第三百二十七話
お待たせしました。
第二三百二十七話です。
今回もエル視点となります。
魔物の領域への探索における、隊の編成。
それらは都市内での募集により集められ、私たちが今日まで訓練してきた元第二軍団演習場にて始まることになっていた。
勿論、宿舎を用いての泊まりこみ。
具体的な期間は設けられていないが、ここで約半月から一か月は訓練を行うとは聞いていた。
それを指導するのが、デタラメ人間のウサト。
いつの間にか、隊の副隊長となっていたやばい奴だ。
隊長のコーガはウサトに訓練の全権を任せるという暴挙に出たらしいけれど、多分あの戦闘狂は自分も参加するための方便といってもいい。
「ついに、この日が来てしまったのね……」
そして、今日から募集で集まった魔族たちを加えた本格的な訓練が開始されるという。
集まった人数は大体三〇人ほどか。
「あ、お前も参加してるのか?」
「危険だけど、結構もらえるらしいからな。勿論、軽い気持ちじゃないぞ?」
生活するお金目当ての者。
これが大多数だろう。
むしろ、ウサトのことを知る兵士はわざわざここに来ない。
奴がどれだけやばいかを理解しているからだ。
訓練慣れしてる元兵士が来ないんじゃ意味がないのでは? ……と、思って昨日聞いてみたのだが———、
『ああ、僕の評判でビビるくらいなら来ない方がその人のためだと思うよ。わざわざまた怖い目にあう必要もないし』
これの何が怖いって、あいつが確実に何かをするというのが分かったからだ。
そういうこともあり、兵士はごく一部しか集まらなかった。
しかし、そのごく一部はあいつの怖さを戦場で体験した私達と同じような元精鋭だ。
その中に私と同性で、見慣れない顔ぶれがいたのでちょっと声をかけてみることにした。
「貴女、元兵士……よね? あまり見ない顔だけど」
声をかけたのは冷たい印象を抱かせる女性兵士。
その佇まいからしてもかなりの実力者だということは分かるが、所属していたところが違うのか初めて会う顔だ。
「そういうあなたは、第二軍団最速のエルですね」
「ねえ、待って……!? 私一回も名乗ったことないんだけど……!?」
「噂はかねがね聞いております」
「どこの噂!?」
「私は元第一軍団所属、ヴィーナです」
あれ? もしかして私の話聞いてない?
速さには自信があるけど、そこまで言ったりはしてなかったはず……!!
てか、第一軍団かー……どうりで見ない顔だと思ったわ。
「ど、どうして貴女はこんな怪しい募集に参加したのかしら?」
「先日、街中で見かけて興味が湧きまして」
「へぇ、見かけたってどんな時に?」
走っている時とか、普通に歩いている時とかあるし、どのタイミングで見たのだろうか。
「ブルーグリズリーを背負って貴方達を追い掛け回している時です」
「その光景を見かけてどうして参加しようと思ったのか理解できないんだけど……?」
「……それはそうと、ここに集まった面々でも面白い方がいますよ?」
話を逸らされた?
少し疑問に思いながらヴィーナが指さした方を見ると、そこに少し小柄な女性兵士がもう一人。
……言っては悪いけど、見た目からして元兵士には見えないんだけど……。
「ノノ・ヘレステア。先の都市進攻にて、たった一騎で光の勇者の足止めを行った精鋭中の精鋭です」
「え、彼女がそうなの……!?」
光の勇者と言えば、あらゆるものを消滅させる光魔法というおっかない魔法を使う人間だったはずだ。
極力命を奪わない戦い方をしていたと聞いていたけど、あれを相手に一騎で向かっていくとは……中々にすごいわね……。
「彼女の怒号は勇者を怯ませ味方の士気を上げ、最後には相棒の飛竜と共に生還したとも聞いております」
「人は見た目によらないわねぇ……」
すると、私たちの視線に気づいたのかノノ・ヘレステアがこちらに近づいてくる。
「あ、こんにちわー。どうかしましたか?」
「いえ、ここに来た理由を話していたのよ。同じ、元軍団所属だし色々話も通じるかなって思って。あ、私はエル。元第二軍団所属よ」
「あ、これはどうもご丁寧に。ノノ・ヘレステアです。第三軍団の騎兵部隊に所属していました」
「流れ的に私もですね。……ヴィーナ、第一軍団所属です」
改めて自己紹介を交わす。
奇遇にも第一から第三にまで所属していた面々が集まったということだ。
……まだあいつも来ないし、もう少し話してみようかな。
「ノノはどうしてここに?」
「旅に出ようと思うので、旅費稼ぎにいいかなと思いまして!!」
「へぇ、いいじゃない。元騎兵部隊というと……」
「はい! 相棒の飛竜と一緒に!」
飛竜と共に戦場を飛ぶ、騎兵部隊。
その中では兵士と相棒となる魔物の絆はかなり重要なものになっていくとは聞いてはいたけれど、この様子からかなりの絆があるようだ。
旅、と聞くと少し羨ましくなってしまうかも。
「そして治癒魔法使いから逃げるために!!」
「「……?」」
ちょっとごめんなさい意味が分からなかったんだけど。
え? 治癒魔法使いから逃げるために、その治癒魔法使いが訓練するっていうコレに参加しようとしているの?
……よく考えても意味が分からない。
私と同じく疑問に思ったのか、ヴィーナが彼女に質問する。
「ノノさん、貴女はここで何をするかはご存じですか?」
「はい! なんか訓練して、魔物の領域でバンバン探検するんですよね!」
「あー、はい。間違ってないです」
あっ、この子ろくに募集要項を読まずに参加してきたな。
治癒魔法使いから逃げるために、まさか自分から治癒魔法使いの元に来てしまうとは……。
ここで教えてもいいけれど……ん?
『へへへ、噂の治癒魔法使いってのがどういう奴か見物だぜ……』
『噂は噂だろ。チラッと見たけど大袈裟に言われすぎなんだよな』
二人の男の呟きに、私達と戦場を経験した精鋭たちの視線が突き刺さる。
面白半分でここにやってきたようね……。
元兵士でもないのは確実だし、田舎あたりから出稼ぎにきた奴らだろうか?
……ああいう輩はすぐにいなくなるだろうし、気にするだけ無駄ね。
「え、今あの人たち治癒魔法使いって言いました? 聞き間違いですよね?」
「ええ、チッマツカカッタって言っていましたね」
「どういうこと!?」
「嘘です」
「なんで今嘘ついたの!?」
隣ではヴィーナとノノが変な会話をしている。
「……来たわね」
訓練場に白いコートを着た男と、それに似た灰色の服を着た少女がやってくる。
その後ろには元第三軍団長のハンナと、闇魔法使いの少女、キーラちゃんがおり、とうとうこの時間がやってきてしまったことを悟る。
「たくさん集まったようだね」
「みたいだねー」
治癒魔法使いウサトに、ウルル。
私たちに訓練を課すやばい奴の登場に、集まった面々はざわつきを見せる。
「ヴェッ」
傍にいたノノが真顔のまま喉を詰まらせたような声を鳴らした。
そのままぷるぷると震え始める彼女をスルーし、前に立ったウサトを見る。
「はじめまして、僕はウサト・ケン。今回の探索隊の副隊長を任されることになった者です。これから皆さんに訓練を施し、厳しい遠征に耐えられるようにします」
一見して、ひ弱で優しそうに見えるがあれは罠だ。
あれは人間のフリをしているだけで、中身は別物。
「あ、あばばばば……あ、くまままま」
「エルさん。ノノさんが今にも気絶しそうなんですけど、これって大丈夫でしょうか?」
「大丈夫なんじゃない……? 多分」
ノノはもう放っておいた方がいい。
そのうち元に戻るだろう。
「隊長のコーガは、事情があって遅れてくることになっていますので、今回の訓練にあたって僕達の補助をしてくれる方を紹介します」
すると、ウサトが隣にいるウルルを紹介する。
人間特有の肌色の肌に、クリーム色の髪が特徴的なそいつは人懐っこい笑顔を浮かべる。
「僕と同じ治癒魔法使いのウルルさんです。彼女が君たちに治癒魔法をかけてくれます」
「みんなよろしくー。怪我をしたら、言ってね! すぐに治してあげるからっ!」
治癒魔法使いって皆、ウサトと戦場で見たあいつの師匠みたいにやばい奴らかと思っていたけど、ウルルはまともそうなんだよね……。
でも、私達魔族を前にして混じり気のない笑顔なのは地味に何かありそうで怖い。
「もし、彼女に何かしようものなら……貴様らに地獄すら生ぬるいお仕置きを味わわせるから、そのつもりで」
「「「えっ?」」」
「では、次の方を紹介します」
待って、今ものすごい晴れやかな笑顔からとんでもないドスの利いた声が出てきたんだけど!?
気のせい? 気のせいよね?
反対側の隣にいるケヴィンたちを見るが、奴らは不動のままなにも反応を示さない。
くっ、完全に調教されてる……!!
「彼女はハンナさん。僕の補佐をしてもらっている方です」
「特に何も言うことはありません。私の手を煩わせないで……ん?」
次に紹介されたハンナの視線が私達の隣にいるノノに向けられる。
一瞬驚いた表情を浮かべた彼女は、何かを察したような顔になる。
「……まあ、頑張ってください。どうなるかは私にも分かりませんけど」
なんか同情されるような視線を送られてしまっていた。
その次にウサトは傍にいるキーラちゃんを見下ろす。
「この子はかねての要望もあって見学です。魔法面での訓練を見ることになっていますが、皆さんは気にしなくても大丈夫です」
「よ、よろしくお願いします……」
……何度も思うけれど、とてもコーガや黒騎士と同じ闇魔法使いに思えないほどに良い子だ。
普通に魔法も使いこなせている上にその魔法の特性も破格どころじゃない性能をしているので、もしかするとあの子はここにいる誰よりも希少価値が高い人材なのかもしれない。
「今回の訓練ですが、魔物の領域内での探索を目標としているのでかなり過酷なものを想定しております」
と、考えている間にウサトが今回の訓練の趣旨を説明するようだ。
「肉体的な鍛錬は勿論、魔法をより円滑に運用する術を皆さんに教えられたらいいなと思っています」
その術がどれだけ異常なものかを知っているのは、多分私とケヴィンとウォルくらいだろう。
一週間傍で見てきても、未だにこいつがどういう原理で治癒魔法を扱っているのかを理解できていないのだから。
「それでは……」
「思ったよりも普通だなー、治癒魔法使い」
……!?
ウサトの声を遮り、小ばかにするような声を上げた男に信じられないといった視線を向ける。
そいつは、してやったり……的な笑みを浮かべながら隣のもう一人と共に口を開いた。
「悪魔とか化物だとか呼ばれてたけど、見た目どう見てもただの人間じゃん」
「しかも、そんなに強くなさそうだ」
この世間知らずのバカどもをいますぐここから放り出すべきでは!?
ケヴィン、ウォル、ここは私たちが惨劇が起こる前に行動に出るべきでは!?
「隊長を愚弄? 許せねぇ」
「過ぎた暴言、怒り心頭」
駄目だ!? こいつらあいつらの息の根を止めかねない!!
右往左往している間に、バカ共がさらにウサトに食って掛かる。
「むしろ、隣の闇魔法使いの方が怖いなぁ、俺。ここにいさせていいの? 闇魔法持ちの子供は爆発するって聞いたんだけど」
ウサトはともかく、キーラちゃんにまで? ……こいつら。
咄嗟にウサトを見ると、口を堅く結んだキーラちゃんがウサトの団服を掴みその後ろに隠れてしまった。
キーラちゃんへの暴言で私自身も苛立ちと共に動こうとすると……先ほどから依然として笑顔なままのウサトの顔を見て、身体が動けなくなる。
ウサトの表情。
その笑みが全く異なる感情から出ている表情だと気づいてしまったからだ。
「……ひっ……」
やばい。
やばい、やばいやばいやばい!!?
めっちゃ怒ってるじゃん!? 笑顔のままだけど、確実に怒ってる!!
「大体、治癒魔ほ―――」
私の顔の横を何かが高速で通り過ぎ、懲りずに何かを口にしようとしていた奴の背後の木に直撃する。
全員が後ろを見てから、掌から治癒魔法の残滓の煙を立ち上らせるウサトを振り返る。
「「「……」」」
えっ、魔力弾を投げたの?
投げる素振りすら目で追えなかったので分からないけど……!!
木にちょっとした穴をあけた魔力弾を手の中で弄びながら、彼は私たちの間を通るように悠然と歩きだす。
「最初はね。こんなことしたくなかったんだよ。本当に」
穏やかな口調でゆっくりと先ほどバカなことを言っていた二人の首に手を回す。
先ほどまでの威勢はどこにいったのか、その二人の顔色は悪い。
「一日目だからさ。皆に、訓練の流れとかそういうのを理解してもらおうって思ってたんだ。僕の時もそうしたからさ、師匠の教えをちゃんと受け継ごうって……さ」
妙な緊迫感に包まれた空気の中、それでも奴は明るい口調を崩さない。
逆にそれが不気味だった。
「まさか、いたいけな女の子の方が怖いっていわれるとは思わなかったよ。ははは、本当に笑えちゃうよ。———ねえ、君たちもそう思うよなぁ」
「「~~ッ!!」」
いや待って……あの二人動けないんだ!?
必死に腕を解こうと逃げ出そうとしているけど、当のウサトが締め付けず、外せない程度に腕を固めているから動けなくなっている!?
「うん。もうやめたやめた! 君たちが僕のことに懐疑的なのはよーく分かった! まあ、しょうがない!! この一週間、そういう一面をほとんど見せてなかったからね!! うん!!」
うんうん、と何度も頷いたウサトはようやく二人を解放しすぐ傍の治癒魔法の魔力弾をぶつけた木によりかかる。
そのまま右手で顔を覆い隠し、前髪をかきあげる。
「———」
雰囲気が変わる。
穏やかで友好的な印象から一瞬で、肉食獣のような雰囲気を纏ったウサトはギロリと目つきを悪くさせる。
「都市、二〇周」
「「「は?」」」
「準備運動がてらに、全力で走れ」
あまりにも非現実的すぎる準備運動に私達までも呆気にとられてしまう。
「二〇周とかできるわけないだろ!!」
「ふざけんな!!」
目をこれ以上になく凶悪なものに変えたウサトは、傍らの樹に裏拳を叩きこんだ。
バギィ!! という音と共に木が砕け、轟音を立てながら倒れる。
「やれ」
「「「……」」」
私たちは無言でその場を走り出した。
合図もなく逃げるように同じ方向に向かいながら、今日この日までの訓練が奴にとって“お遊び”
だったことを悟ってしまった。
「あれが、治癒魔法使いウサト……ですか」
「とんでもない奴よ……!! 今日から恐ろしいことになりそうね……!!」
「な、なんでこんなことにぃ……!?」
貴女に限っては自業自得っぽいけれど……。
半泣きのノノを横目で見つつ、ヴィーナを見る。
彼女がウサトの本性? を知ってどんな感想を抱くのか気になる。
「噂以上の方でしたね。これからが楽しみになってきちゃいます」
「貴女も相当おかしいわね……!?」
わざわざ自分からここに来るんだから相応におかしいのだろう。
そう納得しながら前を向———、
「それに、あの嗜虐に満ちた顔に、混じりけの無い熱意と言葉……すごく……イイ」
「えっ」
思わず隣を見れば先ほどと変わらず無表情のヴィーナ。
今のは幻聴……? ……きっと、あの変貌が凄すぎて聞こえるはずがない声が聞こえてしまったんだろう。
「ん? うわあああ!? 後ろ!! 後ろからなにか来るぞ!!」
んん!?
悲鳴に後ろを見ると、たしかに通りを走っている私たちの後ろから何かが追いかけてきているのが見える。
よく目を凝らすと、見覚えのある青い塊……が……。
「グオオオォォォ!!」
「キーラ、掴まってろよぉ!!」
「はい!!」
ブルーグリズリーを背負ったウサトが、その上にキーラちゃんを乗せている……?
ブルーグリズリーを背負うのは何度も見たけど、それでどうしてキーラちゃんを乗せて私たちを———、
「足を止めるな!! 治癒魔法乱弾!!」
「「「うわあああああああ!?」」」
う、後ろから治癒魔法を投げつけてくる!?
そのあまりある迫力に恐怖に表情をゆがめた私達は全力で足を動かし、都市を全力で駆け抜ける羽目になるのであった
魔王様大爆笑案件。
本気を出し始めたウサトでした。
……もしかしたら、訓練期間中は訓練を受けているエルの視点が主になるかもしれません。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




