第三百二十六話 日記回
二日目、二話目の更新となります。
今回は日記+エル視点の本編となります。
今日の訓練……いえ、奴にとっての様子見が終わった後に私たちはそれぞれ手帳を渡された。
奴曰く、明日からの訓練を記録する日記というものらしく、客観的に自分を見たり、訓練に対する鬱憤、不満、いら立ちなどを書き記すことで精神を安定させるという意味不明なものだ。
いつもの私なら誰がこんなことするか、と言って捨てるのだけど一ついいことを思いついた。
別に誰に見せるというものでもないし、これを訓練日誌ではなく奴の……あの治癒魔法使いの弱点と生態を記すものにしてやろうと考え付いたのだ。
「くくく、なぁにが精神を安定させるための日記よ……!! 逆にこいつであんたの弱点を書き記して目に物言わせてやるわ……!!」
宿舎の一人部屋で我ながらあくどい笑みを浮かべる。
とりあえず、明日から奴の生態と弱点になりうる部分を暴き出すことから始めましょう!!
「あっ、とりあえず、一日目は今日だから書き始めは二日目からね……」
こういう細かい部分は後々になって気になっちゃうのでしっかりと決めていかなくちゃ。
●
二日目
や
ば
い
三日目
くそっ! くそっ! くそぉ!
あいつなんなの!?
悔しい悔しい悔しい!
一日中走り続けるとか頭おかしいんじゃないの!?
なんでクマ背負ってるの!?
なんで普通に走ってるの!?
なんで終始楽しそうなの!?
なんで今日は私たちに治癒魔法を使わなかったの!?
別に楽しくないわ!? 一瞬一瞬が苦行だわ!!
あ”あ”あ”あ”あ”! 叫ぶと筋肉痛で痛いから叫べない!!
―――
駄目だ冷静になろう。
一ページ丸々無駄にしたけど最初の考えはまだ変わってない。
奴が人間ではない事実なんて今更驚くことじゃない。
明日。
明日こそ、なにか弱点を見つけなくちゃ。
私は元第二軍団最速のエル。
何事もクールでスピーディな女だ。
冷静さを失わず明日の訓練に臨もう。
四日目
あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?
ァ、アアア、アーミラお姉さまァ!! どうして奴と親し気にィ!?
訓練を見に来てくれたのは嬉しいけど、どうしてぇぇぇ!?
妬ましい妬ましい妬ましい!!
あの治癒魔法使い許すまじ!!
その笑顔は私に向けられて然るべきなんだぞ!!
あんたにはコーガがいるでしょちくしょう!!
でもこの恨みを力にしてぶつけてみても奴を喜ばせるだけェ!!
なんで反逆されて喜ぶんだあいつ!?
むしろかかってこいって言われたし!!
駄目だしもされたし意味わかんない!!
あいついったい何したらダメージ受けるの!?
―――
落ち着いて見返すと我ながら気持ち悪いと思った。
どうせ、この訓練期間が終わったら処分する予定だし別にいいか。
また一ページ丸々潰れてしまったけれど、冷静に考えるとアーミラお姉さまが来てくれるということはそれだけ注目されているということなのでは?
ということは、見事奴の訓練を乗り越えれば一目置かれるのでは?
俄然やる気が出てきた。
そして、ウサトは倒す。
絶対に。
五日目
今日は自主訓練を言い渡された。
なにやら、ウサトはコーガと共に魔王様に大事な用で呼ばれたというので暇になった。
これはいい機会だと思い私はウサトの使い魔を名乗る黒髪の女、ネアと、偶然その場に居合わせた同僚を名乗る治癒魔法使い、ウルルに奴についての情報を聞くことに成功した。
正直、思った以上の情報が集まってびっくりしている。
1,【ウサトは異世界からやってきた人間】
これは最近になって結構知られているらしいし意味はない。
2,【奴のいた世界には魔法なんてものがなかった】
魔法がないなんてそんな世界ありえるの? と最初は思ったけれど、どうやらそれも嘘ではないようだ。
つまりそれって魔法を使って一年たらずの素人ということになる。
3,【その世界で二人の勇者とウサトはろくに戦いも経験していない一般人だった】
加えて戦闘経験も一年未満。
動物の狩りもしていないってんだからおかしな世界だ。
戦いもしないでどうやって生きていくのだろうか。
4,【ウサトの魔法は正真正銘の治癒魔法のみ】
悪魔じみた姿はあの黒騎士が闇魔法の能力で合体したものからできたものらしい。
今回の派遣では黒騎士は来ていない。
まとめてみれば、全然大したことない。
魔法も戦闘も一年も経験していない素人じゃん。
―――
ちょっと待って。
そんな世界から来て一年も経ってないのにあんなことになってんの……?
どっかで別人と入れ替わってたりしない……?
六日目
今日はウサトが私に魔法の訓練をしてくれる人を連れてきたの!!
二日前に私が風の魔法使いって言った言葉を覚えてくれていたみたい!
憎たらしいほどに気が利く点はコーガ以上ね!!
訓練も今日だけはケヴィンとウォルとは別メニューでびっくり!!
それでなんでネロ様を連れてくるのか意味が分からないんですけどぉぉぉ!?
その謎の人脈本当になんなの!? あいつネロ様に殺されかけたんじゃないの!?
たしかに風の魔法使いとしてはこれ以上にない人だけど、加減ってもんを知らないのあのバカ白コート!!
脳みそが筋肉に吸収されてんのか!!
てか、連れてきちゃったら断れるはずないでしょうが!!
相手は魔王軍史上最強の剣士なのよ!? アーミラ様のお師匠様で、その実力も魔法の技術も次元が違う!!
私の風魔法がそよ風なら、あっちは巨大竜巻のようなものなのになんで連れてきた!?
そもそもネロ様、どうしてせっかくの休日をこんなところで使っちゃっているんですか……?
私が第二軍団最速って調子に乗っていたからですか?
指導が感覚に任せすぎて一割くらいしか分からなかったんですけど。
すみません、無茶ぶりされすぎて、まだウサトの方がまだ分かりやすかったです。
そもそもなんであいつはネロ様に友人感覚で気やすく話しかけてるの?
あいつ私たちの早朝訓練の前にネロ様と模擬戦してるとか頭おかしくない?
―――
もう
あのちゆまほうつかいに
ふりまわされたくない
●
訓練開始から七日が経過した。
都市に住む人々の生活は変わらず回っているが、この約一週間で目下人生五回分くらいの驚愕を味わっている私達からすれば、毎日が新境地である。
もちろん悪い意味でだけど。
早朝の訓練場に三人で集合すると、白い団服を着たウサトと……珍しく朝からコーガがやってくる。
「おー、お前らはえーなー」
「「「……」」」
「ん?」
返事が返ってこないことに首を傾げるコーガ。
しかしそのすぐ後に、手を背中に回し歩いてきたウサトが私たちの前に立つ。
「皆、おはよう」
「「おはようございます!!」」
「……ございます」
「……えっ?」
威勢のいい挨拶をする二人に、遅れるように私が返事をする。
ビシッ、と背を伸ばすように立っている二人とウサトの顔を交互に見るコーガを、手で制した奴はそのまま前へと歩み出る。
「今日で七日目の訓練だ。よく誰一人欠けることなくここまでついてきたね」
「隊長、今日はなんの訓練をするのですか!」
「いや、隊長はウサトじゃなくて俺だよ!? ケヴィン、お前そんな熱血キャラでもなかっただろ!?」
ケヴィンは性格が変わったように訓練に打ち込むようになった。
目はどこか虚ろだけど、気にすることでもない。
「肉体の変革。まさしく革命」
「なんて!?」
ウォルは筋肉に取りつかれたように訓練に打ち込むようになった。
こいつも気にするほどでもないだろう。
多分、元からこんな奴らだった気がする。
「おい、ウサト、お前なにやったんだオイ」
「え? なにもやってないよ?」
ものすごい困惑した様子のコーガがウサトの肩を掴む。
「だったらどうして、ケヴィンとウォルがあんな風になるんだよ!?」
「救命団の訓練は心を変えちゃう部分があるから……」
「心を変えるというか、性格が変わってんじゃねぇか……」
気を取り直してウサトが私たちの方へと向きなおる。
この数日で大分こいつの突拍子のない行動に慣れてきた気がする。
そうだ、まず慣れさえすればよかったんだ。
「それじゃあ、明日から募集をかけた人たちも参加するから。君たちは彼らの手本になるように努めるように」
「「はいッ!」」
ケヴィンとウォルはもう手遅れだろうけど、私はかろうじて自分を保っている。
このまま人が増えれば、私の精神的な負担も軽減されるだろうしあと一日の辛抱だ……!
「おい、お前は大丈夫なのかよ」
するとここでコーガが私に声をかけてくる。
彼に私はやさぐれた笑みを返す。
「ははっ……」
「お、お前も相当やさぐれてんな……」
「この数日の出来事のせいですけどね」
一日中精神の限界が来るまで訓練され、その上さらに精神に負担をかける奴の行動と人脈の数々。
しかし、今の私はそれを乗り越えた状態ともいえる。
「ははっ、もう私は驚きませんよ。コーガ隊長……」
「いや、あいつの行動で驚かないはないぞ、マジで」
「え?」
やや引いた様子のコーガの言葉に首を傾げると、今度はまた別の人物がこの場にやってくる。
ぞわり、とした嫌な予感と共にそちらを見て———私は後悔した。
「見に来たぞ、ウサト」
「いや、本当に来るとは思いもしませんでした。忙しいんじゃないですか?」
銀髪の髪に雄々しい角。
そして大柄な体格の上に、黒色のローブを羽織った男、魔王様はどこか愉快気な笑みを浮かべてそこに立っていた。
その隣にはある意味で有名な侍女、シエルがいる。
「時間も空いたからに決まっているだろう。私は魔王だぞ?」
「わぁ、こんな朝からやっているんですかぁ」
……。
……、あれ、幻覚かな?
なぜか魔王様までもが訓練場に来ている。
「ついでだ。以前頼まれたものを渡そうと思ってな」
「頼まれたもの?」
「こいつだ」
こいつ本当になんなの?
元の世界ではこいつが普通扱いされたってどんな悪い冗談なの……?
「これは……?」
「重力の呪術を刻み込んだスクロールだ。複数枚用意したが、変な使い方をするなよ?」
「ありがとうございます……! これ二枚張ったら効力が二倍とかになりますか!?」
「お前、私の話を聞いていたか?」
今度は魔王様と気軽に話しているウサトという異常な光景を見せられ、頭がくらくらしてしまう。
もしかして私は幻影魔法というものにかかっているかもしれない。
というよりそうであってほしいと思いながら、倒れようとすると私の背中はコーガによって支えられる。
「お、おいエル!? お前、大丈夫か!? 目が虚ろなんだけど!?」
「ダイジョブデス」
「全然大丈夫そうに見えないんだが!?」
慣れれば、慣れればいいだけだ。
この怒涛の展開に順応してこそ、私は次に進めるはずなのだ……!!
「コーガさん、その方は? まさか……浮気……?」
「うわああ!? ここに来て面倒な奴も来やがったぁ!?」
「あ、僕が誘っておいたんだ」
「お前、マジモンの悪魔か!?」
またウサトか……。
どうしてこいつは混沌ばかりを招くのだろうか。
「魔王が来るから、君と彼女のことを紹介しようと思って」
「さも当然の如く俺とセンリを魔王様に紹介しようとするんじゃねぇ!! 俺は認めてねぇぞぉぉぉ!!」
「あ、待ってください! コーガさーん!」
私から離れ、全力でその場を駆けだすコーガの後ろから、俊敏な動きで普通に追いかけるニルヴァルナの女。
その様子を見送った魔王様は楽し気な様子で、ウサトに話しかけている。
「あれは押し切られるだろうな」
「でしょうね。時間の問題だと思います」
「「……ククク」」
魔王様と一緒にあくどい笑みを浮かべている……!?
見ている私達までもが怖くて震えてしまうが、そんな中でも侍女のシエルだけは困ったように笑っているだけだ。
「わぁ、どちらも悪い顔していますねー」
……やっぱりこの噂の侍女も一癖も二癖もある人物なんだ。
でなきゃ、魔王様の専属の侍女は務まらないんだろうし、彼女に関しては素直に尊敬する。
「さて、話を戻すけれど明日の話をするよ」
「明日のって、さっきので終わりじゃないの?」
募集した奴らが参加するから、先に訓練を受けた身として頑張ってほしい……的な?
その言葉にウサトは首を横に振る。
「明日から本格的な訓練をして振るいにかけていくから君たちも頑張ってね」
「「「……は?」」」
本格的……?
唖然とする私たちにウサトは自身を指さす。
「あとは、そうだね。僕って訓練に入れ込んじゃうと別人みたいになっちゃうけど、別に二重人格とかではないから気にしないでね」
「いや、気にするなっていうのは無理でしょ!? え、本格的って今日までの訓練はなんなのよ!!」
「準備期間みたいなものだね」
ひたすら走り回って精神と肉体すり減らすような無茶なアレが準備期間って意味不明なんだけど。
そもそも別人みたいになるってなに!?
「……ネアとハンナさんの悪女コンビにアドバイスをもらって、隊への募集が集まりやすいように加減をしたって理由もあるけど……」
「……あんた今、なにか言った?」
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
確実になにか言ったような気がしたがはぐらかされてしまった。
なんだろう、聞き逃してはいけない呟きだった気がする。
『魔王様、今ウサトさん、小声で恐ろしいことを呟きませんでしたか?』
『なるほど、こいつにしては訓練方針が手ぬるいとは思っていたがそういうことだったか……。ククク』
何かを呟いたウサトに魔王様は愉快そうに笑っているだけだ。
明日はいったいなにが起こるっていうの……!?
怖い……ただひたすらに怖すぎる……!!
エルの心の壁を丁寧に壊していくウサトでした。
そして、悪女コンビにより被害が拡大することが決定……。
今回の更新は以上となります。




