第三百六話
お待たせしました。
第三百六話です。
悪魔ラプドが襲撃した後の会談は、当然のように中止となった。
しかし、その日の会談が中止になったというだけで後日また行うということなので、最初の会談で行った議論自体は無駄にならずに済みそうでよかった。
だが、悪魔の襲撃があったことで彼らの存在が公になってしまったことは事実。
今後は彼らの力が増すことを考えなくてはならなくなったし、何より——、
「僕が悪魔殺し呼ばわりされるのはどういうことなんだ……!!」
「当然だろ」
「本当に何を言っているのかしら?」
「いいなー、かっこいいなー」
「傍から見てた身としては、勇者よりやべぇ挙動してたもんなお前」
「身から出た錆とはこのことを言うのだろうな」
この総ツッコミよ。
宿のラウンジにて、フェルム、ネア、先輩、コーガ、アーミラさんから怒涛のツッコミを頂いてしまう。
あの後は本当に大変だった。
ファルガ様にラプドの灰を渡した後、各王国の偉い方たちに囲まれてものすごい話しかけられた。
内容については、まあ、ほとんど同じだったはずだ。
慣れてきたとはいえ、集団で来られると普通に困ってしまうのだ。
「良く分からなかったのだが、お前はどうやって悪魔の場所を察知したんだ? 気配すらも分からなかったぞ?」
アーミラさんの質問に答える。
別に隠すことでもないしな。
「治癒魔法の粒子を周囲に巻いて、その発動を察知して場所を特定したんです」
「……? すまない、それは普通の感覚では可能なのか?」
「こいつ、魔力回しっていう技術で魔力を感じ取る感覚が異常にまで研ぎ澄まされているからできたことだから、普通じゃ無理よ」
僕の代わりにネアが説明すると、アーミラさんと先輩が思い悩むような顔をする。
「じゃあ、その魔力回しを私も極めたらウサト君みたいな感知もできるのかな?」
「あー、確証はできませんが、先輩とアーミラさんの魔力の性質を考えれば、できるかもしれませんね」
先輩は地面や宙を走る電撃で、アーミラさんは周囲に散らした火の粉とかで、僕と同じことができそうだ。
試しにとばかりに僕はいつも練習している魔力回しを二人に見せる。
「これがそうです」
「私は知っているけど、以前よりも速くなっているね」
「器用だな……。しかし、師匠や私の扱う技術と似通ったものがある……」
魔力回しは誰でもできる。
続けるかどうかはやる気と根気が必要だけど……。
「僕みたいなことができるような人が増えれば、悪魔の隠れる術に対しての抑止力になる」
「相手が奇妙な隠れ方してるもんな。……まさか、お前無償でそれを他国に教えるつもりかよ」
「え、駄目なの?」
コーガに頷くと彼は驚いた様子だったがすぐに呆れた笑みを零す。
別にやり方さえ覚えれば誰でもできることなんだ。
隠してもいいことなんて一つもないし、それなら皆に広めたほうがいい。
帰ったら、ローズを含めた団員達にも教えるつもりだし。
「いや、変に欲がねぇのがお前だからな。それでいいんじゃねーの」
「うん……?」
なぜか納得されてしまった。
まさか、お金でも取ると思われていたのだろうか。
心外な、と思っていると先輩がコーガをジト目で睨んでいることに気付く。
「ねえ、コーガ」
「な、なんだよ」
先輩に声をかけられ、やや警戒した様子で身構えるコーガ。
「君はちょっとそっちの気があると疑っているけど、実際はどうなんだ……?」
「おいウサト! この勇者、いきなりとんでもねぇ爆弾ぶん投げてきたんだが!? って、おおおおおい!!? 露骨に俺から距離を取るんじゃねぇ!! 前に言ったけど、違うっつってんだろ!!」
反射的にコーガから距離を取ってしまった僕にコーガが怒鳴る。
いや、分かっているけどもそういう必死な反応が怖いというかなんというか。
「コーガ……趣味は人それぞれだが、ほどほどにな」
「お前に初めてかけられた優しい言葉があまりにも酷すぎるんだが!?」
ぽん、と肩に手を置いたアーミラさんに彼は頬を引き攣らせる。
「なんか、あんたアレね。戦い絡んでなきゃマトモな分損する性格ね」
「闇魔法の性質考えると、マジでありえそうだ」
ネアとフェルムからの認識も中々に酷い。
そろそろ普通にかわいそうなので、誤解を解こう。
「先輩。コーガは戦闘大好きな闇魔法使いで、しつこく僕に戦いを挑んでくるやべー奴なだけですよ。ははは」
「そうだったんだね……」
「その本音が一番俺を傷つけてる自覚あるかテメェ……!」
……そろそろかな。
外の景色が夕焼け色に変わり始めたことで僕は立ち上がる。
「先輩、そろそろ行きましょうか」
「ああ、もうそんな時間か……」
先輩も立ち上がり、勇者の刀を腰に携える。
別に戦いにいくわけではないが、悪魔が出た後なので一応の装備は必要だ。
「ネア、フェルムは留守番をしていていいよ」
「そうさせてもらうわ」
「ボクは行かなくても大丈夫なのか?」
「心配ないよ。ロイド様の元に行くだけだからね」
アウルさんが出たからには、ロイド様とも話しておかなければならない。
あの方も、アウルさんのことを知っていたみたいだからな……。
「じゃ、コーガ、アーミラも警護の方、よろしく」
「了解した」
ここの警護は二人に任せて僕達は宿を出る。
目的地はリングル王国の代表、ロイド様のいる宿だ。
僕と先輩は顔を隠すためにフードを被りながら、道を進んでいく。
「ウサト君はさ。少し気張りすぎな気がする」
「え?」
すると、唐突に先輩がそんなことを話しかけてくる。
いきなりどうしたと思いながら、彼女を見ると自身の手を見ながら魔力回しを行っている。
指から指へ、つい先ほど始めたとは思えないほどに魔力を加速させ、スムーズに回している彼女に感嘆とさせられる。
「自分の使命を重く見るのも分かる。魔族という種族のために動いているのも分かる。でもさ、君のそれは時々、独りよがりだ」
「そう……でしょうか?」
「そうだよ」
断言されてしまった。
自覚はなかったが、先輩にはそう思われてしまっていたのか……。
「君は最終的に自分がこうすればいい、せめてこうしておこう、って考えている。その最終的な選択には自身の命すらも賭けたものすらある」
「そんなことは……」
「魔王との戦いでもし負けたら、君は私達を逃がして自分一人だけで足止めする覚悟だったんだろう?」
「!」
「分かるさ。君の考えていることくらいは。なにせ、私は君の先輩だからね」
魔王との戦いは既に終わったことだ、とは言えなかった。
先輩には口にしていなかった覚悟が、彼女には筒抜けだったことに素直に驚いた。
「それが悪いとは言わない。私とカズキ君の感情を度外視した行動なら、それが最適解なんだろうね」
「……はい」
「でも、多分そうなったら私とカズキ君は怒る。君だけじゃなく魔王にも、魔族にさえも。どんな手を使ってでも君を取り返そうとするだろう」
どんな手を使ってでも、か。
そこまでは考えていなかった。
当時の僕はただ、先の希望のために先輩とカズキを生かせればいいとばかり考えていた。
「平行世界の君を見た私から言わせてもらうと、君を失った私も同じようになるだろう。それこそあらゆる卑怯な手を用いる悪鬼へと堕ちる」
「いや、先輩がそんなことを……」
「君がそうしていた姿を見て、私も同じことを思ったよ」
……。
先輩とカズキを最初の戦いで失った僕は、救命団の団員ですらない人でなしになってしまった。
そうなってしまった気持ちは理解できてしまう。
同じ世界に来た仲間。
同じ世界に来て友達になった。
そんな二人を目の前でなくしてまともでいられるはずがない。
「まあ、ここまで言ったけどうまくいっているから、別に責めたりはしないさ」
「えぇ」
「重要なのはこれからの未来さ」
一転して軽い様子となった先輩は人差し指を立てる。
「悪魔といういまいちよく分からない敵との戦いだ。それに君は、ローズさんのかつての部下達と戦わなければならない」
「厳しい戦いになりそうですね……」
「ああ、君はその渦中に巻き込まれることが多くなるだろう。だからこそ——」
ぴたりと立ち止まった彼女はこちらを振り向きフードを外す。
まとめた黒い髪が風になびき、先輩の得意げな顔が露わになる。
「君が本物の悪魔になってしまわないように、私がついているよ!」
「……。ははは、なんですかそれ」
「しかめっ面もいいけれど、君は笑っている方がいい。ローズさんでもオーガでも、ましてや悪魔でもない。君は君だ」
僕は僕……か。
そう言われたのはなんだか久しぶりのような気がする。
再び歩き出し、フードを被った先輩はハッとしたような表情を浮かべ、僕を見る。
「あっ、今の私、ヒロインっぽい!」
「その一言がなければ間違いなくそうでしたよ」
「きゃうん……」
「ははは」
本当に楽しい人だなぁと思う。
この人がいるから、今もこんな気持ちでいられると思うと本当に僕にとって得難い存在だと思い知らされてしまう。
●
リングル王国の宿に到着した僕に案内され、ロイド様が待っている部屋へと向かった。
先輩は、気を使ってくれたのかカズキと一緒に扉の前で待ってくれるそうで、ロイド様とシグルスさんと話すのは僕一人だけだ。
一際大きな部屋に招かれるとロイド様とシグルスさんがおり、先ほどまで執務をされていたのかテーブルなどに大量の書類が積み上げられていた。
「おお、来てくれたか。呼び出してすまないな、ウサト」
「いいえ、こちらこそお忙しい時に申し訳ありません」
「そちらの椅子に座るといい」
促された席に腰かけると、ロイド様が対面の席に、シグルスさんが彼の傍に控えるように立つ。
「ローズのかつての部下、アウルと戦ったのだな」
「……はい」
話の内容はアウルさんとその仲間達について。
リングル王国の墓地から盗み出された手練れの七人の戦士達。
「予想はしていた。覚悟もな。だがまさか、あれほど生前と同じ様子で現れるとは私も思いはしなかった」
「ロイド様はアウルさん個人のことはご存知だったのですか?」
「一人たりとも忘れてはいない。戦いで命を落とした者も、今も国のために尽くしている騎士達はな」
もしかして、騎士の皆さんの顔と名前を憶えているのか?
シグルスさんを見ると、彼も無言で頷いたことから本当のようだ。
「ローズに、伝えねばな」
「団長は、どう思うでしょうか……」
「あやつは強い。非の打ち所がないほどにな。しかし、あやつにも人としての弱さがある」
「弱さ……ですか」
まあ、あの人の場合はそれを他人には絶対に見せないんだろうなってのは、副団長になってからなんとなく理解している。
「しかし、その点はおぬしがいれば心配はないだろう。おぬしは、ローズにとっても無二の弟子であり、彼女の意思を継ぐ者であるからな」
「まだまだ未熟ですけどね……あはは……」
もっと経験を積んでいかなきゃならないとなぁ。
「リングル王国としてはアウルさん達の対応はどうなさるおつもりなのですか?」
「ふむ。手配書を広める予定ではあるが、悪魔と共に行動しているということはあまり意味をなさないだろう。それよりも……死者を徒に呼び起こす術があることを、会談で伝えねばな」
「たしかに……」
アウルさん達以外に各国の今は亡き実力者の人が物言わぬ躯となって蘇らせるわけにもいかない。
「アウルか……あやつは、中々の曲者だったな。シグルス」
「ええ。入団当初から問題ばかりを起こす者でしたが、ローズの部下となったことを機に頭角を現していましたな……」
当時を思い出したのか、苦笑しながらもシグルスさんはそう口にした。
「ウサト殿、意思を持っているのは、アウル一人だけでしたか?」
「はい。それは確かです。他の六人は……その、操り人形みたいでした」
「彼女の精神の強さを考えれば納得がいくが……しかし、それと同時にアウルは非常に厄介な思考をしていますからな……」
「具体的に教えていただいても構わないでしょうか?」
ローズからも聞いているが、シグルスさんからも聞いておきたい。
「アウルはあらゆる状況において、精神が全く揺るがない。どれだけ劣勢に置かれても、魔物に囲まれていたとしても、果ては瓦礫が崩れ落ち、逃げ場のない洞穴に閉じ込められたとしても、彼女は絶望もせず、前に進むことを決してやめない」
「……すごいですね」
「私からすれば、貴方と似ているとも言えますよ」
諦めない、か。
僕は似ているかどうかは分からないけれど、やはりアウルさんは先達として尊敬できる人物だ。
「他の者達も中々の曲者揃いでしたよ。ロイド様、城下町の酒屋の酒が一夜にして飲み干された事件をお覚えでしょうか?」
「あれほどまでに衝撃的なことは、忘れたくとも忘れられないぞ」
酒屋の酒が一夜にして飲み干されたとか、どういうこと……?
首を傾げる僕に、ロイド様とシグルスさんはどこか遠い目をする。
「ローズの部下にベスとナルカという女騎士がいまして。その二人の酒癖は相当悪く、その上とてつもない酒豪でたびたび、城下町に降りては酒を浴びるように飲み、翌朝に何事もなかったかのように騎士としての務めに戻るのです」
「その人たち、人間なんですか……?」
「他にもまだまだあります。夜に半裸のまま、街中を徘徊する二人の大柄な男、クリス、ギルグ。演習を抜け出し、女性を口説きに向かうジョッシュ。そして、特に悪いことはしていないが、異様に影が薄く、忘れ去られがちなディン」
とんでもなくキャラが濃すぎる人たちだな……!?
「その全員がローズの手腕により統制されるに至ったと思うと、凄まじい話だと今でも思います」
「はっはっは、一時はわが国でも有名な七人ではあったな」
なんというか、今の強面達もそうだけど、ローズは昔も変わらずローズなんだなって思えて少し嬉しくなってしまう。
だからこそ、そんな先輩達が悪魔に好き勝手にされている現状を歯痒く思えてしまう。
「でも、なんだか僕を含めた救命団の面々の印象が薄く思える面々ですね」
「「……」」
「……あれ?」
なぜに無言で顔を逸らされたのだろうか……ロイド様?
すると、ふと何かを思い出したようにロイド様がこちらを向く。
「ああ、そうだ。一応、おぬしにこれを見せておかねば」
「はい?」
やや挙動不審な様子で僕にいくつかの書類を見せてくる。
その一つを手に取り、目を通して——身体が硬直する。
「ロイド様、これは……?」
「おぬしへ接触するための文だ」
「……」
僕なんかと会ってどうするのだろうかと素直に疑問に思ってしまう。
「心配するな。全て断るつもりだ。それでも一応、おぬしには伝えておこうと思ってな……」
「ありがとうございます」
心なしかロイド様も疲れ切った顔をしていた。
なんだか申し訳ない気持ちにさせられながらも書類を捲ると、予想通りにカームへリオ王国のハロルド様のものもある。
「カズキとスズネにも同じものが寄せられたが、おぬしも同じくらい寄せられたぞ」
「他の人から見れば、僕は勇者よりお手軽な立ち位置にいるらしいですからね……」
「それに加えて、此度の働きもあるのだろう。スズネとカズキと共に、人質にされた者達を救い、特異な技によって悪魔を退けた」
仕方ないとはいえ、目立ちすぎたか……。
こういう政治的なことに関わることになるのは大変だけれど、これから魔族や悪魔の問題に関わっていくには、こういう問題とも向き合っていかなきゃならないんだよな……。
アウル以外にも問題児だらけだったローズの部下達でした。
因みにローズはお酒をほとんど飲みません。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




