閑話 救命団のナック
今回は少し短めです。
本当は前話の閑話よりも、こちらの方を早く出すべきでした。
ウサトがルクヴィスに行っている期間内での出来事です。
閑話 救命団のナック
ウサトさんが大事な会談のためにルクヴィスに行っている間、ブルリンの世話をすることになった。
本当は、ネアさんとフェルムさんも頼まれたはずなんだけれども、二人はローズさんに訓練を施してもらっていて無理そうなので、俺が率先して行うことになった。
とはいうものの、ブルリンの世話は驚くほど手がかからなかった。
厩舎の掃除もそれほど大変じゃないし、最初は手を齧られないか恐々としながらご飯をあげていたけれど、そんなこともなくちゃんと食べてくれる。
だけど、一つ困ったことがあるとすれば――、
「走ろうよ。ブルリン……」
「ぐる」
運動をしようとしないことだ。
ウサトさんにブルリンに運動させることも頼まれているのだけど、いざ僕が誘うと彼はそっぽを向いて、欠伸をするだけなのである。
ウサトさんがいないからって、楽をしようとしているのだろうか?
……単純に俺が舐められているだけなのかもしれないけど。
「グラァー」
「俺は君をおぶることができないよ。ウサトさんみたいに怪力じゃないし、歩くどころか潰れちゃうよ」
実のところ、ウサトさんがルクヴィスに向かった翌日の朝、ブルリンを起こしに行ったら寝ぼけた彼が、俺の背中に乗ってきたのだ。
すぐに倒れて、下敷きは免れたけれど、突然背中にとてつもなく重く、抗うことさえ不可能なほどの圧がかけられて、割と本気で死を覚悟した。
その日以降、寝ぼけ状態のブルリンには近づかないようにしている。
「はぁ。……ウサトさんが言ってたけど! 君が今動かなかったら、ローズさんに君の訓練を一任するって!」
「グルルァ!」
即座に起き上がり、厩舎の出口にまでのっそのっそと歩いていくブルリン。魔物にすらも恐れられているローズさんという存在のおかしさを再認識しながら、俺もブルリンと走るべく厩舎の外に出る。
しかし、ウサトさんがいつもこの方法を使うとブルリンが殴ってくるから気を付けてって言っていたけど……俺にはそんなことしてこない。されたら一撃で致命傷になるのは間違いないけれども。
もしかして、ウサトさんにしかしてないのだろうか?
「はっ、はっ……」
「グルァー」
先を走るブルリンに少しだけペースを速めて追いつく。
救命団での生活で、走ることにはだいぶ慣れた。まだミルさん達ほどの速さで走るのは許されてはいないけど、今よりもっと大きくなったら走ってみたいとは思う。
呼吸を乱さないようにブルリンと走ると、救命団の訓練場でローズさんに訓練を施されているフェルムさんとネアさんを見つける。
『防御すんなァ!』
『おべぇ!? む、無音で迫ってくる魔力弾をどうやって避けろっていうんだァ――ッ!』
『そこのフクロウもどき! 次は腹だァ!』
『当たる場所を教えてもらっても、避けられなぶへぇ!?』
魔力弾を叩きつけられ地面をゴロゴロと転がりながら、悲鳴を上げている先輩のフェルムさん。
腹部に魔力弾が直撃し、少女らしからぬ悲鳴を上げながら吹っ飛ぶウサトさんの使い魔であるネアさん。
そして、そんな二人に直立したまま淡々と治癒魔法で作り上げた魔力弾を放つローズさん。
しかし、ローズさんの魔力弾を放つ動作が全く見えないのがすごい。
俺には普通に立っているようにしか見えないけれど、ローズさんの右腕が少しブレる度に、魔力弾がフェルムさんとネアさん目掛け飛んでいくのだ。
「……魔力弾を避ける訓練、か」
訓練で悲鳴があがるのはおかしいことではないけども、なんだろうか?
ルクヴィスで覚えのある訓練に体が震える。
『ナック。今、木の物真似なんてしなくてもいいんだよ? 人間なんだからちゃんと動けるでしょ?』
『お、これに対応できるようになったか。うん! じゃあ、もっと速く投げるよ!』
『この程度でミーナに勝てると思っているのかな?』
『防御するんじゃねぇぞ! このウスノロォ!』
記憶の中で、笑顔のまま罵倒してくるウサトさんとか、鬼の形相で魔力弾を叩きつけてくるウサトさんのことを思い出して、肩が震える。
正直あの時のことは、訓練に付いていくのに必死過ぎてうろ覚えだけれど、延々と物理的な威力の伴った治癒魔法の魔力弾が飛んでくるのはトラウマになっている。
「あ、あれ、おかしいな。体が震える……」
「グル……」
どこか気の毒そうな目で俺を見ているブルリン。
そんな彼の頭を撫でつけながら、落ち着きを取り戻した俺は再び訓練場へと目を向ける。
『う、ウサトォ! 帰ったら絶対、絶ェェッ対に仕返ししてやるぅぅ!』
『無駄口叩く暇があったら体を動かせ』
『ホヘェー!?』
この場にはいないウサトさんへの怨嗟の声を叫びながら、地面を転がるネアさん。
地面には完全に目を回しているフェルムさんもいるので、光景としては死屍累々に近いといえるだろう。
地面に倒れ伏した二人を見て、休憩を言い渡したローズさんは訓練場の入り口付近にいる俺に気付いた。
「ナック。今から走り込みか」
「あ、はい」
特に悪いことはしていないので正直に答える。
基本的に、しっかりとやるべきことをやっていれば怒られないのは学習した。
それでも怖いけども。
「訓練に勤しむのは良いが。あまり急ぎすぎるんじゃねぇぞ。お前は身体的に成長する余地があるからな。今、無理をすれば成長が阻害され、伸びしろがなくなる」
「……はい」
分かっているつもりだ。
しかし、やっぱりウサトさんへの憧れの感情で、気持ちが急いてしまう。
俺の表情を見て察したのか、呆れたようなため息をついたローズさんは、続けて言葉を発する。
「急ぐ必要はねぇんだよ。あいつに追いつこうとしているのは分かるが、態々同じようにいかなくてもいいんだよ。あいつにはあいつの道があって、お前にはお前の道があるんだからな」
「俺の、道……」
そう呟いてみると、少しだけ視野が広まったような気がした。
別にウサトさんの真似をするつもりはなかったけれど、自分がいずれどうなりたいのか、どうしたいのかは朧気にしか考えていなかった。
「ま、よく考えるんだな」
そう言い放ち、宿舎の方へと歩いていくローズさん。
俺はこちらに背を向けているローズさんに頭を下げて、訓練場へと足を踏み入れる。
訓練場で走ろうとすると、そこで倒れたまま何かを呟いているネアさんとフェルムさんが視界に入りこむ。
「辛い。休みたい。眠りたい。気絶したい。でもそれが許されないのがこの地獄……」
「避けるってなんだろう? もう、その意味すらボクには分からない」
「分かります」
なんだか壮絶な独り言を呟いている二人に思わず頷いてしまう。
何度も何度もぶっ飛ばされていくうちに、今まで理解していた常識とかが崩壊していく。
「それも皆、あの脳筋治癒魔法使いのせいよぉ……! 私も連れて行って欲しかったのに、置いて行って……!」
「あの化物、また一人だけ地獄から脱出しやがって……! 覚えてろよぉ……!」
すごい、独り言なのに呟いている内容は同じだ。
その矛先が、ウサトさんに向いているが、その怒りの大部分がただの逆恨みである。
地面に倒れながら、怨嗟の声を漏らしている二人を見た俺は、隣で呑気そうに欠伸をしているブルリンと顔を合わせ、頷く。
「思ったんですけど、フェルムさんとネアさんって、結構仲良しですよね」
「グルァ」
「「仲良くなんてない!」」
必死に否定するところも同じな二人を見て、俺は思わず笑ってしまうのだった。
尚、その後、怒りの形相で追いかけてくるフェルムさんとネアさんに追いかけられた末に、ローズさんにげんこつと説教を食らわされるのだった。
ブルリンは、基本的にウサトに対しては遠慮がありませんね。
信頼が故、というのもありますが「こいつならこれくらいしても問題ないだろ」と分かっているので。
とりあえずネアの訓練の場面を出したかったので、このような形となりました。
次に第七章、登場人物紹介も更新いたします。