第二百六十九話
あけましておめでとうございます!
年末にインフルにかかってしまいましたが快復いたしましたので、もう大丈夫です。
「対毒スキルの間違った使われ方」の更新の方も一時的に再開いたしました。
かつてサマリアールで見せられた記憶のその先。
先代勇者ヒサゴさんの常軌を逸した力に、僕達はただただ言葉を失うしかなかった。
「———ヒサゴにとって、邪龍など自身を脅かす恐怖とすらも認識してはいなかったというわけだ」
「彼は、どれだけの範囲のものを封印することができたのですか?」
「さあな。この私すらも封印することができたのだ。際限はないんじゃないか?」
まともに取り合っているように思えない魔王の言葉ではあるが、そうとしか言葉にできないのは僕にも理解できた。
どこからともなく槍を打ち出し、火炎を作り出し、邪龍自身の力すらも自分の力として利用して戦う彼の姿は、邪龍以上の怪物に思えてしまった。
「だけど、それならどうして邪龍は封印されていたのか」
「……ええ、そうね」
僕の呟きにネアが頷く。
どう見てもヒサゴさんの力に邪龍は終始圧倒されている。
僕の知る先代勇者と邪龍との戦いの顛末は、自ら邪龍の口に飛び込んだヒサゴさんがその心臓に勇者の武具である小刀を突き刺し、その魂を封印するというものだ。
だが、今僕達が見せられている光景は―――、
『———どうした。立て』
『ギ、ギザァ……ゥジャァ……ッ!』
片目を潰され、片翼をもがれ、地に倒れ伏し見るも無残な姿をさらす邪龍。
その傍で、地面に降り立ちながら刀を鞘に納めたヒサゴさんは、意識すらも朦朧とさせている邪龍を見下ろし顎に手を添える。
『……そうさな』
小刀を逆手で持つように引き抜いた彼が、邪龍の口を無理やり開きその口内へと足を踏み入れる。
そのまま邪龍の身体の内へと姿を消した彼の―――その先の動きを見ようとした時、場面の移り変わりを意味するノイズのようなものが走る。
「ッ、魔王?」
「後に分かることだ。まず見るべきものがある」
———ああ、そういうことか。
貴方はとことん僕達に、ここから先の地獄すら生温い状況を見せたいわけか。
魔王の悪辣さに、歯噛みしながら大人しく次の場面へと目を向ける。
そこには、多くの人に囲まれているヒサゴさんとナギさんの姿。
これまでの記憶を見る限り、多くの人々から責められ、石を投げつけられている場面かと思いきや今度は全く違っていた。
『ありがとう……ありがとう……』
『お二人のおかげで、危ないところを……』
『どう感謝していいか……』
それは純粋な感謝の言葉であった。
サマリアールの街並みは邪龍の攻撃で酷いものではあったが、そこに住む人々は無事だった。
ヒサゴさんとナギさんに命を救われた彼らは心からの感謝を二人に送り、送られた二人はこれまでとは違った事態に―――どう反応していいか分からないといった表情を浮かべていた。
『こういうこともあるんだな……ヒサゴ』
『そう、だな。……俺としても、この状況は予想してなかった』
少し嬉し気なナギさんの言葉に、ぎこちなく返事を返すヒサゴさん。
そんな二人の姿に、フェルムはやや表情を明るくさせながらこちらへ振り返る。
「これは報われた……ってやつなんだよな? ウサト」
「……」
「おい、なんか言えよ。ネアもどうしてそんな深刻な顔してるんだよ」
依然として表情が硬いままの僕とネアに、首を傾げるフェルムだがこの先を知っている身からすればこの“報われた光景”でさえも痛々しいものにしか見えない。
それから、ヒサゴさんとナギさんは街の復興と怪我人の手当てを手伝うために、暫し都市に滞在することになった。
『どりゃー!!』
ナギさんは、見た目からは想像できないほどの力で瓦礫や木材などを運びだし、ヒサゴさんは邪龍の被害を受け怪我をした人々の治療を行っていた。
『おじちゃん、なんだ、これ?』
『これはな、生命力……いいや、生きる気力が湧いてくる薬だ。お前もこれで、すぐに元気になれる』
ヒサゴさんは、掌に取り出した光の球を頭と腕に包帯を巻いた男の子に見せていた。
恐らく、戦いの最中に敵から封印する形で奪い取った生命エネルギーを、衰弱しきっている男の子に分け与えているのだろう。
光を受けていくごとに、男の子は表情に血色を取り戻していく。
『ありがとう! おじちゃん!』
『ああ。でも、まだ体が疲れているからな、もう少し休んでおいた方がいい』
『うん!』
笑顔で頷く男の子にヒサゴさんは、優し気に微笑みながらその頭に手を伸ばし―――一瞬だけ躊躇する素振りをみせながらも、ゆっくりと頭を撫でた。
『元気な姿を見せてくれるだけで……それだけで、親は……お前の父も母も、嬉しいはずだ』
『おじちゃんも?』
『……。ああ、勿論だ。……他のやつらも見なくちゃいけねぇからな。じゃあ、またな』
ばいばーい、という男の子の声を聞きながら次の怪我人へと向かっていくヒサゴさん。
彼は次々と、邪龍の毒に苦しむ人々に手を差し伸べていく。
……せめてこの一時だけは、彼は自身が理想としていた“勇者”になれたのだろうか?
そうであってほしい。
心からそう切に願っていると、ふと足を止めた彼が空を見上げる。
『塔、か』
彼が目にした建物を目にして、もう事態は間近にまで迫っていることを否応なく理解させられてしまう。
どの建物よりも優先的に建てられている建造物。
土系統の魔法により、異例のスピードで組み立てられているのは、僕達の時代で“サマリアールの希望の象徴”と呼ばれていた塔だ。
「この時点ならば、まだ人間という種族に希望を抱けていたのだろうな。いや、そもそも邪龍の相手などせずにさっさとリングル王国に向かっていれば、奴はそれなりに“いい人生”を送れていたのかもしれない」
「……」
「ウサト。お前はこの先を知っているのだろう?」
この先の展開を知る僕にそう問いかけてくる魔王。
無言を肯定とみなしたのか、笑みを深めた彼は興味深げな様子で続けて話しかけてくる。
「貴様はこの真相を知ったその時、何を思った? 人間に対してどのような感情を抱いた?」
「……怒り、です」
「そうだ。それが正しい」
僕の答えに満足したのか、魔王は場面を早める。
一瞬の明滅の後に場面は切り替わり、怪我人が収容されていた広場から、城のホールらしき場所へと変わる。
先ほどの場面からそう時間は経ってはいないようだが、窓の外の景色は暗闇に包まれており、加えて空には月明かりを隠すほどの雲に包まれていた。
『勇者様!! 貴方様はこのサマリアールに必要なお方!! いえ! その御身! 御力はあらゆるものにも勝る宝と評してもまだ足りない!!』
『———サマリアールの王よ、これは、なんの真似でしょうか?』
魔法陣から伸びた鎖にがんじがらめに縛り付けられるヒサゴさん。
そんな彼を目にして、正気を失ったように言葉を吐き出している当時のサマリアールの王と、その隣に控える生きていた頃の魔術師。
あまりにも突拍子のない状況にフェルムが困惑しながら僕の肩を揺らす。
「は? どういうことだよ! なんであのヒゲ、恩人のはずのあの男を縛り付けているんだ!?」
「強すぎる力は、人を惑わしてしまうんだ。ヒサゴさんが邪龍と戦う姿を見ていたサマリアール王は、その戦いに……いや、力に魅入られてしまった」
既に魔術は発動されてしまっており、僕とネアにとっては見覚えのある鎖がヒサゴさんの身体に何十、何百と巻き付いている。
『その力、あまりにも惜しい!! 我が王国の繁栄のため、貴方様の力を! 血脈を! 意志を! 我が王国に取り込みたいと考えた!!』
『……』
興奮冷めやらない様子で語るサマリアールの王を、冷めた目で見つめたヒサゴさんが、腕に力を籠め自身を縛り付ける鎖の拘束を破壊しようとしたその時、なにかに気付いた。
『———ッ、まさか、こいつは……!』
『そうだ! 生中ではないおぬしを留めるために我が配下が用意した魔じゅ―――』
王が言葉を言い放つ前にヒサゴさんは腰の刀を抜き、一刀で全ての拘束を破壊する。
驚愕と絶望の表情を浮かべる王と魔術師の姿すらも視界に納めずに、彼は城の窓から飛び降りどこかへ向かって行く。
その表情は彼がこれまでに浮かべたことのない、焦燥と恐怖へと変わっていた。
いつの間にか雨が降り始め、それに打たれながらも目的の場所へたどり着いた彼が目にしたものは―――、
『そ、んな』
眠るように息絶えた、怪我人たちであった。
広場に集められた邪龍の襲撃により怪我を負い、毒を吸って動けなくなった者達。
ヒサゴさんが癒し、救った命が―――あまりにも身勝手な理由で奪われてしまった。
「フェルム。サマリアールの王と魔術師は、ヒサゴを土地に縛り付けるためにある手段をとったの」
「な、なんだよ、それ……」
「邪龍の被害を受けて動けない怪我人を魔術の生贄に捧げ、力にしたのよ。結果は……見ての通り、術式は簡単に破られて残ったのは魂を抜かれ、息絶えた死体だけ……」
唖然としているフェルムに、ネアが説明する。
その場にいるヒサゴさん以外のサマリアールの人々は、それぞれの家族、友人の亡骸に縋りつき泣き崩れるしかなかった。
ヒサゴさん自身も、ある一人の亡骸の前に座り込み、つい先ほどまで生きていたであろうその体を抱きかかえた。
その亡骸はヒサゴさんが魔法で癒していた男の子であった。
『……』
何も語ることもなく、もう動かない子供を抱きかかえたまま座り込んでしまったヒサゴさんの元に、ナギさんが駆けつける。
『ヒサゴ! 兵士に足止めされてっ……ッ!? な、なにが……』
目の前の光景に言葉を失う彼女に、彼は消え入りそうな声で今に至った経緯を口にする。
治るはずだった人々が無意味な死を遂げたことを知ったナギさんは、怒りの形相を浮かべながら剣を引き抜きながら後ろへと振り返る。
その先には、サマリアールの城がある。
『ナギ、なにをするつもりだ』
『あいつらに、報いを受けさせる。絶対に許してやるものか……!』
王と魔術師を殺すつもりだ。
怒りに満ちた表情だけでそうしようとしているのが分かってしまう。
『……もういい、放っておけ』
『は?』
平坦なヒサゴさんの声に、ナギさんは思わず振り返り金縛りにあったように動きを止めた。
亡骸をゆっくりと地面に寝かせ、立ち上がった彼の瞳、表情はまるで感情が削ぎ落されてしまったかのように何も感じられなくなっていたからだ。
『ここを出るぞ』
『で、出るって……この人たちを殺したクズ共はどうするんだよ!? このまま放っておけとでもいうのか!?』
『碌な末路は辿らないだろ。報いは受けることになる……いつか、必ず』
まるでそうであることを確信しているかのように語る彼に、ナギさんも先ほどまでの怒りを忘れて、取り乱しながら彼の元へと歩み寄る。
『向かうのは……勿論、リングル王国だよね?』
『いいや、あの国にはいかない』
自身が救ったはずだった人々を目にしてから、彼は背を向けるように歩き始める。
彼の瞳には悲しみも、何もなかった。
ただそこには、どうしようもない“諦め”だけがそこにあった。
『いい加減。終わらせようと思ってな』
『終わらせる……?』
『魔王とのつまらない小競り合いも、なにもかもだ』
それは、当時の魔王への宣戦布告の言葉にも思えた。
自身が救ったはずの命が、心無い王と魔術師のせいで失われてしまったことで、彼の心を繋ぎとめていた最後の何かが千切れてしまった。
もう、彼を繋ぎとめられるものはどこにもいない。
『どれだけ善良な人々がいようと、無垢な子供たちが笑っていようとも、それを心身ともに腐り果てた外道が踏みにじる。……この時代には、あまりにもそんなどうしようもない奴らが多かっただけだ』
『ヒサゴ……』
悲しみに包まれるサマリアールの都市。
雨が降りしきるその中を進んで行くヒサゴさんとナギさん。
その痛々しい姿に、僕は目を背けないようにするしかなかった。
「ここから先の記憶は一部を除いて断片的な記憶しか存在していない」
「……なぜ?」
「奴が見せようとはしなかったからだ。ただ我が軍と戦っていただけならばそれだけではあるが、奴は明らかに我が軍のある場所以外にも足を運び―――なにかをしていた」
なにか……?
魔王にも分からないことということなのか……?
「だが、この出来事を切っ掛けにして奴はようやくやる気を出して私と戦うようになったということだ」
断片的に映し出された記録が風景に映り込む。
魔王軍の軍勢をたった一人で薙ぎ払い、圧倒する光の魔法使い。
その後ろ姿はまさしく“勇者”と呼ばれるほどに勇ましいものであったが、その戦いは鬼神そのものであった。
だが、その最中に彼は戦場で酷い扱いをされていた獣人達を逃がしていた。
戦いの後には彼らを人の住む場所から遠く離れた森の中に移住させ、彼らに人としての教養と文化を教えていた。
その中にはナギさんと瓜二つの少女の姿もいる。
だけど、こっちはナギさんのように強気ではなく、おっとりしたような雰囲気だ。
「獣人を導き、我々と矛を交えた。ヒサゴ一人の力により、我が軍のほとんどが壊滅状態に陥った時、奴は我が居城に足を踏み入れた」
当時を思い出したのか、懐かしそうな表情を浮かべる魔王。
数百年前の魔王にとっての居城。
ここではないとすれば、恐らく―――あの遺跡だろう。
「私との決着をつけるためにな」
恐らく次で最後になるだろう。
ヒサゴと言う人間がどのような選択肢を選んだのか、どのような道を選んだのか、今ここにはいない先輩とカズキの代わりに僕が目にしなければいけない。
ヒサゴの心はここで壊れました。
次回の更新は明日の18時を予定しております。
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一月八日の正午から新作『無能狩人の事件記録~境界に立つ者~』を投稿いたします。
治癒魔法の片手間に書き、フォルダに眠っていた変わった作品ではありますが、眠らせるのも勿体ないと思い投稿することにしました。




