第二百八十三話
二日目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
後半にてカズキの視点が入ります。
ファルガ様とのお話も終わり、ミアラークと繋げられていた魔術による交信も切れた。
僕達の旅で何が起こったのかはそれぞれの武具を通じて読み取ってくれただろう。
それで僕だけがトンデモ扱いされたのは納得いかないけれど……いや、本当に先輩とかも結構なことをしていたと思うんだけど。
それはともかくとして、問題はスクロールだ。
今、悩みに悩んでいるカズキに追い打ちをかけるような状況に僕は頭を抱えずにはいられなかった。
「ごめん、ウサト、先輩。俺……先に戻るよ……」
話し合いが終わった後、ぎこちなく笑いながら広間から出ていくカズキを見送ることしかできない。
既にロイド様とウェルシーさんは退出し、ここにいるのはレオナさんと先輩と僕だけであった。
「カズキ殿は、かなり悩んでいるようだな」
「レオナさん……」
広間にいたレオナさんがこちらへ歩み寄ってくる。
「僕になにかできることがあればいいんですが……」
「難しいところだな。……正直、私からはカズキ殿には何も言うことができない。私達と君達では、故郷に帰るという意味合いは違ってしまうからな……」
「……はい」
僕達にとって生まれ育った場所に帰ることは、この世界との別れを意味する。
スクロールは一つだけ。
ここに戻ってくる分はない。
「それはそうと、スズネもこちらの世界に残るのか?」
「うん。元より未練はないからね」
「そう、か。君には君の事情があるのだろう。それに何か言うつもりはないが……なおのこと、カズキ殿は辛いだろうな」
「そうなんだよね……」
あっさり、しているとは言えないな。
少なくとも僕は先輩が元の世界に未練があまりないことを聞いている。
その葛藤も何もかも、彼女はこの世界に来た直後に経験し、決断していたのだろう。
「一度話してみるべきだと思う」
「でも、何を話せばいいか……」
「君なら大丈夫だ。君が思っている以上に君の言葉は力になる。君の友人であるカズキ殿もきっとそうだと思う」
「レオナさん……」
……一度、面と向かって話してみるか。
先輩もそのつもりなのか、うんうん、と頷いている。
「いっそのこと、河原で殴り合うつもりで話すのもアリだと思う」
「そんな強引な……」
「私が思うに、その強引さが今必要なんだ」
「ウサトと殴り合うのはやめておいた方がいいと思うのだが……」
苦笑するレオナさんが地味に酷いことを言っている。
さ、さすがにカズキ相手に殴り合うなんてことしませんからね……?
「とにかく、この後話してみようと思います」
「そうした方がいい。悔いがあってからじゃ遅いからな」
このまま彼が悩んでいる姿を見て放っておくほうが駄目だろうしな。
「レオナさんは、今度ミアラークに戻るんですよね?」
「ああ、改めてファルガ様とノルン様に報告しなければならないからな。でも……またすぐに会うことになりそうだ」
「確かに」
今後行われるであろう各国の代表が集まる会談。
明確な予定こそは決まっていないだろうけど、そこに当事者である僕も呼ばれる可能性が高いだろう。
……いや、本当に場違いだと思い知らされそうだ。
何より、魔王がその場に来るかもしれないってのが地味に大変なことだと思う。
「ミアラークに出発する前に、救命団に立ち寄ってください」
「そうさせてもらおう。噂に名高い救命団だ、是非とも見に行こう」
その時はこちらも歓迎しなくちゃな。
後の楽しみができたところで、僕達は広間の扉から廊下に出る。
「僕達はカズキのところへ行きます」
「ああ、話が良い方向に向かうといいな」
「はい」
レオナさんと一旦別れを済ませた僕と先輩は、そのままカズキがいるであろう場所へ向かう。
先輩曰く、彼は庭園か自室にいるそうなので、まずはそちらへ向かおう。
「さて、まずは何を話そうかな」
「まずは気分転換がてら楽しい話からじゃないかな?」
「楽しい話……」
……真っ先に訓練の話が思い浮かぶ当たり、結構やばいんじゃないかと自覚する。
しかし、僕とて会話に花が咲くような内容くらいできる。
先輩と軽い雑談をしながら庭園へと到着し、外に出ると視線の先にカズキと―――フラナさんとセリア様の姿を見つける。
「あれ、なんか様子がおかしいね」
「緊迫していますね……」
いつもの三人のフワフワとした空気ではない。
どこか張り詰めた―――まるで戦いの最中のような緊張感をフラナさんが放っており、一方でカズキはいつもの彼らしくない追い詰められた様子だ。
普通じゃない空気に異変を感じ取った僕と先輩は、早足でテーブルと椅子が並べられた空間に近づくと―――、
「ふん!」
「ぬぐ!?」
迫真の声と共に、フラナさんがカズキの頬を殴った。
結構な勢いで後ろに突き飛ばされ、しりもちをついたカズキは呆然とした様子で頬に触れる。
「「……え?」」
肩で息をしているフラナさんの後ろには、無理して険しい顔をして腕を組んでいるセリア様。
若干、アヒル座りっぽい格好になりながら、状況を呑み込めていないカズキ。
―――見るからに僕が入っていい空気ではない。
思わず隣で目を丸くしている先輩と視線を交わす。
「え、これ、修羅場? 修羅場なのかな?」
「まさか、フラナさんが殴り始めるなんて思わなんだ……あ、カズキがこっちに気付いた」
カズキが助けを求めるようにこちらを視てくるが、その前にフラナさんとセリア様が中々の眼光でこちらを視てきた。
「カズキっ、がんば!」
「ここが男を見せる時だよ、カズキ君っ!」
僕達は二人そろってカズキにサムズアップをしながら物陰に隠れて事態を見守ることにするのだった。
「二人ともぉ!?」
「どこを見ているのかしらカズキ」
「カズキ様?」
どんな経緯でこんな状況になっているのか全く分からない。
分からないけれど、今の状況は確実にカズキに何かしらの変化を与える転機なのは分かる。
とにかく頑張れっ、カズキ!
●
元の世界へ帰ること。
それはずっと考えないようにしてきたことだった。
最初は帰りたいと、そう思っていた俺だけど、この世界で過ごしていくうちに沢山の人達と関わって、良いところをたくさん知ってきた。
だけど、俺には家族がいる。
ここまで育ててくれた両親―――このまま、帰らなければ親孝行もできず、二度と会うこともできない。
どちらかを選ばなければならない。
しかし、どちらかの世界を切り捨ててしまったら、もう二度とその世界に戻ってくることができない。その事実だけが、ずっと俺の心を苛む。
だけど、今日の今日まで俺は決断できず、それどころか考えることそのものを放棄しつつあった。
「———はぁ」
ファルガ様が仰ったスクロールの時間制限。
いや、正確に言うのならあらかじめ俺達の世界の“座標”と“時間”を刻み込んでしまえば、時間はある―――のだけれど、俺が決断するまでの間、宙ぶらりんな考えのままこの世界で過ごすわけにはいかない。
ウサトは、既にこれから先にするべきことを見据えている。
人間のため、そして魔王領に住む魔族のために彼は自分の世界すらも諦めて、自分の考えの元に行動しているのだ。
一方の俺は、これから先、どうしていいか分からずただただ悩するしかない。
勇者としての使命は終わった。
なら、これからどうすればいいのか、それが分からないのだ。
「カズキ様、大丈夫ですか?」
「セリア……それにフラナも……」
「また思いつめているわねぇ」
庭園で一人思い悩んでいると、フラナとセリアがやってくる。
いつも心配をかけさせてしまっていることを、申し訳なく思いながら笑みを浮かべる。
「ごめん、まだ決められそうにない」
「急がなくてもいいんです。貴方がどのような道を進んだとしても、私達はその事実を受け入れます」
セリアの優しい言葉に心が軋むように痛い。
彼女たちは悪くない。
悪いのは、優柔不断な俺自身なのだからだ。
「あの、さ」
選びたくない。
どちらかを切り捨てるなんて、俺にはできない。
そんな思いのまま、俺は二人へと言葉を投げかける。
「フラナ、セリア、君達は俺に残って欲しい……か? 君達が望むなら、俺は―――」
「待ってください、カズキ様」
最後まで口にできずセリアに止められる。
いつもとは違う、強い口調に呆気にとられながら顔を上げると、二人の表情はどこか怒っているようにも見えた。
え、なに、怖いんだけど……。
思わず引け腰になると、次にフラナが話しかけてくる。
「カズキ、それは……本気で言っているの?」
「……ああ」
その時、フラナの顔が険しいものへと変わる。
戦いの最中にしか見せないその表情に呆気にとられた俺の胸倉を掴んだ彼女は、何を思ったのかその大きく掲げた拳を俺の頬に叩きつけてきた。
―――衝撃。
地味に腰の入った拳を食らったことで地面に座り込んだ俺は、困惑しながら彼女を見上げる。
「え? な、なに? 痛い……?」
「フゥ――」
殴られたのか?
しかもグーで?
平手でもなく、真っすぐストレートで?
混乱が収まらないままでいると、ふとこちらを驚きの目で見ている先輩とウサトの姿を見つける。
彼らも状況を分かっていないのか、困惑したように俺とフラナ達の顔を見ているが、なにを思ったのか二人は一つ頷いた後に、こちらに立てた親指を見せてくる。
「カズキっ、がんば!」
「ここが男を見せる時だよ、カズキ君っ!」
「二人ともぉ!?」
ここに来て変な空気の読み方をしないでくれぇ!?
無駄に息のいい二人に手を伸ばしながら助けを求めるが、その前にフラナとセリアが立ち塞がる。
「どこを見ているのかしらカズキ」
「カズキ様?」
いつもの二人からは考えられない迫力……!
思わず圧倒されていると、フラナが俺の前に歩み出す。
「ふ、フラナ……フラナさん?」
「黙って聞きなさい。私は、今から貴方を理不尽に怒るわ」
「え……?」
思わず敬語になる俺に、フラナは腕を組んでこちらを見下ろしてくる。
その瞳は怒りに燃えており、俺の言葉がどれだけ彼女の琴線に触れたかを意味していた。
「私達が望めば、貴方はこの世界に残る。さっきそう言おうとしたのね?」
「あ、ああ……我ながら情けないと思うけれど……」
「違うわ。情けないとかそういう風には思っていないの。貴方がそう考えてしまうのは分かる。だけどね、カズキ、違うでしょ?」
言い聞かせるように口にするフラナに閉口する。
あんなことを言ってしまった俺を情けなく、幻滅したから殴ったわけじゃないのか?
「それは、私達が決めることじゃない」
「だけど、俺は……」
「どっちの世界も大切なのは、聞かなくても分かる。だけど、これは貴方が絶対に選ばなくちゃいけない選択なの」
俺自身が選ばなければならない選択。
フラナは、その表情を悲痛なものにさせながら続けて言葉を発する。
「私達も貴方にこの世界に残って欲しいと思っているわ。だって、大切な人だもの。そう思って当然よ」
「それなら、なおさら―――」
「でもね、貴方のお父様とお母様もきっと私達と同じ……いえ、それ以上に貴方に帰ってきてほしいと思うはずよ」
「……っ!」
「貴方がそれほどまでに悩むほどの理由なんですもの。だから、私達は貴方にこの世界に残ってだなんて我儘を言ってはいけないの。なにより、この国を救った貴方の幸せの方が優先されるべきだから」
俺は、なんてバカなんだ。
フラナとセリアの気持ちも考えずに、無神経なことを口にしてしまった自分をひたすらに恥じる。
「酷なことを言うけれど……選ぶことを諦めて、楽な道に行こうとしないで。その先にいるのは、私達の知る貴方じゃないわ」
「……ああ……ああ、その通りだ。ごめん、俺が間違っていた」
これは、俺が、俺自身が絶対に答えを出さなければならないんだ。
それを改めて認識し、どれだけ悩んでも絶対に答えを出す覚悟を決めながら俺は頬を押さえたまま立ち上がる。
「……ちょっと大丈夫? わりかし強く殴っちゃったけど……」
「ハハ、大丈夫。でも、あれだな幻影魔法を籠めるのはちょっとやりすぎだと思うよ? まだ視界がぐわんぐわんするよ」
「え、私使ってないって……もしかして顎入っちゃった!?」
「け、結構腫れてます……」
慌てた様子で回復魔法をかけはじめる二人に苦笑する。
すると、軽くため息をついたフラナは次に物陰からこちらを見守っているウサトと先輩へと視線を向ける。
「そこで隠れている二人」
「「!?」」
「ちょっと、こっちに来なさい」
フラナに呼ばれ、ものすごく居づらそうにこの場にやってくる先輩とウサト。
話までは聞こえていなかったのか、困惑しながらも先輩はフラナに遠慮気味に声をかける。
「フラナ……、ううん、フラナさん。正座した方がいいですか?」
「いや、スズネはなんで敬語なの? いつもの調子でいいわよ?」
「……フラナ、ツンデレ系と暴力系は似て非なるものだ。道を外れては、いけないよ?」
「ごめんなさい。人の言葉で話してくれないかしら?」
「きゃうん」
笑顔でカウンターを食らって撃沈する先輩。
さすがフラナだ、先輩の扱いを心得ている。
撃沈した先輩を横目で見たウサトが、フッと笑みを浮かべながら掌を彼女へと向ける。
「フラナさん、僕は大丈夫だ」
「そ、そう?」
「怒られる覚悟はできている」
「全然、大丈夫じゃないわよね? そんな覚悟しなくていいからね?」
どうやら俺と同じように怒られると思っているようだ。
そんなことはなく、呆れたように腰に手を当てたフラナは、なぜか正座した二人に口を開く。
「とにかく、話し合うわよ。悩みばっかり抱えても碌なことにならないわ。この際、全部吐き出させて、この人の頭を空っぽにさせるべきってこと!」
「なるほど、それがカズキ君に私達ができることか」
納得した様子の先輩とウサトにフラナは続けて声を発する。
「あと、できれば模擬戦かなんでもして倒れるまで運動しなさい!」
「僕が倒れるまで運動するとしたら、どれくらいかかるか分かりません!」
バッと手を挙げたウサトがそんなおかしなことを口にする。
ちらりと周りの反応を見た彼に、彼女は額に青筋を立てながらその顔を掴む。
「ウサト、私はね。人間基準の話をしているの? ねぇ、分かるかしら?」
「いや、ちょっとしたジョーク……オーガジョークだから……」
「なんで顔面掴んでいるのに全然堪えないのよ……! このびっくり人間が……! もうっ! とりあえず、全員座りなさい!」
ギリギリとアイアンクローを食らいながらも普通にしているウサトから離れ、椅子に座るように促される。
それに合わせて無理に眉をへの字にさせしかめっ面をしていたセリアが、元の優し気な笑みを浮かべ手を軽く叩いた。
「そういうことでしたら、甘いものも用意しましょうか! サマリアールのエヴァちゃんから美味しいお菓子を送っていただいたんです!」
そう言って近くで待機しているメイドにお菓子を頼んだセリアに、ウサトが驚く。
「セリア様、エヴァと知り合いだったんですか?」
「はい! まだお会いしたことはありませんが、お父様の紹介でお手紙を交わすようになったんです! ふふ、ウサトさんのお話はよく聞いていますよ!」
「そうなんですか。エヴァも元気そうでよかったなぁ」
「ぐぬぬ、まさかここまでサマリアールの援護が届いているとは……!」
それぞれが椅子に座りテーブルを囲む。
騒がしくも楽しいやり取りを目にして、先ほどまでの陰鬱な心境は既に消え去っている。
「……ありがとう」
まだ、悩んでいる。
悔いは、残ってしまうだろう。
選ばなかった世界を恋しく思うこともあるだろう。
だけど、それでも俺は自分に与えられた選択を、しなければならない。
「ん? カズキ、なにかいった?」
「……いいや、なんでもない」
それでも、俺は今この景色を絶対に忘れないだろう。
こんな優柔不断な俺を気にかけてくれる、大切な人々がいてくれた今この時を。
カズキ、グーで殴られる回でした。
悩みは解消されませんでしたが、元気にはなりました。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




