第二百六十八話
恐らく今年最後の更新となります。
何気に閑話込みで300話目に到達。
ヒサゴさんとナギさんの旅路。
それは写真のフィルムのように切り替わるように過ぎ去っていく。
長々と彼らの記憶を辿ってしまえば、それこそ一日二日あっても足りないものだが、魔王は片手で見せる記憶を操作しながら見せていく。
———恐らく、ヒサゴさんがナギさんと出会ってから数年の月日が過ぎた。
ヘイガル王国に追い出される形で旅に出ることになった彼らの日常は、控えめにいっていいものではなかった。
魔王の送り出した軍勢を蹴散らしたという事実が、彼を何度も何度も戦いへと巻き込んだ。
その多くが過去の魔王や、彼の力を欲する他国の襲撃によるもの。
魔王軍の脅威に晒された都市を救えども、助けたはずの人々から“お前達のせいで魔王軍がやってきた”と石を投げられたり、魔王の甘言に騙された心の無い人々の裏切りにあい危うく死ぬかもしれない状況にも陥っていた。
味方のはずの人間からの脅威に晒されながらも、彼らは旅を続けていた。
『このッ! このッ! あのアホ共が!』
最初はみすぼらしく、煤汚れていた彼女はあっという間に今のアマコの身長を超えて、今とほとんど変わらない姿にまで成長していた。
現在、目の前の光景では凄まじい顔で八つ当たりするように木を蹴りつけている彼女は、とても今のナギさんと同一人物には見えないけども。
『なにが私達のせいで魔王軍が来ただぁ!? お前らが勝手に魔王に騙されて滅ぼされかかっただけじゃん!! それなのに、助けてもらった癖に私達を追い出すとかどうかしてるでしょ!!』
蹴りつけている木が蹴りのみでへし折れたところで、気が済んだのかゆっくりと深呼吸をした彼女は、背後で何か思いつめた様子で、二振りの刀―――ファルガ様に作られた勇者の武具を見つめている。
『ヒサゴォ! お前も少しは怒れよ!! お前がいつまでもそんなんだから、あいつらが付け上がるんだぞ!!』
『俺は、気にしてない』
『私が気にするんだよ! この駄目オヤジ!!』
一切の遠慮を感じさせない罵倒。
最初の無感情な様子から一変したナギさんの姿に、ただただ驚くしかない。
『誰しも不安が募れば、それを発散する矛先を探す。その体のいい相手が俺達だったってだけだ』
『私はそれが嫌だって言ってんだよ!! なんで戦っているお前が後ろ指さされなきゃならないんだよ……!』
彼がどれだけ戦っても感謝されたことの方が少ない。
それは、戦争ばかりが起こっていた世界だからか、それに伴って人々の心も荒んでしまっていたか。
どちらにしても、僕から見てもナギさんの生きていた時代は、あまりいいものじゃないと思えた。
……それはともかくとして―――、
「……貴方はどれだけ勇者のこと見張ってるんですか?」
「気持ちの悪いことを言うな。奴と争っている最中に、写し取った記憶も差し込んでいるだけだ」
「……えっ!?」
魔王の傍らにいるシエルさんが、驚いた様子を見せているあたり彼女も僕と同じことを思っていたのかもしれない。
でも、争っている間に記憶を写し取る……? 精神攻撃か何かに使ったのだろうか?
「奴が勇者として初めて認められたのは、私という人類にとっての敵を倒したからだろう。それまでは、ただただ強大な力を持つだけの厄介者として扱われ、悉く邪険にされていた」
「……そうさせたのは貴方でしょう」
ナギさんの手記にも記されていたように、魔王が人々をそそのかしてヒサゴさんを裏切るように誘導している場面もあった。
その原因である貴方がそう言っても責任転嫁としか思えない。
「一部はな。だがそれを含めても、人間というのは自身と違う存在を排除したがるものだ。過去の人間達にとってはヒサゴも獣人と魔族と変わらない“化物”に見えていたのだろうよ」
「……ウサトと同じね」
「……ああ」
「君達、シリアスな顔して納得するんじゃない……!」
なんだこいつら敵か?
神妙な表情で頷くネアとフェルムに、またキレそうになりながらも落ち着きを取り戻す。
とりあえず、この世界の人々は度重なる戦争と、魔王軍の脅威により精神的に追い詰められているのはよく分かった。
そんな時代になってしまったのは、魔王だけのせいではない。
あくまで魔王はその時代に現れた魔族という強大な一勢力に過ぎず、それ以前にも人間同士での苛烈な争いは行われてきた。
『お前、本当に何も思ってないのか?』
すると幻影のナギさんが、ヒサゴさんにそう言い放つ。
彼は暫し思い悩むように目を瞑る。
『……少し、疲れてはいるな』
『は? 疲れる?』
『……俺も人間だぞ。……俺だって、理不尽に罵詈雑言を投げつけられ平気なわけじゃない。ただ、勇者という意味の分からん役を担ってしまったからには、その任を全うしなければならない』
抜身だった刀を鞘に戻した彼は自嘲するように笑みを零す。
『それが、何もない俺に唯一残された役目だからな』
『……そんな生き方してたら、碌な目にあわないってファルガ様が言ってただろ。いい年したおっさんが無理しない方がいいぞ』
『無理しなきゃやってられねぇよ。だがまあ、ここ数年は人間の悪い部分だけ見てきたが、それでもいいところもあるもんだ。俺は、そういう人間の善意って奴を信じてるよ』
そう言葉にしながら立ち上がるヒサゴさん。
その光景を見て魔王は、少しだけつまらなそうにしている。
―――人間の善意を信じている。
僕にはその言葉が、自分に言い聞かせているように聞こえてしまった。
目には見えないけど、彼は打ちひしがれているのかもしれない。
人々を守っているはずなのに、守っている人々から責められることに。
『……っ』
過去のナギさんはそんなヒサゴさんを苦悶の表情で見た後、無理やり笑顔を作りながら歩き出した彼に駆け寄る。
『———ヒサゴ! リングル王国に行こう!』
『は?』
奇しくもヒサゴさんと僕達の声が重なった。
リングル王国? い、いや、たしかに魔王の話からしてこの時代にもあるのだろうけど、それはなんで今……?
『は? なんでだ?』
『たまにはゆっくり休もうよ。ほら、あそこってバカみたいに穏やかなところだし前に行った時は普通に歓迎されて逆に落ち着けなかったしさ!』
『たしかに、あそこは能天気の極みのような場所ではあるが……』
ヒサゴさんもナギさんもひどい言いようだ。
いや、悪い意味じゃないのは分かるけど、なんとも微妙な気持ちになる。
『お前は少し人の優しさに触れるべきだ。これ以上溜め込むと、本当に駄目になるぞ』
『そう、だな』
思うところもあるのか、あっさりと頷くヒサゴさん。
なんだか先ほどの重々しい空気が嘘のように軽くなった。
……もしや、魔王はこの場面を見せるために、この記憶を切り取っているのか?
『——なら、その前に街に寄って食いもんを調達するべきか。ナギ、地図を』
『ほい』
だけど、散々続きだった彼らの旅にも明るさが見えてきたような気がする。
酷い目に遭い続けたし、少しくらいならリングル王国で息抜きできるといいなと思う。
『通り道にあるのは―――』
ナギさんから地図を受け取ったヒサゴさんが目を凝らし、紙面を見る。
今もリングル王国が存在するのなら、あそこは魔王軍や他の王国に壊滅させられるようなことはなかったことを意味するから、安全が保障されているのは―――、
『———サマリアールだな』
瞬間、頭を思い切りぶん殴られたような錯覚に陥る。
サマリアール。
その場所は僕にとってリングル王国の次に馴染みの深い場所かもしれない。
魔術師という過去の亡霊が、数百人単位の人々の魂を都市に縛り付け、妄執のままに勇者という人柱を求めた場所。
外れて欲しいという思いで、魔王を見るも彼の薄っすらと浮かべられた笑みを見て、これから起こることを確信してしまう。
「ウサト、これって……」
「ああ、魔王。これからサマリアールにアレが来るんだな?」
「なんだ、知っていたのか。いや、サマリアールの呪いに関わったとすれば知っていてもおかしくはないか」
フェルムだけは意味が分からないようだが、僕とネアからすれば本当の本当に最悪だ。
このまま何事もなくリングル王国に到着していればよかったのに、過ぎ去った過去がそうはさせてくれない。
「ならば、ここから先の記憶はいいな」
魔王が手を翻すと強制的に場面が移り変わる。
明滅と共に映し出されたのは―――、
『グギォォォォォォ!!』
———幾度も聞いた耳障りな咆哮と、恐怖と混乱に満ちたサマリアールの街の光景。
恐怖に支配された人々に毒の煙を吐き出し、軽々と命を摘み取っているのは二つの大きな翼を翻しながらその巨体を空に浮かばせている龍。
その禍々しい姿にシエルさんとフェルムは唖然とした表情を浮かべている。
「な、なんだ、これ……」
「邪龍、だよ」
「は!? ネアが蘇らせた傍迷惑なやつのことか!?」
「その全盛期の姿だ」
正真正銘の怪物。
今の僕ですら太刀打ちできるか怪しい怪物は、過去の景色の再現だとしてもとてつもない存在感を放っている。
邪龍を背にして逃げ惑う人々の中に、ヒサゴさんとナギさんの姿を見つける。
『ヒサゴ! どうする!!』
『俺が奴を足止めする』
腰に刺した大小二つの刀の鞘に右手を添えたヒサゴは、邪龍へと歩を進めていく。
『ナギ、お前は住人と避難しろ』
『私も戦える!』
『いや、必要ない。俺だけで十分だ』
強がりではない。
ナギさんを気遣っての言葉でもない。
これまでと違う言動に、言葉を失うナギさんはそれでも声を張り上げた。
『なら、バカな真似するなよ!』
『なんだよ、それ』
『絶対だぞ!!』
邪龍は大きく空気を吸い込む。
その挙動に気付いたヒサゴさんが、ナギさんから邪龍へと身体を向ける。
『グギャァァァ!!』
放たれるは、ヘドロのような濃度を持つ毒の煙。
それらはヒサゴさんと、その背後で逃げ惑う人々を呑み込むように迫る。
街そのものを呑み込みかねない範囲のブレスを前にして、ヒサゴさんは眼前に掌を向ける。
『——系統強化』
圧縮された光の球を掌に作りだすと、それを軽く投げるように前方へと放つ。
光の球が毒の煙に触れたその瞬間、強烈な風に吸い込まれるように街を覆いつくそうとした毒の煙が光の球へと吸い込まれてしまう。
『毒か。まあ、どこかで使えるだろ』
手元に引き寄せた光の球を自身の胸に押し込み、邪龍を見据える。
自身の毒を消した彼の存在に邪龍が気付く。
大きな羽ばたきと共に、家屋を押し潰しながら地上へと降り立った邪龍は、ヒサゴさんを見下す。
『貴様ハナンダぁ?』
『……』
無言を返す彼に、邪龍がその尾を振るう。
僕の時とは比較にならない威力と共に薙ぎ払われた尾は、いくつもの建物を衝撃波で倒壊させながらヒサゴさんへと迫るが―――彼は、逃げずに逆に迫る尾へと向かって行く。
腰から引き抜かれる小刀。
逆手に持ったそれで、尾を殴りつける。
『系統強化・封』
ただそれだけでまるで衝撃などなかったかのように、邪龍の尻尾が止まる。
尻尾を受け止めた小刀から光の球が生成され、球体は再び小刀に吸い込まれるとその刀身を黄金色へと染める。
彼は黄金色に染まった小刀を迷いなく、自身の腹部へと突き刺す。
『解』
黄金色の光がヒサゴさんへと流れ込む。
それに伴い、彼は邪龍へと駆ける。
最初の一歩で地面を砕き、人間を超越した動きで邪龍の懐に潜り込む。
迎撃のために邪龍が吐き出した毒の煙も、光の球によって吸収しながら彼は大きく振るった拳を邪龍へと叩き込んだ。
ただの拳。
しかし、それだけで邪龍の巨体が舞い上がるほどの力で吹き飛ばされる。
『風と、毒だな』
悲鳴と共に空へと舞い上がる邪龍を見上げながら、ヒサゴさんは自身の身体から二つの光の球体を発生させる。
引き抜いたもう一振りの太刀に二つの球体を吸い込ませると、その刀身は毒々しい紫色に染まり、強烈な風に包まれる。
『グギャァァァァ!!』
『自らの毒で腐れよ、化物』
上段に構えられた太刀が振り下ろされ、空へ紫色の衝撃波が放たれる。
それは空中で態勢を整えようとした邪龍の片翼を巻き込むように貫き―――一瞬にして、空の彼方へと飛んでいく。
翼を失い、落下していく邪龍。
その前にヒサゴさんは、新たに出した光の球体を自身に押し当てた後に落下する邪龍と同じ高さにまで跳躍する
『場所を変えるぞ』
『キ、キサマッ!』
いとも容易く空を飛んだ彼に、穴の空いた翼でなんとか体勢を整えた邪龍が大きな口を開けてヒサゴさんを呑み込もうとする。
『……』
自身を噛み砕こうとする邪龍。
微塵も動揺した様子もなく、彼は蠅を払うように裏拳を邪龍の顎に叩きつける。
『グガッ!?』
砕け、飛び散る牙。
邪龍が呻いたところで、彼は自身の身体から数えきれないほどの光の球を発生させる。
それらは衛星のようにヒサゴさんの周囲を回っており、数百、数千ある中のいくつかが彼の周囲へと飛び出し―――、
『解』
彼の言葉により球体が弾けると、とてつもない勢いで撃ちだされた槍が虚空から出現し邪龍へと殺到する。
光魔法の魔力を帯びた槍は、堅牢極まりない邪龍の鱗を貫通し、その肉を切り裂いていく。
『ギ、ギャ、ガァァァ!?』
『……あれが使えるか』
光の球から槍を放ち続けながら、彼はもう一つの球体を引き寄せる。
彼の周囲を回っている球体と、形も色も変わらないものだが―――、
『解』
球体が弾け、放たれたのは空を覆うほどの火炎。
爆発するような炎に邪龍の身体は、さらに吹き飛ばされ都市の外れの方に落下していく。
声を上げながら地上へ落ちていく邪龍を、今度は逆に見下ろした彼はやや驚きの混じった表情を浮かべる。
『……思ったより弱いな』
轟音と共に地上へ叩きつけられた邪龍から、彼は眼下に見えるサマリアールの街並みに視線を移す。
その表情から感情は読み取れない。
ただ、どこか諦めたような、感情が剥がれ落ちたような印象を抱かせた。
『人間の善意を信じている、か』
そう言葉にして、彼は嘲るように笑う。
『既に信じられなくなってる俺が言うのは、皮肉が過ぎるな』
一人呟いた彼は、地に堕ちた邪龍を見る。
地上からヒサゴさんを憎悪の目で見る邪龍に、彼は続けて口を開く。
『人の心が荒むのは、この戦乱の世のせいか。はたまた、この世界の人間の本質か』
『キ、ギザマァ、ギザマァァァ!!』
『今は醜くくとも、未来の戦いのない世界で人々の心はどう変わっているのだろうか。そんな世界になっても、変わらずその心は醜いままなのか……』
彼は周囲に回る球体のいくつかを邪龍へと向ける。
『まだ、決断を下すのは早いだろうが……。ナギの言う通り、バカなことをしてみるのもありだな』
そこまで言葉にした彼は、邪龍へ目掛け降下していく。
その次の瞬間には、轟音と邪龍の雄叫びが響き渡るのであった。
サマリアールでウサトが見た悪夢の先でした。
これは恐れられてもしょうがない……。




