閑話 悪魔
四日目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
悪魔とは恐怖を糧にする存在。
恐怖がなければその力は衰えていくばかりだ。
今までは、魔王という目の上のたんこぶがいてくれたおかげで満足に動くことができなかった。
弱り切っても相手は魔王。
その力はあらゆる生物を上回り、悪魔ですらも容易く対処する。
この平和ボケした世界で我々が動こうものなら奴は即座に動き出し、我々を炙り出しにかかったことだろう。
「——じきに会談が始まる」
魔術で繋がれた先に声を送り込む。
封印から解放されし同胞たち。
仲間意識もなく、互いが互いを道具として認識しているだけの種としての集まり。
しかしそれは今に始まったわけではなく、封印される以前からそう決められていた本能に近いもの。
「我々は手筈通りに行動を起こす」
悪魔という種族は危機に瀕している。
その数は最早十にも満たず、それ以外の全てが先代の勇者により悉く駆逐されていった。
その証拠に我々が封印から目覚めた世に争いはなかった。
どの王も平和ボケし、戦いを起こす気すら起こさない、そんな腑抜けた時代になってしまった。
「力を取り戻すために、今一度我々の恐怖を、人間共の心に植え付けるのだ」
納得がいくはずがない。
そのようなふざけた世界を我々は許容することはできない。
「———以上だ」
魔術を消し去り、目を瞑る。
封印される以前の、人の恐怖と怒りを煽っていた頃の愉悦と歓喜に満ちた日々を。
今ではそれは陰りを見せ、人の目を避けた暗い影に怯えながらコウモリのように潜んでいるしかない。
「———ッ」
ふざけるな。
なぜ恐怖を象徴とする我々がそのような陰鬱とした生を享受しなければならない。
「交信は終わったようだな。レアリ」
「……行動開始前だ。話しかけてくるな、ラプド」
共にこの暗闇の世界にいる悪魔、ラプド。
上半身に獣の皮を被った自尊心の塊ともいえる銀髪の男の姿をした悪魔は、この私に勝ち誇った高慢ちきな笑みを浮かべる。
「どうしてお前のような奴と組まなきゃならんのだろうなぁ。調子に乗って翼をむしり取られたお前などと」
「……ッ、翼の、話をするな。殺すぞ」
「おぉ、怖い怖い」
ちぎり取られ、今現在再生中の翼をぶしつけに見た奴を睨みつける。
力を満足に得られていないからかその再生は遅く、まだ半ばほどまでしかできていない。
「存在偽装の魔術まで施して存在を気取られるとは、不甲斐ないにもほどがある。まさか、人間に恐怖したなどとは、加えて情けないなぁ」
「あれは、人間ではない。なにか、別の……なにかだ」
「ふっ、ふはははは! 言い訳にしては見苦しすぎるぞ!!」
腹を抱えて笑い出すラプドに歯を食いしばり耐える。
リングル王国の治癒魔法使い。
悪魔と呼ばれ、恐れられる人間。
本来なら、魔王が殺されるはずだったのに、奴はあろうことか魔王を生かした。
それがどれだけ我々にとって誤算だったか。
「あの治癒魔法使い、さえ、いなければ」
「それはこの俺も同意だ。アレのせいで我々の計画は大きく狂わされた。魔王のような異常な者はあの場で息絶えるべきだったのに……よりにもよって、最悪な形で和解するだなぞ、あまりにもつまらない結末になってしまった」
なにより業腹なのは奴が悪魔として恐れられていることだ。
アレのせいで、我々に向けられるはずの恐怖は宙へと霧散し消えていく。
「我々の存在を噂で広めたとしても、その恐怖はあの治癒魔法使いのものとなってしまうだろう。勇者と並んで忌々しい存在だ」
「いつか、報いは受けさせる」
「当然だ。そうでなくては我々足りえない」
今はまだその時ではない。
現状は状況を少しずつ動かしていき、力を蓄えねばならない。
「リングル王国では……してやられたのは事実だが、するべきことはした」
「それは当然のことだろうが。おかげで魔王に我々の存在を気取られた。これは大きな痛手に他ならないぞ? 本来ならその命を我々の糧にするべきだ。それをしないのは、業腹この上ないが我々は結束しなければ弱い勢力だからだ」
事実に苛立ちが募る。
先代勇者がいなければ、あの理不尽の権化さえいなければ魔王がいない世の中を憎しみと嘘で渦巻く、我々にとっての楽園に変えられたはずなのに。
「しくじるんじゃないぞ、レアリ。お前に次はない」
そうゆっくりと言い聞かせたラプドはそのまま暗闇へと消えていった。
恐らく作戦開始のその時まで姿を現さないつもりだろう。
「これは、始まる前から失敗する気配むんむんっすねぇ」
「……」
ラプドの代わりに現れたのは、七人の黒衣を纏った集団。
その一人、フードの隙間から紫色の髪を垂らした軽薄そうな女を睨みつける。
「はははっ、あんたらもう一人減ってるじゃないですかー。あれ、見るからに猪突猛進そうな悪魔さん、まさかアレがどこぞと知れない小娘に魂ごと潰されるなんて、爆笑どころの話じゃないっすよー」
「黙りなさい」
「黙らせたいなら死体に戻してくださいよ。誰が好き好んで生き返させられたと思っているんですか? しかも、こいつら全然魂ないんですもん、魂なかったらあれっすよ? ただの他人っすよこれ?」
へらへらと笑いながら物言わない周りの六人を指さす少女。
彼女本人とは異なり、青ざめた肌の六人は瞳に生気はなく、ただゆらゆらと立っているだけだ。
「ま、どうでもいいっすけどね。こーんなやつら。中身がなけりゃただの肉人形ですし」
そう言って大柄な一人を雑に蹴り飛ばす。
のそりと起き上がる生前の仲間を見下した彼女に、私は冷笑を向ける。
「お前はどう思っているのかなぁ?」
「なにを?」
「お前の居場所に居座った者を」
奴の背後に回り込み、耳元で囁く。
権力者の疑心を煽り、怒りと憎悪を膨れ上がらせた悪意を籠めて言葉にする。
「お前の尊敬する恩師の信頼を勝ち取った者」
「……」
「お前ができなかったことを成し遂げた者」
反応はない。
しかし、明らかに雰囲気が変わったことに口角を歪めながら、私は続けての言葉を口にする。
「さあ、お前はそんな治癒魔法使いにどのような感情を抱いているんだろうね」
「……べっつにぃ、私は一度死んでますし? 興味なんてさらさらない。ま、私の輝かしき武勇伝を訊き、尊敬の念を抱いてくれればいいかなーって」
「おや、冗談が上手い」
「良く分かりましたね。冗談っすよ」
肩を竦めた奴は近くにいる大柄な仲間の一人へ顔を向け、立てた指を地面へと向ける。
「おら、そこの筋肉ゴリラ。椅子になれ」
「……」
仲間の亡骸を四つん這いにさせその背中に座った彼女は軽いため息をつく。
魂が変質しているからか、そもそも元からこういう扱いができる非道な人間だったかは知らないが、よく仲間だった死体に座れるな。
「正直、思うところがないといえば嘘になりますねぇ」
「へぇ」
「あの隊長が後継者に選んだってことは、まずあれでしょ? まともな性格もしていないでしょ? それは確実。隊長の下につく人間がまともな人間なはずがないのはよーく知ってますからねぇ」
大仰な手ぶりでそう言葉にした奴は続けて悩まし気に腕を組む。
感情の入れ替わりが激しい奴だ。
「でも……もし、その後継者さんを駄目にしちゃって。そうなったら隊長はどんな顔をしてくれるんだろうなって……今、そのことばかり考えてしまいます」
「なぁんだ、ちゃんと狂っているじゃないですか」
「ま、隊長が選んだ子ですもん。私程度でなんとかできるとは思えませんけど。———おい、女を捨てた大酒飲みコンビ、私の肩を揉め」
そう言って無言の女性二人に肩をもませはじめる奴。
死んだ人間の魂を呼び戻す魔術は、完全に成功することはほとんどない。
大抵は失敗し、ただ命令だけを訊く肉人形が出来上がるが、ごくまれに超人的な精神を持っている人間なら生前にかなり近い性格のまま動き出す。
———多少、おかしくはなってしまうが、この女は当たりだ。
「でも、その隊長とやらも酷い人だなぁ。お前が死んだあとにすぅぐ代わりを見つけるな……おっと、危ないじゃないか」
無音で突き出された剣を避けずに見る。
私に触れないほどの距離で無理やり止められたように震えた剣の持ち主———アウルは、ぎょろりと紫色の前髪から黒色に染まった瞳を向けてくる奴を見る。
「隊長を、愚弄することは私達が許さない」
「ちょっとからかっただけじゃないか。まあ、主である私達には攻撃をすることはできないし、他愛のない言葉だと思って流してくれたまえよ」
「……」
剣を納めるアウル。
その肌は死体とは変わり血色が戻ってはいるが、その黒衣の内側には生前の死の原因となった傷が刻み込まれている。
しかし、それでもこいつはこの世に魂を引き戻され、蘇った。
周りの奴らも魂はなかれどかなりの実力者揃いだ。
なら、今度は我々のために身を砕きながら奉仕してもらおうじゃないか。
特に意識してないのに悪魔さんの計画を妨害しまくっていたウサトでした。
他にも別のことで計画が歪みまくっている模様。
悪魔さん+アウル登場回。
アウルはWEB版では初登場ですね。
今回の更新は以上となります。