閑話 従者の思惑
お待たせいたしました。
今回は閑話、ネーシャ王国、ミルヴァ王国の従者それぞれの視点でお送りいたします。
今回の顔合わせのメインは間違いなくリングル王国の勇者とその従者だろう。
次点で神龍ファルガの槍を持つミアラークの勇者。
勇者召喚術式という埒外の道具により異世界から招かれた才ある人間と、巻き込まれた人間。
彼らの存在は私にとっても非常に興味深いものであった。
「色々とあったねぇ。今回の顔合わせの場は」
ネーシャ王国からの来賓である私たちに用意された宿。
勇者同士の顔合わせという毎回恒例の面倒な催し物を終えた私の教え子たちは、脱力するようにソファーに座っていた。
「はふぅ。あんな場は初めてなので緊張しましたぁ」
「お疲れ様、エリシャ。大変だっただろう」
「大変でしたけれど、思っていたより勇者の皆様が怖い方ではなかったので……むしろ一番大変だったのは……」
「ん?」
エリシャはソファーで液体のように脱力している姉、リズを半目で見る。
リズは基本的に何者にも縛られない性格だからねぇ。それが彼女たらしめる部分とも言えるがエリシャと私からすれば大変だ。
「あとはガルガ王国のあの人はちょっと怖かったです」
リヴァルか……アレは威勢がいいだけで特に脅威でもなんでもない。
むしろアレが噛みついていた彼女、アウーラの方が興味深い研究をしていたね。
「他の勇者に思ったことはあるかな?」
「他の方々だと……ミルヴァ王国のランザスさんは話していないから分からなくて……フレミア王国のアウーラさんはかわいそうな人って印象で……カーフ王国のクロードさんは、抜け目のない人だなーって思いました」
「うんうん。よく見ているね。クロード……彼は長い間勇者としてその地位にいる歴戦の戦士だ。若かりし時の彼はその苛烈な槍さばきとで“勇猛”の勇者と呼ばれ、老成し経験と技術を併せ持った彼は“不退”の勇者と呼ばれるに至った古強者さ」
彼とは一応顔なじみだ。
多分、あっちは私のことを苦手に思っているだろうけれどね。
「ミアラークのレオナさんは実際にお話ししてみて、ものすごく理性的でかっこいい人でした」
「彼女はミアラークの勇者として勇者イヌカミ、カズキ達と共に魔王軍と戦った実力者だね」
「なんというか、話していて勇者って感じがしました!!」
間違ってはいない。
異世界から招かれた勇者達を除けば、勇者として多くの武勲を立てているのが彼女だ。
ミアラークを危機に陥れた龍人との戦い。
魔王軍三度目のリングル王国侵略に際しての参戦。
少数精鋭での魔王領潜入、魔族との戦いを終結に導いた立役者の一人。
実際に接触した彼女は見て分かるほどの実力者だったし、なにより謙虚でまさしくエリシャが想像していた勇者像と一致する。
「最後にリングル王国のイヌカミさんですが……」
「ん? どうしたの?」
「……お姉ちゃんと威嚇しあっていたので、よく分かりませんでした……」
「まあ、うん。彼女に関しては仕方ないさ」
彼女はリズと同じで独特のペースで動いているからね。
自由に動きすぎて周りを振り回すことが多々あるので周りもそれなりに苦労するタイプだ。
だが、私から見たイヌカミ・スズネはとんでもない人間だ。
「勇者イヌカミ。彼女は噂以上の存在だね」
「むむ」
「リズ、君が対抗心を抱くのは分かるけれど、正直才覚に至っては別格さ」
私もそれなりに持て囃されたことはあるが、彼女までの見て分かるほどの天才を見たら私なんて比較にすら値しないほどだ。
「自由な振る舞いが目立つが、それを含めても彼女は物事の本質をよく見ている。———君たちのこと、気づいているよ。彼女は」
「……え、どうして……」
「さすがそれ以上のことは気づいていないだろうけれどね。リズのことも……まあ、疑問には思っているだろうが、こちらにも気づいていないだろう」
恐らく、彼女はいくつか仮説を立てた上で、我々の僅かな会話、雰囲気から結論を暴き出した。
「本当に主従揃って恐ろしいよ」
「主従? ウサトさんがですか?」
エリシャが意外そうな顔をする。
まあ、彼と話している時は私もできるだけ余裕を崩さないようにしていたけれど、内心はとんでもないものだった。
「正直背筋が凍ったよ」
「先生が、ですか?」
「え、人の気持ちを分かった上で煽ったりするような、血も涙もないあの先生が……?」
「悪いことをいう口はこの口かなぁ? バカ弟子ぃ」
「いひゃいいひゃい……」
生意気なことを口にするリズの頬をつねった後に、ため息をついてソファーに背中を深く預ける。
「彼———ウサトに挨拶をした後に彼の身体に触れたわけだが、我ながら軽率だった。無茶苦茶後悔してる」
「なにかされたんですか?」
「睨まれちゃったんだよ。彼ではない誰かに」
特になにかをするつもりはなかった。
強いて言うならば救命団団長ローズによって作り上げられた最高の戦士———その肉体に触れて筋肉の密度とかを調べて見たかっただけ。
だが、その興味本位な視線と行動がいけなかった。
彼の肩に触れた瞬間、まるで威圧するようにウサトの首元から覗く影から———赤色の瞳が私を見ていたからだ。
血のように真っ赤な瞳。
影のように、生き物のようにゆらめく暗闇に浮かんだその瞳は、私を忠告するように睨み続けた。
「治癒魔法使いウサトは吸血鬼を使い魔にしている。ふふふ、私も長く生きている自覚はあるけれど、さすがに私以上の怪物相手じゃ形無しさ」
しかも彼の使い魔はただの吸血鬼ではなくネクロマンサーとの混血種。
半端に長く生きているだけの人間もどきとは文字通りに格が違い過ぎる。
「え、でもこの本ではウサトさんの使い魔は黒い鷲だと書いてありますが」
私の呟きに反応したエリシャが鞄から一冊の書籍を取り出す。
リングル王国の勇者についての情報収集のため、とねだられて遠方から取り寄せた小説を見て、私は何度目か分からないため息をつく。
「エリシャ、前にも言っただろう? それは事実を捻じ曲げられて作られた娯楽本だよ」
「た、たしかに顔も全然違いましたし、最初は怖かったですけど……」
「むしろ嘘だと思われている風聞の方を事実だと考えるべきだ。いいかい? 噂というものは誇張されて伝わることが多いが、その逆も然り―――あまりにも突拍子のない事実は、真実とすら思われない」
少なくとも今日会ってみて彼が本などで嘯かれるような騎士道精神モリモリの貴公子ではないことは分かるはずだ。
あそこにいたのは才能ではない、尋常じゃない努力と修羅場を潜った末に超人に至った人間だ。
……人間だよね? ……まあ、うん、分類するなら人間だろう。多分。
「あとはそうだね、ガルガ王国のリヴァルが彼に絡んだところだね。激昂しかけたアレが前触れもなく後ろに倒れただろう?」
「魔法を使おうとして、ウサトが止めたからでしょ」
「え、そうなの!?」
鼻のいいリズはもちろん気づいているね。
ならば驚いているエリシャに説明してあげよう。
「アレは間違いなく魔法でウサトを攻撃しようとした。冷静さも欠いていたし、なにより普段から横暴な振る舞いをしているのだろうね。躊躇もあまりなかった」
「でも、どうやって止めたんですか? 私からみてウサトさんは手首を掴んでいるようにしか見えなかったのですが……」
「それがねぇ。私にも分からないんだよねぇ」
彼の持つ魔法は治癒魔法だ。
魔力を回復力と生命力に変換させる癒しの魔法。
およそ害になるはずのない魔法で、彼はアレの魔法の出そのものを強制的に止めた。
「周りからすればガルガ王国の勇者が勝手に倒れただけに見えるだろうけど、確かに彼とアレの間に我々の知覚外の攻防があった———いや、この場合ウサトからの一方的なものとも言えるだろうね」
恐ろしいよ。
少なくとも彼は触れるだけで発動される魔法を無効化する術を持っているということになる。
しかもこの私から見てもどうやっているのかすら理解できない。
「リズはどう? 君の感覚でなにか感じたかい?」
「一瞬だけウサトの魔力が相手に移った、ような気がした」
「治癒魔法で? ははは、嘘だろ、まったく意味が分からない。あはは」
考えられる可能性があるとすれば、彼が魔力回しにより編み出したであろう数多くの技術のうちの一つ、だろうか?
リングル王国の魔法研究者が羨ましい。
数十年、下手をすれば百年単位の魔力革新を短期間で目の当たりにされてさぞや地獄のような天国だろうね。
●
リングル王国の治癒魔法使いのウサトさん。
彼の言葉に従って顔合わせの会場を抜け出して先に宿の部屋に戻ることになった。
その間、ランザス様はウサトさんの治癒魔法によって癒された自身の身体の状態に困惑していた。
「ランザス様、お身体は……」
「うん。大丈夫、平気さ。いつもありがとう」
宿に備え付けられた背もたれのついた椅子。
そこに支えながら座らせて尋ねると、ランザス様はいつもの柔らかな笑みで返してくれる。
「リングル王国の治癒魔法使い。噂には聞いていたけれど、それ以上だったよ。まさか私の身体をここまで癒してくれるとは……」
「……」
「っ! ああ、すまない! お前を責めているわけじゃないんだ!!」
内心が顔に出てしまった僕にランザス様が慌てふためいてしまうけれど、僕の治癒魔法が未熟なのは事実だ。
ウサトさんと違って系統強化なんて高等技術は使えないし、彼ほど治癒魔法が洗練されているわけでもない。
「レイン、いつもお前には助けられているんだ」
「でも、僕が未熟な治癒魔法使いなのは事実ですから」
「彼が使ったのは系統強化。熟練の魔法使いですら習得が困難とされているものだ。あの若さで彼が習得していること自体がとんでもないことなんだ」
系統、強化。
たしかにあの瞬間、ウサトさんの魔力が凄まじい力を内包していることが分かった。
魔力量ではなく、魔力の質そのものを向上させる。
それが生半可なことでできることじゃない技術だってことも……。
「だけれど、彼に会えてよかった」
吐き出すようにランザス様がそう口にする。
「そう、ですね。ウサトさんの系統強化があればここではランザス様も体調に苦しむことなく」
「いや、私のことはどうでもいいんだ」
「……どうでもいい、とは?」
首を傾げる僕の頭に、はかなげに微笑んだランザス様の手が置かれる。
「お前にようやくちゃんとした魔法を教えてくれる人を見つけられた。それがこの国に来た一番の収穫だよ」
「はい。できるかぎり本国に技術を持ち帰るよう努める所存です」
元よりミルヴァ王国上層部より他国の勇者の情報と、今話題の渦中にいる治癒魔法使いウサトの技術を探るよう命じられていたんだ。
だけれど、僕の言葉にランザス様は笑みから一転して困惑の表情を浮かべてしまった。
な、なにか機嫌を損ねるようなことを口にしてしまっただろうか?
「レイン。あんな王国のために……いや、私のために治癒魔法を学ぶ必要はないんだ」
「えっ……」
ランザス様の言葉に呆気にとられる。
彼は窓の外の光に照らされたカームへリオの夜の景色を遠く眺めながら口を開いた。
「イヌカミ殿とウサトと話していた時に言っただろう? 上のくだらない思惑とか政略とか……私の身体も関係なく、お前が自分の能力を学べる環境に置いてやりたかったんだ」
「で、でも……陛下が……」
「私のことを恐れている者達のことなんて気にしなくてもいいさ」
ミルヴァ王国の王はランザス様を恐れている。
海を荒らし、建造物を破壊しつくす大嵐を単身で押し返してしまったランザス様を人間大の災厄として恐れ、勇者という称号で首輪をつけている。
だけど、それでもミルヴァ王国の後ろ盾がなくなればランザス様は……っ。
「経験上、人を見る目はあるつもりだ。ウサトも、彼の主であるイヌカミ殿も勇者の名に相応しい心優しい人物だ。だから、信頼してお前を任せられる」
「任せるって……!!」
「どちらにしろ、私は長くは生きられない。だけどお前には未来がある。だからこそ、治癒魔法に理解のないミルヴァ王国じゃないところで生きていけるように———」
「自分はランザス様に生きていて欲しいです!! そんなこと、言わないでください!!」
「———」
僕には両親がいない。
物心ついた時から施設に預けられて、誰にも心を開かずに生きてきた。
だから、希望のない毎日を人形のように生きてきた僕にとって、生きる理由を与えてくれたランザス様は恩人なんだ。
「すまない。お前の気持ちを考えていなかったな。だけどそれでも……レイン、お前には当たり前の幸せというものを持って欲しいんだ」
「今、貴方の傍で力になれていることが、僕にとっての幸せです」
あの国、ミルヴァ王国で心を許せるのはランザス様だけだ。
周りの奴らはランザス様を上辺では英雄のように扱い、裏では化物と蔑み罵っている。
別に僕が役立たずの治癒魔法使いと言われるのはいい。
だけれど、ランザス様が……常に痛みに苛まれるお身体を酷使する彼が好き勝手言われることだけは我慢ならない。
「今日は疲れただろう。いつもは夜中に苦しむことがあるけれど、今は彼の治癒魔法のおかげでちゃんと寝れそうだ。だから、私のことは気にせず今日は休んでくれ」
「……っ、はい」
「あと、改めてウサトに使いの者を送っておくよ」
深く頭を下げた後に、ランザス様に背を向けあてがわれた部屋に入る。
もちろん、納得したわけじゃない。
納得できるはずがない。
このまま言われたとおりに、ランザス様を見捨てるようなことなんてできるはずがない。
僕は治癒魔法使いとして努力していたのは、僕にとって親同然の存在である彼の苦痛を少しでも癒したかったからだ。
「頑張り、ますから」
このまま彼の身体を魔力が蝕んでいけば、本当に長く生きられなくなってしまう。
だけれど、ウサトさんが見せた緑の輝き―――系統強化を会得すれば、ランザス様の寿命を延ばせるかもしれない。
あの人は、信用できる。
同じ治癒魔法使いだからじゃない。
彼の瞳が、ミルヴァ王国の連中とは違った上辺だけのものじゃない確かな暖かさと意思の強さを感じさせるものだったからだ。
ネアに睨まれ内心怯えまくっていたウルアさんでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。
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活動報告にてコミカライズ版『治癒魔法の間違った使い方』第12巻の活動報告を書かせていただきました!
第12巻の発売日は今月、3月25日を予定しております!!




