第百六十四話
とうとうTwitterを始めてしまいました。
ちょっとだけ早めの更新。
第百六十四話です。
アマコをキリハ達に預けた後、カズキの待っている宿へ帰る為、僕と先輩は周囲の学生たちから視線を集めながら街中を歩いていた。
まだ太陽も出ていて明るいし、今度はカズキと一緒に街中を散策してもいいかなぁ、などと考えながらホテルに入ろうとすると、宿のある大通りに見覚えのある紋章の刻まれた馬車を見つけた。
「……ん?」
「どうしたの、ウサト君?」
足を止めた僕を不思議に思ったのか、先輩も視線の先にある馬車を見やる。
「あの馬車がどうかしたの?」
「あれ、サマリアールの紋章が刻まれています」
「サマリアールって、ウサト君が向かった王国のこと?」
「はい」
サマリアールへ訪れた時に何度か目にした紋章。
それが刻まれた馬車がこちらへ近づいてくるのを見て、先輩が首を傾げた。
「でも、いやに護衛の数が多いね。私達の三……いや、五倍くらいの人数がいるよ」
「そうですね。もしかして、大臣だとか高い身分の人が中にいるのかもしれませ———ッ!」
少しだけあり得ない想像をしてしまったが、それはないだろう。
僕の様子に気付いた先輩が、心配そうに肩に手を置いてきた。
「様子がおかしいよ。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと怖い想像をしてしまっただけですから」
「そ、そう?」
とりあえずは誤魔化したが、もう目前にまで迫ってくるサマリアールの馬車が気が気じゃない。
「でもこんなに護衛がつくってことは、相当偉い人が来てるってことだよね。あ、もしかしてウサト君が助けたっていうお姫様と王様が乗っているかもしれないね」
「ははは。そんなことあるわけないじゃないですか」
「ふふっ、そうだよね。……ところでウサト君、君はどうして過去類を見ないほどに動揺しているのかな?」
やりかねない……! あの型破りを擬人化した親子ならやりかねない……!
目の前を横切っていく馬車を見ながら、そう祈っていると馬車を護衛している騎士達の姿に目を引かれた。
「空色の、騎士?」
綺麗な空色の鎧を纏った騎士達。
しかも、馬車の周辺を守る者達全員が女性騎士であり、何と二十人ほどいる。
サマリアールでは見ることのなかった一団に興味を持っていると、馬車の扉の窓からこちらを覗き込む誰かの影が見えた。
すると、突然馬車が停止した。
この時点で僕の悪寒は加速していく。
『整列!』
リーダーらしき騎士の凛々しい声が響くと、空色の騎士達は馬車を場所を囲むように整列する。
馬の手綱を引いていた者が慎重に、ゆっくりと馬車の扉を開けると、その先にいたのは見覚えのありすぎる人物であった。
「やあ、ウサト。元気だったかね。僕だ!」
シュピーン、と擬音がつきそうな感じでサムズアップをしてきたのはサマリアール王国を治める王、ルーカス・ウルド・サマリアール様その人であった。
まさかの登場に失神しかけながらも僕は精一杯の声を投げかける。
「な、なんでここにいるんですか! ルーカス様! 貴方はサマリアールの王様でしょう!?」
「え、王様!? どういうことウサト君!?」
自分でも分かるくらいに頬が引き攣る。
隣にいる先輩も、予想外過ぎる人物の登場に絶句している。
当のルーカス様はしてやったりの表情だ。
「フ、おかしなことを聞く。フェグニスの代わりが間に合わなかったので、この僕自らがここに来ただけのことだ。それにだ。この件に関しては僕自ら出向いたほうが色々と話を進めやすいと思ってね」
な、なんだ。この筋の通っていそうで、別の思惑を感じさせるような言い方は。
しかもフェグニスさんの件は僕にも責任があるので、下手に口出しすることができん……!
「おっと、そちらの美女は、件の勇者とお見受けする。お初にお目にかかる。僕はルーカス、ルーカス・ウルド・サマリアール。サマリアール王国の王様さ」
「こ、こちらこそ。勇者のイヌカミ・スズネと申します」
「ハッハッハッ、緊張しなくてもいいよ。ウサトの友人とあっては、僕の友人みたいなものだしね」
ロイド様とは大分方向性の違う性格に、流石の先輩も困惑している。
ルーカス様の言葉に曖昧に頷いた彼女は、すぐにこちらを振り向いて声を潜めて話しかけてきた。
「ウサト君、すっごいフレンドリーですっごいダンディな人なんだけど!? 私が慄くって相当だよ!?」
「自覚はあったんですね……。ですが安心してください。このお方は、これがデフォルトなんです」
そう、声を潜めて会話していると、こちらを見守っていたルーカス様の視線が僕達から馬車の中へと移る。
ルーカス様一人では大きすぎる馬車だけど、それは王様だからって理由で勝手に納得していたが、彼の他に誰かいるのだろうか?
「ん? ああ、ごめんごめん。待ちきれないか、そうか、それじゃあ遠慮なく会ってきなさい」
「はい! お父様!」
……お父様!?
よく通る澄んだ声が聞こえた次の瞬間、馬車から一人の少女が飛び出してきた。
勢い余ったのか、馬車の縁に足を引っかけてバランスを崩した。
「——ぁ」
反射的に僕の体は動いていた。
地面へ叩きつけられる前に、彼女の前に移動し、できるだけ衝撃の少ないように受け止めた。
三歩ほど衝撃を逃がしながら後ろに下がると、僕の両隣りには既に彼女を助けるべく動いている空色の騎士達が、呆気にとられたように僕を見ていた。
『……尊い』
「んん?」
『ゴホンッ!』
なんだ、今確実に護衛の騎士の中から不穏な声が聞こえてきたぞ。
いや、そんなことより、とっさに受け止めた僕は青色の髪の少女、エヴァに怪我がないかを確認すると、彼女は目前で驚いたような表情を浮かべていた
「怪我はない?」
「あ、ありがとうございます!」
倒れかけたエヴァを立たせる。
よかった、怪我はないみたいだな。
「なにこの展開……!? 私と一緒にいるときはそんなイベント一度も発動しなかったよ!?」
あの先輩はちょっとスルーしておこう。
状況を飲み込めてない先輩からエヴァへと視線を戻すと、彼女は僕の右手を両手で包み込むように握り、花のような笑顔を浮かべた。
「お久しぶりですっ。ウサトさん!」
「うん。久しぶりだね、エヴァ」
「会えて本当に嬉しいです! ……あっ」
何かに気付いたのか、一瞬呆気にとられたエヴァだが、その次の瞬間には頬を染めて照れるようにはにかんだ。
「えへへ、今度は名前を間違えませんでした」
「……!」
なんだろう、この胸に訴えかけるような感覚は。
な、なにか救命団で僕が失ってしまったものを取り戻せそうな気がする。
まさかこれが、ココロ……?
「う、ウサト君、彼女はいったい?」
「はっ。しょ、紹介します。この子は——」
「あ、大丈夫です。私、ちゃんと自己紹介の練習してきましたから!」
先輩の声で現実へ引き戻された僕に、自信満々にそう意気込んだエヴァ。
ちょっとだけ嫌な予感を抱きながらも、先輩の前にエヴァを進ませると、彼女はやや緊張した面持ちでたどたどしく自己紹介を始めた。
「はじめまして! 私、エヴァと申します! 貴女様は勇者の ス、スリュメさん!」
「……」
あれ、なんだかどこかで見たことあるような。
だけど僕の時とは違うのは、彼女は名前を間違えたわけじゃなくて、噛んでしまったことだ。
まるで噛み応えのあるような名前で呼ばれてしまった先輩は、衝撃のあまり半笑いのままフリーズしていた。
「あ、私、噛んで! その……スズネさん……ごめんなさい……」
あたふたと慌てるエヴァに、再起動した先輩は目をグルグルとさせながらも口を開いた。
「キニシテナイヨ! ヨロシクネ!」
カタコトでそう返した先輩に、不安そうにしていたエヴァに笑顔が戻る。
もう滅茶苦茶だよ、と先輩の隣で額を押さえていると、エヴァの後ろにいる空色の騎士達が何かを話している声が聞こえる。
耳を澄ませてみると——、
『姫様、そこです! もっと抉るように!』
『まずは牽制! 牽制ですよ!』
『これはまさか、噂に名高い三角関係……!』
『流石は学生の集う都市、私が忘れてしまった青春の帰る場所……』
即座に騎士達の声をシャットアウトした僕に隙なんてなかった。
空色の騎士達から聞こえるくぐもった声は聞こえない。残念さを感じさせる声なんて聞こえないったら聞こえない。
●
まさかの親子同伴でやってきたサマリアールの一団。
ルーカス様に宿の近くにある大図書館近くまで送ろうと提案された僕達は、なし崩し的にサマリアールの馬車に乗ることになってしまった。
僕の隣に犬上先輩が座り、対面にはエヴァとルーカス様。
面接をされているような気分になりながらも、馬車はゆっくりと進んでいく。
「いやはや、まさか二度も娘を救ってくれるとは思わなかったよ」
「ハハハ、そんな大袈裟な」
「うん。これは何かしらの礼をしなければならないな」
「いえいえ、ただ受け止めただけですからお礼なんて……」
「遠慮するな、是非受け取ってほしい」
「お断りします」
「是非受け取るがいい」
「どうして貴方様は僕に恩を売りたがるのですか?」
「どうして君は頑なに受け取らないのかな?」
ルーカス様と僕の視線が交錯する。
絶対に何か思惑があるに違いない。具体的には今、目の前で不思議そうに首を傾げているエヴァ関連で、何かしら仕掛けてくる可能性が大だ。
「フフフ、仲良しですね。お父様とウサトさんは。ねっ、スズネさん」
「え!? そ、そうだね……」
いつも初対面の相手にすら勢いのある先輩が押されている今、僕がルーカス様に話を伺うしかない。
とりあえずお礼の件を後回しにして、ルーカス様とエヴァがこの会談へやってきた経緯を尋ねてみる。
「ルーカス様、なぜこの会談へ? 代役を用意できなかったのも理由の一つでしょうけれど、サマリアールの王が来る理由としては不十分だと思うのですが」
「うん。確かに君の言う通りだ。僕がここへ赴いた理由は二つほどあるんだ」
二つ……?
疑問に思う僕に、ルーカス様は人差し指を立ててその理由を話しだした。
「まず一つ目の理由としては、会談に集まるメンツにある」
「四王国の代表のことですか?」
「ああ。リングル、カームへリオ、ニルヴァルナ、そしてサマリアール。これらの四国にはさして問題となる点は……なくもないとはいえないが、それは心配はいらない。だがそれらが会談で同じ場所で話し合うとなれば、かならず意識の違いが出てしまうんだ」
「意識の違い、ですか」
「真面目に魔王軍との戦いに備えようとするリングル王国。勇者に力を貸すために戦いに臨もうとするカームへリオ王国。そして、純粋な闘争心のみで魔王軍との戦いに臨もうとするニルヴァルナ王国。皆、魔王軍と相対しようとする意志は同じだが、必ずどこかで異なってくる」
リングル王国は自国と周辺地域を守るために。
カームへリオ王国は信仰する勇者のために。
ニルヴァルナ王国は純粋に魔王軍と戦うために。
なんというべきか、確かに目的は同じだけれどどこかで食い違っている。
「それらをうまく誘導するには、話を円滑に進めるように促す役割が必要なんだ」
「それが、ルーカス様だと?」
「その通り。恐らく、ロイドは魔王軍との戦いの為の作業に明け暮れているはずだ。そんな中で、見て分かるほどのイロモノたちが集う会談の運営なんてできるはずがない。ある程度の立場、発言力、そして信頼のある者でなければならない」
会談のこと、しっかり考えてくれていたんだな……。
でもルーカス様がここに来ると決意させるくらいにイロモノって、実は相当大変なんじゃないのか? いや、カームへリオ王国の姉弟は確かに我の強い人たちだったけども。
「ありがとうございます。ルーカス様」
「僕としては君への恩があるからね。これくらいはしておかなくちゃね」
「……はい。それで残り一つの理由はなんですか?」
一つ目がこれだとすると、残りも中々に重大な理由なのかな?
そう思い身構えていると、肩の力を抜いたルーカス様が快活な笑みを浮かべた。
「残りの理由はエヴァの社会勉強だな!」
ガクリ、と体の力が抜ける。
いやまさかそんな理由で、とは思ったけれど今の今まで外の世界を知ることのなかったエヴァにとっては、またとない機会なのは分かる。
「君の心配も分かる。だが心配はいらない。護衛には選りすぐりの騎士達で構成した者達がいるからな。彼女たちがいればエヴァも安全だろう」
「それって、外にいる空色の騎士達のことですか?」
「ああ。フェグニスの後釜として編成させた隊でな。各々の実力は勿論として、集団戦では無類の強さを発揮する者達だ」
先ほどの外での呟きは僕の空耳だったのかもしれないな。空色だけに。
確かに僕がエヴァを受け止めるときも、瞬時に反応し動いていた。あの速度からして僕が助けにいかなくてもエヴァは騎士達に助けられていただろう。
「皆さん、とても面白い方たちなんです。私の知らなかったことをたくさん教えてくれますし」
「へぇ、例えばどんなことを教えてくれるんだい?」
興味を引かれたのか、先輩がそう質問すると、エヴァは馬車の天井を見上げ人差し指を立てた。
「そうですね。おっきな魚を逃がさない方法とか、狩りの基本だとか、お料理の作り方とかですね」
「本当に色々なことを教えてくれるんだね」
「はい。皆さん、とても優しくて」
しかし、大きな魚と狩りかぁ。
なんだかお姫様が学ぶには物騒な気もしなくもないけれど、エヴァにとっては何もかもが新しいことだから嬉しいんだろうな。
「無自覚花嫁修業……だと?」
「ど、どうしました?」
「いや、なんでもない。ちょっとサマリアールの英才教育に戦慄していただけ……」
何やら戦慄している先輩に戸惑いつつも、外の景色を見やる。
あれ? この道は僕達が泊っている宿の近くだな。
「ルーカス様。僕達の宿はここらへんなので、ここで下ろしてもらっても構わないでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
ルーカス様の指示で馬車が止まり、扉が開けられる。
先輩と共に馬車から降りて、ルーカス様とエヴァに向き直る。
「ここまで送ってくださりありがとうございました。エヴァも時間が取れたらまた話そう」
「また会おうね。エヴァ」
「はい!」
嬉し気に頷いたエヴァに手を振って別れた僕は、先輩と共に宿へと続く道を歩き始める。
その最中、先輩が前触れもなく握りこぶしを固め、こちらに顔を向けてきた。
「ウサト君!」
「え、どうしたんですか。そんな大きな声で……」
「ウサト君、私はこの世界で最大の好敵手を見つけてしまったようだ……!」
「は、はあ……? えーっと、頑張ってください?」
「ああ、頑張るよ! 私は!」
なぜかやる気に満ち溢れている先輩を不思議に思いながら、前に向き直る。
確認できる限り、サマリアール、カームへリオからやってくる代表の方々に会うことができた。
後は、カズキの言っていたニルヴァルナ王国。
……聞く限り、武闘派っぽい人たちらしいから、僕も絡まれない(?)ように気を付けたほうがいいかもしれないな。
コメディの神に愛されている先輩と、ラブコメの神に愛されているエヴァでした。
※前書き通り、昨日からTwitterとやらを始めました。
この二年間、まんじゅう怖いばりに敬遠していましたが、やってみると意外と簡単で肩透かしを食らいました。
Twitterでは次話の更新予告などを上げていきたいと考えております。
アカウント名は「くろかた@治癒魔法」
TwitterのURLはマイページの自己紹介欄に記載しておきました。