閑話 故郷へ
二日目、二話目の更新となります。
今回はカンナギ視点でお送りします。
ヒサゴは私にとって父親のような存在であった。
幼い頃、人間の国を攻めてきた魔獣への囮として殺されそうになっていたところを助けられたことから始まり、カンナギという名前をもらった。
命を救ってくれた恩もある。
名前のなかった私に、名をくれた恩もある。
だが、それはそれで、不意打ちで封印してきたことはマジで許さんと思っている。
ヒサゴがそこまで追い詰められていたことを気づけなかった私も悪い。
だが……せめて、私に了解を取れとは思う。
姉に別れの挨拶も交わしていないし、姉の結婚相手にすらも顔を合わせていない。
おまけに私は十八歳という年齢のまま、幾百年という時を超え、この時代に目覚める羽目になった。
……いや、正直な話、この時代での出会いについては不満はないんだが、それでもヒサゴには恨みしかない。
「……森とかは変わってないな」
ミアラークから対岸を渡り、獣人の領域へと進んだ私達。
あらかじめ対岸へと連れてこられていた馬に乗りながら、私は獣人の国、ヒノモトに向かうべく山道を進んでいた。
「やっぱり、懐かしい?」
同じく馬に乗っているアマコがそう訊いてくる。
隣にリンカも並んでいることから、友人同士二人で仲良く話していたのだろう。
「森の景色はね。ヒノモトの景色自体はウサトの籠手から見ていたから、ある程度は知っているんだ」
「そういえばそうだったね。……あの騒ぎが一年以内の出来事だと思うとちょっと不思議な気分になるよね」
「それを言うなら、ウサトと君が関わった一連の騒ぎが同じようなものじゃないか?」
「言えてる」
小刀と籠手から見ているだけでも相当だ。
現代に目覚めた邪龍との戦い。
サマリアールの呪い。
龍の力に目覚め、暴走したカロン。
ヒノモトの長、ジンヤの謀反。
少なくとも、旅をしている時点でこれほどの騒ぎに巻き込まれているのだ。
「あのさ、アマコー」
「ん? なに? リンカ」
「ウサトってさ、最初からあんなに獣人顔負けの力だったの?」
「……あー」
少し言いづらそうにするアマコ。
正直、その部分については私も気になっていたところだ。
彼がこの世界に呼び出された直後に、救命団に入れられたということは知っているけど、それから彼がどうしていたのかは知らないのだ。
「私、救命団にウサトが入った時のことは、あまり知らないんだよね。でも、あそこに人が入るのってすごく珍しかったから、街でもすごい話題になっていたのは覚えてる」
「珍しかったんだぁ」
まあ、そりゃあれだけの練習量をこなすやばい集団だもんね……。
私から見ても黒服たちは相当な身体能力だと思う。
「最初はウサトは普通の人間って言ってたけど、ローズさんの入れ込みようからして多分、普通じゃなかったと思う」
「断言しちゃうんだー……」
「だってウサトだし」
その言葉で納得できてしまうのもなんだかおかしな話だ。
私が引導を渡すつもりだったサマリアールのド外道魔術師の策に巻き込まれた時から、本格的に精神的なやばさが目立ってきたような気がする。
あの魔術師はヒサゴの言葉通りに報いを受けた。
「初めて意識して顔を合わせたのは、多分……私が店番をしていた時かな。ローズさん……ウサトの上司の人に魔獣とか住んでる森に放り投げられる前だったと思う」
「ちょっと待って、おかしくないかな……!!」
「……リンカ、私、なにかおかしいこと言ったかな?」
「感覚が麻痺してるよアマコ!」
さりげなく聞いていたハヤテさんと護衛の人たちもこちらを振り向いて驚いている。
「ウサトにとっては懐かしい思い出らしいんだよね」
「懐かしいの!? 悪夢とかじゃないの!?」
「ブルリンと会えた切っ掛けでもあったからね。……本人は最初、グランドグリズリーを倒すまで帰ってくるなって言われて、一人で十日間くらい森の中にいたらしい」
「救命団って、なんのための組織なの……」
これまでの救命団の話を聞いて思ったのは、あの組織はいざという時のために必要なことは全て試しておく、というのが救命団の印象かなって思う。
もしもの事態が起きたとしても、対応できるように極限の状態に身を置くことも視野にいれた訓練を課し、本番に生かす。
治癒魔法ありきとも言える、壮絶な訓練方針だ。
「ウサトの技がおかしくなってきたのは、治癒魔法を投げ始めてからだったと思う。……その前に治癒パンチがあるけど……あれは、ローズさんに教えてもらった技らしいし」
「治癒魔法って聞くと大したことないと思うけど、ウサトに投げられるとすっごい怖いよね。実際、ものすごく怖かったし」
「あれはいきなり矢を放ってきたリンカの自業自得」
「うぐぐ……」
そんな世間話を交わしながらいつしか場所は、ヒノモトの周囲を囲む深い森へと辿り着く。
馬を引きながら、太陽の光も通さない木々の間を進んでいくことで、ようやくヒノモトに到着する。
街に入ったところでハヤテさん達と一旦分かれた私とアマコは、彼女の母親に会うべくこの都市での彼女の家へと向かうことになった。
「いいの? 家にお邪魔しちゃって」
「うん。結構広いらしいし、カンナギも知り合いがいたほうがいいかなって思って」
「確かにそうかも。ありがとね」
「あと、なんだかんだで母さんがどんな反応をするか気になる」
「えぇ」
なんだかんだで気になっているじゃんか……。
確かに、私とアマコは一見姉妹みたいに見えるだろうけど。
やや呆れながら、改めてヒノモトの街並みへと目を向ける。
木造の家屋と、自然が合わさったのどかな景色。
「……知ってたけど、私のいた時代の時とはまっっったく違うよね」
「まあ、何百年も経ってるし」
「でも、この景色が当時の獣人達が求めていたものなんだよね……」
争いや悪意とは無縁の場所。
人間の手が伸びない獣人だけの領域がヒノモトだ。
……今考えても、アマコと彼女の母親を利用しようとしていたジンヤの企みが失敗に終わってよかったと思う。
「ついたよ」
「……結構、大きい家だね……」
到着した先は一際大きな木造の建物。
数少ない予知魔法使いだからか、見張りの兵士もいて警備も厳重なようだ。
「おかえりなさいませ、アマコ様、ハヤテ様からお話は伝わっております」
「ただいま。……母さんは中にいる?」
「はい。つい先ほど、屋敷に戻られたところです……」
アマコの言葉に槍を持った女性兵士が頷く。
心なしか、その表情はげっそりとしているようにも見える。
「また、母さんがやらかしたんだね……」
「今日はアマコ様の帰りを祝うと仰られてお一人で料理を作ると張り切っておられて……いつの間にか、一人食材を買いにふらっと消えて……」
「ごめんなさい……」
「いえ、いつものことですから」
……本当に変わった人なんだな、カノコさんって。
ぶっちゃけると、性格もうっかりしているところも私の姉にそっくりなあたり、流石は子孫というだけある……。
「じゃ、行こう。カンナギ」
「うん……」
靴を脱いで屋敷に入る。
すると、到着を聞きつけたのか、ぱたぱたと音を立てて奥から一人の女性がやってくる。
腰に届くくらいに長い金髪と、アマコと私と同じ狐の獣人としての耳と尻尾を持つ人物、カノコさんである。
「おかえりなさーい。アマコ」
「た、ただいま、母さん」
おっとりとした笑顔を浮かべた嬉しそうに微笑んだ彼女が大きく広げた腕で、アマコを抱きしめる。
照れくさそうにしながら満更でもない様子のアマコに微笑ましい気持ちになっていると、アマコを抱擁したままのカノコさんの視線が、私へと向けられた。
「おかえりなさい。大きくなったわね、アマコ」
「母さん、私はまだ腕の中にいるんだけど」
「……あら?」
「いや、あら、じゃないんだけど」
予想以上にマイペースな人過ぎないか……?
されるがままにされているアマコに、カノコさんはハッとした様子で頬に手を当てる。
「アマコの、子供かしら?」
「私より年上なんだけど」
「……もしかして、私のもう一人の娘? 記憶はないけど……」
「そんな事実はないから当たり前」
「まさか、あの人……隠し子がいたことを黙っていた……!?」
「天国にいる父さんを巻き込まないであげて……」
天然にもほどがあると思うんだけど……!
次々と口にする憶測がかすりもしていないあたりヤバすぎる。
「あら、なら姉妹かしら。ふふふ、アマコったらずっとお姉ちゃんが欲しかったのね」
「……ソウダネ」
「アマコォ!? 説明することを諦めないでぇ!?」
これ以上、話がこじれないうちに説明しなきゃ大変なことになりそうだ!
だんだんと投げやりになっていくアマコに危機感を抱いた私は急いで、カノコさんに事情を説明しにいく。
「実はですね……」
身振り手振りで必死に説明を重ねていく。
私が何百年も前に封印されたアマコとカノコさんの先祖の妹だということ。
封印された後に、ウサト達に助けられ今に至るということ。
正座をしてにこにことした面持ちで聞いてくれるカノコさんにしっかりと分かってもらえるように質問していくと――、
「じゃあ、今日からカンナギちゃんは私の娘ってことでいいわね」
なぜか私がカノコさんの娘にされていた。
……いや、よく考えなくてもなんで!?
「同じ血筋なら親戚みたいなものだし、もう家族みたいなものじゃない?」
「あ、いえ、その、あの……ですね」
物心ついた時から両親はいなかったので、予想外すぎるカノコさんの対応にしどろもどろになってしまう。
な、なんだ!? この困惑と喜びをごちゃまぜにさせたような気持ちは!?
「カンナギ、諦めたほうがいい」
「あ、アマコはいいの……?」
「母さんだし。それもカンナギの立場的には私と母さんのいるここの預かりになった方がいいと思う」
確かにそうだけども。
弱体化しているとはいえ、私も予知魔法使いであるのでここに立場を作っておいた方がいい。
「話は決まったようね。これから、よろしくね。カンナギちゃん」
「……よ、よろしくお願いします」
正座をしたまま私もお辞儀をする。
あっという間に娘にされてしまったな……。
「それじゃ、そろそろご飯にしましょうか。アマコがカンナギちゃんと帰ってくるって予知ができていたから、沢山作っておいたのよ」
ご飯と聞いて不覚にもテンションを上げてしまう。
それを恥ずかしく思いながら立ち上がると、ふと私の意識が奥へと引き戻されるような感覚に苛まれる。
たまにある、もう一人の私が身体を操る感覚。
いったいなにをするんだ? と特に警戒もせずに疑問に思っていると、おもむろに前に踏み出したもう一人の私が、カノコに抱き着いたのだ。
「あら?」
「~~~ッ!?」
な、なにやってんだもう一人の私ぃぃぃぃ!?
しかも抱き着いた後に意識を私に戻すとか、大変なことしてるしぃ!?
「あらあら」
「カンナギ、そこまで家族愛に飢えてたの……?」
アマコがものすごい可哀そうな人を見る目を向ける一方で、突然の私の抱擁に微笑ましそうにしたカノコさんは、私の髪を撫でた。
「あ、あああ、あのっ、これは……」
「遠慮しなくてもいいのよ。私達はもう家族なのだから」
「~~……!!」
慈愛の眼差しに耐え切れなくなった私はそのまま畳に勢いよく倒れる。
わ、私の中の私! 後で覚悟しておけよぉぉ!?
カンナギ、カノコの娘になる(!?)
もう一人のカンナギとしては、家族という不思議な感覚のままに自分でもよく分からない行動に出てしまったという感じです。
次回の更新は明日の18時を予定しております。