第四百十六話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
第四百十六話です。
集められた七人の勇者同士の顔合わせは結構大変だった。
全体的な印象として、会った勇者の方々の誰もがキャラが濃かった。
今は宿に戻り、顔合わせで出会った勇者について話し合ったり、追加で送られてきた第一の試練についての資料を確認したりして、なんやかんやで遅くなってしまった。
「フェルムとネアは寝てしまったようですね」
「ふふふ、そうだね」
話ばかりで疲れてしまったのか、二人はリビングのソファーで眠ってしまった。それぞれの部屋のベッドに運んだ後、第一の試練について記されている用紙に目を通している先輩の元に戻る。
「どうしてまだ伊達メガネを……?」
「フッ、こうしていると知的美人だろう?」
「ええ、美人ですね」
「へっ、えへへ……ん? あれウサト君、私の知的はどこに……?」
自分から知的っていわれると知的に見えなくなる不思議。
まあ、先輩は元々頭がいいから眼鏡関係ないんだろうけどね。
「勇者集傑祭、第一の試練……ですか」
「面白いルールだと思うよ。それぞれの国の勇者の力が拮抗するように作られたものだね」
殺傷武器の使用禁止。
攻撃目的の魔法禁止。
これが根幹となるルールだが、逆を言えばそれ以外の攻撃手段は使ってOKって意味でもある。
「そして、系統強化、勇者の武具の禁止。そして私に限っては雷獣モードの制限とはね」
「さすがに先輩のアレは制限かかりますよ。僕ですら魔力感知抜きじゃ捉えるの難しいですし」
「フッ、でも制限をかけられればかけられるほど強者感が増すから、ちょっと嬉しくもある」
すごくポジティブだ。
先輩は勇者として名を馳せているからその能力も結構バレている。
なので思いっきり制限がかけられたが、一方の僕には一切の制限がかかっていない。
勇者の武具も今はないし、系統強化の禁止も僕が使っているのは系統強化の失敗———即ち魔力の暴発なので、ルール違反ではない。
「各勇者、そして一人選んだ従者にそれぞれ一つの腕章が配られる。勇者……まあ、この際分かりやすく言うならプレイヤーは制限時間内で腕章を守り、奪いながら最終的な腕章の数、ポイントを稼いでいく……」
もちろん勇者と従者では持っている腕章のポイントが異なり、勇者は2ポイント、従者は1ポイントと設定されている。
腕章を奪われた勇者、従者もその場で失格というわけではなくそのまま腕章を奪還しにいったり、他の勇者や従者に狙いを定めることもできる。
かなり分かりやすいルールだけれど、シンプルなだけに予想しにくい乱戦が勃発しそうで怖いな。
「うぅん、騎馬戦みたいで楽しそうだねぇウサト君!!」
「それじゃあ僕が貴女を背負えばいいんですか?」
「ふふふ、それも面白そうだ。……いや、本当に戦術としてよさそうだね……やってみる?」
「先輩、僕は馬よりも速いので……アリですね」
いつも背負って走っているブルリンと比べれば先輩は羽根みたいなものだ。
「街を走る僕が、治癒同調と治癒感知により背中の先輩に索敵範囲を知らせ、先輩が雷獣モード0の特化した反射神経で腕章を奪い取る……まさしく完璧な作戦ですね……!!」
「ああ、明日ネアに提案してみよう。ふふ、驚くのが目に浮かぶよ」
多分、絶対反対されるし嫌そうな顔をされるのも分かるが、それでもナイスな作戦であることには変わりないので嬉々として説明しにいこう。
「ウサト君、この試練のキモは独特の制限にあると私は思うんだよ」
「どういうことですか?」
「この制限には具体的なペナルティが決められていない。いや、違うね……勇者としての立場、矜持を傷つける、というのがリスクとなっているわけだ」
あー、そういうことか。
これといったペナルティはないけれど、国の代表としての立場である自分たちが試練のルールを破ることは、勇者としての名前を傷つけることに繋がってしまう、というわけか。
「ルールを破るペナルティがない。つまりはバレないように制限を破れば問題ないという抜け道があるということさ」
「……それって大丈夫なんですか?」
「というより、そういうことも織り込み済みの制限だと思うよ? なにせ、勇者としての知恵と技量が試されることになるだろうからね」
だから第一の試練ってこと……?
うーん、でも先輩は系統強化も目立つし、雷獣モードもすぐにバレるどころじゃないから、先輩だけが完全に制限をかけられちゃうんだよな。
「思っていた以上に奥が深い。ここに来た目的を忘れたわけじゃないけれど、楽しみになってきたよ」
「やるからには僕も全力を尽くしますよ」
僕がヘマをしてリングル王国や救命団の名に泥を塗りたくないしな。
話もひと段落ついたので、テーブルを軽く片付けてからまたソファーに腰かける。
……。
……、今なら聞けるかな。
「さて、先輩。そろそろお話を伺いましょうか」
「え……な、なんのことかなー?」
「……」
「わ、分かったから無言で笑みを深めるのやめて……?」
この期に及んですっとぼける先輩に笑顔で首を傾げる。
聞く内容は、広間でナイアさんと話していた時に先輩が口にしていた……彼女に弟がいたことだ。
「弟がいた、って言ったよね」
「ええ、今日初めて聞きましたけれど」
「特に言うことではなかったからね。何分、元の世界の話だったから」
時折、先輩の妙な反応には引っかかっていた。
かわいい年下の女の子をとりあえず妹にしようとする先輩が、弟というワードが出た時は微妙な顔をしたり、拒否反応みたいなそぶりを見せたりをするのは。
「私が元の世界に未練がないことは君も知っているよね」
その言葉に頷くと、先輩は視線を下に落としながら話を続ける。
「その理由の一つはね。私の元の世界の家族に関係ある話、なんだ」
「家族……」
「私の実家は厳格な家柄でね。時代遅れの意識とエリート思考が融合したところさ」
話の節々でなんとなくそんな感じの家柄だとは思っていたが、言葉に出しただけで先輩がこんな顔をするなんてすごいところだったんだな。
「両親は俗に言う政略結婚で一緒になった間柄で、利害の一致で家族になったんだ。だから、特に夫婦仲がいいわけでもなく、どちらかというと仕事で家にいない時間の方が多かったくらいさ」
「先輩と、弟さんは家で二人きり?」
「お手伝いさんがいたから二人きりというわけじゃなかったよ。でも、あの人たちが私のことを家族として見ていたかは……未だによく分からないんだ」
分からない……?
「なんというか……私を見ているようで、見ていないんだ。高いお金を払って習い事や家庭教師を雇って、時折顔を見せてくることはあったけれど、それは私がどれだけ学習したかを確認しにきていたんだと後から知った」
「……それは」
「おかしいのは分かっていたよ。中途半端な放任主義とアニメ大好きな家政婦さんのおかげで私は無事にオタク文化にどっぷりと浸かって世間の一般常識というものを学んでいたからね」
「一般常識とは……?」
い、いや、先輩を取り巻く環境と比べたらオタク文化から得られる一般常識の方が大分まともでしょうけど……う、うーん?
「でもね、結局私も自分のことだけしか考えてなかったんだ。親に求められた課題をクリアして、自分の世界に没頭している間に、弟は……あの子がどれだけ傷ついていたのかを、私は少しも分かってあげられなかった」
「……なにがあったんですか?」
「弟は私のせいで両親から責められていたんだ」
思い出すのも辛いのか、少しだけ苦々しい表情を浮かべた先輩は続けて言葉を口にする。
「別に弟の成績が悪いわけじゃなかったんだ。だけれど、必要以上の完璧を求めたあの人たちは……少しの間違いも許さずに、悪意もなく私を引き合いに出してあの子を詰っていたんだ」
それは少なくとも実の両親が子供に求めていいものじゃないことは確かだ。
だけど、そのせいで弟さんは先輩に強い敵意を持つことになってしまったのか……。
「姉さんなんて居なければよかった。———弟の憎しみと怒りの混ざった涙ながらの訴えで、ようやく私は自覚したんだ」
「なにを、ですか?」
「人の気持ちが分かっていなかったんだって」
言葉を失う僕に先輩は自嘲気味に笑う。
「私は無自覚に、苦しんでいる弟を傷つけていた。親からの期待の言葉も、周りの羨望の眼差しも無視して自分の殻に閉じこもって……」
「……」
目標がない。
それがこの世界に来る前に先輩が口にした言葉。
もしかしたら、先輩にとってなんでもできてしまう自分自身が嫌いで、なにかをする気が起こらなかったのか……?
「出来のいい人形としての私を必要とする人はいるけれど、犬上鈴音という一人の人間を必要としていた誰かはどこにもいなかった。それを、弟の言葉で理解させられて……なんだか冷めちゃった」
「冷めた……?」
「多分、この世界に召喚されていなかったら私は家を継ぐことはなかっただろう。いや、それどころか会社を乗っ取ってあの両親と同じような冷徹な経営者とかになっていたかもしれないね」
冗談めかして微笑む先輩はどこかぎこちない。
元の世界で誰もがイメージしていた先輩の姿。
周囲に求められるがまま、進んでしまったのならそういう残酷な未来もありえたのかもしれない。
「そう、ですか」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……え、それだけ!?」
いや、変に慰めるようなことを言うべきじゃないと思って。
ややオーバーに反応した先輩に僕は軽くため息をつく。
「なにも言えませんよ。貴女の話を聞いて、僕が先輩のご両親や弟さんを悪く言うつもりはありませんし、なにより……先輩の中ではもう割り切っていることなんでしょう?」
「……うん。そう。その通りだ」
最初あの森———リングルの闇で話した時のように、この話はもう先輩にとって乗り越えた話だ。
話してくれたのは僕を信頼してくれたからなので、過去を聞いた上で話していけばいい。
「ちなみに聞きますけど、今日まで僕やカズキと関わってきた貴女は演技をした偽りのままの貴女ですか?」
「まさか、そんなことないよ!!」
「それじゃあ、答えは出ているじゃないですか」
「え?」ときょとんとする先輩に僕は苦笑する。
「貴女は人の気持ちをよく分かっていますよ。貴女の明るさにいつも元気をもらっているし、助けられているんですから」
「ウサト君……」
「少なくともこの世界に召喚されてから今日まで、貴女は僕とカズキにとっての大事な人です」
……なんか恥ずかしいこと言ってしまったなオイ……ッ!!
くっ、だが先輩の弟さんの言葉のインパクトを消し去るにはこれぐらい正直に言った方がいいだろう。
若干、照れ隠し気味に斜めに下げていた視線を先輩に戻すと、彼女は呆けていた。
「……いや、なんか……うん、闇魔法使いが君に心を開く理由がより分かった気がする」
「なんで……?」
「君は弱った人を慰めるんじゃなくて、前に進めるように背中を押してくれるんだね。多分、君がこれまで影響を与えてきた人すべてに当てはまることだと思う」
「いやいや、そんな大げさな」
そんなに深く考えて話してないんですけど。
「君の言葉にも治癒魔法って宿るの?」
「口から治癒魔法を放つってことですか? やろうと思えばできると思いますが」
「いや、そういうことじゃ……できるの!?」
ようするに口に治癒魔法を溜めて吐き出せばいいだけだし。
毒霧ならぬ治癒霧、みたいな。
……うん、普通に汚いし使う場面もないな。
「話してくれてありがとうございます」
「いやいや、私もこうやって吐き出せてすっきりしたよ。……今まで誰にも話してなかったことだったから猶更だよ」
先輩も色々と抱えていたってことか。
でも元の世界と比べると、今の先輩は生き生きしているから大丈夫だ。
「それはそうとウサト君」
「はい?」
「ミルヴァ王国の件、どうするんだい? さっき使いの者が来ただろう?」
宿に戻った後、試練の関する書類の他にランザスさんからの文が届いていた。
その内容はレインの治癒魔法の訓練について。
「明日からすぐに始められますよ」
「場所はここの訓練場かな?」
「そうなりますね。……多分、あの子は系統強化を習得したいと僕に言って来るでしょう」
今日、ランザスさんを癒した時、彼の目に並々ならない決意が見れた。
「正直、私たちには彼の訓練に集中するほど時間はない」
「ええ、ルクヴィスでナックを鍛えた時とは事情が違いますからね。だけど、鍛えるからには全力でいきます」
そのために色々と訓練法を考えなければならないけど。
まずは魔力回しからだな。
あれは体内の魔力操作技術を向上できるから……ん?
「先輩、ちょっと握手してください」
「? はい」
「ちょっと治癒診断します」
差し出された手を握り、僕の治癒魔法を先輩に流し、治癒診断を施す。
「ウサト君、どうしたの?」
「すみません、ちょっとくすぐったいかもしれません」
「へ? ひやぁぁ!?」
治癒診断、からの治癒同調に移行すると同時に先輩の魔力の流れを少し加速させる。
僕の治癒魔法で流れを加速させているので無害だけど、先輩を驚かせてしまったようだ。
「び、びっくりしたぁ!? な、なにしたの!? か、身体の内側がぎゅぅん!! って感じになったんだけど!?」
「す、すみません。ちょっと治癒同調の要領で貴女の魔力回しを加速させてみたんです」
「……マジ?」
先輩、語彙力。
だけれど、これは成功したってことでいいのではないか?
魔力回しの掴みを体験させるにはこの方法はかなり有用と見た。
「そして、治癒診断が相手の魔力に干渉できるとすれば……先輩、握手した手にちょっと電気纏わせてください」
「うん、構わないよ。……ふっ」
バチッ、と握手した手に先輩が電撃を纏わせる。
そして後は僕が———、
「っ」
「わっ」
僕の手から電気が弾け、先輩との握手が弾かれる。
自身の手を見た先輩はさきほどとは違う驚きの顔で僕を見る。
「ウサト君、今のは……」
「先輩」
治癒診断、本当に奥が深い技術だな。
でも、これはまたウェルシーさんに怒られてしまいそうだ。
「系統強化の訓練、なんとかなりそうです」
レインの短期間での系統強化習得。
光明は見えたが、この訓練をするには……彼の決意と血を見る覚悟が試されるな。
先輩の結構重い過去話でした。
今回の更新は以上となります。




