第百四十五話
お待たせしました。
第百四十五話です。
後書きにて、新連載についてのご報告させていただきます。
船での生活も慣れると、色々な楽しみ方が見えてくる。
移り行く景色や流れる河をボーっと眺めたりして、これまでと違った平穏な旅ができる。
船に乗ってから三日目の昼。僕達は、あと半日ほどでリングル王国に到着するというところまで来ていた。
僕がこれまでの旅のことを思い出しながら、船の縁に体を預けていると、人の姿になっているネアが隣にきた。
「暇そうねー」
「そうだなー」
船の仕事は船員さん達がやってくれているので、僕達は基本的に船の上ではやることがない。
あ、そういえば、料理関係はいつのまにかアルクさんが率先して行うようになっていたな。
ブルリンは惰眠を貪り、アマコはカノコさんとリンカに送る手紙を書いていて、レオナさんは勇者の武器の代わりに持ってきた槍の手入れをしている。
なので、今のところ本当にやることがないのは僕とネアだけであった。
「ネア、前から気になっていることがあったんだけど」
「ん? なによ」
「君って吸血鬼だよね?」
「はぁ? 何よ、今更」
この際、ちょっとばかし気になったことをネアに聞いてみようか。
なんだかんだで聞いてなかったし。
「いや、この世界の吸血鬼って、血を飲んだりして同族を増やせるの?」
「……この世界ってことはウサトの世界でもそうなの?」
「僕たちの世界では吸血鬼は幻想上の生き物だけど、そういう話はたくさんあるよ」
僕の世界では、いるかどうかは分からない存在だけど、血を吸って仲間を増やすというのは吸血鬼としてありふれた設定だ。
僕の言葉にネアは、顔を背けながら口を開いた。
「できなくはないわよ」
「え、そうなの!?」
思わず、三歩ほどネアから距離を取る。
「なんで距離を取るのよ!」
「だって、あれだろ? 人間の血を全部吸い取ってグールに変えたりするんだろ?」
「そんな恐ろしいことしないわよ! 貴方の世界の吸血鬼はどんだけ猟奇的なのよ!?」
どうやら僕のイメージとは違っていたようだ。
一端、呼吸を落ち着けたネアは若干、躊躇するような素振りを見せつつ僕から視線を逸らす。
「私たちが同族を増やす方法は、血を吸うことじゃない。むしろその逆、血を送り込むのよ」
「送り込むって? 吸血鬼の血を?」
「ええ。勿論、ただの血じゃ駄目よ。なにせ、人間を魔物に作り変える禁忌を侵すのだもの。分かりやすく言うと、高純度の魔力を含んだ特別な血ね。それで人間の体を私たちの体に再構成する」
「……それって、簡単にできるものなのか?」
「ふふっ、無理に決まってるじゃない」
僕の言葉にネアがおかしそうに笑った。
「体を作り変えるほどの負荷に、普通の人間が耐えられるはずがないわよ。運よく体が耐えられたとしても、精神が壊されて、ちょっと強いゾンビみたいになっちゃうだけ」
「……それは、なんとも……えげつないな」
「ま、私は知識として知ってはいるけど、試したことなんて一度もないわ」
ちょっと強いゾンビとか、僕だったら絶対になりたくないなぁ。
でも人間を魔物に作り変えるってのは、何気にやばいことじゃないか? 内心で、吸血鬼という魔物の異常性を認識し直していると、ネアが悪戯っ子のような笑みをこちらへ向けた。
「貴方みたいに肉体も精神もバカみたいに頑丈な人ならできるんじゃないの? どう、試してみる? 肉体の上限も上がるし、寿命も人間とは比べ物にならないくらいに伸びるわよ?」
そう言って鋭利な牙を覗かせるネア。
そんなネアにため息をついた僕は、彼女の額を軽く小突いた。
「あいたっ」
「冗談はよしてくれ。僕はまだ人間でいたいんだ」
「う~、じょ、冗談に決まってるじゃない! てか、今の時点で貴方は十分に人間じゃない! いつまで自分のことを人間だと錯覚しているのよ、この脳筋!」
そ、そこまで言うか、こいつ。
錯覚云々以前に僕は歴とした人間だからね? 人間離れしている自覚はあれど、人間をやめたことは一度もないからね?
「大体貴方はねぇ……うん?」
ぷんすかと怒りながら、涙目で僕を睨みつけていたネアだったが、ふと何かに気づいたように河の方へ視線を向けた。
「どうした?」
「今なにか、下で動いた気が……」
魚かなにかいるのだろうか?
僕も疑問に思い、ネアと同様に身を乗り出して河を覗こうとしたその瞬間——、大きな水しぶきと共に人間大の何かが僕達目掛けて飛びだしてきた。
「ゲゲゲェ――!」
「「え?」」
毒々しい色をしたソレは、僕達の目前にまで飛び上がって、目が合ってしまった。
丸々と太った体躯に、粘性のありそうな皮膚、長く伸びた舌。その姿は、元の世界にいるカエルと似ていた。
しかし、僕の知るカエルよりも何倍も大きいそれを視界に映した瞬間、ほぼ反射的に籠手を纏わせた拳をその腹部に叩き込んだ。
「ぬん!!」
「ッグゲップ!?」
白目を剥いて水中へ帰っていく巨大カエル。
恐らく魔物だろうけど……まあ、いきなり出てきて驚いたけど、それだけだな。
幽霊とローズに比べれば、怖いとすら感じないぜ。
「うへぇ、なんか籠手がべとべとしているんですけど……」
「へ、平然と殴り飛ばしたわね……。時々、そういう揺らがないところが頼りになるわー」
「立てるか? ネア」
「え、ああ、うん」
籠手についた粘液を払いながら、驚きのあまり腰を抜かしているネアを立ち上がらせる。すると、僕達のいる場所とは違うところから、先ほどと同じ巨大ガエルが何匹も船の上へ乗り込んできた。
「「「ゲゲゲ——!」」」
「……うわぁ」
一瞬にして船の上が大変なことになってしまった。
巨大ガエルが船の上をぴょんぴょんと跳ねている光景に、僕とネアは頬を引き攣らせる。
騒ぎを聞いて、船の中から船員さん達と、レオナさん、アルクさん、アマコが出てくる。
「アクアフロッグの群れ!? なんだ、この数は……! ウサト、大丈夫か!?」
「こっちは大丈夫です。アマコと……船長さんたちは隠れていてください!」
「ゲェロォ!」
「チィッ!」
僕に気づいたのか、大きな跳躍と共に体当たりを仕掛けてくる二匹の巨大ガエル、アクアフロッグ。
籠手がヌルヌルになるのは嫌なので、右溜めに構えた拳で狙いを定め、治癒飛拳を二撃放つ。空気の弾ける音と共に放たれた治癒魔法の弾丸は、アクアフロッグを河へ叩き落とした。
「よし、とりあえず全部河に叩き落とすか」
「本当に今更だけど、貴方って本当に治癒魔法使い?」
「僕のは治癒魔法使いの新しい形みたいなものだから……」
自分でも苦しいと思える言い訳を口にしながら、フクロウになったネアが肩に飛んできたのを確認した僕は、アクアフロッグを治癒魔法弾で牽制しつつ、アルクさん達の元へ移動する。
「レオナ、アルク。なにか感想はあるかしら?」
「……なんだか、ウサトは新たな魔法を開拓しているんじゃないかと思えてきたよ」
「改めて見ると凄いですね。……えぇ、本当に」
ネアの言葉に、アルクさんは普通に褒めてくれている一方で、どこか遠い目でそう答えたレオナさん。しかし、すぐに表情を変えた彼女は勇者の武器とは違う槍の矛先をアクアフロッグへと向けた。
「船が通らなかったせいで、ここがアクアフロッグの縄張りになっていたようだな……まさか、この船に上ってくるとは思わなかったが……」
「こいつらはどういう魔物なんですか?」
「単体の戦闘力は、それほど高くはない。鋭利な爪と、背から分泌する毒と、舌に捕まらないように気を付ければいい。問題はこの数だが——」
見る限り、船の上には十数匹のアクアフロッグがぴょんぴょんと跳ねて、荒らしまわっている。
普通なら色々な意味で怖気づいてしまうような光景だが、今の僕達には関係ない。
「——君たちと一緒なら、問題はないだろう」
「ええ」
レオナさんがその手に氷の魔力を生成し、アルクさんは新調した剣を赤色に輝かせる。
僕だけが、魔法を使わずに拳だけを構える。
こんな時に考えるのもあれだし、今更だけど……僕って魔法使いっぽい戦いって一度もやったことないよな。
●
アクアフロッグと戦ってみてまず分かったのは素手でこいつに触るのは危険だということであった。
見た目からして、ヌルヌルしてて触りたくないのだけど、それを抜きにしても体表を覆う毒が危険だからだ。
治癒魔法のある僕なら、毒はすぐに癒せるのだけど、無駄に魔力を消費する必要もないので無難にアクアフロッグを撃退することにした。
「ゲゲェ!」
「遅い」
「ゲォ!?」
槍のように突き出される舌を籠手で掴み取り、ネアに拘束の呪術をかけさせた後に船の外に放り投げる。
嘘だろおい!? と言わんばかりの顔で水の中に落ちていくアクアフロッグに少しだけ同情しながらも、背後から飛び掛かってきた個体へ振り向く。
「既に気づいているわぁ! 治癒魔法破裂掌!」
「ゲェ!?」
「うわぁ……」
破裂掌により、船外にまで吹っ飛ばされるアクアフロッグ。
背後からぺたぺたぺたぺたと音を立てて近づいてくれば誰でも分かるわ。
「やっぱり、もう普通の魔物じゃ相手にならないわね。今まで戦ってきた相手が相手だったし、しょうがないのは分かってるけど……貴方って本当に人間やめてるわね」
「ちょうど口を開けてるカエルがいるから放り込んであげようか?」
「あ、ご、ごめんなさいぃ! あ、謝るから鷲掴みにして引っ張らないでぇ!」
がっちりと外套に爪を立てて抗うネアにため息を吐きながら、右の籠手から指鉄砲の要領で治癒指弾を口を大きく開けているアクアフロッグに打ち込む。
籠手を用いた治癒指弾は、治癒飛拳と同じ原理で指から放たれる。
威力も格段に落ち、射程距離も三メートルもないが、その代わり治癒魔法弾よりも格段に速い。それを口腔に打ち込まれたアクアフロッグは混乱するように悶えた後、バランスを崩して河へ落ちていった。
「さてと、これで粗方片付いたか。アルクさんとレオナさんは大丈夫かな?」
周辺にいるアクアフロッグを全て船から落とした僕は、別の場所で対処しているであろう二人の姿を見る。
アルクさんは、手慣れた様子で炎剣でアクアフロッグを退けており、彼の周囲には炎による焦げ跡も、アクアフロッグの死体すらなかった。
「流石はアルクさんだ。これなら加勢の必要はないな。レオナさんは……」
レオナさんの方もほとんどのアクアフロッグが倒されていた。
氷の魔法と、カロンさんとの戦いでは見せなかった槍を用いた戦いで、アクアフロッグを翻弄し、流れるように船から叩き落していた。
床を凍らせたり、遠隔で魔力弾を操ったりと、相変わらずの多彩な技は何度見ても感嘆させられる。
「ウサト殿、船に上ってきた魔物は全て片付きました」
「そのようですね。いやぁ、強い魔物じゃなくてよかったですよ。折角の帰りにまで強力な魔物と遭遇するのは勘弁してほしいですからね」
いや、本当に勘弁してほしい。
リングル王国を目前にして普通に帰れないとか絶望的な心境になってしまう。
アクアフロッグを全て退けたあと、剣を収めたアルクさんと会話を交わしていると、レオナさんが未だに槍を握りしめたまま、険しい表情を浮かべていることに気づいた。
「レオナ殿、まだなにか潜んでいるのですか?」
「いや、まだ分からない」
アルクさんの言葉にレオナさんが曖昧に答える。
「……アクアフロッグは群れで行動する魔物なんだ。その群れの中にはアクアフロッグのボス、マザーフロッグがいるはずなんだが……未だに姿を現していないことに疑問を抱いてしまってな」
なるほど、だからまだ警戒を続けていたというわけか。
しかし、マザーフロッグって、アクアフロッグの親だからマザーか?
「考えられる可能性は二つ。一つは、既にマザーフロッグが息絶えているか。もう一つは……私たちに子供であるアクアフロッグをぶつけて疲弊したところを狙って襲い掛かろうとしているかだ」
「……因みに、そのマザーフロッグって普通のアクアフロッグとどう違うんですか?」
「それは——」
レオナさんが続けて言葉を紡ごうとしたその瞬間、船の前方の水面が勢いよく爆発し、軽自動車ほどの巨大な物体が高く飛び上がった。
アクアフロッグとは比べ物にならないほどの大きさの紫色のカエル。
どこか遠い目をしたレオナさんは、紫色のカエルを指さした。
「うん、まあ……あれくらい大きさが違うな」
「いやいやいや! あんなのが船に落ちてきたら沈没するわよ!?」
ネアの言う通り、あれの重さに船が耐えられるとは思えない。というより、どんだけ高く跳んでんだよ!?
船に乗り込むというより、破壊しにきてんだろ! これ!
「ウサト、アルク殿! 最大火力で撃退するぞ!」
「了解しました!」
「最大火力って、僕治癒魔法使いなんですけど」
氷の魔力を籠めた槍を投擲する構えをとったレオナさんと、一層に輝きを増した炎剣を構えるアルクさん。
もう迷ってはいられない。
「ええい、使うしかないか!」
籠手に最大限の魔力を籠め、治癒連撃拳の体勢に移る。
正直、オーバーキルな気もしなくもないけど、船に落下したら僕たちは終わりだ。
こちら目掛けて落下してきているマザーフロッグを見据えたまま、跳躍しようとする。
「———、待て! 横からなにか飛んでくる!」
「っ!?」
レオナさんの声で踏みとどまった瞬間、僕達とは別の方向から、眩いほどの電撃を放つ三日月状の魔力刃がマザーフロッグへ直撃した。
三日月状の魔力刃はマザーフロッグの巨体を吹き飛ばすと同時に、電撃で焼け焦がした。
「なっ!?」
「この電撃は……まさか」
マザーフロッグは、船の少し離れた場所に落下し、大きな水しぶきをあげる。
巻き上げられた水が雨のように船に降り注ぐが、僕はそれを無視して魔力刃が飛んできた方向を見据えた。
視線の先には、雷を迸らせた剣を振り切った黒髪の少女の姿が映り込んだ。
彼女は、僕の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべこちらへ手を振ってきた。
「犬上先輩!!」
再会を誓った親友の一人、犬上先輩。
リングル王国へ到着するより先に彼女と再会するなんて予想外だったけれど、僕にとって喜ばしいことに変わりなかった。
作中、約三か月ぶりの再会。
尚、現実世界では、一年と九か月ぶり……、改めて思うとこんなに主人公と会わなかったヒロインって……。
本日、11月1日正午より、「小説家になろう」公式WEB小説雑誌『N-Star』が創刊されました。
突然のご報告ですが、そこで私も新連載をやらせていただくことになりました。
作品名は『天候魔法の正しい使い方~雨男は野菜を作りたい~』
毎日更新の、異世界スローライフ(?)ものです。
読み方については、普通に作品名を検索していただければ読むことができます。
詳細については活動報告を書きましたので、興味のある方はそちらでご確認をお願いします。