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第四百十五話

第四百十五話です。

 突然の怒号により騒がしくなる広間。

 周囲の人々の視線の中心にいるのは、複数人の女性に絡んでいる金髪の男性。

 よく見ると、男性の後ろには従者らしき人々が控えて止めようとしているが、男性はその制止を無視して女性に食って掛かっていた。


「相応しくないなぁ。お前のような者が勇者だなんてよぉ!」

「だ、だからあの、その……あ、そ、それは他ならない私自身がよく分かって……いて、そのぉ……」

「声が小さすぎて聞こえねぇなぁ!!」


 こんな人の目があるところで何をしているんだあの人は……?

 ガルガ王国のリヴァル、だったよな?

 絡まれているのはフレミア王国のアウーラさんだったはず。なら彼女の傍にいるのは従者の人達か?


「……もしかしてあの人、酔ってるのかな?」

「そう、みたいですね」


 僕と先輩は水しか飲んでいなかったけど、ここには普通にワインとかお酒が出されている。

 匂いからして結構強い酒だったはずだけど……こんなところで悪酔いして他国の勇者に絡んでるのか……?


「あぁ?」


 僕達の視線に気づいたのか今にも泣きそうなアウーラさんから、僕達に顔を向けるリヴァル。

 こちらがなにかを口にする前に、彼は僕達に人差し指を向けてきた。


「ハッ、おいおい何見てんだ? 魔王退治の功労者様方がよぉ。見せもんじゃねェぞ」


 標的を変えたのかものすごく悪い態度で先輩に近づいてくるリヴァルに危うさを感じた僕は、すぐに彼と先輩の間に割って入る。

 僕より少し身長の高い彼は僕を見下ろしながらガンつけてくる。


「あ? 邪魔だ。どけよ」

「……」


 ———お酒くっっさ……。

 やっぱり酔っているし。どれだけ飲んだんだよこの人?

 顔が赤く、どこか目が据わっている彼は無言の僕に苛立ちを募らせたのか、胸倉を掴んでくる。


「ウサト君っ」


 後ろにいる先輩に待ったをかけつつ、リヴァルから視線を逸らさず睨み返す。

 ここが広間でなかったら以前に魔王に忠告されたとおりにできるわけだけど、今それをやるのは僕と先輩の立場的にもマズすぎる。


「調子に乗るんじゃねぇぞ。お前のような治癒魔法使いが名を呼ばれたのは、身に余る風聞によるものだ。断じて、お前程度の功績じゃあない」

「……」

「戦場を駆けまわって人を救った気になってさぞやいい気分だっただろうな。なにせ、お前達治癒魔法使いが最大限に生かされる状況だったもんなぁ」

「……」

「なにも言い返せねぇか?」


 身に余る風聞、というのは事実だ。

 誇張されたせいでカームへリオの僕は貴公子になったりブルリンも馬にされてしまった。

 ———だけど、戦場にいていい気分になんかなったことはない。

 いつだって記憶に残るのは救った人の数より、目の前で救えなかった人たちの顔だ。


「この偽善者が」


 それでも無反応の僕に語気を強め、胸倉を掴む手に力を籠める。


「……はぁ」


 僕の胸倉を掴んだ手首を掴み、ゆっくりと力を籠める。

 当然、相手も抗おうとするが意にも介さずに膝を折らせ、床につけさせる。


「ぐ、が……!? なに、を、俺は勇者だぞ!」

「勇者だからこそなにをやっているのですか。このような場で」


 怒るというより呆れかえっていた。

 今更僕が罵声程度で傷つくとでも思っているのだろうか?

 正真正銘の罵詈雑言というのは、この世界に来た三日目あたりで経験済みなのだ。


『ウサト、やれ、やっちまえ!!』

『これは痛い目に遭わせてあげないと駄目ねぇ!!』


 でもなんだろう、僕の内側にいる子たちがすっごい過激なんですけど。

 もう一度溜息をつきながら、もう一度下から睨みつけてくるリヴァルに口を開く。


「そもそも貴方は害意を以て先輩……主に近づこうとしました。それを従者として止めたにすぎません」

「ッ、ッ」


 完全に膝をついたリヴァルが、掴まれていない腕で僕の腹を殴りつけるが効果はない。

 というより、酔って思考が鈍っている人間の拳が僕に効くはずがないだろうに。


「こんなことをしても貴方の立場が悪くなるだけです。今すぐ酔いを醒まして冷静になってください」

「うるっせぇ!!」


 リヴァルの目が血走る。

 彼が右の掌を開きなにかをしようとしたと認識した僕は、掴んだ手から一瞬だけ魔力を流し込み———治癒診断の発動と同時に、相手の魔力の流れを乱す。


「っか!?」


 体内の魔力を乱されたリヴァルは手を離した僕の前でしりもちをついた。


「ッ、なにしやがった!?」

「なにを、とは?」

「今、俺の———」

「魔法が、なんなんですか?」


 彼の声を遮るように言い放つと、さすがに自分がどれだけのことをしようと理解したのか顔を青ざめさせた。

 魔法を使ったのはお互い様だが、治癒魔法と攻撃系の魔法では意味合いも違ってくる……はず。正直自信がないけれど今僕が魔法を使ったのは当人のリヴァルにすら分からないので大丈夫だろう。


「酔いは覚めましたか?」

「クソッ……!! お前ら、行くぞ!!」


 悪態と共に立ち上がった彼はそのまま従者と共に広間を出て行ってしまった。


『……今、とんでもないことしなかった貴方?』

『こいつとうとう治癒魔法で魔法の発動を妨害しだしたぞ……闇魔法より異質だろ』


 名付けるとしたら治癒妨害(ジャミング)だな。

 全然嬉しくない状況で新技を習得してしまったぜ……はぁ。


「ウサト君、大丈夫?」

「心配いりません。胸倉を掴まれた程度ですから。それに、貴女の従者として当然のことをしたまでですよ」

「きゅん」

「あれ、真面目な話でしたよね今」


 ときめき音、禁止にしようかな。


「あ、あのっ」

「「ん?」」


 先輩と話していると、フレミア王国の勇者アウーラさんが声をかけてきた。

 後ろで結った三つ編みを前に流し赤い縁の眼鏡をかけた彼女は、後ろにいる二人のローブ姿の女性と共に深々とお辞儀をしてきた。


「あ、ありがとうございますっ。先ほどは助けていただいて……」

「助けたというより、あっちが絡んできただけさ。貴女も災難だったね」


 リヴァルは悪酔いして気弱そうなこの人に絡んでいただけなので、アウーラさんはなにも悪くない。

 しかし、それでも彼女の顔色は悪いままだ。


「い、言われていることは事実でした……」

「事実と言うと……?」

「勇者に相応しくないんです」


 ……さっきのランザスとは違う理由なのかな?


「私、本当は魔法を研究していただけなのに。気づけばいつのまにか勇者にされてしまって……っ、別に双魔の勇者とかなんでもないんです。ただ既存の魔法の発生段階を分割して、系統を複数持っているように見せかけているだけのものなのにっ。しかも全然理論もなにも途中なのに研究成果として認められてしまって、私しかできないからって勇者にされて……うぁ、ワッ、アァ……乱戦形式の戦闘とか無理ですぅ。殴られただけで死んじゃいます……アァ、私、死ぬんだぁ」

「アーちゃん泣かないでぇっ」

「私たちもついてるからぁ!」


 さっきリヴァルに絡まれた反動で耐え切れなかったのか、その場でざめざめと泣きだしたアウーラさんは従者の二人———多分、研究していた職場の友人であろう二人に慰められている。

 というより、従者の二人も泣いてる。


「「……」」


 多分、今僕と先輩の思っていることは同じだろう。

 やべーなこの人、と。


『やべーなこいつ』

『でも言っていることは面白いわよ。言っていることが本当だったらかなり凄いことしてるわこの子』


 実際、聞いているだけでもすごいと思うし、いい意味でなんで勇者としてここにいるんだろうなと思ってしまう。

 フレミア王国はこの人に勇者としての地位ではなく、思う存分に研究できる環境を与えればよかったのでは?


「お前達も災難だったなぁ」

「「「!」」」


 いきなり声をかけながら近づいてきたのは、もう一人の勇者———カーフ王国のクロードさんだ。

 でも彼以外には従者はおらず、どうやら一人で僕達に話しかけてきたようだ。


「カーフ王国のクロードだ。悪いね、いきなり声をかけて」

「リングル王国のイヌカミ・スズネです」

「ふ、フレミア王国のアウーラ……です」


 杖が必要とは思えないくらいに姿勢がよく、アニメや漫画でも見るような執事然とした立ち姿の老人は先輩、アウーラさん、そして僕を順に見てから明るく微笑んだ。


「ガルガの先代勇者キグルの(せがれ)と聞いて期待していたんだが、悪い意味で親父に似ちまったようだ」

「彼の先代をご存じなのですか?」


 幾分か落ち着いたのかアウーラさんがそう尋ねた。


「おう。伊達に長いこと勇者やってねぇからな。いい加減後進に任せたいところだが、誰もやろうともしねぇからジジィになってもここに来る羽目になっちまった」

「そ、それじゃあ私も他に勇者候補がいなかったらこのままおばあちゃんになるまで勇者……!? アッ、ウ、アァ……」

「おいおい。泣くなって……こっちの勇者もまた面倒そうなやつだな……」


 まあ、彼女の立場を考えると分からないでもないけど……ここまで来るとかわいそうになってくる。

 色々と精神的に限界そうなので、先輩がアウーラさんの従者に彼女を休ませるように促しその場を離れさせた後に、彼女はクロードさんに声をかけた。


「正直、もっと問題になるかと思いましたがそうはなりませんでしたね?」

「ああいういざこざは祭りの度に行われるモンではあった。当然だ。国が違えば常識もなにもかもが違うからな。……ま、さっきの件はさすがに度が過ぎていたがな」


 そう言って彼は先輩から僕へと視線を移し、にやりと笑う。


「お前さんに魔法を使おうとしていただろ?」

「……ええ、はい」


 素直に認めると彼はうんうんと頷く。

 リヴァルの危うい雰囲気から察したのかな? それとも僕が魔法を止めたことに気づいている?


「あれに関しては状況的に見てもリヴァルに非があったからな。お前さんは自分の役目を全うしただけだから罪に問われることも問題として扱われることもないから安心しな」

「そう、ですね。ありがとうございます」

「……。お前さんもそうだが主従共々肝が据わってんなぁ」


 静かに頷くと、クロードさんは感心した様子で僕と先輩を見る。


「今回の祭りは最大規模になる。俺も勇者の地位を退くのに丁度いい年だ」

「後任は決まっているのですか?」


 先輩の問いかけにクロードさんは腕を組み、悩まし気な表情を浮かべた。


「それがなぁ。うちの門下はあまり長続きしねぇし、倅は武術とはかけ離れた学者になっちまったし、かといって孫はなぁ……才能はあるがお堅すぎて困りきってる。……うぅむ、もうちっと余裕が出てくればなぁ……ん?」


 ん? どうしてここで僕を見る?


「なあ、よければ」

「お断りします」

「まだなにも言ってねぇだろうがよう」


 今の切り出し方はニルヴァルナの王様と同じ感じでした。

 冗談なのは分かっているので、苦笑すると彼も笑みを浮かべながら周囲を見回す。


「ま、後任の勇者なんて別に必要ねぇとは思ってるけどな」

「そちらの国では勇者はそれほど重要ではないのですか?」

「国を現す強さの指標、という意味では重要ではあるが……戦がなけりゃ勇者の必要性もなくなるってわけよ。系統強化もそうさ、使う機会がなくなりゃ使い手自体なくなっていく」


 ヒサゴさんが大多数の悪魔を対処したおかげで、魔王が封印された後に大きな戦は起こらなくなった。

 それで、人類そのものが全体的に弱体化……したとも考えられる。

 まあ、ローズやネロさんというバグみたいな人たちが生まれているけど。


「すまねぇな。ジジィの長話に付き合わせちまって」

「構いませんよ。こちらとしても有意義なお話を聞かせていただきました」

「そう言ってくれて助かるよ。じゃ、次はラムダ陛下に面通りさせてもらうか」


 ひらひらと手を振りながら僕達から離れるクロードさん。

 彼の後姿を見送りながら、僕と先輩は顔を見合わせる。


「飄飄とした人だったね」

「ええ、いい意味で油断ならない人です。……正直、手合わせするならああいうタイプの人が苦手です」


 パワーで上回ってくる相手は結構対処できるけど、純粋な技量と経験で上回ってくる相手には僕の技が通じにくい。

 そういう意味ではクロードさんのような歴戦の戦士は厄介な相手とも言える。

 でも話してみた感じはとても良い人だと思う。


『そういえば、ウサトもスズネも戦闘経験一年くらいなのよね……』

『異常だろ。改めてどこ目指してんだお前ら』


 それくらいの怒涛の一年を過ごしてきたからね。

 戦闘経験の多さというより、密度がやばかった感じだ。


「さて、後回しになっちゃったけれどレオナのところに行こうか」

「ええ、そうですね」


 リヴァルに絡まれたせいで後回しになってしまったけれど、レオナさんのところに行こう。

 先ほどのリヴァルの騒ぎからざわつきも少なくなったようで、広間の人の間を通りながらレオナさんの元へ歩み寄る。

 彼女の傍には従者として来ているミルファさんもいる。


「大変だったな。二人とも」

「巻き込まれてたわねぇ」

「はは……」


 二人の言葉に僕と先輩は苦笑いをする。

 こちらから話しかけたわけでもなく、見られただけで難癖をつけられたようなものだから本当に災難ではあったんだよな。


「ウサト君、よく我慢できたわねぇ」

「フッ、罵詈雑言には耐性がありますので」


『嘘つけ、すぐにボク達に怒るだろお前』

『煽り耐性ゼロがよく言うわ』


 順調に僕の報復ポイントを稼いでいる小娘共をスルーする。


「ウサト君が悪く言われている時なんて、レオナったらすぐに割って入りにいこうとしたんだから」

「お、おい。わざわざ言うことでもないだろうっ」

「ははは、ありがとうございます。実際、全然効いていませんでしたから大丈夫ですよ」


 偽善者とかそういうのは便利な言葉だなぁとは思ったけれど。


「……私としては共に戦った君がああも悪く言われるのは我慢ならなくてな。危うく事態を悪化させるところだった」

「「……」」

「む、ど、どうした二人とも?」

「いえ、なんかさ」

「なんだかんだで5人の勇者と話してきたわけですけど……」


 リズ、ランザスさん、リヴァル、アウーラさん、クロードさん。

 5人の勇者となんだかんだで関わった上で、改めてレオナさんと話すと色々と考えさせられるものがある。


「レオナさんが一番安心感があるね……」

「あ、安心感……?」


 なんといえばいいんだろうか……精神的にも安定しているし、しっかりしているとでもいえばいいのだろうか。

 あと、僕の認識的にも———、


「勇者ってイメージだとレオナさんがしっくりきます。やっぱり僕にとって一番印象に残っているからなんでしょうね」

「そ、そうか……私が一番……」


 ミアラークでカロンさんを助けた時もそうだが、魔王軍との戦いの最中僕がピンチに陥った時に駆け付けてきてくれたし、本当に頼れる勇者って感じがする。

 思い返してみればレオナさんには何度も危ないところを助けられているな、僕。


「え、ねえ、ウサト君私は? ここに君の勇者がいるのだけど?」

「フッ、先輩は先輩じゃないですか」

「私も勇者だよぅ!?」


 先輩は肩を並べて戦っている感が強いから、そういう感じではないんだよなぁ。

 頼もしくもあり、一緒にいて心強いって気持ちもレオナさんと同じなのに……不思議だなぁ。


治癒ジャミングという触れただけで魔力キャンセルさせられる技でした。


今回の更新は以上となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] その内、治癒ジャミング爆裂弾とか治癒ジャミングフィールドとか作りそう(笑)
[一言] レオナさんに負けヒロインにならないでほしい自分がいる
[一言] つまり、まともな人間は勇者になれないってことですねw
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