閑話 暗闇に潜む者
昨日に続いて、二話目の更新となります。
今回は魔王視点となります。
勇者達との戦いが終わった後は、別の意味で忙しくなった。
都市の復興、リングル王国とのやり取り、などなど呆れるほどにするべき業務が多い中で私は、書斎へと作り変えた広間で、ひたすらに書類に目を通していた。
「魔王様、少し休まれては?」
「心配するな。魔術で時間を操り、睡眠はとっている」
「あ、じゃあ、大丈夫そうですね」
「……」
なんだろうか、やけにシエルの反応があっさりしているような気がするのだが。
カンナギとの仲を深めてからこの調子だ。
「入れ」
「失礼します」
恭しい仕草で執務室に入りこんだのは、元魔王軍第一軍団長補佐、ギレットであった。
年老いた魔族ではあるが、ネロを支えてきた男である。
彼が抱える資料を魔術で引き寄せながら、早速目を通す。
「魔王軍が解体された後についてだが―――」
内容は、新たに作る組織についてか。
魔王軍という戦争のための戦力は解体し、今後は都市の自治を行う魔族の為の組織、自警団と呼べる集団をつくることが必要だ。
戦闘手段を全て放棄するのではなく、あくまで他の攻撃に対しての自衛手段としてのものだ。
「ああ、それと例の件に関してだが、どうなっている?」
「ハッ、ヒュルルク殿が現在、実用化に向けて研究を重ねております」
「そうか。報告を怠らぬようにな。———下がってよいぞ」
「ハッ」
ギレットが退出するのを見送りながら、腕を組む。
戦争に敗北した我々が、リングル王国ないしは他国へ見せることのできる価値。
言うまでもなく、私という存在に他ならないだろう。
“失われた知識”
それを、この時代の魔法技術に合わせて提供することにより、交換条件として人間側からの物資などを求めることも可能だろう。
「あくまで、この時代の技術に合わせて……だがな」
それ以上のものは下手をすれば戦いを引き起こす可能性があるだろう。
奴との約束がある以上、自ら争いを招くようなことはするつもりもないので、その一線は守るつもりだ。
「む……」
「いかがなさいました?」
ふと魔術の気配を感じ、執務室の片隅に掌を向ける。
魔術を使い、広間の一画に水を作り出すとそれらは勝手に動き出し鏡のような形状へと変化する。
「こ、これは……?」
「シエル、少し席を外してくれ」
「え、あ、またですかぁぁ!?」
動揺するシエルを魔術で転移させた後に、鏡を見るとすぐにこちらに魔術で交信を行おうとしてきた者―――神龍ファルガの姿が映り込む。
「何の用だ? ファルガ」
『……誰が好きこのんで貴様の顔が見たいと思うか』
ファルガの悪態に苦笑する。
さて、奴がわざわざこちらに接触してくるということは、何かしら事態が動いたということだろうな。
『どうやら、貴様の予想通りに尻尾を出したようだぞ』
「……なんだ、ようやく動き出したか。だとすれば……現れたのはウサトのところか?」
『……ああ』
椅子の背もたれに背中を預けながら嘆息する。
話を聞いてみると、リングル王国の墓地でウサトとその師匠、ローズと遭遇したようだ。
奴の気配を察知した二人の治癒魔法使いが攻撃を行った結果、翼をもがれながらも逃げたと言うが……なぜ、そのような面白すぎる事態を引き起こせるのだろうか。
『動き出したのは、貴様が弱っているからでもあるだろうな』
「そうだろうな」
今の私は七割の力を奪われている。
全盛期以上の力を扱えないどころか、ウサト達に敗北したこともありまだ魔力が回復していない。
「このことは人間達には伝えたか?」
私の言葉に、鏡の先に映るファルガは呆れた様子を見せる。
『バカを言え。あれの存在なぞ、空想のものとしか思われていないだろう。……リングル王国の王は深刻に受け止めた様子だったがな』
だろうな。
あの国の王はファルガの存在も知っていることから、むしろ信じない方がおかしいだろう。
「まさか、ヒサゴが“悪魔”なんぞまでも封印しているとはな。だが、ここ数百年、争いらしい争いが起こらなかった不自然さに納得できたぞ」
悪魔とは、人間の悪意をかき乱す存在だ。
魔術を扱い人心を惑わし、戦いを引き起こす。
それによって生まれた恐怖を取り込み、己の力とする。
『奴が大多数の悪魔を殺したのは我も知っていた。……が、そのうちの何体かを封印し生かしておいたとは……目覚めたのも、最近か?』
「いいや、私が封印から目覚める時期とそう変わらないだろう」
元より、私と争う意思すらない姑息な存在だ。
そんな奴らが動き出した理由も、その目的も察しはつくが……こちらもすぐに動ける訳でもないのが現状だ。
特に私の場合は、不用意に動けば人間達に不信感を抱かせてしまうからな。
「しかし、ウサトは相当恨まれているようだ」
『貴様の差し金だろう?』
「フッ、なんのことやら」
知らばっくれる私をファルガは鼻で笑う。
『悪魔とは恐怖を力とする存在だ。空想上の存在とされている今の世では、以前までの力を発揮できないどころか……それを、悪魔でもない人間にとって代わられていると聞けば恨みも抱きたくなるだろう』
ウサトが悪魔と同胞から恐れられているのは奴の自業自得だ。
そもそも悪魔と呼ばれるほどにまで恐ろしい姿をする方が悪い。
“私を殴り倒した治癒魔法使いだ、まさしく悪魔のような強さだったぞ?”
それを利用し、ウサト=悪魔という印象を強めたことで、影で暗躍しかねない奴らを表舞台に引きずり出し、その存在を確認することができた。
……まあ、こちらとしてもこんな簡単に釣れるとは思いもしなかったが。
それほどまでに奴へ向けられる恐怖の感情は大きかったということか?
「しかし、なんとも面白いことになったな。まさか恐怖を与えるはずが逆に恐怖を刻まれる結果になろうとは。ハッハッハ」
『……ただ相手が悪かったとしか言えないがな。ウサトの籠手で記憶を確認したが、相手は恐らく世界そのものに溶け込む魔術を用いていたのだろう』
ローズと呼ばれる治癒魔法使いと同時に気取られるだけではなく、翼すらももがれるとは。
恐らく、奴らに睨まれて精神を乱したことで、一瞬だけ実体化してしまったからだろう。
弟子が弟子ならば、師匠もやることがおかしいな。
「本当に話題に事欠かない男だ」
悪魔が動く可能性は半々といったところだが、まさかそれ以上の成果を出すとは思わなかった。
これでこちらも予測がしやすくなる。
「だが、一つ気がかりなことは、その悪魔はリングル王国の墓地でなにをしようとしていたのか、だ」
『単純にウサトとその師匠を見張る目的ということも考えられるが……』
「ああ、他の可能性も考えておいた方がいいだろう」
悪魔と呼ばれ、自身たちの存在を脅かすウサトを監視するためならそれでいい。
だがなぜ奴らはよりにもよって墓地に現れた?
ただの偶然で済ますこともできるが、奴らの目的が別のものだとしたなら中々に厄介なことになるかもしれないな。
「ファルガ、リングル王国に伝えろ」
『なんだ?』
こちらを訝し気に見るファルガ。
思考を纏めながら、私は彼に今後するべきことを言葉にする。
「墓を暴け。それもその国で有数の実力者だった者が葬られた墓をな」
『……なるほど。そういうことか』
悪魔の多くがヒサゴによってその数を減らされている。
ならば、最初にするべきことは手駒を増やすことにある。
下手をすればリングル王国側からの心証が悪くなる可能性があるが、それでも確認しておかねばならないだろう。
———死したはずの人間に動かれるよりは遥かにマシだからな。
ウサトの悪魔呼ばわりと利用した魔王様。
なお、こんな簡単に釣れるとは思わなかった模様。
今後の敵勢力の一つは悪魔となりました。
今回の更新は以上となります。
恐らく、次回から第13章が始まると思われます。
※治癒魔法の間違った使い方 第12巻についての活動報告を書かせていただきました。
今回で最終巻となる本作ですが、WEB版とは異なった展開となり12巻まるごと書下ろしという形となります。
気になった方は活動報告をご覧ください。