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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第十三章 大規模会談、悪魔の暗躍
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閑話 痛みと恐怖

今回は閑話となります。

前半はラプド視点。

後半は別の人物の視点となります。

 他愛のない相手だと思った。

 少し遊んでやれば、恐怖に怯え屈するだけの人間だと思った。

 我々の力を、恐ろしさを、狡猾さを知れば怖気づくと思い込んでいた。

 だが、現実に遭遇した相手はあまりにも我々の知る人間とは異なっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


 みっともなく、走る。

 恐怖に足を震わせ、翼すらも動かしながら俺は悪魔である自身を容易く圧倒し、恐怖を刻みつけた白い服を纏った人間を思い出し心底震える。


「クソ、クソクソクソ!!」


 屈辱だった。

 あのような非常識な存在だと誰が思おうか。

 存在を隠し、五感を欺く魔術すらも、察知し対応してくる人間なぞいていいはずがない!!


「俺を、この俺を嘗めやがって……! あの人間ゥ……!! 絶対、絶対に許さん!!」


 まずは身を隠さなければ。

 レアリの魔術は俺には使えん。

 誰かしら人間を見つけ、瞳に入りでもすればとりあえずは生きながらえる。

 その時に、あの憎き治癒魔法使いへの復讐の計画を考える……!


「ハッ、ハッ……」


 今はただ逃げる。

 次の好機に繋げるために。

 森の中をあてどもなく駆けていると、ふと開けた場所に出る。

 近くに滝の音が聞こえる場所で、そこに一人の人間が立っているのを見つける。


「俺にも運が回ってきたようだァ……!!」


 黒いマントを着た、赤い髪の混じった黒髪の小娘。

 一見男にも見えるが、その雰囲気と気配は女そのものだ。

 奴の瞳に入りこめば、やりすごせる……!!

 ただの人間が悪魔に勝てる道理はないのだからな!!


「ハァァ!!」


 翼を翻し、無言で佇む人間へと向かう。

 恐怖で足がすくんで動けないのか?

 それとも単純に俺には気づいていないのか分からないが——いや、待て、こいつは俺に対して恐怖を抱いて——、


「「愚か」」


 どこか重なって聞こえる声と共に、俺の身体に衝撃が走り後方へと吹き飛ばされ、樹へと激突する。

 腹部の痛みに視線を下に向けると、俺の腹部にはカトラスが突き刺さり、身体ごと樹へ縫い付けられていた。


「う、がァ……なんだぁ、これはぁ!!」


 人間とは痛覚が異なることから、泣き叫ぶようなマネはしないが、俺の頭は変わらず混乱の中にあった。

 あのような二十にも満たない小娘がこの俺を剣で縫い付けただと!?

 あの治癒魔法の化物といい、そんなふざけた話があるか……!

 しかし、どう足掻いても自身に突き刺さったカトラスが抜けることはない。

 まるで存在そのものを縫い付けられた怖気に包まれながら、俺は得体のしれない存在と化した小娘を睨みつけた。


「「お前達は、人間に寄生する蟲だ」」


 ゆらりと遅い足取りでこちらに近づいてくる小娘の顔は俯いててよく見えない。

 だが、その声はどこか二重に響くように聞こえてくる。


「小娘、貴様……!」

「「その在り方を、オレは許容しない」」


 顔を上げ露わになった素顔には覚えがない。

 年相応に整った顔だが、俺にとって見たこともないし関わったことのない小娘だが——その気配と、恐怖を俺は知っていた(・・・・・)


「う、嘘だ、お前は既に死んでいるはずだ!」

「「……」」


 声を震わせて叫ぶ。

 どうして、お前がここにいる。

 いや、本人かどうかなどどうでもいい!


「なぜそこにいる! なぜ貴様のような小娘が奴のように振舞っている!? ふざけるな!! お前のような人間が、化物が、なぜ!!」

「「お前達が、いるからだ」」


 簡潔にそう答えた小娘は、赤の混じった黒髪の隙間から俺を睨みつけるとおもむろに、両手を胸の前に掲げる。


「「系統強化——“封”」」

「ッ、や、やめろ!! ふざけるな! やめろぉぉ!!」


 小娘の手と、腕に裂傷が刻みつけられる。

 系統強化を無理やり使用しているのだからそうなって当然だ。

 今、この小娘に襲い掛かっている痛みは並みのものではないはず。


「「ここで、貴様は終わりだ」」


 血が宙に飛び散り、地面へと落ちていくことに気にも留めずに奴はその手に光球を作り出す。

 見間違えるはずのない、光。

 最初に我々を恐怖に陥れ、永劫の眠りにつかせた諸悪の根源。


「ヒサ――」


 声は言葉にならず、俺の身体は球体に吸い込まれる。

 声も何も発せず光の渦に包まれながら、俺は自身の魂が掴み取られているような感覚に身を震わせる。


——な、なにをするつもりだ! あ、ああ、それだけはいやだ!!


 身体が押し潰される。

 死すらも超越した悪魔としての存在が、壊される。


——うあああああああああ!?


 幾百の同胞たちがその身で味わった死。

 俺自身が決して味わうはずのなかったその絶望と恐怖を、刻みつけられながら俺の意識は苦痛の末に弾けた。



 掌の中で球体に閉じ込めた悪魔が弾けた。

 握りつぶし、掌からあふれ出した黒色の灰は断末魔と共に周囲にまき散らされ、風に乗って消えていく。

 その様子をまじまじと見たオレは、我に返ると同時にその場に座り込む。


「ッ……うぅ……うぁ……」


 両腕に刻まれた傷が、激痛を訴えかけてくる。

 両手を震わせ、うずくまりながら瞳からとめどめのない涙がこぼれる。


「痛い……痛いよ……う、う……ぁ」


 痛みに苦しんでいる暇はない。

 なんとか立ち上がり悪魔を刺し貫いたカトラスを樹から引き抜いたオレは、腕に包帯を巻く。

 それだけでとてつもない痛みが走るが、それでもそれ以上に血が出ないようにきつく、強く縛り付ける。


「ッ、早く、ここから離れないと」


 誰かがこっちに近づいてくるのが分かる。

 ものすごく速い。

 血が落ちないように強く包帯を巻き付け、その場から少し離れた滝の近くの岩場に隠れる。

 ちょうどそこからラプドを倒した場所が見える。


『ファルガ様……これはもしかして』


 その場に現れたのは、四日前に会った治癒魔法使いのウサトと、リングル王国の勇者のイヌカミであった。


「ウサト……なん、で……」


 彼のことはオレが一方的に知っていただけだった。

 本当は会うつもりなんてなかったし、関わるべきじゃなかった。

 それでも、オレは会いにいってしまった。


『僕にできることがあるかは分からないけど……話してみないか?』


 魔王を打ち倒した治癒魔法使いで、会ったばかりのオレに治癒魔法をかけてくれた。

 思い返してみても、オレの挙動は怪しく、警戒されてもおかしくなかった。

 実際、警戒もされていたのだろう。

 それでも、彼は親身になって話を聞こうとしてくれていた。


「ここで出ていけば……」


 助けてくれるかもしれない。

 この背負わされた役目(・・)をなんとかしてくれるかもしれない。

 そんな思いを真っ先に抱くと同時に、勇者イヌカミの姿が視界に映りこむ。


「「また、異世界から無辜の民を……」」


 自然と口が動き、苛立ちが募る。

 オレの感情とは別に湧き上がるそれを頭から追いやりながら、腕に巻き付けた包帯から滲んだ血を見る。

 駄目だ。

 オレは、間に合わなかった。

 魔王と戦うはずだった。

 戦うはずだったのに、間に合わなかった。

 怖気づいて、戦うのを怖がって、なにもしなかった。

 戦わせるはずのない人たちを、巻き込んで、見ているだけだったんだ。


「これは、オレがしなくちゃいけないんだ……」


 オレのするべきことだから。

 オレがしなくちゃいけないことだから。

 そう自分に言い聞かせて、両手を見ていると、ウサトと勇者イヌカミが元来た道を戻っていくのが見える。


「……」


 彼がいなくなったところを見て名残惜しい気持ちにさせられながら、オレもミアラークに戻るために、ラプドを殺した場所を通りかかる。

 バレないために迂回した方がいいかな……ん?


「……あれ?」


 ラプドを殺した近くの樹の根っこに緑色のなにかが置いてある。

 それを見つけ、手に取ると、それは綺麗な光を放ちオレの手の傷を癒してくれる。


「……ぁ」


 オレが触れたことで魔力を覆っていた膜のようなものが弾け、緑の治癒魔法の光がオレの両腕から全身を覆う。

 もしかして、ウサトが置いてきてくれたのか? 


「……温かい……」


 両腕から痛みが引いていく。

 彼がおいてくれた治癒魔法の光が、オレの両腕の怪我を癒してくれた。

 治癒魔法の光が消えても、その光を抱きしめ、痛みとは別に涙が込み上げてしまう。


「ぁ、あ……あぁ……」


 耐えられない。

 こんな優しさを知ってしまって、また一人でいるなんて嫌だ。


「もう、いやだ……いやだよぉ……たすけて、ウサト……」


 口から出てくるのは子供じみた否定の言葉。

 ずっと、この数ヵ月口には出すことのなかった本音が、あふれ出していく。


「本当は、戦いたくない……誰も、傷つけたくないのに……帰りたいよぉ……」


 綺麗と褒められた赤い髪は、黒色へと塗りつぶされた。

 頭で響いてくる使命のままに家を飛び出し、ここまできてしまった。

 抗えなかった。

 私の意識を、心を塗りつぶすように彼の声が耳元で囁き続ける。


「なんで、こんな力をわたしに授けたの……」


 “わたし”の持つ魔法もなくなり、代わりに別の“オレ”の魔法を押し付けられた。

 どうして使えないはずの系統強化を強要され、痛みに苦しまなくちゃならないの……?


「勇者様……ッ!」


 あの時、どうしてウサトに助けてほしいと言えなかったのだろうか。

 もし言えたら、彼は力になってくれたのかな……。

 既に二体の悪魔は葬った。

 あと、少しだ。

 悪魔を全部殺せば、オレ(わたし)の役目は終わるかもしれないんだ。

悪魔を殺したのは第二百九十四話に登場したシア・ガーミオでした。

彼女は本来、心優しい普通の子でした。


この章始まってからずっとこの話が書きたかったので満足です。


今回の更新は以上となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒサゴの精神でも封じたのかな?
[一言] やっぱり転生してたかヒサゴ。前のコメントにも書いてたけど流石の伏線だな!
[一言] >存在を隠し、五感を欺く魔術すらも、察知し対応してくる人間なぞいていいはずがない!! やっとウサトは悪魔にも人間外判定受けましたねw シア、忘れてましたw 慌てて第二百九十四話読み直しまし…
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