第百七十六話
早めの更新です。
第八章、開始となります。
国境付近にて魔王軍の偵察隊らしき影を確認したとの知らせを受けた僕達は、すぐさまリングル王国へと戻ることになった。
魔王軍に動きが見られたとあっては、呑気にあいさつ回りをしてから帰るわけにもいかないので、しょうがない話ではあったけれど、ルクヴィスで再会した人達に別れの言葉を言えなかったのは少し心残りであった。
「急遽帰還させることになってしまって、すまなかった」
急ぎで馬車を走らせ、行きの半分ほどの時間をかけリングル王国に戻ってきた僕達は、途中でアマコを下ろしたあと王城にてロイド様とセルジオさんから、事の次第を聞いていた。
「今のところ確認できたのは偵察隊の動きのみであるが、魔王軍に動きがあったことは確かだ。今のうちに会談で決定した内容を含め、他国との連携を強めた上で、いつでも戦力を集められるようにしよう」
魔王軍に動きが見られたという時点で、緊急事態なのは僕でも分かる。
会談で話がまとまった後でよかったと思う。
あと数日早ければ、連携を取るのがかなり遅れてしまっていたかもしれないからだ。
「いつ魔王軍の進軍が確認できるかは分からない。スズネとカズキは、いつでも出撃できるよう、戦いの準備を整えていてくれ」
「「はい!」」
ロイド様の言葉に返事をする先輩とカズキ。
二人の返事に頷いたロイド様は、続けて僕へと視線を向ける。
「ウサトは、一旦ローズのいる救命団へと戻ったほうがいいだろう。あいつもお主が戻ってくるのは待っているだろうからな」
「はい」
まずは、ローズに判断を仰いだ方がいいか。
まさか帰ってすぐにこんな緊迫した状況に陥るとは思わなかったから、不安に思ってしまう。
一度目もそうだけど、戦いというのは怖くて……恐ろしいものだ。
それからロイド様は、ウェルシーさん、シグルスさんに指示を出し、その場で解散となった。
●
「……僕にとっては二度目の戦いか」
救命団の宿舎へと続く道を歩きながら、前回の戦いを振り返る。
一度目の戦いはなんとか生き延びたけれど、それでもアマコの存在がなければ確実に負けていた戦いであったはずだ。
想像なんてしたくないけれど……リングル王国の騎士にとっても精神的な支柱であった先輩とカズキがフェルム……黒騎士にやられて、騎士達は混乱し、士気も落ちてしまうだろう。
そして残った黒騎士と、あの性悪巨大ヘビの猛攻により、リングル王国は敗北してしまう。
例え、ローズの存在があったとしても、仕組みが分からなければ黒騎士を攻略するのに時間を要してしまうだろう。
「前回と違っているとすれば、戦うのがリングル王国だけじゃないってことか」
サマリアール王国、カームへリオ王国、ニルヴァルナ王国の三王国から、一緒に戦ってくれる仲間が来てくれる。
今回の魔王軍の戦力がどれほどのものかは分からないけれど、心強いことには変わりない。
そこまで考えていると、後ろから複数の足音が近づいていることに気付く。
振り返ると、子供ならすぐに泣きだすくらいの恐ろしい強面の男たちが、並んでこちらに走って来ていた。
強面の一人、トングが僕に気付き声をかけてくる。
「お、ウサト。テメェ、帰ってきやがったか」
「ああ。本当はもっと後の予定だったんだけど、急いで帰ってきたんだ」
救命団の黒服。
戦場で傷ついた者を攫……じゃなくて助け出し、治癒魔法使いのいる場所にまで運ぶ役割を担っている。
顔は怖いが、悪い奴らではない。
「お前らは走り込みか?」
僕の言葉に強面共が頷く。
「おう。魔王軍が来るとなっちゃあ、こっちも本腰をいれなきゃなんねぇ」
「怪我人を救うことが俺達の役割だからなぁ」
「どさくさに紛れてかっさらわなきゃならねぇしな」
「ヒヒッ、足が速けりゃ捕まんねぇからな」
「ま、俺達もやるべきことはしなけりゃな。やるならとことん、だ」
言っていることは正しいのだけど、別の意味に聞こえるのは気のせいだろうか?
まあ、他意はないことは分かっているし、いっか。
僕としてもこいつらのことを信頼しているし。
……いや、こいつら相手には絶対面と向かって言わないけども。
「しっかし、思えばあのクソガキが副団長か」
「最初は、俺達見て泣きべそかいてたしな」
「ははは、だってお前ら顔がバケモンじゃん。怖いと思うのが普通だよ」
『あ?』
剣呑な声を漏らし、互いに睨み合う。
数秒ほどして肩の力を抜いた僕達は、宿舎の方を向く。
「こんなことしてる場合じゃないよね……うん」
「……そうだな。姉御に見つかるとボコボコにされるし。訓練に戻るとするわ。じゃ、また後でな」
「おう」
ローズにボコボコにされるのはいつものことだけど、今はそんなことしてる場合じゃない。
それもこの強面達も分かっているのか、素直に頷き訓練に戻っていく。
走っていく強面達を見送った後、僕も気を取り直して歩いていくと救命団の宿舎が見えてくる。
「さて、団長は宿舎にいるだろうか……ん?」
宿舎が見えると同時に、こちらに駆けてくる救命団の訓練服を身に着けた黒髪赤目の少女の姿が視界に映り込む。
「ウサトぉー!」
「お、ネアか。……あれ?」
すっごい満面の笑みで手を振りながらこちらへかけてくる彼女に違和感のようなものを抱く。
まるで村娘を演じていた時に戻ったような笑顔を浮かべるネアに疑問に思っていると、大きく手を広げた彼女は勢いよく僕に抱きついてきた。
倒れないように後ずさりしながら、彼女を受け止める。
「うぉ!?」
「貴方に会いたかった! すごく!」
「……。どうしたの? どこか具合でも悪いの? 治癒魔法かけようか?」
「は?」
真顔になり額に青筋を浮かべるネア、しかし、それも一瞬だけですぐに自然な笑みを浮かべる。
彼女らしからぬ行動に、下心よりも心配の気持ちの方が勝ってしまう。
もしかして、救命団の訓練のせいで性格が反転してしまったのだろうか?
あの強面達によると、稀にそういうことがあるらしい。
……恐ろしい話もあるもんだなー。
「ふ、ふふ。物凄く元気よ。だって――」
フッと僕から離れたネアは、にこやかな笑顔を浮かべる。
それと同時に、上半身が動かないことに気付く。
見れば、体には見覚えのある魔術の文様が浮かび上がっているではないか。
「拘束の呪術? え、なんで?」
なんで今、僕を動けなくさせる必要が?
訳の分からない状況に首を傾げると、ネアは思いっ切り助走をつけて飛び蹴りを放ってきた。
「私をこの地獄に置いていった貴方に、仕返しができるからよォォ!! ホッホホーゥ!」
「むん!」
「へぶぅ!?」
ネアの飛び蹴りが腹部に当たる前に足を半歩開き、腹に力をいれ腹筋を固める。
僕の腹部にネアの蹴りが激突するが、上半身は微塵も動かずそれどころか、蹴ったネアが驚愕の表情でそのまま地面に落ちる。
「へ、な、なに? 今の? 壁?」
「フッ。甘いな、ネア。その程度の蹴りで僕の腹筋を貫けると思ったのか?」
唖然とするネアにちょっとカッコつけながらそう言い放つと、彼女は悔し気にうずくまった。
「うわぁーん! この化物、動き封じても化物ぉ!」
どれだけ僕に一泡吹かせたかったの?
とりあえず上半身に力をいれて拘束を破壊した僕はネアに手を差し出し、彼女を立たせる。
「ただいま、ネア」
「……うん」
不貞腐れながらこくりと頷き、フクロウに変身して僕の肩の上に乗るネア。
そんな彼女に苦笑し、救命団の宿舎へと歩を進める。
どうやら訓練でおかしくなったというわけではなく、単に僕に仕返ししようとしていただけのようだ。
しかし、たった数日留守にしていただけだが、結構動けるようになってたなぁ。
ローズの訓練のおかげかな?
まあ、この子は魔物だからポテンシャルは高いんだろう。今までそれを鍛える機会がなかっただけだろうし。ちなみに主の僕に危害を加えられないという制約は今はほぼ機能していない。ネア程度の攻撃ではもはや危害とは言えないからだ。
「僕がいない間、なにかあった?」
「特に何もなかったわよ。私が死ぬほど走らされたこと以外は」
「いつも通りか。訓練はどんな感じ?」
「……魔力弾を避けろとか言われて、延々と治癒魔法の魔力弾をぶつけられた」
魔力弾を避けろ、か。
懐かしいな、ルクヴィスでナックの回避力を鍛えるために彼に何度も魔力弾を投げたものだ。
あの時は、着実に成長していくナックを見て、僕も嬉しかったなぁ。
「なるほど、回避を身につけるための訓練か。僕もナックにやったことあるから分かるよ」
「えぇ、まさかの思考回路が同じ……。というより、あんな子供相手にそれやったの?」
ドン引きしているネアだが、僕はローズがネアにその訓練をさせた理由を察することができた。
ネアと僕が連携を取っている上での弱点。
戦いの最中、僕がネアを守り切れなかった場合、彼女自身がそれをなんとかしなければいけないこと。
それを超高速の魔力弾を回避させる訓練を積ませることで解消しようとしたのだろう。
「訓練の成果はどうだった?」
「……当てる場所を教えてもらった上で、かろうじて何回か躱せたくらいよ」
「……ふむ」
ローズの魔力弾の早撃ち……というより、早投げの速さは尋常じゃない。
それは一度戦った僕がよく分かっている。
それを何回か避けられたということは、それなりの回避力が身についているということだ。
あと、魔力弾を延々と食らい続けて、打たれ強くなっているだろうし。
「ということは、君は動体視力は大分鍛えられているということだね。さすがは団長だ。ネアに足りない部分を的確に鍛えてくれた」
「さすがじゃないわよ! もう何度吹っ飛ばされたことか……!」
「ははは。治癒魔法の魔力弾だから、怪我はないよね?」
「心に傷を負ったわよぉ!?」
その様子だと、精神面も大丈夫そうに見えるけども。
必死にそう訴えかけるネアと言葉を交わしつつ、宿舎の扉を開ける。
「団長は?」
「……中にいるわよ。魔王軍が来るってんで、色々とやることがあるんだって」
「確かに、やることは多そうだなぁ」
今回に関しては、僕達がカバーする規模も大きいから前回とは勝手が違うかもしれないな。
ネアの言葉に納得しつつ階段の方へ進んでいこうとすると、食堂に通じる入り口から角と褐色の肌が特徴的な少女、フェルムが難しい表情で出てきた。
僕と視線があった彼女は、ポカンとした表情を浮かべる。
「あ、フェルム、ただいま」
「あ、おかえり……じゃない! お前、帰ってきたのか!」
前もそうだけど、しっかり返してくれるんだな。
こういうところは素直で、ちょっと和む。
出会いがしらに殴りかかってこようとするフェルムをいなしつつ、まずは荷物を自室に下ろしていく。
「それじゃ、団長に顔を合わせに行くか」
「やっぱり話すのは魔王軍のこと?」
「うん。というより、もうここにも伝わってたんだな」
混乱を避けるためにあまり情報が出回らないようにしているので、ネアが魔王軍のことについて知っていることに地味に驚いた。
「何日か前にローズから知らされたわ。ここってリングル王国にとって重要な場所なんでしょ?」
ネアの言葉に頷く。
救命団は戦場における騎士、兵士たちの生命線でもある。
「戦場で僕達は、戦っている騎士達を助けるために走らなくちゃならないからね。そのために毎日厳しい訓練を行っているといってもいい」
戦場で傷ついた人の命を繋ぎ、連れてくるのが黒服。
黒服が連れてきた負傷者を癒すのが灰服。
戦場を駆け、その場で負傷者を癒していくのが白服である僕の役割だ。
「……僕も今のうちにできることをしなくちゃいけないな」
「え、何するつもり?」
やや引き気味に聞いてきたネアに答える。
「訓練。ひたすらに訓練だ」
「つまりいつも通りってことね」
呆れたように肩を竦めるように翼を掲げたネアに首を横に振る。
確かにいつも通りの訓練も大事だけれど、今度の戦いは前回とは明らかに違う。
苦戦を強いられ、一時は命の危機にも陥ることになった第二軍団長のコーガが僕に戦いを仕掛けようとしていることも分かっているし。
「いや、ここでしかできない……それも団長がいてこそできる特訓をするべきだ」
「あの怪物より怪物なやつがいる前提の特訓って……」
「かなり苦労するだろうけど、確実に僕にとってプラスになるからね」
ネアの「信じられない」といった視線は分かっているつもりだ。
だけど、戦いの前だからかどうにも不安なのだ。
先輩とカズキと模擬戦をして、自分の力不足を意識したからという理由もあるけど、この次の戦いは一筋縄じゃいかないことを、予感してしまっている。
だからこそ、この不安をかき消すために、いざという時に動けるようにするためには、妥協なんてしている暇なんてない。
「……そういえば、団長に聞きたいことがあったな」
ようやくたどり着いた団長室を前にして、思い出す。
会談に行く前に、ローズが口にしたネロ・アージェンスという魔族の名前。
ローズの右目に傷をつけた者であり、風を統べる者、というどう考えても物騒でしかない肩書を持つ魔族。
あくまで憶測でしかないけれど、僕にはローズと、ネロ・アージェンスはただならぬ因縁があるように思えた。
「会談を終えた今なら、話してくれるのかな……」
「何を?」
「ん、いや、なんでもないよ。さ、入ろうか」
ネアに曖昧な笑みと共にそう返した僕はローズのいるであろう団長室の扉を叩くのであった。
もう少しでローズの過去に触れられそうですね……。