第二百七十九話
第二百七十九話です。
ロイド様との話を終え、ネア、フェルム、ブルリンと共に城を出た僕達はそのまま救命団へ帰ることができた。
その間に先輩が救命団に仮入団したいという耳を疑う提案をしてきたが、きっとあの時の彼女は疲れていたのだろう。うん……きっとそうに違いない。
先輩のことは置いといて、救命団に帰還した僕はすぐにローズのいる団長室へと足を運んだ。
その最中に強面達とナックに出迎えられ、彼らの顔を見てようやく僕は生きてここに帰ったんだと自覚し、ひたすらに安堵していた。
そして、ローズへの報告。
僕は魔王領で、魔王との戦いで起こったことをローズに報告した。
僕がこの世界に残るという選択と、これからするべきこと、それらを無言のまま聞いていた彼女は閉じていた瞳を開くと―――、
『そうか』
———ただ、それだけ返した。
あまりにもあっさりとした返答に思わず呆けてしまったが、ローズからすれば僕がそんな選択を選ぶ可能性を予想していたとのことなので、あまり驚きは少なかったようだ。
『今更、お前の性格が分からねぇほど、バカじゃねぇ。それが手前自身が選んだ選択だってんなら、貫いてみせろ。———できなきゃ、この私が蹴り飛ばしてでも前に進めてやるよ』
壮絶な笑みと共にそんなありがたい言葉もいただいてしまった。
やっぱり、この人には敵わないなぁ、と思い知らされながらも僕は救命団員としての束の間の日常へ戻ることになった。
リングル王国に帰った翌日からは、国全体がちょっとしたパニックに陥っていた。
なにせ、戦いが終わったのだ。
それで多くの人が動揺と喜び、そして不安を露わにしながら、魔王軍との戦争が終わった事実を受け入れようとしていた。
少なくとも勝利を祝うような空気ではなかった。
というより、それを祝うような余裕はロイド様にはなかったというのが正しいのだろう。
戦いが終わったことと、魔王が存命した上での降伏を他国に知らせなくてはならないからだ。ただ知らせるだけではなく、なぜそのような顛末になったのかその応答もしなくてはならない。
悔しいことに、今の時点では僕はなにもできない。
『おぬしにしかできないこともある。今は私達に任せ、旅の疲れを癒すといい』
ロイド様は、僕にしてほしいことがあるらしい事を言ってくれたが、それまで僕は休息を与えられた。
まあ、それでも救命団としては活動しているわけだから、休息もなにもないんだけども。
「ナック、フェルム、ネア! 訓練だ!!」
「はい!」
「「えぇぇ……」」
仁王立ちで腕を組んでいる僕の言葉にナックだけが元気な返事を返してくれる。
ネアとフェルムは、ものすごく嫌そうな顔をしている。
「戦いが終わったんだし、鍛える意味なくないか?」
「そーよそーよ」
ネアはともかくフェルムまでとは。
あれから一週間経って、しっかり休息を取ったが、この子達の場合は普通に休みすぎている。
「この一週間、団長に休息を与えられたことで調子に乗り、堕落の限りを尽くしている君達には、外に出る機会が必要だと判断した」
「いや、余計なお世話よ」
「このままじゃ太って豚さんになっちゃうぞ」
「子豚に変身してあげようかしら? ん?」
僕とネアが睨み合う。
だが、君は分かっていない。
そんな人を小バカにするような態度を取るネアに対して、僕は絶対の切り札を持っていることを。
「いいよ、子豚になっても」
「え?」
「君を先輩に差し出すから」
「ごめんなさいそれだけはやめてお願い!」
小動物を見た先輩の執念はすごい。
あのネアでさえも、さっきまでの余裕を捨てて心を折るほどだ。
ガタガタと身体を震わせるネアを横目で見たフェルムはため息をつきながら僕へと話しかけてくる。
「第一、休みもらったんだからいいじゃん」
「限度があるだろうが。戦いが終わって気が緩んじゃうのも分かるけれど、今はある意味で危うい状況なんだよ? いつなにが起こっても不思議じゃない」
まだ、なにも決まっていないのだ。
魔族への対処もちゅうぶらりんなままなので、何かのはずみで騒動が起こるかもしれない。
そういう事態に対処できるようにしておかなければならない。
「……戦いは終わったのに……」
「僕達が訓練するのは戦いのためじゃない。鍛えるためだ」
「……いや、なんのために鍛えるのかって話なんだけど」
「そもそも、鍛えるのに理由が必要なの?」
「「……」」
しいて言うならば僕達が救命団員であることが、鍛える理由になり得る。
戦いが終わっても僕達の使命が人を助けることなのは変わらない。
むしろ、その目的は大きく広がり人命救助や、災害が起こった村へ派遣されることへと変わる可能性があるというのが、ローズの考えだった。
僕を見て、ドン引きしている二人にため息をついた僕は、先ほどからビシッと立っているナックに声をかける。
「ナック、二人になにか言いたいことがあるかな?」
「なら一言だけ!」
「よろしい、言ってやりなさい」
ビシィ! と足を揃えて頷いたナックは、ネアとフェルムの方を向く。
彼は軽く深呼吸をすると、訝し気な様子の二人に声を発する。
「あの、早く訓練したいので腹を括ってください」
「「……え」」
それだけ言葉にするとナックは定位置へと戻る。
僕はうんうんと頷きながら、二人を見る。
「ナックの気持ちが分かったか?」
「いや、分かりたくないわよ!? 怖いわ! 心が変えさせられるわ!?」
「な、なんだこの罪悪感……! 悪いことしてないのに、すっごい罪悪感が……!」
この期に及んでまだ抵抗するか。
しかたない。
本当は自主的にやってもらうのは君達にとっても、僕達にとっても望ましかったが―――正直に言うか。
「いいかい? 僕は善意で君達を訓練に誘ったんだ。本当は魔王との戦いで頑張ってくれた君達には、もっと休んでもらいたいとすら思っていたんだ」
「そんなの有難迷惑よ!」
「嘘だね! 訓練大好き人間だろ、お前!!」
「いいかい、一回しか言わないよ?」
いつもなら怒るタイミングではあるが、僕はあえて静かな声で言葉を発する。
その異変に気付いたのか、ネアが訝し気な表情を浮かべる。
「君達がこの一週間、ダラダラしている姿を見てね———」
構わず言葉を続ける。
二人が絶対に動くであろう決定的な言葉を口にする。
「———団長がイライラしてきているんだ」
二人の動きは速かった。
無言で服を正すと、ナックの隣に並びいつでも訓練ができるように準備運動をし始める。
「ごめん、ウサト、ボクが間違ってた! 訓練って楽しいよな!」
「そうね、貴方はいつも私達のことを考えてくれているのよね。ふふ、忘れていたわ」
「分かってくれて嬉しいよ!」
「ああ!」
「ええ!」
三人で笑い合いながらストレッチをする。
なお、僕は普通に笑っているが、ネアとフェルムの表情はこれ以上なく引き攣った笑顔だと言っておこう。
救命団の大魔王の逆鱗と僕の訓練を天秤にかけたら、答えは言うまでもなかった。
「俺が言うのもなんですけど、二人も救命団の空気に染まってきていると思うんです」
「ナック、どうしたの?」
「いえ、なんでもありません!」
さて、今日はそれほど厳しいものではなくナックに合わせた訓練にしようか。
うーん、何にしようかな。
走るだけでもいいんだけど、それだけじゃネアもフェルムも「えー、またー」みたいな反応されちゃうし。
腕を組んで思い悩んでいると、訓練場の入り口から誰かがやってきたことに気付く。
そちらを見ると、小柄な少女―――アマコが籠のようなものを持ってこちらに来ている。
「お、アマコか」
「うん、またお邪魔してる」
軽く手を挙げて挨拶しながら、彼女を迎える。
こちらに帰ってからアマコは度々ここにやってくるようになった。
走り込みしている時は来ていないが、こうして訓練場にいるときに来てくれるのだ。
「サンドイッチ作ってきた。皆、食べるかなって」
「ありがとう。それじゃあ、この訓練が終わったら食べようか」
なら、早く訓練を始めなくちゃな。
うーん、ある程度遊び心もあって、僕も鍛えられるようなやつ……。
「よし、なら鬼ごっこだ」
「おにごっこ? なんだよそれ、お前の真似でもするのかよ」
「誰がオーガだ。違うよ、鬼ごっこっていうのは、鬼になった人が人間役の人を追いかける僕達の世界の遊びなんだ」
僕の世界では一般的な遊びではあるが、これなら訓練にもなれそうだ。
「いえ、あのね、ウサト。貴方は純然たる鬼だけど、私達はなれないのよ?」
「お望みの通りに鬼になってあげようか? そうなれば訓練ももっと楽しくなりそうだ」
「ごめんなさい……」
笑いながら目を細めてそう言うと、すぐに謝ってくるネア。
とりあえず、ルール説明をしよう。
「鬼は君達。勝利条件は僕に触れること」
「無理に決まってんだろ!?」
「バカなの!? 貴方普段どれだけ理不尽な動きしてるか分かる!?」
「ウサトさん……さすがに厳しいと思います」
この総ツッコミよ。
まあ、それは僕も分かっている。
フェルムはいい線いくかもしれないが、ネアとナックはまだ厳しい。
「だから、ハンデをつけるよ。僕は魔力も籠手も使わない。君達は魔術と闇魔法も使ってもいい」
「駄目ね、まだ足りないわね……!」
「えぇ……まあ、そういうなら、君達から条件を出していいよ」
これ以上となると、どんなハンデを背負わされるのだろうか?
なにやら、ネアとフェルムがこそこそと話し合っているが、二人のモチベーションを上げるためにもうちょっと条件を追加しておくか。
「僕に触れることができたら、一個だけ何かしら言うことを聞いてあげよう」
なんでもとは言わないけど、街の方で美味しい食べ物を買ってくるとか、掃除当番とかを代わるとか。
僕のその言葉に何かを話し合っていたネアとフェルムの動きが止まる。
「「「———!」」」
「え、じゃあ、訓練を見てもらったりとかでもいいんですか!?」
「勿論。というより、それなら普通に言ってくれるだけでいくらでも付き合うよ?」
「やる気、出てきました……!」
ナックは、滅茶苦茶やる気になってくれたようだ。
すると、少し離れた場所にいたアマコがこちらにやってくる。
「ん? どうした、アマコ?」
「私も参加する」
「はい?」
「私も、やる。その……おにごっこ? ってやつ」
「……」
一番強い子が来てしまったな……!
予知魔法を持つ彼女が相手というなら、油断なんてできるはずがない。
「面白い、許可しよう」
「なにをしてもらおうかなぁ」
も、もう勝った気でいるだと……!?
だが、面白い……! その予知、打ち崩してやる……!
額をぬぐいながら笑みを引き攣らせた僕は、彼女の参加を認める。
「条件、決めたわよ」
「どういうやつにしたの?」
「両手と両足、使用禁止」
「どう動けと……?」
「貴方なら、なんだかんだでいけるでしょ」
なんだその信頼。
いやいや、両手両足封じられてどう動けって言うんだ。
地面をゴロゴロ転がればいいのか?
僕の反応にネアはしょうがないといった反応をする。
「しょうがないわねぇ。じゃあ、右手と左足を使っちゃ駄目ってことでいい?」
「……はぁ、まあいいけど」
むしろ、こっちの方が本命の条件なんじゃないかと思える
まあ、これくらいのハンデは必要なのかもしれないが。
アマコがいるからなぁ……大丈夫かなぁ。
「それと、さっきの言葉に嘘はないわね?」
「まあ、僕にできる範囲なら。あ、血を一滴残らずよこせとか、僕を吸血鬼にするとか……あ、お願い一つを無限にするとかは無しだからね?」
「……チッ」
怖いなおい。
三つ目に関しては、本当にやってきそうだったから釘を刺しておいてよかった。
さて、条件も色々決まったわけだし、さっそく始めてみるか。
左足を地面から離し、右足だけで地面を飛び跳ねる。
利き腕も禁止されているから、左腕だけで対応していかなくちゃな。
「じゃあ、始めようか」
「あ、ウサト。拘束の呪術で右腕と左足を縛ってもいいかしら?」
始まりの合図をした直後に、笑顔のネアが手を挙げながらそんなことを言ってきた。
拘束の呪術か。
たしかに、咄嗟に動かしてこっちの反則負けとかになっちゃうのもアレだしな。
お願いしよう。
「分かった。じゃあ、お願いするよ」
「♪」
笑顔でこちらに近づいてくるネアに、僕も笑みを浮かべる。
彼女が三歩ほどの距離に近づいたら、機を見て話しかける。
「あ、因みに一旦中断しているから、今触れても君の勝ちにはならないからね」
「……」
「君の考えそうなことくらい分かるぞ?」
「う、うぅぅー」
油断も隙もないな、本当に。
まあ、わざわざ僕が開始の合図をするタイミングで出てきた時点で怪しかったけれども。
右腕と左足を拘束の呪術で固めてもらい、気を取り直して皆と向き合う。
四対一、こちらは利き腕と片足を封じられているわけだが―――、
「さあ、来い……!」
それも、面白い……!
ネアとフェルムがどんな手を使ってくるのかを楽しみではあるが、なによりナックがどれだけ成長してるか確かめるにはいい機会だ……!
唐突な訓練回。
次回は別視点かもしれません。
今回の更新は以上となります。




