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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第十三章 大規模会談、悪魔の暗躍
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閑話 先代勇者の闇

二日目、二話目の更新となります。

前話を見ていない方はまずはそちらをー。


今回は閑話となります。

アーミラ視点となります。

「随分と年をとったな、ファルガ」


 それが神龍ファルガと相対した時に魔王様が発した言葉であった。

 コーガと共に護衛としてここにいる私ではあるが、神龍という存在に驚きを隠せずにはいられない。

 事前にそういう存在がいるのは知っていた……知ってはいたが、それでも衝撃的なことには変わりない。


「フン」


 不機嫌そうに鼻を鳴らした神龍ファルガ。

 彼のいる泉の傍には、ミアラークの女王であるノルンとあちら側の護衛であるカロンという男がいる。


「そういう貴様は驚くほど弱くなったな」

「反論の言葉もない。事実だからな。だがそれはお前にも言えることだぞ?」

「我は老いただけに過ぎない。貴様は無様にも力を奪われただけであろう?」


 ものすごく息苦しい口論が続く。

 魔王様もファルガもただ相対しているだけなのに、ものすごくこの場にいたくない重圧に晒される。

 目の前にいるミアラークの女王も同じなのか、血色の悪い顔をさらに悪いものに変えている。


「ま、魔王様……すっごい髭です……」


 すると、魔王様の後ろに隠れたシエルがそんな呑気な声を発する。

 その声で険悪な空気が消え去り、魔王様が大きなため息を零す。


「……はぁ、お前は静かにしていろ」

「は、はい?」


 ……それほど交流という交流はなかったが、この侍女ものすごく肝が据わっているんじゃないか?

 さすがは魔王様の専属の侍女。

 その胆力は軍団長並みかもしれない。


「挨拶もこれぐらいにして、さて……お前達の要請通り来てやったぞ」

「ここまで大人しく来るとは思ってはいなかったがな」


 ファルガの言葉に魔王様が笑みを浮かべる。


「こちらの方が面白そうだったからな」

「フン、貴様のことだ。既に奴らが潜んでいることを把握しているのだろう?」

「それはお前もそうだろう。……どちらにしろ、奴らは弱り切った私を怖れ、この都市に足を踏み入れようともしない」

「弱り切った? 冗談は寝て言え」


 呆れた様子のファルガの辛辣な言葉。

 悪魔、と言われる存在が既に近くにまで迫っている事実に驚く一方で、その存在を既に察知している魔王様のお力に敬服する。


「それで、どうするつもりだ」

「今下手に突いても逃げられるだけだ。ならば、誘き出す方が正解だろう。……なにより、こちらには丁度いい餌があるからな」

「口に気をつけろ。奴は餌ではない」


 奴? ……それは誰だ?

 魔王様もファルガも知った様子だが……。


「ならば疑似餌だな。油断して近づけば、本体が飛び出し食らうやつだ」

「より悪くなっているではないか」

「あながち間違いじゃないぞ? 奴は無自覚に人畜無害の皮を被るからな」

「……」


 反論の言葉は出ないのか、困ったように沈黙するファルガ。

 その会話で誰を指しているのかを私とコーガはようやく理解する。


「ウサトだな」

「たしかに、その通りだな……」


 真正面から相対すれば、強い意志の籠った瞳でどれだけの存在かは理解できるが、はたから見れば普通の少年にしか見えないからな。

 強靭な肉体も、白い厚手の服で隠され、その強さを悟らせないし。


「あちらのウサトの認識が酷いんだが……」

「彼、魔王軍になにをしたのかしら……」


 ミアラーク側がちょっと引いた反応をしているが、奴がいる救命団には散々煮え湯を飲まされ続けたからな。

 ある意味、勇者よりも厄介な存在だったに違いない。


「まあ、餌とは言ったが、奴は否が応でも悪魔に関わるしかない。と、なれば目の届く位置にいてくれた方がこちらとしてもやりやすいだろう」

「それは貴様の行動のせいだろう」

「いいや、どちらにせよ狙われていたはずだ。私がなにをするまでもなく、悪魔はリングル王国の墓――ローズの部下の亡骸を奪い、関わることになったはずだ」


 ———ローズの部下達。

 生前、私の上官である師匠の部下達と互角に戦った者達。

 師匠に実力を認められた精鋭約二十人を、たった七人で足止めせしめた奴らが蘇るとなれば非常に厄介なことになるだろう。


「どうあってもウサトは騒ぎに関わることになるのか……」

「随分と奴を買っているようだな」

「個人的な恩もあるが、勇者を含めて彼らは己の使命を全うした。本来なら、平穏な……戦いから離れた生活を送るべきなのだ。……自身の帰る世界を捨ててまで残ってくれたなら猶更だ」


 ……思ったよりも、神龍が人間や魔族のような考え方をして素直に驚いた。

 どちらかというと、同じ視点に立っていると言うべきか。

 彼の言葉には、どこか自身を責めるような声色があった。


「……貴様は不用意に動くな。他国の不信感を買う」

「分かっている。お前があくせく動いている間、私は束の間の休息を楽しむとするよ」

「癪に障る言い方しかできんのか貴様……!」


 肩をすくめる魔王様に、ファルガは苛立つように声を荒らげる。

 我々と話す時とは違う、気兼ねのない会話をしている魔王様に不思議な感覚を抱く。


「ファルガ様が、こんなに感情を露わにするなんて……驚きだわ」


 あちらの方も、私と同じことを思っているようだ。

 そうしているうちに、魔王様とファルガの話の内容が切り替わっていく。


「さて、ならば次の要件……というよりこれは確認だな」


 ファルガを見上げる魔王様の言葉に首を傾げる。

 様子からしてなにか重大そうな話ではありそうだが……。


「今の私は、先代勇者……ヒサゴにより力を抜き取られ、全盛期の三割以下の力しか持っていない。……ということは既に知っているだろう?」

「無論だ。そうでなければ、貴様のような化物を打倒することなど到底不可能だろう。 貴様が確認したいというのは、ソレの行方か」


 瞳を鋭くさせるファルガ。

 明らかな敵意を前にしても魔王様は眉一つ動かさずに口を開く。


「勘違いするな。今更、力になど興味はない。ここに来る前―――具体的には魔王領の外に出た直後に、私の身体に繋がれた七つの鎖が現れた」

「……」

「あの鎖の先に分割された私の力が隠されているのだろう?」


 ! それは、もしや三日前のあの鎖のことか?

 魔王様の身体から伸びる半透明の鎖。

 それは遥か遠いどこかに四方に伸びていたが、それらは魔王様が自らそれを引きちぎってしまったはずだ。

 無言を肯定とみたのか、魔王様はくつくつと笑みを浮かべる。


「あの時までこの私にすら気付かせなかった時点で相当性格が悪いな。まさか、私が魔王領の外に侵攻を開始するであろうタイミングで、私自らに奪われた“力”の繋がりを捨てさせるようとしたなんてな」

「貴様は、奴にそうされても何も言えんだろう」

「確かにな。だから、これに関してはどうでもいい。今の私はそれほど力に頓着はしていない。……だがな、問題はそこじゃない」


 自身の掌を見つめながら、魔王様は続きの言葉を口にする。


「私から抜き取られた力。分割され、七つに分けられたソレがどこに隠されたのかが問題なのだ」

「……」

「伸びた鎖のうち三本は我が魔王領へと向かっていた。他の四本の内、三本は方向こそ分かれど所在は把握できてはいないが―――残りの一つの場所は、ここを訪れた瞬間に分かった」


 そこで一拍入れた彼は、ファルガが浸かる泉を指さした。

 指さされた方を見ると、青白い底が見えるほどの透明な水があるだけであった。


「私の力の一部がこの泉から感じるということは、そういうことと考えていいのだろう?」

「……核心に至ったのは最近ではあるがな」


 ここに、魔王様から抜き取られた力の一部があるのか!?

 なぜ、人間の住む領域であるミアラークに!?


「律儀にもお前はここの番人をしていたわけか」

「そうしなければ、ミアラークだけではなくその周囲にまで厄災が広がっていただろう。それこそ、貴様のいる魔王領のようにな」


 なに……!? それはどういうことだ!!

 魔王領のように、つまり魔王領が今のような状況になった理由を知っているのか!?

 思わず前に出そうになったところで、ファルガの傍らにいるミアラークの女王、ノルンが動揺した様子で彼に話しかけているのが見える。


「ど、どういうことでしょうか? ファルガ様。クレハの泉は我々、王家が護ってきた泉ではないのですか?」

「護ってきたことは間違いはない。私が当時の王にそう頼んだからな。……クレハの泉が持つ、人を惑わし過剰なまでの力を与える性質は―――魔王の持つ、異常なまでの力から湧き出るものだったのだ」

「そ、それってつまりは、先代勇者様は……魔王……彼から奪い取った力の一つを、ミアラークの水源に埋め込んだ……ということですか?」 

「そういうことになるな」


 クレハの泉、そう呼ばれるこの泉の元は魔王様のお力によるものだった……?

 意味が分からない。

 先代勇者は一体、なにを考えてそのようなことをしたんだ?


「切っ掛けは、地下から湧き出る水を口にした男が奇妙な死を遂げたことだった」

「奇妙な、死?」

「男は、気弱な配達員であった。しかし、心根が優しく他者に暴力など振るうはずのない……優しい男のはずだった」


 なにかを思い出し、そして悔いるように目を閉じたファルガは重々しい声を続けて発する。


「男は、人が変わったように暴れ出し、多くの人と建物を破壊した末に崩れ落ちるように力尽き、二度と目覚めることはなかった」

「それが、最初の犠牲者……?」

「一目見て、その水が異常だと理解した。人に過剰なまでの力を与え、肉体と精神を破壊する“毒”。私はすぐさま水が湧き上がる水脈を突き止め、泉が人間の元に渡らぬように管理するようにしたのだ」


 肉体と精神を破壊するほどの、毒。

 いや、ただそれだけならば触れなければいいだけの話だが、これの恐ろしいところはその毒は、我々生物が必要とする水に混ざりこむ可能性があったことだ。

 だとすれば、背筋が凍るどころの話ではない。


「……運が、よかったのだろうな」

「え?」

「あと少しでも対応が遅ければ、多くの人々が呪われた水を口にし、無自覚に周囲に破壊と死をまき散らしながら息絶えていたことだろう。心無き者、争いを望む者がこれの存在を知ればあらゆる手段を用いて、手に入れようとしてもおかしくはなかった」

「まあ、そうだろうな」


 ここで魔王様が納得したように頷く。


「七つに分割されども、私の持つ魔力は人間にとっては劇毒に他ならない。どれだけ薄めようとも、どれだけ屈強な肉体をしようとも、普通の人間では扱える代物ではない」

「———それは、ヒサゴも理解できていないとは思えん」

「恐らく、力を分割し隠した理由の一つは、私がこの時代の人間に対応できる程度の力に落とすため。そして、二つ目の理由は、お前達への試練のためだろうな」


 やろうとしていることが滅茶苦茶すぎないか?

 まるで、人類を滅ぼす側の行動をしているように見える。


「後は、私と魔族への復讐を兼ねているというところだろう。忌々しいが、ほぼほぼ奴の掌の上で踊らされていたようだな」


 表情を顰めた魔王様が額を押さえる。

 すると、シエルがおずおずとした様子で魔王様へと話しかける。


「魔王様、先ほど魔王様のお力のうちの三つが、魔王領にあると仰っていましたが……それって結構大変なことなんじゃないですか?」

「いいや、違うぞ。シエル、もうなっている(・・・・・)のだ」

「え!? ど、どういうことですか!?」


 ファルガ以外の面々が動揺した様子を見せる。

 もうなっている、とは……もしや―――、


「現在、魔族が陥っている状況こそが、私から抜き取られた力の影響によるものだ」


 魔族を追い詰めている理由が、先代勇者が奪った魔王様のお力が原因だった。

 その驚きの事実にシエルは取り乱しながらも魔王様に質問を投げかける。  


「で、ですが力を大地に注がれているなら、元気になるはずですよね……?」

「過ぎた栄養は果実を腐らせる。大地も同様に、過度に力を与え続けられれば自然の循環は破綻する。大地は枯渇していたのではない―――満たされすぎていたことで、滅びを迎えていたのだ」


 理解できない話ではない。

 過ぎた力を持てば身を滅ぼすように、大地という受け皿からあふれ出すほどの力が注がれ続けられれば、その内容は破綻してしまう。


「いやはや、我が宿敵ながら性格が悪すぎるな」

「そうさせてしまった理由は、貴様の存在だけではないのだろうな」


 先代勇者がなにをしたいのか分からない。

 戦っていた魔族に恨みを持つのは分かる。

 だが、なぜ人間にすら厄災をもたらすようなマネをしているのか。

 これでは、自らが救い出した人類を、ただ滅ぼしたいように思えてしまう。


「さて、これからはどうする?」

「どうするもなにも、これは迂闊に動いていい問題ではないだろう。間違いなく、混乱を招く代物ではあるが……会談にて仔細を説明する必要があるかもしれぬ」

「日和見のこの時代の人間が信じるかどうかは別だがな」


 魔族の困窮の理由と、先代勇者の闇の側面。

 魔族である私だが、この事実は先代勇者を英雄視している人間にとっては信じがたい知らせになるだろう。

 それによって引き起こされる混乱は予想はできない。

ほぼほぼチョウチンアンコウに例えられる主人公。


水脈に魔王パワー(一割)をぶちこんだヒサゴさん。

その結果、クレハの泉が出来上がりました。

魔王領が、ああなった理由にも彼が大きく関わっていました。


今回の更新は以上となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 閑話にして重大な話なんだな すご
[一言] 諸悪の根源は試練をばらまいた拗らせメンタルの先代勇者と彼をそこまで病ませた当時の人間達だったという…… なんかある度に「先代勇者の仕業か!」って叫ぶのがテンプレ化しそうだぜ おのれ、先代勇者…
[一言] >魔族である私だが、この事実は先代勇者を英雄視している人間にとっては信じがたい知らせになるだろう。 ウサトに見せた「先代勇者の過去の記憶」をもういちどやったら、どんな反応するのかねぇ… 「ヒ…
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