第二百八十一話
お待たせしました。
今回はウサトの視点に戻ります。
やっぱりというべきか、片足と片腕を封じられての訓練は危ない場面が多かった。
ナックの動きが僕の予想を超えてよかったし、フェルムとネアのコンビネーションも侮れないところがある。
なにより、アマコがどこにいるのか本当に見失う。
いつのまにか後ろに立っていた時は、本気で焦るくらいには驚いた。
「ちょっと屁理屈だったかな」
ぐるん、と身体を回転させながら木の上に着地した僕は、左腕の前腕から手までを覆う闇魔法を目にしながら苦笑する。
フェルムから奪った闇魔法の魔力は一部だけ。
それ以上はさすがに彼女が可哀そうだし、なにより根こそぎ奪おうとすればフェルムそのものを引っ張って同化してしまうだろう。
そうなっては手で触れるとか関係なしに僕の負けだ。
「さあ、どう来るかな?」
僕が木を移りながら飛んできた方向から二つの足音が聞こえる。
足音の軽さからして、ナックとフェルムかな?
逃げに徹すれば、このまま移動しているだけで時間切れを狙えるけれど……。
「それじゃ、訓練にならないよな……」
そんな終わり、どちらも納得できるはずがない。
なので、このまま二人を待ち受けていると、予想通りナックとフェルムがやってくる。
———と、始める前にフェルムに声をかけておこう。
「フェルム! もう君から魔法を取らないから、思う存分に使っていいよ!」
「ボクの魔法がいらないっていうのかこの化物!!」
「えぇ……」
なんで怒られたの?
よく見ると、フェルムの肩にネアがいる。拘束の呪術をかけられると厄介だから、気をつけよう。
フェルムを遠目で観察していると、ナックがこちらに掌を向けてくる。
「———ん?」
掌に集められた緑色の光。
それは、僕目掛けて真っすぐに飛んでくる。
「治癒魔法弾か!」
飛ばされる魔力弾を掌で掴み取るように防ぐ。
速さはそこそこ。
衝撃波は少な目だけど、狙いが正確だ。
なにより―――、
「フェルムさん、俺の魔法でウサトさんの視界を潰します!」
僕とは違って、掌から連続して魔力弾が放つことができている。
五つの魔力弾を同時に掌に浮かばせたナックは弾幕のように魔力弾を投げつけ、着弾による治癒魔法の閃光で僕の視界を制限している。
「それが君の出した答えか!」
「ええ!」
「いい技だ!!」
「ッ、ありがとうございます!!」
僕の真似ではなく、ナック独自の治癒魔法弾。
一見、治癒魔法乱弾に似ているが、僕のあれは無理やりぶん投げた魔力を無理やり分裂させているだけだ。
純粋な技術で魔力弾を作り出しているナックの方が優れている。
……ミーナの魔法の扱い方と似ているのは、ちょっと面白いな。
「ウサトォ!」
「捕まえてみろ!」
闇魔法の触手を伸ばしてくるフェルムの攻撃を避けながら、近くの木を殴りつけその反動で移動する。
蹴って、殴って、籠手から伸ばしたラインで木々を移動しながらフェルムの攻撃を避けていく。
「フェルム、あれよ!」
「ああ!」
僕の飛ぶ先の枝を、フェルムが伸ばした闇魔法が切り落とす。
掴む場所を見失い、落下する僕に好機とばかりに治癒魔法弾と闇魔法が迫る。
「ッ!」
咄嗟に籠手を肥大化させて空中で薙ぎ払う。
衝撃を逃がしながら地面に着地し、前方から迫るナックとフェルムを目にして笑みを浮かべる。
「落とされたか!」
「今がチャンスだぞ! ナァァック!!」
「はいぃぃ!!」
二人同時で攻めてきたか!
さすがにこれはきついかもしれない!
籠手として纏っていた魔力を、左肩へと移動させ、もう一つの腕へと形を変えさせる。
二人の猛攻を、それで捌いていくが―――、
「ッ、拘束の呪術か……!」
「ふふふ、触れれば触れるほど動けなくなるわよ?」
フェルムの魔力に触れる度に、簡易的に拘束の呪術がかかり続ける。
少し力を籠めれば壊せるが、この上にさらに制限をかけるのはまずい……!
———しかも、ネアのこの表情からしてなにか企んでいるな……!
ナックの手をギリギリで避けながら冷や汗をかく。
「俺はウサトさんと違って、そんなぴょんぴょん飛べるような動きできませんから! この高さが一番やりやすい!」
「なるほど! それはごめん!!」
たしかにいきなり木から木へと飛び移りながら移動できる方がおかしいか。
というより、僕もいつからできるようになったんだっけ?
ローズに殴られて人間ピンボールされているうちに、無理やり慣らされたんだっけか?
「一旦、距離を取る!」
このままでは分が悪いと判断した僕は、片足に力を籠めて思い切り後ろへ跳躍する。
当然、追撃しようとする二人だがこのまま仕切りなおして―――ッ!?
瞬間、フェルムの肩にいるフクロウがあくどい笑みを浮かべていることに気付く。
「はい、発動♪」
「ぐぉ!?」
咄嗟にその場を動こうとするも、僕の身体を拘束の呪術が包み込む。
ま、まさかあいつ、僕の右腕と左足を拘束する時に、既に拘束の呪術を遠隔で発動できるように仕込んでいたのか……!?
「き、君という奴は……ッ!」
「ナック! フェルム! 奥の手を出してやったんだから勝負を決めなさい!」
「い、いいのか!?」
「同時に触れればいいだけよ! こいつ、多分そこまで考えてないから言い返せないわ!」
「なるほど! お前天才か!!」
拘束はすぐに壊せるが、この一瞬の隙はでかい。
僕の身体全体を拘束から抜け出して、なおかつ逃げる時間を稼ぐには―――ん? 身体全体?
「取った!」
「終わりだ!」
「まだまだ! ヌゥン!!」
肩に作り出したもう一つの腕を、思い切りしならせ―――僕自身を殴り飛ばさせる。
遠心力に任せて腹部に拳が叩き込まれ、僕は後ろに吹っ飛ぶ。
「じ、自分を殴らせて無理やり抜け出したの……!?」
「ハハ、まだまだ負けるわけにはいかないからな……!」
バランスを崩しながら着地した僕に、信じられないといった視線を向けるネア。
これで、距離はとれた。
あとは―――、
「お前がそんなことすんのは分かってんだよぉ!!」
「追い込まれたウサトさんは、変なことしますからね!」
「なっ!?」
前方からの声に我に返ると、袋のように変化させた闇魔法でナックを包み込んだフェルムが、力任せに彼の身体をこちらへ放り投げている光景が視界に映り込む。
「おおおお!?」
「な、ナック!?」
とてつもない勢いでタックルを仕掛けてくる、ナック。
ッ、ギリギリか!?
なんとか体勢を整え、斜め上へと飛び上がるようにしてナックの手を避ける。
「———ッ!」
ズザザー! と地面を滑るようにナックが着地したのを目にする。
彼が無事なことに安堵しながら、僕が跳んだ方向を見ると、そこには腕を大きく広げたアマコが立っていた。
「なにしてんの!?」
「待ってた」
「―――クッ!」
このままではアマコに激突する。
そう判断した僕は、咄嗟に自身の右腕と左足を封じていた拘束の呪術を壊し、アマコを抱きすくめる形で着地する。
ぐるりとそのまま一回転しながら着地した僕は、驚きに目を瞑っているアマコに声を荒らげる。
「危ないだろ!? 怪我とかしてないよな!?」
「……ん、予知通り」
「予知通りって……まったく……」
僕がこうするのを分かって立っていたな?
たしかに、右腕も左足を使ってしまったわけだし僕の反則負けみたいなものだけど―――、
「勝ったのは君じゃなかったな」
「ん?」
地面に下ろしたアマコに左腕を見せる。
前腕の真ん中あたりには、指で擦りつけたような土のあとがつけられている。
「ナックの勝ちだ」
ナックの突進は確かに当たっていた。
指先だけが掠っただけだが、それでも彼は僕に手で触れるという勝利条件を満たしたのだ。
「そっか。ナックも頑張ったんだね」
僕の腕を見て苦笑するアマコ。
彼女から離れた僕は、起き上がろうとするナックに手を差し伸べる。
「よくやったな。驚いたぞ?」
「え?」
「君の勝ちだ」
未だに状況が呑み込めていないのか呆然としながら差し出した手を掴んだナックが立ち上がる。
まさしく、僕の予想を見事に覆した結果に終わってくれた。
ナックはしっかりと成長してくれている。
その事実をひたすらに嬉しく思う。
「さて、訓練場に戻ろうか」
「はい! あ、お願いのことですけど……」
「訓練だったね? 全然構わないよ」
「やった!」
嬉し気な様子のナックに微笑ましい気持ちになる。
「ぐぐぐ、しょうがないとはいえ、ナックに勝ちを取られるなんて……!」
「アマコ、貴方こうなるって分かってたでしょ」
「うん」
「怖いわー、予知魔法怖いわー」
後ろで話しているアマコ達も呼んで訓練場に戻ろうか。
アマコが持ってきてくれたお昼もあるはずなので、休憩しよう。
フェルムに闇魔法を返し、全員に治癒魔法をかけてから皆で訓練場の方へ戻ると―――、
「あれぇ!? 誰もいないよ!? ウサトくーん!」
―――訓練場の入り口で何かを叫んでいる先輩を見つけてしまう。
「あ、先輩だ」
「げぇ、スズネ……」
「うわ、面倒くさいのが……」
フェルム、ネア、普通に失礼だぞ。
でも、訪ねてきてくれたのかな?
そう思いながら、林から訓練場へ入りこむと、こちらに気付いた先輩が駆け寄ってくる。
「ウサト君、今日も訓練かな?」
「基本、訓練です。今日は軽めに僕を捕まえた人の言うことを聞くって条件で、鬼ごっこをして―――」
「どうして、私も誘ってくれなかったの?」
「僕はここで先輩と本気の鬼ごっこをするつもりはありません」
そんな真顔で言われるとは……。
もし先輩が参加してたら制限時間三分で、ハンデ無し同化解禁一対一訓練になっていたことだろう。
全開状態の先輩との鬼ごっこは、中々に面白そうではあるがナックの訓練にはならないからな……。
「先輩はどうしたんですか?」
「……うん、ちょっと君に言伝をいただいたからね。城の人に代わって私が来たんだ」
言伝? なにか大事なことかな?
ここで聞くのもなんだし、近くで座って話を聞こうか。
「先輩、お腹空いてますか?」
「さっき食べたけど空いてるよ!」
「それはよか……え? 食べたんですよね?」
「大丈夫大丈夫、私、食べても太らないから」
瞬間、僕とナック以外の面々から凄まじい威圧感が先輩へ向かって飛ばされる。
も、ものすごいプレッシャーに慄く僕だが、先輩はどこ吹く風のようにそれをスルーする。
「忘れてたけど、こいつ見た目だけは群を抜いて美人なんだよな」
「そうね。見た目だけは、美少女なのよね。見た目だけは」
「中身は残念の極みだけどね」
「私を泣かせたら、君達も泣くことになるけどいいのかな?」
「「「……」」」
押し黙った三人にドヤ顔の先輩。
そんな彼女を見て、ナックはやや引いた様子を見せる。
「すごいです、ウサトさん。あの人、よく分からない理論であの三人を黙らせました」
「あれが先輩だ」
本当にどういう意味なのかさっぱり分からないけども。
そんなやり取りを交わしながら訓練で汚れた手などを軽く洗った僕達は、サンドイッチが入れられているという籠を持って近くの原っぱに移動する。
籠の蓋を開けると、三種類のサンドイッチが布が敷かれた籠いっぱいに並べられている。
「これを作ったのは誰かな?」
「私とサルラさん」
「アマコ味!?」
どういう味だよ。
いつも通りの先輩に苦笑しながら、サンドイッチを食べ始める。
結構な量を作って来てくれたようで、ここにいる全員のお腹がいっぱいになることだろう。
「それで、言伝っていったいなんですか?」
「ファルガ様と連絡する準備が整ったから、君にも明日来て欲しいって内容だよ」
「連絡する準備? もしかして、直接話ができるってことですか?」
ミアラークにいるファルガ様。
彼とは手紙を介しての連絡をするとばかり思っていたのだけど、まさか顔を合わせて話せるのだろうか?
「この一週間、ミアラークにいるファルガ様と交信するために城の広間を改築したらしい。それでも、まだまだかかるはずだったけれど、ここにはレオナがいるからね。彼女の武具での繋がりを利用してこことあっちを疑似的に繋げられるらしい」
「なるほど、レオナさんの武具か……」
僕や先輩とは違って、レオナさんの武具はファルガ様との結びつきが強いだろうからな。
連絡する楔として利用できるのも納得できる。
「ファルガ様と会うのもなんだか久しぶりに思えてしまうなぁ」
「私も楽しみだよ。前は声しか聴けなかったし、どういう姿をしているのか気になる!」
まあ、ファルガ様の姿は王道的なドラゴンそのものなので、先輩も喜びそうなのは分かる。
当のファルガ様はものすごい困惑しそうではあるけれど。
そんなことを考え苦笑していると、いつの間にか隣に座っているアマコが話しかけてくる。
「あの人……人?、ウサトのこと気に入っているから、あっちも楽しみにしてるかもしれないね」
「人外に好かれやすいものね。貴方」
アマコはともかくネアはなんだか、言い方が怪しくないかな?
今までの縁を考えるとそう言われてもおかしくないけど……。
「人にも好かれてるぞ、僕は」
「あ、そうね。変人にも好かれているわね」
「……」
「あ、やめて、ごめんなさい。無言でスズネの隣に移動させようとしないで!?」
「私の隣って罰ゲーム扱いなの……?」
ガチで抵抗するネアから手を離しながら、元の位置に戻る。
とにかく、明日は城でファルガ様とお話する機会があるというわけだ。
……城、か。
「先輩、カズキは……」
「ああ、彼は……今もまだ悩んでいるようだよ」
「ですよね……」
先輩はこちらの世界に残るつもりのようだけど、カズキはそうはいかない。
彼には元の世界に帰らなくてはならない理由、この世界に残りたい理由、どちらもあるのだ。
安易に答えを出せるわけがない。
「私も助けてあげたいけど、正直、言えることはあまりないんだよね」
「……」
「セリアとフラナが、頑張っているみたいだけど……それでもねぇ」
先輩の言葉から察するに、セリア様もフラナさんも色々と考えているようだ。
二人はカズキのことを好いているだろうからなぁ……。
「でも、君も一度彼と話をしてみるべきだと思う」
「そう、ですね」
彼の選択に影響を与えることはできないが、友人として話すことはできる。
よし、明日ファルガ様とのお話が終わったら、カズキと話す機会を設けてもらおう。
勝利者はナックで、影の勝利者はアマコでした。
今回の更新は以上となります。




