第五百八話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第五百八話、更新いたします。
ひとまず僕が純粋な一切の混じりっ気なしの人間だということをエルフの皆さんに知ってもらうことができたようだ。
依然として得体のしれない存在を見るような視線を向けられてしまっているが、それは初見のインパクトが強いだけでそれもすぐになくなるだろう。
今、重要なのはこの後の話だ。
「カズキ、ウサト。お父さんと怪我人のところへ案内するわ」
「ああ」
「あ、少し待ってほしい」
怪我人のところに向かうのはいいけれど、それより先に先ほど同化を解除したアマコ達の方を見る。
「フェルム。今から怪我人の治療に向かう。君も手伝ってくれ」
「……ま、ボクも救命団員だからな。仕方ないから手伝ってやる」
まず近くにいるフェルムにそう話しかけると、彼女は仕方なさそうに肩を竦める。
その隣にいたキーラも何か言いたげな表情の後に、一歩前に踏み出す。
「ウサトさん、私も……」
「キーラ。君はここでアマコと待っていてほしい」
「え、でも……」
「昼間から魔法を維持して疲れているだろう? 次にいつあの怪物の襲撃があるか分からないから、ちゃんと休んでいてほしいんだ」
キーラが疲れていることもそうだけど、これから向かう所には沢山の怪我人がいる。
僕とフェルムは怪我人を視ることに慣れているが、目を背けたくなる怪我を負っている人だっているはず。
そんな場所に子供のキーラを連れていくべきじゃないし、それはいくらこの子が大人びているからといって許容していい話じゃない。
それでもついてきたそうな顔をしているキーラに視線を合わせるように屈み、その頭に軽く手を乗せる。
「大丈夫。君も救命団の一員だ」
「……はいっ」
「因みにフェルムを同行させるのは一番元気だからだ」
「おい?」
傍でフェルムの問い詰めるような声が聞こえるが、スルーし次にアマコに話しかける。
「アマコ、キーラとブルリンと一緒に待ってもらってもいいかな?」
「うん。任された」
よし。アマコが傍にいてくれればキーラもブルリンも大丈夫だろう。
ひとまず安心していると、僕たちの様子を見ていたハンナさんがノノさんに声をかけていることに気付く。
「ノノ、貴女もこの子たちと一緒に待機。ついでにショーンを置くところも聞いておきなさい」
「了解しました!!」
ノノさんはこの場に残るのか。
なぜかげんなりと疲れた様子だし、この人も待機した方がいいんじゃないか?
「ハンナさんも一緒に来るんですか?」
「仕方ないですけどね。こんな状況ですけど、使者ですしその体裁くらいはちゃんとやっておかないといけないんです」
「へぇ、大変っすね」
「他人事なの超むかつく……!! えいっ!!」
今度はつま先で僕の脛を強く蹴ってくる。
ガッ、と音が鳴るが強く蹴りすぎたのか、ハンナさんが足を涙目で抑えている。
そんな彼女にフェルムが慰めるように声をかける。
「やめとけハンナ。こいつ脛も効かないから。ブルリンに殴られてもビクともしてないんだぞ」
「いったい何でできてるんですかこの人ぉ!!」
「訓練と筋肉」
「それもう人体改造の隠語かなにかでしょ!?」
そんな含みもなにもないんですけどね。
とりあえずアマコ、ブルリン、キーラ、そしてついでにノノさんをその場に残していくことをフラナさんに伝える。
「あの子たちは休めるところに案内させておく。ブルリンとあの飛竜のことも心配いらないわ」
「ありがとう」
「お礼なんていいわよ。さあ、行きましょう」
アマコ達をその場に残し、僕、フェルム、カズキ、ハンナさん、フラナさんの五人で移動する。
足場となる場所は変わらずツリーハウスのように組み上げられた木材の上で、改めて周りを見ると同じような建物が大樹の枝の上に作られ、それらが全て木材で作られた橋で繋げられている。
「……こんな状況じゃなかったらエルフの建造技術を楽しめたんですけどねぇ」
そう独り言を呟いたハンナさんの言葉に頷く。
以前、魔物の領域でもネアと一緒に楽しそうに遺跡とか建物とか見ていたからなぁ。
「確かに。ネアもこの場にいたら同じことを言いそうですね」
「……え、ネアさんいないんですか? ……彼女の場合、こういう騒動には絶対いると思ったんですけど」
「ああ、それはですね」
驚くハンナさんに、ネアがなぜこの場にいないのか簡単に説明する。
まあ、そんなに難しい事情ではなく単なる里帰りをしているというだけの話なんだけど、どういうわけかハンナさんが苦悶の声を上げて頭を抱え始める。
「私への負担が大きすぎませんかこれ? ネアさんがいないとか、この人の暴走を誰が抑えられるんですか?」
普通に失礼なことを口にするハンナさんの肩にフェルムが手を置く。
「心配するな。ボクとアマコがいるから大丈夫だ。……多分」
「そこは自信をもって大丈夫って言ってくださいよぉ!?」
「あの、ナチュラルに僕が暴走する前提で話すのやめてくれない?」
そもそもの話———、
「僕が暴走したことなんて一度たりともないんだけど」
「「「え」」」
フェルムとハンナさん、そしてなぜか前を歩いているフラナさんから驚きの声が上がる。
思わず前を向くと、すぐに目を逸らされる。
以前、ヒノモトでジンヤに挑発されて怒りに任せて攻撃してしまったことはあるけど、理性を失って暴れ回るとかそういうことをしたことは一度もない。
カズキもそれを分かっているのか、皆の反応に首を傾げている。
「そうだぞ? ウサトは滅茶苦茶しているように見えて、暴走したことなんて一度もないぞ」
「だよね。皆失礼しちゃうよ。———僕は常に普段通りで戦ってるのに」
「ひぇ……」
明るく口にしたのに、ハンナさんが顔を真っ青にさせて体を震わせる。
そんなハンナさんをフェルムが慰めるように背中に手を置いている姿を見て妙な理不尽さを感じる。
……まあ、僕が暴走しているかどうかなんて今はどうでもいい。
重要なのはこの後ルルガさんとの話ではなく、怪我人の人数とそれぞれの負傷の度合いだ。
「……備えとくか」
練り上げた魔力を背中に回しストックしておく。
戦闘中は余裕を持たせるために六、七個に留めているけど平常時なら十個は余裕で維持できる。
後ろで「また変なことしてる……」というハンナさんの呟きを耳にしていると、前を歩くフラナさんの歩く先に一際大きな木造の建物が視界に映る。
「……」
微かに血とアルコールが混じった匂いがする。
それだけで目的の場所と判断した僕は、軽く深呼吸をしもう一度救命団員として意識を切り替えながら、建物へと足を踏み入れる。
「……うぅ」
「痛ぅ……」
「うあ……」
建物内には怪我を負ったエルフの人たちが簡易的な布団のようなものに寝かされ治療を受けており、彼らに手当を施している五人ほどのエルフがいた。
「「っ」」
「……ウサト」
「ああ」
息を呑むカズキとフラナさんと、僅かに顔を顰めながら僕を見るフェルム。
深い噛み傷、爪による裂傷、骨折からの青く腫れあがった手足、他打撲など。
入ると同時に発動した治癒感知で把握した怪我人の人数と状態は重症が17人、軽傷が20人。
幸い手遅れな人はいないが、それでも一刻も早く治療しなければならない。
「っ、姫様! ご無事でしたか!!」
すると、入って来た僕達に気付いたのか怪我人の手当をして回っていた黒っぽい灰色の髪を肩ほどまで伸ばしたエルフの女性がフラナさんへと駆け寄る。
白い修道服のように見える少し変わった服装の彼女を見て、フラナさんも安堵の表情を浮かべる。
「もう、メイル、姫様はやめてよ。私は大丈夫よ、それに里ももう心配ないわ」
「そうですか。……それにリュウセン……様と、そちらの男は……」
メイルと呼ばれた女性が少し目を鋭くさせてカズキから僕へと視線を向けてくる。
なんかちょっと睨まれている? 人間の僕達がいるからかな?
不思議に思っていると、カズキが声を潜めて話しかけてくる。
「あの子はフラナの幼馴染のメイル。あー……なぜか俺は彼女に苦手に思われているらしいんだ……」
「へぇー」
カズキが苦手に思われるのってなんか珍しいな。
なんか僕にもそんな感じに思われているみたいだから別の理由がありそうだ。
……メイルさんが抱えている布が掛けられた桶を見る。
これから使うためのもののようで、中身は空だ。
「……すみません。その桶をお借りしてもいいですか?」
「え? 桶ですか? いったいどうして……」
「メイル、安心して。彼はウサト、凄腕の治癒魔法……使い……よ?」
フラナさん、なぜ疑問形なんですかね……?
彼女の言葉に戸惑いながらも、メイルさんがボクに桶を差し出してくれる。
「……分かりました。どうぞ」
それに僕は掌を掲げ、先ほどからストックしていた弾力付与を施した治癒魔法弾を桶に落としていく。
ぽぽぽ、と続々と桶に放り込まれていく治癒魔法弾にメイルさんが目を丸くする。
「え、な、ななななに!?」
「治癒魔法弾です。これを怪我人の患部に当ててください。痛みを和らげることもできるし、応急処置にもなります」
「??? ぁ、っ、か、かしこまりました!!」
一瞬呆けた後に、僕の意図をすぐに察してくれたメイルさんはすぐさま僕達から離れ、怪我人に治癒魔法弾を配りにむかってくれる。
「さて、と」
それに合わせて僕も治癒魔法の波動を全身から放射状に放ち、建物内を治癒魔法の粒子で診たす。
するともう一度怪我人で溢れた屋内を見渡したフラナさんは、僕の方を振り返る。
「ウサト。まずはここにいる皆を助けて」
「それはもちろんだけど、ルルガさんは?」
僕の言葉にフラナさんは首を横に振る。
「お父さんの傷はそれほど酷いものじゃないから、まずは重傷者を優先させて。……お願い」
「ああ、必ず助ける。カズキ、君はフラナさんと一緒に先にルルガさんに説明を頼めるかな?」
「任せておけ」
説明するだけならカズキだけでも事足りるし、僕がここにいる理由は怪我人の治療のためだ。
恐らくルルガさんのいる奥の部屋へ向かっていく二人の背中を見送った後に、僕は改めてこの場にいる怪我人を確認し……なぜかまだこの場にいるハンナさんに声をかける。
「え、貴女はカズキ達と一緒に行かないんですか?」
「あの空気で私だけ行けるわけないじゃないですか。どーせ、親交云々の話どころじゃないし、こっちのことを説明するのは後でも大丈夫です」
まあ、それはそうですけど。
でもこの場にいてくれるってことは手伝ってくれるって思ってもいいのかな……?
「ハンナさん。幻影魔法で痛みを和らげることはできますか?」
「できなくはないですね」
「頼めますか?」
そう尋ねると、わざとらしい素振りでハンナさんが肩を竦める。
「……はぁー、もぉー仕方ないですねー、これ貸しですからね? ウサト君、これは貸しっ! いいですね?」
「はいはい、分かりましたから」
貸しという言葉を強調するハンナさんに苦笑い。
まあ、この人の協力が得られるなら貸しくらい全然構わないか。
なんだかんだで無茶なことを言う人ではないし。
「面倒くさいなコイツ……」
「フェルム、同化してくれ」
「ん? よしきた」
フェルムの闇魔法で同化を確認すると同時に、脇腹に深い噛み傷負ったエルフの男性の前に移動する。
すると、治癒魔法弾を粗方配り終えたメイルさんが、慌てた様子で僕の元へ駆け寄ってくる。
「彼は脇腹に深い傷を負っています! 木片がいくつも食い込んで無暗に動かせば傷が開いて、下手をすれば内臓が……」
「大丈夫です。……ハンナさん」
「はい」
ハンナさんが男性の側頭部に手を添え、幻影魔法をかける。
すると、痛みに苦しんでいた男性の表情が少しずつ収まっていく。
「痛みそのものを消したわけではありません。幻に慣れる前に治癒魔法をお願いします」
「はい」
彼女の言葉に頷き、闇魔法に覆われた手を血の滲んだ包帯の上から翳す。
そのまま闇魔法で傷口とその周囲を覆い治癒診断で怪我の状態を完全に把握していく。
「な……っ!?」
「……」
メイルさんが息を呑むが、構わず目の前の怪我人に集中する。
確かに木片がいくつも傷口に食い込んでいる……けど、治癒診断で正確に木片の位置を把握し、それを闇魔法で―――捉えた。
「———系統強化」
そのまま治癒魔法の系統強化を施す。
深い緑の光が患部に集中して当てられ、十秒と経たずに傷を塞いだ後に包帯を巻き込むようにして闇魔法を引き抜く。
血に染まった包帯と摘出した小さな木片を手の中に確認し、最後に治癒魔法を施した箇所に、治癒コーティングを施しておく。
「……え?」
「この人はもう大丈夫です。治癒魔法は時間が経てば消えます」
「大丈夫って……嘘、傷が……」
系統強化は僕が施せる最大の治癒魔法。
魔力の消費に目を瞑れば大抵の怪我を治すことができる。
……系統強化も魔力の消費量を少なくできるようになればいいんだけれど。
「本当にデタラメな回復力ですねぇ。では、私は他の方に魔法をかけていきます」
「よろしくお願いします。……さて、僕も頑張らないとな」
血の滲んだ包帯を処分しながら、魔力を放射し次の怪我人を探す。
他にもまだまだ怪我人がいる。
僕の腕だけじゃ足りない―――けど。
「フェルム。治癒同調を発動しておく、ストックした治癒魔法を勝手に使っていいぞ」
『ああ! やばい怪我じゃない奴はボクに任せろ!』
同化し背中から伸ばした闇魔法の手を介してストックしていた治癒魔法を流し込み、治癒診断で診た上で裂傷を負った4人の怪我人を同時に癒す。
改めて自分の魔力量を確認しつつ、驚きに言葉もないメイルさんと、この場にいる他のエルフの人たちに声をかける。
「怪我人がいたらここに連れてきてください」
「……は、はい!」
救命団の本分は戦うことではなく助けることだ。
この場にいる誰一人として、絶対に死なせはしない。
治癒魔法を正しく使っているはずなのに、なぜか違和感を覚えてしまう治療パート。
そして幼馴染で一番の親友のフラナの傍にいるカズキとウサトを少し威嚇した直後に、ウサトがとんでもないことをし始めたせいでそれどころじゃなくなるメイルでした。
今回の更新は以上となります。
次回はなるべくはやく更新したいと思います。




