第二百八十話
お待たせしました。
第二百八十話です。
今回はナック視点となります。
魔王軍との戦いが終わり、平和が訪れた。
文字にするだけなら簡単なことだけれど、実際はとても大変なことだと思う。
リングル王国へと攻めてきた魔王軍との戦いの後、すぐに魔王を倒すため勇者の皆さんとウサトさん達が魔王領へ向かって行ってしまった。
そこでどのような戦いが起こったのかは分からないけれど、俺の想像を超えたものだというのは分かる。
―――そして今、俺の前に魔王との戦いを経験した人がいる。
俺にとっての恩人であり、目指すべき目標でもある治癒魔法使い、ウサトさん。
そんな彼と共に“おにごっこ”という人が鬼になる恐ろしい訓練を今からするのだが、それをするにあたって彼はハンデを設けた。
それは、右腕と左足を使わないこと。
最初は両手両足を使っては駄目とネアさんが提案していたけれど、正直右腕と左足が使えない時点で大分ウサトさんにとって不利な条件だ。
「一応、ルールの確認をするね? 君達が僕に“手”で触れることができたら君達の勝ち、僕が五分……いや、十分間君達から逃げれれば、僕の勝ちだ。あ、生身で触れることが条件だから、フェルムの魔力に触れられても勝ったって言うことにはならないからね?」
ウサトさんは10メートルほど離れた場所で、トンッ、トンッ、トンッ、と片足でその場を跳ねている。
ネアさんの魔術により、右腕と左足を固められたままの彼にネアさんとフェルムさんは、ここぞとばかりに調子に乗り始める。
「フフフッ! どうやら私達を嘗めているようねッ!」
「四対一だが、悪くは思うなよぉ! 許可したのはお前だからなぁ!」
なんでこの人たちこんなに三下感を出していくのだろう。
アマコさんは呆れたようにしているし。
そんな二人にウサトさんは、にこりと笑う。
「忘れていると思うけど、この訓練の勝利者は一人だけだからね?」
「「……はっ!?」」
「つまり、僕をこき使える人は一人だけってことになる」
無言で目を合わすネアさんとフェルムさん。
心なしか、目が剣呑としているのは気のせいだろうか?
あ、これは流れ的に仲間割れの予感……と、思ったがそれよりも先にアマコさんが二人の間に入る。
「オーガの甘言。ネア、フェルム、騙されないで、私達は助け合わなくちゃ」
「そ、そうね。その通りだわ……」
「騙されるところだった……」
お二人が真っ先に隣にいる仲間を蹴落とそうとしたことが驚きなんですが……?
さすがアマコさんだ。
あの基本、文句しか言わない二人をこんな簡単に―――、
「———二人には囮になってもらわないと」
ボソリと呟かれた言葉に、手が震える。
なんというべきか、ウサトさんの仲間だなと納得できる呟きではあるけど、俺からしてみたら恐怖でしかない。
「じゃ、始めよう」
そうしている間にウサトさんが訓練を始めてしまう。
咄嗟に足を半歩広げ、すぐにでも飛び出せる姿勢に移る。
ウサトさんが使えるのは片足だけ!
なら、大きな動きをできないはずだから、全力で追い詰めれば捕まえられる可能性は十分にある!!
「行きま―――」
「おらぁ! 食らえぇ―――!?」
「危なぁ!?」
前に飛び出そうとした俺の横をギリギリで通り過ぎる黒色の魔力。
なりふり構わず攻撃しにいったフェルムさんに冷や汗をかきながらも、やや遅れてから俺も飛び出す。
「闇魔法での先制攻撃か! だけど、甘い!!」
ウサトさんの右足に力が入ると同時に彼の身体が、尋常じゃない速度で横へ飛ぶ。
ありえないほどの加速に驚愕しながらも、地面を蹴ってウサトさんが飛んだ方向に追いすがる。
「捕まえます!」
「よし、来い!」
俺を待ち受けていたウサトさんに手を伸ばす。
勝利条件は、手で触れること! 指先でも触れたら俺の勝ちだ!!
しかし、彼は自分から後ろに倒れることによりあっさりと伸ばした手を避けて、地面に倒れた反動を利用して起き上がる。
「っ、まだ!」
「もっと貪欲に攻めてこい!!」
踏み込みと共に伸ばした腕を、左腕で掴まれそのまま放り投げられる。
軽く投げられただけなので受け身を取りながら、ウサトさんの言う通りに貪欲に、遠慮の一切なく挑んでいく。
「おおお!」
「ナック、そのまま引きつけとけ!!」
俺の突撃に合わせてフェルムさんが触手状にさせた闇魔法を伸ばしてくる。
それに対し、片足で跳躍しながら後ろに下がったウサトさんは、左腕を鞭のようにしならせながら闇魔法の触手を弾き飛ばしてしまう。
だけど、動きは鈍ってくれた!!
「そこ!」
「おわっ!?」
地面を滑るようにしながら、ウサトさんの足元に蹴りを繰り出す。
蹴りは躱されてしまったが、体勢を大きく崩したウサトさんは、そのまま前のめりに倒れる。
「フェルムさん、ネアさん! 今です!!」
「よくやったぞ! ナック!」
「どんな命令をしてあげましょうかしらねー!!」
倒れるウサトさんに殺到する闇魔法。
俺も追撃とばかりに、手を伸ばす。
「ふ、ぬっ!」
「な!? 片腕倒立!?」
地面に腕を突くと同時に、片腕だけの力で逆立ちする。
いやいや!? できるのは分かりますけど、やっぱりおかしいですって!?
そのまま左腕をバネのように曲げた彼は、腕の力のみでその場を跳躍し俺の手とフェルムさんの闇魔法から逃れてしまう。
「まだまだ、終わらないよ!」
「いーえ! ここで終わりよ化物ォ―――!」
「ん?」
着地した直後のウサトさんに向かう黒い影。
フクロウに変身したネアさんが、猛スピードでの体当たりをウサトさんに仕掛けようとしている。
それを目にしたウサトさんは、大きく息を吸うと向かってくるネアさんへ向かって―――、
「わっ!」
「ひぃん!?」
―――大声を叩きつける。
それだけびっくりしたのか、翼を停止させたネアさんは地面へと落ちていく。
……いや、なんで声だけで落とされてるんですか!?
「本当に落ちるとは思わなかった……」
「なんでやった本人がびっくりしてんです、か!」
「っと!」
ぴょんぴょんと地面を片足で跳ね、伸ばされる腕も片腕でいなされる。
手で触れるだけ。
ただそれだけで勝てるのに、それがどうしようもなく遠い。
「訓練は欠かさずやっているようだね!」
「はい!」
「今の自分に迷いはないか!?」
「はい!!」
「ならよし! 僕を捕まえてみせろ!!」
「はぁい!!」
俺の手を避け、バク転しながら着地したウサトさんは嬉し気な表情を浮かべている。
期待されている。
なら、その期待に絶対に応えたい。
そんな気持ちのまま、向かって行こうとしたその時、ウサトさんのすぐ後ろに―――、
「どうした? ナック?」
「……」
———アマコさんの姿があることに気付く。
ウサトさんが最初からその場所に来るのが分かっていたかのように、立っていた彼女は無言のまま俺に意識を集中させているウサトさんへと手を伸ばす。
「———はっ!?」
「あ」
すぐ後ろで無音で伸ばされた手。
ギリギリでそれに気づいたウサトさんは、焦りながらその場から飛び下がる。
ウサトさんに触れかけた自身の指先をボーっと見つめたアマコさんは、唖然としている俺に気付くとにこりと笑いかけてくる。
「んー、惜しかった。ナック、一緒に頑張ろ?」
「は、はい……」
なにこの人、普通に怖いんですけど。
見た目は俺とそう変わらない女の子にしか見えないけど、ウサトさんの行動を先読みして詰みにいくのが凄すぎる。
俺の傍にやってきたアマコさんは、フェルムさんの闇魔法の対処を行っているウサトさんを視ながら話しかけてくる。
「ウサトをあまり追い詰めない方がいいよ」
「ど、どうしてですか?」
「無理やりなんとかしようとするから。変な技を考え出したり、普通じゃ考えられないことをしてくる」
なんだかものすごい実感が籠っていますね……。
実際、そうやってウサトさんは修羅場を潜ってきたのだろう。
「こうなりゃ全力で捕まえにいくぞ!」
「ええ、私と貴女で協力すれば動きを止められるはずよ!」
「コンビネーションか! いいぞ、その調子だ!!」
紫色の文様が浮かんだ闇魔法の触手を弾き、避けるウサトさん。
しかし、フェルムさんも負けじと闇魔法を蛇のように操り、追尾させていく。
「———それのなにがすごいって、それでなんとかできちゃうからなんだよね」
アマコさんの呟きは、ウサトさん達の攻防の音でかき消されていく。
そして、ついには伸ばされた闇魔法はウサトさんの左腕に絡みつく。
好機と思ったフェルムさんは、闇魔法をロープのように一纏めにして両手で握りしめて引っ張ろうとしているようだ。
「ははは! 片足だけじゃ踏ん張れないだろ! ネア! 手伝え!!」
「拘束の呪術も添えてあげるわ! オーガ捕獲よ! ざまぁみろ!」
「むんっ!」
ロープを引っ張るネアさんとフェルムさんを前にして、ウサトさんは軽く右ひざを曲げ腕に力を籠める。
信じられない話だが、足で踏ん張れないのに腕力だけで二人の力に拮抗しているようだ。
「お前マジか……!?」
「うわぁぁぁ!? もうやだこの脳筋!!」
「訓練は裏切らない……! 筋肉は裏切らない……! そして、迂闊だな! フェルム!!」
「は?」
瞬間、闇魔法のロープを引っ張っているフェルムさんに異変が起こる。
なにかに耐えるようにしているフェルムさんは、慌てはじめる。
「え、いや、ちょっと待て、“取られる”!?」
「は!? 取られるって何よ!?」
「ボクの魔法がっ!? あぁ!?」
瞬間、フェルムさんの手から伸びる闇魔法が分離し、ウサトさんの腕に纏わりつく。
スライムのように蠢きながら手の先から前腕の半ばほどを包み込んだ黒い魔力は、籠手のような形状に変化する。
「いけると思ったけど、できたな」
……まさか、フェルムさんの闇魔法を奪ったんですか?
フェルムさんの闇魔法がウサトさんしか同化できないのは知っていますけど、本来の使い手の意思を無視してとれるもんなんですか!?
「お、お前魔法使わないって言っただろ?」
「僕の魔法じゃないよ? 君の魔法だよ?」
「ず、ずるい! 返せよぉ!」
ウサトさんへ向けて掌を向け、魔法を取り戻そうとするフェルムさんだが彼の腕に纏われた籠手は、震えるような反応を見せたが離れようとはしない。
「駄目だぁ! ボクの言うこと聞いてくれない!?」
「貴女の魔法でしょ!? なんでウサトに力渡してんのよ!」
「好きで渡していると思うのか!?」
「能力的にそうでしょ!?」
喧嘩し始めそうな勢いの二人。
ルールは違反していない。
ウサトさん自身は魔法を使っていないけれど、なにがどうしてフェルムさんの魔法を奪うなんてことができるのだろうか……?
「ほら、追い詰めるとあんなことするから、ナックも気を付けてね」
「慣れてますね、アマコさん……」
「いつものことだもん」
追い詰められるとさらに強くなるとか、本当にどうなっているんですかね……。
冷や汗をかきながらウサトさんを見る。
黒色の籠手の調子を確かめた彼は、不意にその腕を振るい―――林のある方に闇魔法で形作られたロープを伸ばし、太い枝に先端を絡みつかせる。
「続きは森の中でやろうか?」
瞬間、彼の身体が勢いよく引き寄せられ森の中へ消えていく。
目を凝らして見れば、片手片足と闇魔法のロープを器用に使いながら木から木へと移動していくウサトさんの姿が見える。
「うわー、でたらめだー」
「ナック! 感心してないで行くぞ!!」
「そうよ! 次こそは本気で捕まえてやるわ!!」
フクロウの姿のネアさんを肩に乗せたフェルムさんが林へ駆けていく。
その姿を見つめながら俺は、気合を入れなおすべく頬を叩く。
「よし、頑張ります!」
「私は速く動けないから、気にしなくてもいいよ」
「はい!」
アマコさんの声に頷きながら全速力で前に飛び出す。
分かっていたけど、一筋縄ではいかない……!
だからこそ、それほどまでに俺の目指している人が強いという事実にひたすらに嬉しくなる。
負けるつもりはない。
全力で勝ちにいきますよ、ウサトさん……!
今回で訓練を終わらせるはずががが……。
追い詰めれば追い詰めるほど、意味不明なことしてくるウサト。
フェルムの魔法奪取に関しても同化率(?)が高いからこそできる芸当でした。
今回の更新は以上となります。