてくれている、メイルさんを筆頭とした他のエルフの皆さんをありがたく思いながら、続けて言葉を口にする。
「それと……目覚めた後、不調や違和感などを訴える方がいたらすぐに僕に知らせてください」
なにはともあれ全員無事に治すことができてよかった。
多分、ここにいるエルフの皆さんの手際がよかったからだろうな。そうでなかったら僕が到着する前に手遅れな人がいてもおかしくなかっただろう。
『ふぅぅぅ……』
「フェルムもお疲れ」
一旦、治療した人たちの元にメイルさん達が向かうのを見送った後に、同化した状態で疲れたような声を出すフェルムを労う。
他の面々よりも元気だったとはいえ、かなり手伝ってもらっちゃったな。
『お前と魔力の感覚を共有するの、ものすごく疲れる』
「治癒診断のことか。慣れれば便利だけど混乱するよね。君もよくやってくれているよ」
『ふん、当然だろ。ボクも団員だからな……ふあぁ……』
上機嫌にそう答えたフェルムが欠伸を零す。
疲れて当然だ。
昼間からずっと緊迫したままだったからな。
「もう休んでいいよ。後は僕だけで大丈夫だから」
『そうか? まあ、お前がそういうのならお言葉に甘えて……すぅ……』
いや、寝るの速いし同化したままかい。
すぐに眠ってしまったフェルムに苦笑しながら、近くにいるもう一人、ハンナさんにも声をかけておく。
「ハンナさんもありがとうございました」
「別に。私は魔法をかけていただけですけどね」
振りかえってハンナさんにお礼を言うと、彼女は紫色のサイドテールの毛先を指で触れながらそっぽを向く。
「それでも貴女の魔法のおかげで治療もしやすくなりましたから」
「まあ、お礼は素直に受け取っておきます。ウサト君に恩を売れるのは後々役に立ちそうですしね」
そもそも恩なんて売らなくても大抵の頼み事は聞くんだけどなぁ。
貸しの清算とかそういう形の方が、ハンナさんも遠慮なく頼みごとができるとかそんな感じなのかな?
すると、なにを思ったのか「ハッ」とした表情を浮かべたハンナさんが突然僕の方を向く。
「……よく考えると、これって私のキャラではないのでは?」
「今更では?」
「うるさいですよ!」
ツッコむ僕をハンナさんが睨む。
「私ってこう、元々はもっと悪女みたいな感じだったのに……」
「自分で悪女って言うんですね」
返答は僕へのパンチであった。
自分で悪女っていうのはちょっと恥ずかしい感じだと思うけど……。
「今ではなんかこう……すごい……い、いい人みたいな感じになっているじゃないですか!!」
「普通にいい人っすね」
「だからうるさいです!」
最初に会った時は控えめに言っても物凄く悪い人だったからな。
でもその点に関しては敵同士ということもあるし、僕なんて当時の魔王軍視点でいったら理不尽にぶん殴りながら倒した敵を回復させてくる厄介極まりない奴って印象だったから……。
「……ひとまず、ここの怪我人は全員治療し終えたので、ルルガさんのところに向かいましょうか」
「はぁ、そうですね」
ルルガさんも怪我をしているっていうし、彼にも治癒魔法をかけにいかないとならない。
ハンナさんとそんなことを話していると僕達の元にメイルさんが戻ってくる。
「そういうことでしたら、私がお二人を族長の元にご案内いたします」
「え、いいんですか?」
「もちろんです。ここにいる方々については皆にお任せしましたので、そちらも大丈夫でしょう」
気にしないようにしていたけれど、メイルさんはそれなりの地位の人っぽいな。
オタク知識ではあるけど、来ている服装そのものが……なんというか、特別感がある。こういう状況で先輩がいてくれたなら、速攻でどんな立場にいるか見抜いてそう。
……いや待て、そういえばこの人相手に自己紹介とかしてないな。
「自己紹介が遅れてしまって申し訳ないです。リングル王国、救命団所属、副団長のウサト・ケンです」
「……。魔王領ヴェルハザルから使者として遣わされました。ハンナです」
僕とハンナさんの自己紹介にメイルさんが目を丸くする。
なんか小さい声で「救命団……フラナの言っていた、あの……?」という不穏な呟きが聞こえたが、ここはあえてスルーする。
「あっ、失礼しました。私は“占い師”次期後継者のメイルと申します。これから族長の元にご案内いたします」
占い師……? まさか以前会談で僕を「白き癒し手」と呼んだエルフのお婆さんの関係者なのかな?
占いと聞くと、アマコの『時詠みの姫』と似ているところがあるから少し気になる……けど、そういうことに限って里のトップシークレット的なものなことがあるので、あまり触れないようにしておこう。
メイルさんについていき、広間から出る。
扉を出た先には木造の長い廊下と階段が見え、僕達はそのまま静かな屋内を進んでいく。
「ウサトさんが来てくださって、とても助かりました」
前を歩くメイルさんがふと、そんなことを呟く。
「貴方がいなかったら、彼らは助からなかった……」
「僕が到着するまで命を繋いでくださったのは皆さんです。僕だけの力じゃありません」
実際、的確な手当がされていなければ怪我人の状態はもっと酷いことになっていたはずだ。
そうなっていなかったのは、メイルさんと他のエルフの皆さんが力を尽くしてくれていたからだろう。
僕の言葉にこちらを振り返ったメイルさんが驚きの表情を浮かべる。
「メイルさん?」
「え、あ、その、聞いていたイメージとは少し違っていて」
「……フラナさんからですか?」
そう聞くとこくりと頷かれる。
フラナさん、いったいどんな話を彼女に聞かせたんだ?
悪いイメージではないのは分かるけど、多分僕が滅茶苦茶なことをするような人間だって伝えたのか?
……くっ、否定できない……!!
「まあ、話の7割……いや、5……3割くらいは誇張した話なので……」
「ウサト君。葛藤しての3割なのは分かりますけど、それほとんど事実だって言っているようなものです」
ハンナさんの冷静なツッコミが鋭すぎるぜ……。
いかん、このままでは分が悪い。
なにか別の話題に変えなければ……!!
「そ、そういえば傷に磨り潰した何かを当てていましたが、あれはいったいなんなんですか?」
治癒魔法を施している際に、気になったんだよな。
薬品ではなく磨り潰した緑色のなにかが包帯で被せるように傷に塗られていたから。
「この森で採取できる薬草です。ゴモイ草といって痛みを和らげたり、止血効果などがあるんですよ」
へぇ、鎮痛作用まであるのか。
普通に感心していると、隣を歩くハンナさんが口を開く。
「聞いたことがあります、魔素の濃い場所にしか生えていない植物ですよね。ポーションの材料にも使われることがあるという」
「まあ、よくご存じで。ええ、その通りです」
魔素の濃い……だとしたら結構限られた環境でしか採れない植物なんだな。
まず普通の人が魔物が多くいる魔素の濃い環境に行くこと自体危険なことだから、この薬草を取りにいくことは難しいことなんだな。
「時間があればその薬草を見せてもらったりとかできますか?」
「ウサト君の魔法があれば必要ないのでは?」
ハンナさんの当然の疑問に僕は首を横に振る。
「いえ、もし魔力切れになった時とかに覚えておくといいかと思いまして」
「貴方が魔力切れになる状況っていったいどういう状況なんですか? もう、ここらへん更地になってるくらいじゃないと想像できないんですけど」
ハンナさんは僕をいったいなんだと思っているんですかね。
治癒魔法があるからと頼りすぎるのも危ないから、いざという時のことを考えておくべきだ。
「フッ、なんなら薬草と治癒魔法を合わせて相乗効果とか期待できそう、なんて考えたりしてます」
「薬草を素手で握りつぶしながら、相手を殴るんですか?」
「……!!?」
「なーんて、そんなおかしなことしませんよね!! だからその手があったか! みたいな顔するのやめろ!!」
薬草ではなく、眠気を誘発する類の薬草を素手で潰し、拳に乗せて食らわせる。
名付けるなら……『治癒薬効拳』とでも言うべきか。いや待て、弾力弾で覆えば、さらなる治療効果も期待できるのでは!?
治癒魔法単体で使用するのではなく、その治療作用を補助するアイテムを併用するというアイディアはまさに目から鱗だった……!!
「さすがはハンナさんだぜ……ここまで見越していたなんて」
「ネアさん!! 今すぐこの場に戻ってきて下さい!! このおバカさん、私の手には負えません!!」
「ご心配なく。このアイディアはハンナさんにいただいたものだって、ネアに伝えておきます」
「貴方本当は分かって言ってるでしょ!?」
ツッコんでくるハンナさんを愉快に思っていると、僕達のやり取りを聞いて困惑した様子のメイルさんが遠慮気味に話しかけてくる。
「あー、その……機会がありましたら採取した薬草をお見せしましょうか?」
「あ、よろしくお願いします」
こんな状況だけれど、後の楽しみができたな。
「ふぅぅぅ、その際は私も同行させてください。私も植物には興味があるので……」
「え、ええ、もちろん構いませんよ。……大丈夫ですか?」
「この人と絡んでいるのが一番疲れるってどういうことでしょうね……ハハッ」
そんな話をしている間にルルガさん達のいる部屋の前に到着したようだ。
他の部屋とは違う両開きの扉の前でメイルさんが扉を数回叩く。
「メイルです。ウサトさん達をお連れしました」
『ああ、入ってくれ』
ルルガさんと思われる声が返って来たところで、メイルさんが扉を開き僕らを招き入れてくれる。
魔具の明かりが照らされた部屋には、カズキとフラナさん、そしてベッドに腰かけているルルガさんと、その傍らには以前僕のことを“白き癒し手”と呼んだ占い師のお婆さんがいた。
「ウサト、皆の怪我は」
「全員治療しました。あとは……」
フラナさんに返事をしながら、僕はルルガさんの元に近づく。
若干、顔色の悪いルルガさんはフラナさんに支えられながら、僕を見る。
「事の仔細は娘とカズキから聞かせてもらった。リングル王国からの救援……そして、傷ついた皆を治療してくれたこと、心から感謝する」
「救命団員として当然のことをしたまでです。ひとまず、傷を診せていただいても構いませんか?」
「ああ……頼む」
ルルガさんの腕に触れて治癒診断を施す。右腕と左足を怪我しているな。
フラナさんの言う通り重症ではないが、それでも動けないくらいの怪我ではある。
手早く治癒魔法を流し十秒とかからない内に傷を完全に癒すと、痛みのなくなった手足を見た彼が驚きの表情を浮かべる。
「もう、治ったのか……?」
「はい。ですが体力を消耗していることには変わりないので、しばらくは安静にしていてください」
包帯を外し、完全に傷が塞がった腕を見るルルガさん。
その様子にフラナさんも安心したように胸を撫でおろしていると、ルルガさんの傍に控えていたお婆さん……“占い師”が声をかけてくる。
「よく来てくれたな。白き癒し手、ウサトよ」
「お久しぶりです」
「以前に顔を会わせた時は名乗らなかったな。セツだ」
セツさんか。
よく見ると、セツさんの装いとメイルさんの服装が似ているような気がする。
なにか関係のある立場なのかな? メイルさんも自然とセツさんの傍に控えるように移動しているし。
「先も話したが、今の状況は娘から聞いている。君たちのおかげでこの里は守られた」
「でもお父さん。あの怪物はまたやってくるわ」
「……ああ」
フラナさんの言葉にルルガさんが深刻そうに頷く。
「この数日、凄まじい執念で襲撃してきた怪物共だ。一度撃退した程度では諦めないだろう。この間に防御と撃退の準備を整えなければならないな」
「俺の魔法で作った砦も魔力を籠めさえすれば、それなりに機能し続けますがそれにも限界があります」
「ああ。襲撃が長引けば、物資に限りがあるこちらが不利だ」
今、隠れ里が置かれている状況は深刻といってもいいだろう。
一時撃退したのはいいものの、あの怪物がどこからやってきているのか、そもそも何なのかすら分かっていないのだから。
そして、最も厄介なのが相手はあの怪物だけじゃないってことだ。
「一つ、僕からご報告したいことがあります」
ここで僕は先の戦闘の際に遭遇した闇魔法使いについて話す。
獣と騎士が混ざったような姿をした漆黒の戦士。そして同化しているフェルムと、マントの中にいるキーラにまでダメージを与える不可思議な能力を持つ剣。
話を聞いたルルガさん達は、怪物以外の敵の存在に驚きを露わにする。
「多分、僕が相対した謎の戦士の正体は闇魔法使いでしょう。それも二人、人型と剣、それぞれ別の闇魔法を持っている可能性が高いです」
「なんだと……!? しかし、なぜ闇魔法使いが私たちの里を襲撃する!?」
ルルガさんの視線は、僕と一緒に部屋に入ったハンナさんへと向けられる。
魔王領からやってきた魔族である彼女は、どこか気まずそうな面持ちのまま首を横に振る。
「私達にもそれは分かりません。……残酷な話ですが、闇魔法に目覚めた子供を捨てる親は少なくありません。親に捨てられ、人間の領域に流れ着いた闇魔法使いがそのまま成長する……という可能性もゼロではないんです」
「なんという、ことだ……。あれが何者かの悪意によって引き起こされたものかもしれないのか……」
謎の怪物だけなら自然災害と似たようなものと割り切れただろうけれど、人の手が関わっているなら今の状況は誰かしらの悪意によってもたらされた可能性がある。
そうだとしたら、あの怪物をなんとかするだけでは問題は解決しない。
「……ウサト、そいつらの使う闇魔法の能力ってなんだったんだ? やっぱり闇魔法っていったらフェルムやキーラみたいに固有の能力みたいなものがあるんだろ?」
カズキの質問に僕はどう説明していいか困ってしまう。
闇魔法は他の系統と比べて極めて特殊な魔法だ。フェルムの同化にキーラの飛行のような普通では考えられない能力に目覚めていることもありうるほどだ。
でも、僕があの獣戦士と戦った感想は「よく分からないまま、素のパンチで殴って攻略した」ってだけなんだよな……。
肝心の相手の能力を一切合切無視しちゃったから……いや、とりあえず攻撃された時のことを話してみるか。
「闇魔法で作られた武器を腕で弾いた時、僕自身は特になんの影響もなかったんだけど、同化しているフェルムにダメージが通ったんだ」
「ダメージ? 具体的には?」
「本人曰く、神経に直接触られるような痛みらしい」
不思議なのは僕には全く影響がなかったことだ。
それなのに直接フェルムとキーラにダメージが行くなんて、いったいどういう能力なんだ?
「……ウサトには効かなかったんだよな。それじゃあ魔力を切り裂く類なのかな?」
「それが分からないんだよね。相手の反応からして、僕の生身で弾かれたこと自体に驚いているみたいで」
「魔力を切り裂くなら、ウサトに刃が通らないことに驚くわけがないよな……」
本当にいったいどんな能力なんだろうな。
刃の形状を変化できるようだけど、それさえも僕の生身には弾かれていたみたいだからなぁ。
僕とカズキが思わず考え込んでいると、それを見ていたハンナさんが軽く手を上げながら口を開いた。
「いや、単純にこの人を基準にして考える方がダメでは? そもそもこの人に刃物が通らないこと自体意味不明ですし」
「「「……」」」
「あの、僕を見て真顔になるのはやめてください」
確かに、みたいな反応を返すのはもう失礼では?
なんで敵の攻撃に無傷なだけで僕がおかしいみたいなことになるんだ。
あんまりすぎる周りの反応に肩を落としていると、今まで話を聞いていたメイルさんが遠慮気味に手を挙げる。
「あの、それじゃあウサトさんはその……敵を逃がしちゃったとお聞きしましたが、一応は倒したんですよね? それはいったいどうやって……」
「治癒魔法なしの拳で不意打って気絶させました」
「「「????」」」
メイルさん、そしてルルガさんとセツさんに首を傾げられてしまった。
でもカズキは意味が分かったのか「早速使ったのか」と感心し、フラナさんとハンナさんは普通に顔を青ざめさせている。
「……ウサトの言う通り、何者かの悪意が関わっているとなれば……状況は我々が想定していた以上に悪いな」
「ルルガよ」
思い悩むルルガさんにセツさんが、静かに声をかける。
「この状況だ、我々も手段を選んでいる場合ではないぞ」
「……ええ。この里を襲う敵の正体が分からない今、我々にできることは限られています」
そう呟いたルルガさんが、なぜかカズキから僕を見る。
「カズキは里を守る魔法を展開している今動けない。……だが、ウサト……もしかすると、君ならばあの方に……」
「え?」
あの方? いったい誰のことを指しているのだろうか。
僕を見て、ルルガさんはまた思い悩むように黙り込んでしまった。
「……いや、まだ決めるには早計だ。セツ様、もう少し時間をいただいても構いませんか?」
「ああ。だがあまり時間をかけられないぞ」
「はい」
……僕が関わっていそうで気になるけれど、ここはあまり追及しない方がいいな。
族長であるルルガさんが慎重に悩む時点で、部外者である僕には資格がない限り聞いてはいけない内容なのだろう。
治癒薬効拳:薬草を握り潰しながら治癒魔法で殴る攻撃。相手は混乱する。
多分使わない。
今回の更新は以上となります。
次回はもしかしたら閑話になるかもしれません。




