第二百九十七話
昨日に引き続き、三話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
最初は僕達と彼だけの問題で済んだのだ。
それなのに、リグナスという男は周りを巻き込み、味方につけようとした。
身勝手で横暴すぎる彼の行動に誰もが顔を顰めており、その行動は失敗しているのだが、それとは別に事態が悪化していることに僕は気づいていた。
もう、後戻りはできない。
彼は小さな問題で済むはずだったことを、取り返しのつかない大きな問題へと変えてしまったのだ。
「ん? どうだ? 撤回したいなら私の挑戦を受けたらどうだ?」
立ち止まった僕を煽ってくるリグナス。
内心の怒りを押さえ込みながら、僕はコーガへ話しかける。
「コーガ」
「ああ、分かってるよ。さすがにこの挑発に乗るのは――」
「僕がやる」
「いや、なんでだ……?」
僕の言葉に驚いたコーガがこちらを振り向く。
「ここは引いた方がいいだろ。お前が挑発に乗ってどうすんだよ」
「魔族のお前がここで反応したら相手の思う壺だ。お前がここで引いても、挑発に乗ってもいい結果にはならない」
もしここで大人しく引いてしまったのなら、魔族にはそういうことを安易に口にしていいという認識が生まれてしまうだろう。
かといって、コーガが挑発に乗ってしまえば魔族に対する印象が悪くなる。
挑発した彼が、そこまで計算しているのかは分からないが……魔族の立場の悪さを利用したやり方だな。
「だから、ここは僕が代わりに応対する。僕が出てしまえば、ただの人間同士での模擬戦になる」
「……いや、それは無茶が過ぎると思うぞ」
やってみなければ分からない。
それに、こんな場所で考えなしなことをするヤバい奴だ。
むしろ受ける可能性の方が高い。
そう考え、僕はリグナスへと振り返る。
「訓練のお相手なら僕が務めます」
「君は人間だろう? 私は魔族と戦ってみたいのだよ」
そういえば、あちら側の王様は止めないのか?
さりげなく視線を客席にいる王様に向けると、その人は無表情のままこちらをジッと見下ろしている。
魔王の方を向くと、優雅に座りながら僕を見ている。
……あの魔王、この状況楽しんでないか……?
「なぜ、このようなことを?」
「ちょうど、魔族という珍しい生き物を見つけてね。興味を抱いた。……あぁ、後は単純に人もどきが目障りだっただけさ」
「……彼らは自分から貴方に近づいてきたわけではありません」
「視界に映ってしまえば同じことだろう? どちらにしろ、人と異なる化物という時点で亜人は目障りだ」
「……」
小さく深呼吸をする。
世の中には色々な人がいるのは分かっている。
「亜人差別が貴方の国の常識なら、貴方達の国の内だけでやっていてください。他国に所属している僕達には関係ないはずです」
「……気に入らないね。いいよ。なら君から先に相手をしてやる」
気に入らないのはこちらの方だ。
子供じみた理屈で勝手に突っかかってきたのはそちらだろうが。
喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
とりあえずは、模擬戦に応じてくれた。
「武器を取れ」
戦う場へと移動しようとすると、無手の僕を見たリグナスは顔を顰めてそう言ってくる。
僕は自身の籠手を見せる。
「……必要ありません。籠手もありますし」
「いいや、取れ。そうでなければ私が弱い者いじめをしているようじゃないか」
僕のことを知らないのか。
まあ、それはしょうがない話ではあるが……。
『やるわねあいつ、ウサトに武器を取らせて弱体化させようとしてるわ』
『いやいや、むしろ自分を追い込んでいるんじゃないか? 武器で手加減できないだろあいつ』
『……確かに』
客席の手すりから下を覗き込んでいるフェルムとネアが僕に聞こえるほどの声で好き勝手にいってくれる。
たしかに武器を使うのは不慣れではあるが、僕に考えがある。
「……フェルム!」
「ん? ああ、そういうことか。分かった」
フェルムが掌から闇魔法を投げつける。
それは僕の左手に吸い付き、指先から前腕までを覆ってから硬質な籠手へと変化する。
一度腕を振るい、籠手から黒色の剣の形へと変形させ、それを握りしめる。
「僕の武器はこれです。貴方のお望みの、魔族の力です」
「……ふん、いいだろう。……奇怪な技を使う」
悪態しか言えないのだろうか。
どのような立場にいる人かは分からないが、とてつもなく失礼な人だ。
「まったく、理解できない。なぜ魔族を庇おうとするのか」
向かい合ったリグナスは、模擬戦を始めずになぜか揚々と演説じみたものを始める。
「魔族のような大地にへばりつく汚らわしい害虫なんぞ、滅んでしまえばよかったのに」
「……」
「この私からの挑戦を受けないほど、どうせ奴らの持っている力も大したことはない。私達、人間に及ばないカスだ」
もしかして、僕を怒らせようとしているのか?
たしかにイラつきはするが、魔族の軍勢と戦ったことすらない彼の妄言を正面から受け止めるつもりはさらさらな―――、
「リングル王国も誇大妄想が過ぎたな。あの程度の者達にわざわざ、大量の兵士を投じるなんて無意味の極みだ」
「……ッ!」
目を見開く僕に構わず、自分に酔うように彼は続きの言葉を口にする。
「まあ、無駄死にだな」
……。
「前置きが長くなった。さあ! それでは始めよう!」
彼がその手に持つ槍を構えた瞬間に、全力で魔力回しを発動させる。
弾力付与と魔力の暴発の加速を同時に行い、瞬時にリグナスの前に接近した僕は、上から振り下ろした手刀で彼の持つ槍を叩き折る。
「……え?」
「……始まりましたよ?」
「ッ、ハハッ」
目の前でそう忠告した僕に、なぜかリグナスは歪んだ笑みを浮かべながら後ろへと下がる。
「早さには自信があるようだが、その程度で私と対等に戦えると思うなよ……!」
もう一度加速し彼の眼前に接近した僕は、鞘から引き抜こうとした剣の柄を掌で押して引き抜かせないようにする。
「……ッ」
「どうしました?」
剣が駄目なら魔法で、と右腕を動かそうとする彼の肩を左手で押して、魔法を撃たせない。
「終わりですか?」
「ふ、ふざけるな!」
「後ろにも下がらせません」
足を軽く踏みつけ、後ろに跳ぼうとする挙動すらも防ぐ。
全ての攻撃、移動に目視で反応し出鼻で止め続ける、反射神経に任せた技。
相手が相応の実力者なら絶対に通じない戦い方ではあるけれど……、彼にこれが通じてしまうと言うことは、つまりはそういうことなのだろう。
「……もういいです」
動きを邪魔するのをやめ、彼の右肩を軽く押して後ろに下がらせる。
これ以上、長引かせる方が時間の無駄だ。
「ッ、この私を嘗めるなぁ!」
後ろに下がりながら掌から放ったのは、電撃。
先輩の電撃と比べるまでもない稚拙なそれを、右手で地面に叩き落とす。
「わ、私の魔法を……貴様、何者だ……」
「リングル王国の治癒魔法使いです」
「ふざけたことを……!」
怒りのままにリグナスが腰の剣を引き抜く。
抜身の、刃引きもされていない剣に周囲にざわつきが見られるが、それを目にしても僕は全く脅威とも思えなかった。
「くたばれぇ!!」
こちらに斬りかかろうと接近してくるリグナスを確認し、闇魔法を右腕に移す。
銀色の籠手を覆うような形になった闇魔法。
その拳の先を、こちらへ斬りかかろうとしているリグナスへと向け―――放つ。
「———黒腕・治癒飛拳」
ダークネス・治癒飛拳と名付けた魔力の暴発により射出された手刀の形をした闇魔法は、5メートルほど先にまで接近していたリグナスの腹部に突き刺さり、その身体を大きく後ろへ吹き飛ばした。
「がぁ……!?」
反応すらできずにまともに腹部に食らった彼は、地面を這いつくばりながら苦悶の表情を浮かべているだけだ。
それでも、なんとか起き上がって見せるようだが、彼の全身には直撃と同時に解けた闇魔法がその身体を拘束しているのでそれもできない。
「一応、手加減はしました」
そうでなければ、槍をへし折った直後に意識を刈り取っていたところだ。
僕達の立場のために最低限、彼のメンツも立てようとしたが、ここまでが限界。
「こ、この卑怯者が……!」
「……?」
「不意打ちだぞ!」
この場に限っては僕は一つたりとも不正はしていない。
リグナスを冷たく見下ろしながら僕は、事態を飲み込めず地面に倒れ伏す彼にゆっくりと言葉を口にする。
「貴方が始まりの合図を口にした後に動いただけです。……それに、元よりこれは公式な試合でも勝負でもないので、卑怯もなにもありません」
卑怯とは言われるが彼は既に始まりの合図を口にしていたのだ。
単純に僕は彼がそれを言い終わると同時に動き出し、攻撃しただけ。
「この程度の攻撃に反応できなければ、彼の相手は不可能です」
「……き、貴様……!」
「これで終わりです」
人差し指を軽く振るい、闇魔法を操る。
彼の身体に巻き付いていた闇魔法が僕の手の中に戻る。
「コーガ、いったん上に戻るぞ」
「ああ。……まあ、なんだ。ありがとな」
「気にしなくてもいい。僕も怒ってたから」
まったく、無駄な戦いをしてしまった。
これでコーガと戦うなんてよく言えたものだ。
そこまで考えて、背後から聞こえる“音”を耳にする。
「……ウサト」
「分かってる。……はぁ」
僕は振り返ると同時に、背後から迫って来ていた電撃へ向けて掌を向ける。
「———ふんッ!!」
瞬時に発動させた治癒爆裂波を掌から放ち、眼前に迫った電撃を吹き飛ばす。
一瞬で電撃は消し去り、衝撃波により舞い上がった治癒魔法の粒子が降り注いだ先には電撃を放ってきたであろうリグナスが、信じられないといった目で僕を見ていた。
「……!」
「あぐ!?」
籠手の形にさせた闇魔法を伸ばし、リグナスの襟を掴み取った僕はそのまま力任せに引き寄せ、地面に叩きつける。
背中への衝撃に軽くせき込みながらも彼は横柄な態度をやめることはない。
「ぐっ、放せ! おい、なにをしているんだ!! こいつを止めろ!!」
「……」
地面に押さえつけられながらも、リグナスは僕の左手の拘束を必死に解こうとしている。
助けを求めた周囲の人達は、皆一様に冷たい視線をリグナスへと向ける。
二回の不意打ちはさすがに、この人の印象を最悪にまで落とすものだったようだ。
「もう、お前には何を言っても無駄なようだ」
右拳に力を籠め、高く掲げる。
「おい、待てウサト! それはまず―――」
コーガが止めるよりも先に僕は拳を振り下ろす。
リグナスの顔のすぐ横に叩きつけられた拳は、地面に深く沈み込み、蜘蛛の巣状の罅を刻み込んだ。
「な……な……」
「もう一度、僕は全力でお前と戦ってやる。だが覚悟しろよ。僕は、もうお前に手加減はしない」
リングル王国の、あの戦いで命を落とした人々を無駄死にだと口にした。
それでも腸が煮えくり返るような思いを我慢したが、もう駄目だ。
「———フェルム、ネア」
引き抜いた手を掲げ、二人の名を呼ぶ。
数秒もしないうちに客席から飛び降りたフェルムが僕と同化し、ネアが僕の肩へと降り立った。
『デビルか? それともキメラか? ボクはどっちでもいいよ?』
「ま、やりすぎなければいいけど、ね。頭も冷静みたいだし」
一瞬にして団服に炎のような黒い文様が浮かび上がったことに周囲はざわついた様子を見せるが、ここで多少の手札を晒したとしても、こいつを放っておくという危険な選択肢はない。
最初の時点で、躊躇なく僕もろともコーガを攻撃した危険な奴だ。
これが他の亜人、フラナさんの身内のエルフ族の方たちや、ハヤテさんに向けられる可能性がある。
なら、ここで―――、
「そこまでだ、ウサト。気持ちは分かるが、君が手を下すべきじゃない」
「……?」
いつの間にか近づいてきた誰かが僕の肩に手を置いてきた。
丸太のように太い筋肉質の腕。
聞き覚えのある声に、誰かと思いながら顔を見て驚く。
「……!? ハイドさん!?」
「おうよ。また大変な時に会うな、ウサト」
赤毛の髪を短く刈り上げた長身の大男。
ニルヴァルナ王国王国戦士団の戦士長、ハイドさん。
彼がこの場にいる事実に驚きながら僕は胸倉を掴んでいたリグナスを放し、同化を解く。
「お前さんも、これ以上やるのはやめとけ」
「くっ、誰だ! ……!」
2メートル近い身長のハイドさんを見上げ息を呑むリグナス。
そんな彼を呆れた様子で見下ろした彼は、続けて言葉を口にする。
「俺は、お前さんを助けたわけじゃない」
「な、なに……!?」
ハイドさんの大きな拳がリグナスの頬に叩き込まれる。
かなりの勢いで地面に叩きつけられた彼は頬を押さえながら、男を見上げる。
「が、な、なにを!?」
「殴られるのが俺でよかったな。彼だったら、傷は癒してもらえるが大変だったぞ?」
「ハイドさん……」
「ここは俺に任せてくれ。……なにせ、陛下からの命令でもあるからな」
陛下……?
僕からリグナスの方へと向いたハイドさんは彼を見下ろしたまま、鋭い視線を向ける。
「お前さんは、あの戦場で命を懸けて戦った俺の部下達も侮辱してくれた。なにより、リングルの騎士は敬意を抱くべき存在だ。彼らは、勇敢だった」
「ぐ、ぁ……、ふ、ふざけるな、こんなことをして、ただで済むと――」
「これはニルヴァルナ国王からの警告だ。これ以上、戦士の名誉を貶めるような愚かな真似をすれば、相応の手段に出る……とな」
重々しく、それでいて圧力のある彼の言葉に、リグナスは逃げ出した。
周囲の人々の視線に晒されながら一人、出ていく彼の背中はとても小さく見える。
「……助かりました。ハイドさん」
「気にするな。こちらも途中までは静観していた身でもあるしな。……ん?」
ふと、ハイドさんが周囲を見やる。
さすがにリグナスをぶん殴ったことで目立ってしまったのか、彼と僕達に周囲の注目は集まっているようだ。
その視線に、しまったと言いたげに彼は笑った。
「フッ、どうやら、やりすぎちまったようだな!」
「いや、本当になにやらかしてるんですか!! 戦士長!!」
人ごみの中からハイドさんの副官であるヘレナさんもやってくる。
相変わらず、豪快な彼の行動に振り回されているようだ。
「お久しぶりです、ヘレナさん」
「あ、ウサト君、お久しぶりです!! って、戦士長! いくら陛下の許可が出たとしてもここで拳はまずいですよ!?」
「ハッハッハッ、本当にどうしようか! 俺、マズいかな!?」
快活に笑うハイドさん。
ここに来て碌なことはないと思っていたけれど、ルクヴィスと魔王軍との戦いですごくお世話になった彼との再会は僕にとっては喜ばしいものだった。
すると、どこか疲れた様子のコーガが僕に話しかけてくる。
「本当に殴るかと思ってたぞ」
「いいや、流石にね。でも怒っていたのは本当だよ。あのまま止められていなかったら、お前を武器にして彼をホームランしていたところだよ」
「いや、こえーよ。なに自然に俺を武器扱いしようとしてんだよ」
真に受けたのか、顔を青ざめさせるコーガに僕は肩をすくめる。
「冗談。オーガジョーク」
「笑えない冗談は、冗談じゃないからな……? あと、お前それ全然面白くないからやめろ」
「……」
「マジで傷ついてるじゃん……。いや、ごめんって」
普通に傷つきながら、周りの状況を確認する。
リグナスはとんでもない奴だったが、周りの反応は……なんというべきか、嵐が去って安堵しているような雰囲気だ。コーガは警戒されども、挑発に乗らなかったということで最初よりかは警戒の目も緩和されているような感じがする。
まあ、その代わり僕へ向けられる視線が、珍獣を見るようなものへと変わったこと以外はいい結果に終わっただろう。
……うん。
魔力回しの技術を高めたウサトは魔力の暴発をよりスムーズに発動でき、ノーモーションからの治癒爆裂波も可能としています。
闇魔法を合わせると、傍から見ると本当に意味の分からない動きをしていますね(笑)
今回の更新は以上となります。
次回の更新をお楽しみにー。




