閑話 船の中の一時
お待たせしました。
今回は閑話となります。
レオナ視点です。
ミアラークまでは陸路では、かなりの時間をかけてしまうが船で移動すれば二日から三日ほどに短縮することができる。
単純にミアラークが水上都市であるという理由もあるが、それ以外に長い間水と共に生きてきたミアラークの造船技術により作られた船は“速い”。
過ぎ去っていく夜の景色。
聞こえてくる波立つ音を感じながら、私は船の甲板から警備を行っていた。
「……異常なし、だな」
この船は魔物を寄せ付けない仕組みと攻撃手段を持っている訳だが、それで魔物の襲撃を完全に防げるわけではない。
だから、もしもの事態が起きないように見張りを立てておかなければならない。
私もミアラークの勇者として、気を抜かないようにしなくてはな。
「会談、か」
人間と魔王軍の戦いは終わりを迎えた。
それも、きっと誰も予想だにしない形で……。
魔王に敗北を認めさせた上で生かしてしまうという、傍から見れば不合理極まりない終わり。
本心で言うなら魔王か……彼に挑んだ者達、どちらかの死で決着がつくと思い込んでいたんだ。
ウサト、スズネ、カズキ殿が死ぬような結末なんて想像したくはなかったが……それでも、経験を積んだ騎士として、大人として最悪の可能性を想像しなくてはいけなかった。
『魔族を滅ぼしてしまえば、争いの火種が人々の心に燃え広がることになっただろう』
ウサトとローズ殿が悪魔の存在を確認した後、ファルガ様は私にそう口にした。
『もしそうなれば今まで隠れ、潜んでいた悪魔が動き出していたことだろう。人間を諭し、誘惑し、次の戦いの時代を繰り返させる……そうして、力を強めていったに違いない』
悪魔が実在したことに驚いたが、なによりそのような邪悪な存在が動き出そうとしていたことに薄ら寒い気持ちになった。
しかし、その最悪の可能性すらも覆して、今がある。
魔族を滅ぼさない選択を、ウサト達が選んだのだ。
「守っていかなければ」
彼らが勝ち取った平和を、彼が―――ウサトが、自分の世界を捨ててまで選んでくれた世界を、共に守りたい。
そんな気持ちでいっぱいだった。
「黄昏ているな」
「! ……貴女は」
甲板の扉の開いた音に振り返ると、そこには赤い髪の女魔族、アーミラがいた。
彼女は私の姿を見ると、ややぎこちない様子でこちらへ近づいてくる。
「少し、話しても構わないか?」
「……ああ」
「感謝する」
彼女とは魔王城の地下で戦い合った仲だ。
相反する魔法と、ほぼ互角の剣技。
身体能力の差はあれど私はそれ以外の部分で補い、彼女とは互角の戦いを交わした。
「「……」」
甲板の手すりに手を置き、無言で月明かりに照らされた船からの景色を見る。
「人間と話す、というのも難しいものだな。ここに来て何を話していいか分からなくなる」
「はは、確かに……」
彼女の言葉に思わず苦笑する。
話すきっかけができたことで、アーミラの緊張が解けたような気がする。
「魔王様が人間と交流してみろと仰られてな」
「それで、私なのか? 私よりウサトやスズネの方が話しやすいと思うのだが」
自分で言うのもなんだが、結構口下手だし気の利いたことは言えないと思うのだが。
それなら、ウサトとスズネの方が適していると思ったが、アーミラは困ったように笑う。
「あの二人は魔王様に禁止されてしまったよ。……一般的な人間に当てはまらない、と」
「……あー」
不覚にも納得してしまった。
ウサトとスズネは、どちらも違う意味で種族とかそういうのを気にしないからなぁ。
私も魔族や獣人を差別はしていないが、あの二人のように自然体で話せるわけじゃない。
「私でよければ構わない」
「助かる」
それから短い沈黙が続く。
私も彼女も、あまり会話が得意ではないのか、
「魔王城の、あの地下での戦いは見事だった」
「ああ、そちらも見事な剣と魔法だった」
「……」
「……」
話が続かない……!?
さりげなく隣を見ると、アーミラもものすごい困った顔で水面を見つめている。
わ、私はここまで口下手だったのか!?
部下相手には普通に話せるはずが……いや、まさかそれは立場的なものだからか!?
『お前、話す話題つっまんねーなぁ、はっはっはっ!』
脳裏によぎるカロンの幻影を振り払いながら、今度は私から話題を振る。
こういうのは話題の緩急だ。
まずは他愛のないことから会話を展開し、話を広げていけばいい。
「今日は、いい月夜だな」
「あ、ああ、波立つ水の音も心地いい」
「……ふ、船に乗るのは初めてなのか?」
「恥ずかしながら、人生で初めての経験だ。魔王領には船が進めるほどの川はないからな」
「そうなのか……」
「ああ……」
「……」
「……」
たすけてくれ、ウサト。
今こそ君が必要だ。
折角の話題も広げることなく、自然消滅してしまう。
ただひたすらに気まずい沈黙が続く。
もう耐え切れない……! ここから先は互いのためにならないと思い話を切り上げようとする。
「なんだ、珍しい組み合わせだな」
「「!?」」
———その時、この場に新たにやってきた人物が一人。
欠伸をしながらやってきたのは、同化の特性を持つ闇魔法使い、フェルムであった。
「「ど、どうしたんだ!?」」
「ひゃ!? な、なんだよ、そんな大声出して……びっくりするだろ……」
思わず大きな声を出して振り返る私とアーミラに、驚くフェルム。
望んでいた救援とは違うがまさに絶好のタイミングといってもいい。
瞬時にアーミラと視線を合わせた私は横に一歩ずれ、アーミラとの間に人一人が入れるほどの隙間を作る。
「ここに来たのも何かの縁だ。少し話していかないか?」
「遠慮することはない」
「? ……まあ、いいけど」
素直に私とアーミラの間にやってきたフェルムは疲れたようなため息をつく。
その様子が気になったのか、アーミラが彼女に話しかける。
「黒き……フェルム、何かあったのか?」
「ウサトを探してたんだよ」
ウサトを探していた?
時間的に夕食を終えたくらいだからそこまで遅くはないが、いったい何の用で彼を探していたのだろうか?
「暇だから、話でもしようかと思ってネアと一緒に部屋を訪ねたんだが、誰もいなくてさ」
「扉は開いてたのか?」
「ん? ああ、ちゃんとノックもしたし声もかけて入ったぞ。部屋の中には誰もいなかったけど、靴と団服は残ってた」
靴は残っていた……?
予備の靴を持ってきていたのだろうか?
それでいないのは少しおかしいな。
「なんかおかしいなって思ったけど、なんか不気味だったから、すぐに部屋を出たんだよ」
「不気味?」
「あいつの部屋、どこからともなく息遣いが聞こえてきてさ。もしかして、この船っていわくつきか?」
「いや……? ミアラーク最新鋭の大型船だぞ? 作っている最中も事故も起きていないはず」
それは私が保証する。
勇者という立場上、そういう都市で起こった問題はすぐに耳に入ってくるので、今乗っている船にそういう不祥事がないことは確かだ。
気になったのか、顎に手を当てながらアーミラがフェルムに詳細を尋ねる。
「その息遣いにはどんなものだった?」
「フッ、フッ、フッ、っていう感じ。よくよく考えればウサトの声っぽかったな」
「だが、姿が見えない……か」
ウサトが奇天烈なことをするのはお馴染みではあるが、また何かをしているのだろうか?
「何をしているかは分からないが……予感がする」
「ああ、分かる。分かるんだが、何をしているのか分からないのが……厄介すぎるんだよな」
「やけに現実味を帯びているな……」
私とフェルムの言葉にやや引き気味のアーミラ。
———いや待てよ、たしかフェルムはネアと一緒にウサトの部屋に行ったと言っていたな?
「フェルム、ネアはどうした? 彼女もウサトを探しているのか?」
「ん? いや、あいつはまだ部屋に用があるって言って残ってた。今頃、部屋に戻ってるんじゃないか?」
……何かがひっかかる。
だけど、この引っかかりがなにか分からない。
「なんか疲れたからボクは戻る」
「探さなくていいのか?」
「ああ、どうせ朝になったら顔を合わせるし、その時文句を言えばいい」
欠伸をしながらその場を離れるフェルム。
彼女が扉から船内へ入っていくのを目にした私は、ほっと吐息をついてアーミラと視線を合わせる。
「そろそろ私達も休むか」
「ああ、そうしよう。……無理に話し相手をさせてしまってすまないな」
「いいさ。私も貴女と話せてよかった」
軽く握手を交わした後に、私とアーミラも船内へ戻る。
アーミラとは親交を深められたが、謎だけが残ってしまったな。
ウサト「え? 昨日、ずっと部屋にいたよ?」
ヒントは逆腕立て伏せ。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




