第二百五十話
前日に引き続いての更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
先輩とカズキの訓練を終えた夜。
暗闇に包まれた森の中で焚火を囲むような形で座った僕達は、皆を集めたナギさんへと視線を向ける。
「まずは現状で判明している魔王を除いた魔王軍の戦力について確認しようか」
「そうだね。まずはそこからだね」
ナギさんの言葉に先輩が頷く。
「まずは第三軍団長のハンナだね。彼女については、ウサト達が一番よく知っていると思う」
「ウサトの被害者」
「性格の悪いお調子者」
「い、いや、印象を説明してほしいわけじゃないんだけど……」
即答するネアとフェルムに微妙な表情になるナギさん。
というより、僕の被害者ってなんだ。
確かに怖がらせたことは認めるけども。
さすがにふざけすぎたのを分かっているのか、ネアが顎に指を当てながら話し始める。
「幻影魔法の使い手ね。広範囲かつ、応用の利く魔法で、この前の戦争の時に味方を同士討ちにさせていたのは彼女よ」
「……今思い出しても、胸糞が悪いな。あれは」
同士討ちをする騎士達の姿を思い出したのか、顔を顰めるカズキ。
「戦ったのが精神耐性化物なウサトだったからよかったけど、カズキやスズネだったら危なかったかもしれないわね。不意打ちでも食らって敵味方の区別が“逆”にでもされていれば、厄介なことになっていたでしょうし」
「そんなことはない。……と言い切れないのが恐ろしいね」
先輩も真面目な表情でそう呟く。
もし先輩とカズキがハンナの魔法にかかってしまったら、惨事は免れなかっただろう。
「なら、ハンナさんの相手は僕が務めるべきですね」
僕なら幻影魔法を無力化できる。
ハンナさん自身、戦闘力がなかったし脅威ではないはずだ。
「もうウサトの顔見るだけで戦闘不能になりそうな気がするわね」
「まあ、これでもかとトラウマを刻み込んでやったからな」
ネアとフェルムが何かを呟いているけど、なんだろうか?
聞いてみようとすると、ナギさんが話を進めてしまう。
「次は第二軍団長コーガ。彼に関しては、まあ、最近遭遇したから皆知っているよね?」
「ああ、闇魔法を扱う男だろう?」
レオナさんの声にナギさんが頷く。
「彼はウサトと同じような成長をする厄介な魔族だ」
待ってください、まるで僕が厄介な人間みたいに聞こえるんですけど……。
そんなことが言える空気でもなく、皆が一様に頷いている。
「あいつ相当面倒くさいぞ。身体能力がウサト並みだし、思考もウサト並みだ」
「フェルム、いちいち僕を基準にしなくてもよくないかな?」
僕の指摘を無視したフェルムは、そのまま話を続ける。
「何より、ウサトが目を付けられているのが厄介だ。下手をすれば、こっちの予想を超えて直接ウサトに襲撃をかける可能性があるぞ」
それは嫌だなぁ。
正直、コーガと本気の戦いをするとなれば僕も覚悟しなきゃならない。
戦わずに済むならそれでいいけど……それは無理だよなぁ。
「俺も、この前の戦争中にコーガと交戦したけど、あいつはウサトの系統強化の爆発を真似て、それをすぐに使いこなせたからな」
「僕の弾力付与も、少し見ただけで真似されたよ」
なぜ僕の技術ばっかり吸収されるのか納得できないけど、奴の学習能力は厄介だ。
というより、闇魔法の応用範囲が広すぎるということもあるが、それはフェルムの同化にも言えることなので文句なんて言えようもない。
「だけど、ハンナと違って各々で戦うことができる相手でもある」
「搦め手がない分、戦いやすい相手とも言えるわけだな」
幻影とは違い、直接的な攻撃が多いコーガなら先輩もカズキも戦える。
問題は奴の予想外の行動についてだが、それは考えるだけ無駄だろう。
「でも、ウサト君にとっては……ちょっと戦いづらい相手なんじゃないのかな?」
「え?」
先輩の言葉に一瞬呆気に取られる。
皆にとっても彼女の言葉が意外だったのか、視線が集まる。
「この前の遺跡で遭遇した時、どことなくウサト君が楽しそうに見えたんだよね」
「……?」
タノシソウ?
思い返してみても、奴と遺跡で遭遇した時は互いにラリアットを食らった記憶しかないのだけど。
理解できず唖然としていると、腕を組んだナギさんが唸った。
「うーん、遺跡で邪龍のゴーレムとウサトとコーガが戦った時は、それなりに息が合っているように見えたね。……ウサトがコーガの足を掴んで振り回して色々と壮絶だったけど」
「コーガの」
「足を」
「振り回した……?」
先輩、カズキ、レオナさんが首を傾げ、アマコ、ネア、フェルムは何かを察したような表情をする。
いかんッ! ナギさんの悪意無き呟きがあらぬ誤解を生みだそうとしているッ!
「いや! 僕はただコーガを武器として使い潰しながら敵を倒そうとしただけなんだ!」
「語るに落ちたわね」
「ウサト、勇者側の人間の行動じゃないよ」
「ボク達がいない間に何やってんだ、お前ら」
言葉って難しい……!
よくよく自分の言葉を振り返ると、とんでもないことを言っていることに気付いて地味に落ち込む。
……落ち込んでばかりじゃいられないな。
ある意味で、次の話が本番のようなものだ。
「次は、第一軍団長、ネロ・アージェンスについてですね」
「……うん、彼のことだ」
ナギさんが、神妙に頷く。
ローズと因縁のある魔族。
僕も一度だけ戦ったことはあるけれど、その圧倒的な実力に手も足もでず、結局時間稼ぎしかできなかった。
「ウサトの籠手を通して、私も彼の力を見ていたけど……彼は私が封印される以前の時代にいた実力者達と、同じかそれ以上の実力を持っている」
「君が、そこまで言うほどに?」
「どの時代にも規格外な存在というものは生まれるものだよ。少なくとも、ウサトの師匠もその一人さ」
というより、ローズはネロをぶん殴って撃退したらしいからな……。
重症は負ってしまってはいたけれど、それでも凄まじいわ。
「正直、ネロと魔王を同時に相手どることになれば、確実にこちらが負けるだろう。だからこそ、ネロと遭遇せず、魔王にたどり着きたいところだけど、それが無理なら―――」
皆を見回しながらナギさんが人差し指を立てる。
「誰か一人、彼の足止めをしなきゃならない」
あのネロ・アージェンスの足止め、か。
生半可な覚悟でしていいものじゃない。
ただの時間稼ぎでさえ、命がけだったのに足止めだなんて難しいってレベルじゃない。
「そして、その役目は私が務めよう」
「ナギさんが……?」
「重要なのは、君達、勇者が魔王の元にたどり着くことだ」
ナギさんの瞳からは強い意思が感じられる。
「魔王は君達を待っている。今更目覚めた私ではなく、この時代で戦い抜いてきた君達をね。昔も今も、なにを考えているか分からないとんでもない奴だけど―――それだけは分かる」
「……」
「そのためなら、私は力を尽くすつもりだ」
並々ならない覚悟と共に放たれた言葉に誰も声を発せずにいた。
長い沈黙、焚火の音だけが響く中、ナギさんは取り繕うように明るい声を発した。
「と、まあ、ここまで言ったけれど、別に死ぬつもりなんて微塵もないけどね。私もこの時代でやりたいことたくさんあるし!」
「や、やりたいこと?」
僕がそう訊くと、ナギさんは笑みを浮かべながら頷く。
「この時代がどれだけ変わったのか、この目で見てみたいんだ。ウサトの籠手を通して旅の景色は沢山見てきたけど、やっぱり実際に見てみたいし……あとは食べ物だね!」
「食べ物というと、やっぱり昔と今では違うの?」
「そりゃもう、私の時代は食糧不足なんて当たり前だったし、そもそものご飯が食べられるだけの固形物だったから、この時代の食べ物は皆美味しそうで、ずっと食べてみたかったんだ!」
昔は戦いで溢れた時代だったらしいし、食文化どころじゃなかったのかもしれないな。
ナギさんのテンションの上がり様に、彼女のいた時代がどれだけ過酷だったかを理解させられてしまう。
「だからさ、私この戦いが終わったら―――」
「ストップだカンナギ! それ以上言うな……ッ!」
「ひゃっ!?」
さらりとナギさんの尻尾を抱きかかえるように掴む先輩。
突然の奇行にナギさんは、肩を大きく震わせる。
「な、なにすんのさ! いきなり尻尾を掴むなんて失礼すぎるよ!」
「私は君の死亡フラグを防いだ。だからこの尻尾は報酬みたいなものさ。ねっ、ウサト君!」
いや、死亡フラグ自体分かりますけど、今同意を求められても困るんですけど。
●
ナギさんが先輩の猛攻(?)を怖がり、僕とアマコの近くへと避難してしまってはいたが、あの後も魔王軍についての話し合いは続けられた。
軍団長以外の戦力、アーミラ・ベルグレッドについてや、バルジナクなどの凶暴な魔物が現れる可能性など、正直不確定要素はたくさんある。
本当はもっと準備をしてからやるべきなのだろうけれど、下手をすれば魔王軍側に時間を与えることにもなってしまう。
「出発は明日か」
先輩とカズキがナギさんとの訓練場所として使っていた滝の前で、一人考えに耽る。
魔王のいる城がある都市まで、半日ほどの距離だ。
ある程度近づいてしまえば、僕達はいつ魔王軍と戦ってもおかしくない状況に身を置くことになる。
「戦いは、避けられないのかな」
呟いてから、我ながら甘いことを呟いているな、と自嘲する。
すると、後ろから足音が近づいてくる。
やや歩幅の狭く、軽い足音にすぐに誰か来たか気付く。
「アマコか。どうした?」
「そろそろ一人で悩んでいる頃かなって思って、来てみた」
「お見通しか」
後ろからやってきたアマコが、僕の隣に腰かける。
滝が上から流れ落ちていく、滝つぼをボーっと見つめた彼女は、こちらに視線を向けずに話しかけてくる。
「ずっと、迷っているんだよね」
「……ああ」
魔王を倒す。
そのための旅だというのはちゃんと分かっている。
だけど、想像するのはその後のことだ。
魔王を倒したら魔族がどうなるのか?
僕達が魔王に敗北したらどうなってしまうのか?
きっと、どちらの結果も人間と魔族のどちらかに大きな犠牲を払うことになるだろう。
「魔族が悪い奴ら……って思える人達だったら、サマリアールの魔術師や、ヒノモトのジンヤさんみたく怒れたんだけど、彼らは全く違っているんだよな」
「……うん」
この魔王領という死の寸前でかろうじて繋ぎとめている大地で生き抜くため。
そのために今まで、僕達と戦ってきた。
彼らの行動が正しいとは言えないけれど、それを考えるとなんとも言えない感情に苛まれる。
「こういう肝心な時に私の予知魔法は発動してくれない……。先を見れたら、私ももっと役に立てたのに」
「十分助かっているよ。今だって話し相手になってくれてるし」
「そんなの誰だってできるじゃん」
不貞腐れたように膝を抱えるアマコ。
そんな彼女に微笑ましく思いながら、彼女と同じように地面へと座る。
「正直言うとさ、どうしていいか分からないんだ」
仮に魔王を倒したとして、魔族はどうなってしまうのか。
魔王がいなくなって滅んでしまうのか?
だけど、魔族が生き残る道があったとしてもそれは正しい選択なのか?
「難しく考えすぎだと思う」
「えぇ……」
僕の悩みを聞いて、短く返すアマコに思わず呻いてしまう。
「ウサトは脳筋なんだから、思ったことをすればいい」
「一応真面目に悩んでたんだけど……」
「答えなんて出ないよ。だって、ウサトの悩んでいる話はそうなるか分からない未来の話だもん」
言外に考えるだけ無駄と言われてしまった。
なんとなく反論できないでいると、アマコが膝を抱えたままこちらへ顔を向け、微笑んでくる。
「それに、どんな結果になろうとウサトの選んだことなら、私は受け入れるよ」
「……いいのか? とんでもない選択をするかもしれないぞ?」
「一緒に旅をしてきて、普通のことをした方が少ないでしょ? それに、予知なんかしなくても悪い結果にならないことは分かっているから」
そう言われて、不思議と心が軽くなった気がした。
「だからさ、ウサトはウサトのままでいいよ。変に気負う方がらしくない」
「僕らしく、か」
ちょっと考えすぎていたのかもしれないな。
もう少し前向きに、シンプルに考えるべきだな。
「やっぱり、アマコがいてくれて助かるよ」
「そういうウサトは私がいないと駄目だね」
「ちょっと言いすぎじゃない?」
アマコとそんな軽口を交わす。
“僕らしく”
たしかにいつまでもウジウジと同じことを悩んでいるのは僕らしくなかった。
明日の出発を前に、気づかせてもらって良かったと思う。
なんだかんだで見ているアマコでした。
地味に初見じゃ厄介極まりない魔法を有しているハンナ。
あまりにも相手が悪かった……それだけです。
次回は魔族視点の閑話となります。
明日の更新は18時を予定しております。




