第三百話
お待たせしました。
とうとう三百話に到達。
今日は本当に色々なことが起きた日だった。
コーガと組手をしたりヴェネラル王国のリグナスに絡まれたり、ニルヴァルナ王国のハイドさんと再会して、国王であるハロルド様と話をしたり、最後の最後には先輩との模擬戦だ。
本当に色々ありすぎた一日だった。
会談まで残り二日を切り、今日だけでかなりの諸国の権力者と代表が集まってきている中で、僕達の存在は文字通り異質なものとして認識されてしまったようだ。
『はははは! あーはっはっはっは!!』
『笑いごとじゃないぞカロン! あぁ、もう、君達が悪いわけではないのは分かるが……!』
……まあ、レオナさんには申し訳ないことをした。
魔王がカロンさんに言伝のようなものを頼んでいたが、その内容については話してはくれなかった。
「……」
そして、夜。
夕食を食べ宿の浴場に入った後、寝間着に着替えた僕はベッドの上で座禅を組むように座りながら、微弱な治癒魔法を部屋内に広げていた。
「ほーらよっと」
同じ部屋にいるコーガが動く。
それに伴い、空気中の治癒魔法がなにかに動かされ、押しのけられながらなにかがこちらに飛んでくるのを感知する。
目を瞑ったままそれを掴み取る。
それはコーガの闇魔法で作られたボールであった。
「おお、本当に分かるんだな」
「生物じゃなくても魔力が干渉されたり動かされても反応できるみたいだ。まあ、魔力量の問題で大きく広げられないけどね。ほら、返す」
コーガに魔力弾を返しながらもう一度魔力操作に集中する。
「それでどのくらい分かるもんなんだ?」
「目と耳を塞いでも、お前の位置が分かるくらい。ものならある程度把握できる感じ」
「中々に便利だな。まあ、それは俺には使えんな」
そりゃそうだろ。
僕とコーガとでは魔法のタイプが全く異なるからな。
どちらかというと、コーガの魔力回しの恩恵はより闇魔法をスムーズに動かせるようになることだろう。
「まあ、これは多分限られた範囲にしか使えないだろうから、そこまで便利ってわけじゃないだろう」
「お前なら変な使い方をしそうなもんだけどな」
弱点はある。
だけど、色々と応用できる技だとは思う。
それに、ネアから僕の魔力操作が内側に特化していると聞いてちょこっと色々試してみた。
「あと弾力付与。あれの作り方を変えてみた」
「へぇ、どんな風に?」
コーガに掌を見せ、籠手に覆われていない手で弾力付与を作る。
いつものように掌の上で作り出されるのではなく、手から溢れ出るように形になったそれを見せる。
「今まではカズキと同じように体の外で魔力を編んで作っていたわけだけど、今度からは身体の内で作るようにしてみたんだ」
「なんか違いがあんの?」
首を傾げるコーガに答える。
「籠手に頼らない戦い方ができるようになったってことだね」
「なるほど、そりゃ使い勝手もよくなるわな」
相変わらず現状で一つしか作れないけれど。
だけど、最近は籠手に頼りがちだという自覚があるので、それを少しずつでもいいから改善していきたいのだ。
「もしも、籠手がなくなった時、僕が使える手段は大きく減ってしまうからね。殴る蹴るしかできなくなってしまう」
「お前の場合、大抵それでも十分じゃね?」
「僕には、まだ師匠である団長ほどの理不尽さはない……!」
「お前の師匠、どんだけやべーんだよ……いや、ネロのおっさんに殴り勝つ時点でとんでもねー人なのは分かるけどさ」
団長は僕にとっての理想でもある。
あの拳で全てを黙らせる理不尽さ。
最早、魔法の域にある直感力。
僕がいくら小細工を弄しようとも、未だに勝てる気がしないのはそのせいだろう。
「はぁ……」
「どうしたんだよ、いきなりため息ついて」
「いや……ふと、ニルヴァルナの王様の娘の婚約者候補にされそうなことを思い出してな」
「ははは」
他人事だからって笑いやがって。
……そうだ、よく考えたらニルヴァルナは実力がものをいう国だ。
ならばコーガでもオーケーなのでは?
ハイドさんに合格判定もらってたし。
「思えば、強い人が好きだってんならさ」
「おう」
「お前を紹介しておけばよかったな」
「なにさらっと俺を生贄に捧げようとしてんだよ、オイ」
さすがに焦るコーガに先ほどの意趣返しとばかりに不敵に笑う。
「強いやつが好きなんだろ? 安心してくれ、相手の御息女様はニルヴァルナ王国伝統の婚約決闘で、軒並みの婚約者候補を打倒した強者だ。なにも不安はない」
「不安しかねぇんだけど! 絶対ゴリラみたいな感じだろ!!」
さすがにその言葉は看過できないのでコーガを睨みつける。
「会ったこともないのに失礼なことを言うんじゃない!!」
「わ、悪い……いや、なんで俺が謝るんだ……? おかしくない……?」
「僕を見ろ。オーガ呼ばわりされているが、全然オーガじゃないだろ」
「……」
なんで黙られたんだ?
ローズで例えればよかったか?
「お、おい、やめろよ、お前の痴話喧嘩に俺を巻き込むのは……」
「僕は既にサマリアールの王様に着実に追い詰められているんだ。ニルヴァルナは君に任せる」
「マジでお前の周りどうなってんの……?」
ハロルド様はまだ冗談の段階かもしれないが、ルーカス様はガチだ。
自惚れではないのなら、僕は彼に気に入られてしまっている。
「つ、強い奴っつっても、俺にも好みってもんがあるんだよ!!」
「……」
「ハッ……!? いや待て! 無言で距離を取るな!! 違う! 今のは言葉の綾だ!!」
なんか響きが怪しかったぞ。
まさか、そういう方向性なのかお前。
ものすごく必死になって否定するあたり怪しいんだが。
「いや、あの、ちょっとアーミラさんと部屋を交換してもらえないか相談してくる」
「お前、イヌカミと一夜同じ部屋にいたら別の意味で大変なことが起きるぞ!?」
「僕は先輩を信頼している」
「普段のあいつを見て、その信頼はどこから出てくるんだ? 無から有を生み出すようなもんだぞ」
ひどい言われようだ……。
さすがに先輩のくだりは冗談ではあるけれども。
「冗談はさておき、真面目にどうするかなぁ」
「いつか押し切られそうだもんな。お前」
「ウン」
実際、ルーカス様は虎視眈々と隙を伺っているようにすら思える。
エヴァはどう考えているのだろうか?
彼女が外の世界に見聞を深めてくれているのがいいが、今どのように考えているのかが気になる。
「実際お前権力者連中から見ても引き込みたいだろうからな」
「そこまでかな? カズキの方がすごいと思うけど」
僕の言葉にコーガが首を横に振る。
「あれとイヌカミは勇者っつー肩書がついちまうからな。引き込みにくいんじゃねーか? だってそうだろ、勇者って時点でその国の象徴的な存在だし」
「ああ、いわばカズキと先輩は“リングル王国の勇者”って感じか」
「そのとーり」
レオナさんと同じように勇者としての称号はその国のものだ。
なら、引き抜いたとしてもどうしても、リングル王国の勇者という別の名前がついてきてしまうこともあるということか。
「だからニルヴァルナはイヌカミの勧誘はしなかっただろ?」
「なるほど……」
「お前が思ってる以上に、勇者ってのは面倒な肩書なんだよ。万が一引き込みに成功しちまったら悪いイメージも付き纏うかもしれねぇからな」
例えるなら何かのチームのエースが、そのまま別のチームに移動してしまった感じか。
前のチームにいた時の活躍ばかりが話題になる一方で、ファンだった人々からはバッシングを食らう的な……。
うーむ、中々に面倒な話である。
「その点お前はお手軽だ」
「誰がお手軽だよ」
「だってお前、形式的には軍属の一般人って感じじゃん。救命団って組織の副団長はしているけど、団長ではないんだろ? なら自ずと勇者よりも国での重要度が下がって、その分動かしやすい位置にいる」
だからといってお手軽とはなんだよ……。
「他国の権力者とそれなりに接点もあって、なにより魔王様をぶっ倒したって実績がある。おまけに治癒魔法使いとくれば……病気にも毒殺もされねぇからな。魔法とかの戦闘技能が必要のねぇ王族とかそこらへんからしてみれば欲しい人材なんじゃねぇの?」
「……」
「ようするに、絶好のカモってわけだ。そりゃぁ娘ささげてまで狙ってくるわな」
僕ってそういう風に見られていたのか。
……まあ、ルーカス様は時期的に違うのは分かっているが……。
「ま、ニルヴァルナは純粋にお前の腕っぷしを気に入ったようには見えたがな」
「ニルヴァルナに関してはコーガをスケープゴートにすることにして……」
「それは冗談じゃなかったの……?」
割とニルヴァルナと相性が良さそうってのは本音だからな。
少なくとも国王になれって感じではなかったし。
「明後日から会談だ。明日も色々とあるかもしれないから気を引き締めなきゃな」
「ま、確実になにかあるのは分かっているが、それがなんなのかはちょっと気になるな」
会談の内容は魔族についての話が大きく話題を占めるだろうが、その際に魔族が置かれている状況を説明しなければならない。
まあ、僕は特に喋らずに佇んでいるだけでいいらしいので、周囲の異変に気を配ればいいだけだ。
「もう少し、このまま魔力感知の練習をしてから寝るか」
「お前、それやってると俺に治癒魔法の効果かかるから、すげぇ安眠できそうだな」
治癒アロマかな……?
なんかそれじゃあ僕だけ疲れているみたいじゃない?
ネアと先輩あたりにはやってとせがまれそうではある。
順調にコーガと親交を深めるウサトでした。
何気に徐々にファルガの籠手を必要としなくなってきている傾向に……。
ウサトは立場的にお手軽というところが何気に重要なところでもありますね。
次回の更新は明日の18時を予定しております。