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第二百三十六話

第二百三十六話です。

前話を見ていない方はまずはそちらをー。

 私達の前に現れたミアラークの勇者カロン。

 彼から感じる圧倒的な存在感に私達が迂闊に動けないでいると、そんな彼を煩わしそうに見たウサト君は、ややいぶかしむ様子で話しかけた。


「はぁ、そもそも自分の持ち場を離れていいんですか?」

「おっと待て、嫌味を言うのはまだ早い。俺の持ち場には、クソ真面目な同僚がいるから大丈夫だ」

「その人がとても苦労しているのは目に見えますよ……」

「紹介しようか? というより、この戦いが終わったら無理やり紹介してやる」

「嫌だなぁ」


 心底嫌そうな顔をしているウサト君に、にっこにこな笑顔を向けたカロン。

 しかし、すぐにその表情を険しいものに変えながら、衝撃のまま動けない私達へと振り向いた。

 元から不意打ちなんてするつもりはなかったけれど、この人には隙が全く存在しなかった。ただ、攻撃すれば確実に命を懸けた戦いが始まるという予感だけがしていた。


「さて、君をここまで追い詰めた敵とやらを見に来たが……どう見ても、人間だがどういうことだ? それも、俺の武具と同じ力を感じる。奇妙なことにな」

「「……!」」

「一応、問うがお前達は俺の敵か?」


 カロンの身体が一瞬の光に包まれる。

 光が収まった彼の頭には角、両腕は竜の鱗に包まれ、その背には青色の力強い翼が生えていた。

 神竜の力を受け継いだ勇者。

 見て分かるほどの強大な力に、私とカズキ君は構える。

 そんな私達を見たウサト君は、斧を肩に担いだカロンさんの前に歩み出た。


「カロンさん、この人たちの相手は僕に任せてもらってもいいでしょうか?」

「君では勝てんぞ。アレを使っても、よくて相打ちだ」

「……分かっています」

「なら、ここは俺に任せておけ。君は自覚していないだろうが、酷い顔だぞ」


 カロンの言葉に若干言い淀む様子を見せたウサト君。

 しかし、それでも彼はこちらに背を向けたまま、カロンの顔を見上げる。


「……水を使うのは、これで最後にします」

「はぁ!?」


 先ほどまでの威圧感を消して、驚きの表情でウサト君に詰め寄るカロン。

 水? なんのことだろうか?


「おいおい、俺達があれほど使うのをやめろっていったのに、どういう心境の変化だ?」

「僕もそろそろ前に進むべきだと、思いまして」

「……そうか」


 ウサト君の言葉に、カロンは角と鱗を人間のものに戻した。

 彼は、ウサト君の肩に手を置くと、言い聞かせるような声で続けて話しかけた。


「だが、極限にまで薄めたとしても、泉の力は絶大だ。力に呑まれるなよ」

「……はい」

「よし、なら俺は先に行っている」


 そう言ってこちらに背を向けた彼は、最後に私とカズキ君を一瞥した後に、その場を飛び上がるように跳躍し、翼をはためかせながら上空へと飛び立った。

 そのまま夜空を切り裂くように、城の方へ飛んで行ってしまった彼を見送ったウサト君は、深く深呼吸をした。


「ありがとうございます。カロンさん」


 小さく呟いた彼が取り出したのは、小さな小瓶。

 その口を開け、一息に飲み干した彼は、空になった小瓶を地面へと投げ捨てる。


「スゥー……」


 彼の様子が変わる。

 魔力が溢れるように増え、腕には血管が浮き上がり———自身の中で湧き上がる衝動を押さえ込んだ彼の身体から、煙のような魔力が吹き上がる。

 ポーションによる力の増強?

 治癒魔法の暴走?

 いや、それのどれにも当てはまらない。

 今の彼はまるで、強大な力を注がれ、それを無理やり体に押さえ込んでいるように―――、


「オオォォ!!」


 そんな獣染みた雄たけびと共に、ウサト君が前へと飛び出す。

 私の雷獣モード2にも迫るほどの速さに、冷静さを欠きながらカズキ君の腕を掴み、後方へと跳躍する。

 彼が私のいた場所へと拳を振り下ろしたその瞬間―――地面が砕ける。

 クレーター状にまで陥没した地面を目にしたカズキ君は、驚きに目を丸くさせる。


「先輩、あれは……!?」

「私にも分からない!! あれは、私達の知らない力だ!!」


 あの小瓶の中身のせいか!?

 地面から腕を引き抜いた彼は、大きく息を吸い声を張り上げた。


「ブルリィィィン!! こぉぉぉい!!」


 空気を響かせるほどの声に、思わず硬直してしまう。

 なぜここでブルリン!? と思うのも束の間、すぐさま地響きと共に獣の雄たけびがこちらへとやってくる。


「グルァァァァ!!」


 現れたのはボロボロの鎧を纏った青色の魔物、ブルーグリズリーのブルリン。

 元の世界の彼と変わらない相棒であるブルリンだが、その体にはいくつもの傷跡があり、ウサト君と共に戦場を戦ってきたのが分かる。

 しかし、そんなことよりも私は———いや、私とカズキ君は、ブルリンの背に装備されているソレを見て、声を失う。


「ありがとう。ブルリン」

「グルゥ」

「いつも世話ばっかりかけちゃうね。大丈夫、君は見守っているだけでいいから」

「……グル」


 ブルリンを撫でつけ、一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべた彼が、その背から見覚えのある長剣と小剣を引き抜く。

 それは、私とカズキ君が最初の戦いの時に使っていた“剣”。

 この世界で死に際まで握っていたであろう、私達がいた証。

 右手に長剣を、左手に逆手に持った小剣を携えたウサト君は、身を低くさせながら私達を睨みつける。


「僕を、止めてみろ」


 純然たる殺意を一身に受ける。

 その事実に、今の現実に、どうしようもなく泣きたくなりながら、私とカズキ君は武器を構えるのであった。



 魔王軍の間で囁かれている治癒魔法使いの噂。

 誰の目にも追えない速さで負傷者を攫う“人攫い”。

 どんな傷や攻撃を受けようとも全く怯まない者。


「第二軍団長の一撃を食らえ!!」

「ゴハァッ!? ゲフゥ!? オゴっ!?」

『ゴミムシ風情ガァ!!』


 私の目の前に遥か昔に暴虐の限りを尽くしたという邪悪なる龍がいる。

 口の端から紫色の吐息を零し、翼を大きくはためかせたその姿は、今までに見たどんな魔物よりも悍ましく、それでいて一つの芸術品のように完成されていた。

 そんな規格外な存在と戦うことがどれだけ絶望的なことか、非力な私でも分かる。

 しかし、しかしだ。そんな存在を前にしても全く怯むことなく、立ち向かおうとする人たちがいた。


「相変わらずよく喋るトカゲだなァ!」


 彼を普通と言ったのは訂正する。

 あれは、多分、人の皮を被った別の怪物だ。

 人間とは私達魔族よりも身体能力で劣り、魔法でも劣る種族だ。

 そんな人間が真っ向から魔族を相手どるなんて、できないはず。

 ましてや、それを―――、


「気合入れろコーガ!! お前ならまだ大丈夫だ!!」

「もういやぁぁぁ!?」


 ―――コーガさんをぶん回しながら、大きな龍に叩きつけているなんて光景、目の前で見せられても信じられるはずがない。

 私は先ほど名前を聞いた少女―――キーラちゃんを抱きしめながら、物陰からその光景を見させられていた。


「あ、あわわわ……なんですか、あの人……人間ってあんなに恐ろしい種族なんですかぁ」

「……ウサトさん……」


 見た目は普通の少年だった。

 平凡そうで、どちらかというと私に近そうな、そんな少年。

 しかし、蓋を開けてみてみれば、コーガさんの評価が的確すぎた。


「げはぁ!? う、ウサト! こいつめっちゃ固い! オレ、イタイ!?」

「安心しろ、治癒魔法をかける!」

「どこに安心しろと!? どこに安心しろとォ!? お前もしかして俺のこと嫌い!?」

「うん!!」


 うわぁ、物凄い笑顔。

 まあ、ほぼほぼストーカーみたいな執念見せているコーガさんならしょうがないけども。

 それでも、さすがの笑顔にコーガさんも頬を引き攣らせた。


「俺もお前のことが大っ嫌いだよぉぉ!!」

「なら情けはいらないよねっ!!」

「いやぁぁぁ!?」


 黒い魔力に覆われたコーガさんの足を右手で軽々と振り回しながら、邪龍へと攻撃を仕掛けるウサトと呼ばれている少年。

 彼は、その表情を恐ろしいものへと変えながら、邪龍へと向かっていく。


「こなくそ! お望みどおりに変形してやるよォ!!」


 ウサトに振り回されているコーガさんの身に纏う魔力が肥大化し、先端の太い棍棒のような形状へと変わる。

 それを巧みに回したウサトは、大口を開けて噛みつこうとする邪龍の横っ面にコーガさんを叩き込んだ。


「いいぞ! コーガ!! その調子だ!!」

「よっしゃぁ!! これが第二軍団長様の力よォ!!」

『奇ッ怪な技ヲ、人間風情ガァァァ!!』


 コーガさんを振り切ったウサトへと振るわれる大きな爪。

 ただの人間なら成すすべもなく叩き潰されるであろう一撃。

 思わず口元に手を当て悲鳴を漏らしてしまうが、次に私の目に飛び込んできた光景は、大きく右腕を振るったウサトが、不自然な力で邪龍の爪をはじき返してしまうという光景であった。


「治癒弾き! んでもって、魔力回し!!」


 彼の右腕から緑色の光が一瞬にして足へと移ると、凄まじい速度で跳躍———邪龍の顎をかちあげるようにコーガさんが叩きつけられる。

 相手の邪龍も、予想外どころではない攻撃に困惑しているようで、対応できている様子はない。


『勇者ガァァァッ!』


 怒りのまま我武者羅に暴れ始める邪龍。

 取り乱し、腕を大きく振るう邪龍から逃れようとするウサトに、コーガさんが声を張り上げた。


「ウサト、俺を奴へ投げろぉ!!」

「分かった!!」


 躊躇なく、コーガさんを邪龍へと投げつけるウサト。

 当然のように叩き落とそうとする邪龍―――だが、攻撃が当たる寸前に変形を解いたコーガさんが、変化させた左腕で邪龍の目に一撃を与える。

 そして、それに追い打ちをかけるように、空高く跳んだウサトが、強烈な飛び蹴りを食らわせ一気に体勢を崩させた。


「倒れりゃこっちのもんだぜ!!」

「今のうちに叩きのめすぞ!!」

『貴様ラァァ!!』


 怒りの雄たけびを上げる邪龍。

 しかし、その大口を同時に蹴り上げることで閉じさせたコーガさんとウサトは、問答無用で殴りかかっていく。


「おうおう、活きがいいじゃねぇの!! まだ楽しめそうだなぁ! オイ!!」

「人に迷惑ばっか、かけてんじゃない!! オラッ!! 今のうちに毒吐き出せや!!」


 倒れた邪龍に平気で追い打ちをかけていく魔族と人間(?)。

 もうどっちが化物だか分からなくなってきた。


「あの、あの人、闇魔法使い……なんですか?」

「え? はい。そうです」

「そうなんだ……」


 邪龍の上で脚やら拳やらを叩き込んでいるコーガさんとウサトをジッと見つめるキーラちゃん。

 あれは、子供に見せていいのだろうか。

 割と本気で教育に良くないのでは? と邪推してしまう。


「ウサトさん、あんな風に戦うんだ。闇魔法使いと一緒に、戦ってる」


 闇魔法使いを使って戦っているの間違いなのでは……?

 え、なんで瞳を輝かせているのですか? 今、いたいけな少女が道を踏み外す瞬間を見せられている?


「騙されないで!! あの人はね、治癒魔法使いなの!!」

「……怪我を治してくれる、良い人間じゃないんですか?」

「いや、たしかにそうだけど……あれを見て何も思わないのぉ!?」


 爪を振り回す邪龍の腕をはじき返しながら、逆に拳を叩き込もうとするウサトの姿を指さすと、キーラちゃんは、ほんわかとした反応を返す。


「いえ、特には」

「えぇ……」

「ウサトさんは、ウサトさんですから。今更、怖がったりなんかしません」


 あぁ、魔王様。私、最近の子供の感性が分かりません。

 私の方が混乱してしまっていると、邪龍の方向から悍ましい叫び声が上がってくる。

 それに伴い、周囲の空気が引き込まれていくことに気付く。


『ヴォガァァァ!!』


 地面に吐き出すようにその大口から流れ出したのは、紫の毒の煙。

 コーガさんは余裕をもって避けているが、雪崩のように押し出されていく毒の煙は、私とキーラちゃんのいる場所に迫ってくる。

 それらを見たウサトは、私達の方へと振り向き、跳んでくる。


「そこから動かないでください!」


 彼は、右手を腰だめへと構え、魔力を掌に集め始める。

 治癒魔法使いがなにをするつもりだ、と思っていると、掌に作った歪むように膨らんでいる魔力弾を前方へと放った。


「え、治癒魔法で何を―――」

「治癒爆裂波!!」


 その瞬間、爆発と見間違うほどの轟音が響くと私達を飲み込もうとしていた毒の煙は一瞬にして、吹き飛ばされてしまっていた。

 開いた口が塞がらない。

 キラキラとした緑色の魔力に満ちた空間の中で、ウサトはこちらへと振り返る。


「キーラ、大丈夫か!?」

「ウサトさん、今の……私にもできますか?」

「この技は危ないからマネしちゃ駄目」


 キーラちゃんのそんな言葉に苦笑した彼は窘めるようにそう口にする。

 そんな彼の隣に毒の煙を避けたコーガさんが降り立った。


「ヒュゥ、危ねぇ、危ねぇ」

「コーガさんは、もっと私の心配をするべきだと思うんですけど」


 絶対この人、私の存在を忘れていただろ。

 どうして、味方じゃなくて敵である治癒魔法使いさんに護られているのだろうか?


「耐久力が高ぇな。俺達の攻撃がほとんど通じてねぇぞ。ありゃ、本当に生き物か?」

「……いや、弱すぎる」

「はぁ?」

「こいつが全盛期の邪龍だとしたら、僕達が戦ったゾンビと同じくらいか少し強いくらいの力しかない。あれは本物の邪龍なのか?」


 小さく呟いたウサトは、依然として彼らを睨みつける邪龍と相対する。

 何を考えているか分からないし、本当の意味で何をするか分からない。

 それが、魔王軍にとって恐怖の象徴とまで言われるほどの治癒魔法使いであった。


第二軍団長の一撃を食らえ!!(3HIT)


前編と後編の温度差が激しい話でした。

ネアにもレオナにも出会うことのなかったウサトでしたが、ブルリンだけは相棒として彼の傍にいました。


今回の更新は以上となります。

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フェルムが鎧でコーガが武器、キーラは何になるんだろ? アクセサリーとか?
[一言] 温度差ァ!
[一言] 前半のシリアス/後半のギャグ
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