第二百八十二話
第二百八十二話です。
今回の更新は三日に分けて三話ほど更新いたします。
ファルガ様と会うのはヒノモトの帰りに立ち寄ったミアラーク以来だ。
それ以外では手紙という形で接触したことはあるけれど、面と向かってファルガ様と会話できるのは久しぶりに感じてしまう。
早朝、僕は一人で城に足を運ぶ。
ネアもついて来たがっていたけれど、呼ばれたのは僕だけなので今回ばかりは留守番してもらうことになった。
「ファルガ様かぁ。ドラゴンってワイバーン以外見たことないから、ワクワクしてる」
「あまり失礼のないようにお願いしますよ?」
「分かっているよ。私達にとって恩人でもあるからね」
城の中で先輩、カズキと合流した僕はロイド様達が交信の準備をしているという広間へと向かう。
先輩は昨日と変わらず元気みたいだけれど、カズキはどこか元気がない。
……やっぱり、悩んでいるみたいだ。
「カズキ、大丈夫?」
「ん? あ、ああ。大丈夫だ。……ファルガ様には俺も世話になったからな。うん、お礼言わなくちゃな」
ははは、ともう色々と隠せない乾いた笑みを浮かべているカズキ。
そんな彼に僕は先輩の方を向く。
「先輩。カズキ、どう見ても大丈夫じゃないんですけど……」
「ああ、彼の嘘を吐けない性分と、空元気の下手さ加減も相まって見ていて痛々しい」
「先輩、なんとかできませんか?」
「フッ、私は人を笑顔にすることは得意だが、悩む若者を導く能力は備わっていない」
「なぜに自慢気……? 貴方、先輩でしょ」
我ながら無茶ぶりではある。
しかし、先輩は声を潜めながらも器用に笑って見せる。
「ウサト君、私が君に対して先輩らしいところを見せたことはあるのかな?」
「だからなぜに自慢気……い、いや、さすがにそれなりの付き合いですから……」
……あれ!?
心当たりが、ない……!?
頼りになるところは見せてくれたことは何度もあるけど、先輩らしいことされた記憶はない。
「ウサト、先輩と何話しているんだ?」
「カズキ、どうやら先輩は僕達にとって先輩じゃなかったようだ」
「んん? ど、どういうことだ?」
困ったような顔をするカズキ。
先輩は、なにを思いついたのか笑顔のまま親指で自身を指さす。
「同年代みたいに接してもいいんだよ?」
「分かったぜ、犬上」
「フランクになりすぎじゃない!? むしろ部活メイト!?」
いえ、先輩らしくなくても先輩は先輩なので、これからも先輩と呼びますけれども。
そんな会話を交わしているうちに広間に辿り着く。
扉の前に立っている衛兵さんに通してもらうと、広間には既にロイド様、ウェルシーさん、それにレオナさんが待っていた。
「おお、来てくれたか」
「皆様、どうぞこちらへ」
ウェルシーさんに促され、広間の前の方に移動する。
すると、広間の一画には以前まではなかった噴水のようなものが設置されていた。
壁に増設する形で作られているソレは、常に水が循環するように作られている。
「まだ未完成ではありますが、これがミアラークにいらっしゃるファルガ様と交信するための魔具です」
「へぇ、これが……見た目は、普通の噴水に見えますけれど……」
「オシャレなインテリアっぽいね……」
ウェルシーさんの説明を訊きながら泉を覗き込むと、僕達の顔が映り込む。
いつもロイド様のいる広間ではあるけど、それほど不自然じゃないのはすごいな。
「レオナさんの武具で繋げることができるんですね?」
「ああ、君達の持つ武具と比べて、私の槍はファルガ様と繋がりが深いからな」
ペンダントを光と共に槍へと変えるレオナさん。
ウェルシーさんに目配せをした彼女は、それを泉の中にあるくぼみに差し込む。
「あとはファルガ様が魔術を使えば繋がるはずだ」
「なるほど……」
例えるなら、鍵みたいなものなのかな?
この泉全体が魔具みたいなものというのも、凄い話だな。
「此度、話す機会を設けることにしたのは、ファルガ様からの提案なのだ」
泉を一瞥したロイド様は、その周りに立つ僕達に声をかける。
「確認のため一度ファルガ様の魔術により水を介した交信を行いはしたが、異常もなく作動してくれるはずだ。その際に、あらかじめ現在の魔王軍とこちらの状況などについて伝えておいたので、大体の事情を把握していることだろう」
「「「はい」」」
ロイド様からお話するべきことは既に伝わっているということか。
なら、ファルガ様は僕達に話があるということか。
可能性があるとすればスクロール関係と、僕か……?
「魔具、発動します」
ウェルシーさんの声に泉を見ると、水面に波紋ができているのが見える。
揺れた波紋は、すぐに水しぶきをあげ、重力に逆らうように宙へと昇り、その形状を形作っていく。
鏡のような滑らかな形に変わった水に、別の光景が映し出される。
『———繋がったか』
鏡に映し出されたのは大きな翼と身体を持つ青色の龍、ファルガ様と、鏡のすぐ近くでこちらを興味深そうにのぞき込んでいる女性―――ミアラークの女王、ノルン様がいた。
僕達が想像しうるドラゴンの姿をした彼は、鏡を通してその澄んだ瞳を僕達へと向ける。
『しばらくだな、ウサト』
「はい、ファルガ様。ノルン様も、お久しぶりです」
『ええ、貴方もお元気そうでなによりです』
頭を下げ、ファルガ様とノルン様に挨拶する。
彼は僕から隣にいる先輩とカズキに視線を移す。
『スズネに、カズキか。この姿で会うのは初めてだな』
「はい!」
「先の戦いでは、私達に武具を与えてくださり感謝しております……! 本当に、刀をくださりありがとうございます……!」
『う、うむ……?』
先輩、早速ファルガ様を困らせるんじゃない……!
本人的には本当に感謝の気持ちを言葉にしているだけなんだろうけども。
『話は既に、ロイド王とレオナから聞いている』
「……はい」
『よくぞ、生きて帰ってきた。力の大部分を失っているとはいえ、奴は強大な力を持つ魔王には変わりない。そのような相手に五体満足で生き延び勝利したのは、紛れもない貴様達の実力に他ならないだろう』
純粋な賛辞の言葉を受け取る。
『ウサト、スズネ、カズキ、私が与えた武具を今持っているか?』
「? ……はい、持っていますが……」
『では、それを鏡の前にかざしてみろ。籠手に刻まれた記録を読み取ろう』
ファルガ様に言われたとおりに僕達はファルガ様からいただいたそれぞれの武具を展開させ、鏡の前にかざす。
すると、ファルガ様の目に魔術の文様が浮き上がり、二つの籠手と刀へと向けられる。
『ウサトよ……貴様は本当に、おかしな人間だな』
「えぇ……」
僕達三人の武具の記憶を読み取ったはずなのになぜに僕だけ?
開口一番に散々なことを言われてしまう。
自覚はあるけれど、面と向かって言われると凹む。
『そう落ち込むな、褒めたのだぞ?』
「褒められた気がしませんよ……」
『カンナギの復活、闇魔法使いの矯正、平行世界の可能性、そして……奴との戦い。それもこれも奇天烈極まりないものばかりで、思わず高笑いしそうになったわ』
ファルガ様が高笑いとか、相当な気がするんですけど。
何気に傍らにいるノルン様も「相変わらずねぇ」と呑気に相槌を打っている。
『しかし、あの遺跡にカンナギが封印されていたとはな。恐らく、弱体化した魔王と他の脅威に対する備えにしようとしたのだろうが……奴も、カンナギを封印した刀に異常が起こるなどとは想像もしていなかったことだろう』
「……やはり、ナギさんのアレは想定外のことだったんですね?」
封印されている間に、勇者の刀に芽生えた自我。
それはこの時代になって、動き出し僕を魔王を殺すための光魔法使いにしようとしていた。
結果的には、ナギさんの魂と合わさったわけだけど、それまでが本当に大変だった。
『どちらにせよ、カンナギが封印から目覚めたのはこちらにとって良いことだ。なにせ、やつは雑に強いからな。今の魔王に対しての抑止力にもなるはずだ』
ざ、雑に強い呼ばわりとは……。
ナギさんがこれを聞いていたらどんな顔をするだろうか……。
『貴様の籠手の記憶から、貴様が戦いの場で吐き出した言葉がどれだけのものかは分かった。安易にそのような道を選ぼうものなら小言の一つくらいは言ってやろうと思ったが……違うようだからな』
「……はい」
『それも貴様が歩む一つの可能性なのだろう』
なにか言われるかと思っていたけれど、違うようだ。
可能性、か。
もしかしたら僕が元の世界に帰る選択をする“もしも”の世界があるのかもしれないな。
先輩とカズキを失った僕がいる世界もあるようだし、あながちありえないとも言い難い。
『我も、表舞台に上がる時だ』
「表舞台というと、まさか……」
『これからは魔王を見張る者が必要だ。傍観者ではなく、神龍ファルガとして我が正体を明かす時がきたのだろう』
今まで影ながらミアラークを見守ってきたファルガ様が、正体を明かす……ということなのか?
『……不穏な動きもみられるからな、用心には越したことはないだろう』
「用心……?」
『……いや、今は気にしなくともいい。それよりだ。重要な話がある』
再びファルガ様がこちらを見下ろす。
『そう遠くない未来、各王国の代表を集い魔族の今後を話し合う機会が設けられることになるだろう。その場には、勿論魔王も足を運ぶことになる』
「「「!」」」
ファルガ様の言葉に僕達は驚く。
ロイド様達が驚いていないことからしてほぼ決定しているようだけど、あの魔王に魔王領からわざわざやってこいとでも言うのか?
『まだ正確な日取りは決まっていない。しかし、各国の代表を交えた話し合いは絶対に避けることのできないことだ。今は、それだけ分かっていればいい』
「……」
無言で首肯する。
この先、そのような大事なことをするのなら会場はどこになるのだろうか?
もしかして、またルクヴィスか?
いや、さすがに子供達の集まるあの場所に魔王本人を連れてこさせるのは危ないどころじゃないし。
『さて、次の話に移ろう』
考えているうちにファルガ様が次のお話に移るようだ。
気を取り直して、聞き手に徹しようとすると、おもむろに視線を斜めに下げたファルガ様が魔術を発動させる。
光と共に現れたのは、黄金色の輝きを放つ紙―――スクロールであった。
『貴様達が魔王から受け取ったスクロールについてだ』
「……はい」
『結論だけ言うのなら、これは正常に作動する』
「っ、本当ですか?」
カズキの声にファルガ様が頷く。
『現在、このスクロールには先代勇者、ヒサゴの身に刻まれた“世界”と“時間”が座標として刻まれている。この時点でこれを発動してしまえば、お前達は元の世界に帰れるだろうが、ヒサゴが召喚されたであろう時代に飛ばされてしまうだろう』
「では、それは意味がないのでは……?」
ヒサゴさんの言葉からして彼は戦争が当たり前だった時代からやってきたような人だ。
それに、召喚した時は血まみれの鎧姿だったので、戦国時代って線もありうる。
『なれば、このスクロールに刻まれた情報を初期化し、新たに貴様達の世界の情報を刻みつければいいだけだ』
「そんな簡単にできるのですか?」
『やり方自体は難しくはない。むしろ簡単な部類に入るだろうが……問題はここからなのだ』
ただ僕達の世界の情報をスクロールに刻みつけるだけなら、そこまで難しいことではないのでは?
『———貴様達の世界の情報を、スクロールに刻みつけられる時間は限られている』
「……え?」
カズキの呆気にとられた声が嫌に響く。
僕と先輩も、どういうことだと目を見開きながらファルガ様を見るが、彼は悲し気に目を伏しながら言葉を紡いでいく。
『世界の情報を例えるなら……“匂い”だ。この世界にやってきたその時から貴様達の身に刻まれた異世界の座標と時間は、この世界で過ごしていくごとにこの世界の“匂い”に塗りつぶされていく』
「……どれほど、猶予が残されていますか?」
『およそ、三ヵ月。それ以上経てば、貴様達は元の世界に帰る機会を一生失うことになる。貴様達の世界の座標をスクロールに刻みつけたまま保管することもできるが……いかんせん、勇者召喚術式は私にとっても未知な部分が多い。情報を刻みつける場合は、帰還するその場で行うのが望ましいだろう』
———正直に言えば、この話は僕にはあまり関係のない話だ。
心は揺らぐが、それでももう決めたことを覆すほど、僕のした決断は簡単なものじゃない。
だけど―――、
「カズキ……」
隣にいる彼の、葛藤する表情を見て僕はなんて声をかけていいいか分からなかった。
三ヵ月。
決断を迫らせる具体的な時間は、彼を追い詰めるには十分な事実だった。
魔王からスクロールを受け取る、または奪い取って元の世界に帰還する条件が、転移してから約一年以内。
……改めて見ると、とんでもない難易度でした。
魔王を殺してしまうようなことがあれば、スクロールも手に入れられなくなってしまいますし。
次話の更新は明日の18時を予定しております。




