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第百四十六話

お待たせしました。

第百四十六話です。

 私がその光景を見たのは、偶然だった。

 河を進む大きな船。

 その船上で魔物と戦う武器を持った人たちと、彼らを押し潰さんばかりに飛び上がった巨大なカエル。

 助けなければならないと思った私は、一人河岸まで駆け、雷撃を纏わせた魔力刃を放ち、巨大ガエルを撃退させた。

 しかし、事態はそれで終わらなかった。

 安堵するのも束の間、船の上からこちらを見た彼と目が合った。

 二ヵ月前に再会を誓った彼、ウサト君と、思いもよらない再会に心の整理がつかない私は引き攣った笑みを浮かべ、手を振ることしかできなかった。



 その後、ウサト君が乗っている船は、私とクルミア達のいる河岸の近くに錨を下ろした。

 再会の喜びと、ウサト君がどんな反応をしてくるかという恐怖と若干の期待感に苛まれながら、今か今かと彼らの上陸を待っていると、船からウサト君を先頭に、アルクさんにアマコ、そして見知らぬ金髪の女性が降りてきた。

 ……あの女性は誰だ? しかも、身長も高くてかなりの美人さんなんだが?

 立ち振る舞いからして、かなりの実力者なのは分かるが一体——、


「スズネさん、いつまで固まっているんですか?」

「はっ!?」


 クルミアの声に我に返ると、ウサト君は既に目の前にまで近づいてきていた。

 その肩には黒くて小さいフクロウがいる。

 ……か、かわいいなぁ。っ、いけないいけない、今魅入られかけた。まずはウサト君にちゃんと謝るのが先だ。


「ウサト君! ひ、久しぶり!」

「ええ、お久しぶりです。また先輩と再会できて嬉しいです」


 にっこりと笑みを浮かべるウサト君を見て、私は思わず後ずさる。

 笑っているのに笑ってない笑顔ってこういう顔を言うんだろう。抑揚のない言葉がより恐怖を引き立たせる。


「あ、あのー、ウサト君?」

「なんでしょうか?」

「もしかして……怒ってる?」


 私が他国の王子の求婚をウサト君の名前を出す形で断ってしまったせいで、かなりの話題になってしまったこと。


「いえ、別に怒っていませんよ」

「そうだよね、やっぱり怒ってるよねって……え?」


 呆気にとられた私を見て、ウサト君はようやく表情を崩して微笑んだ。


「事情は僕としても分かっていますから。そりゃあ、衆目のど真ん中で告白なんてされたら、冷静に対応できるわけないですよね。断るにしても、相手を納得させる理由が必要でしょうから、しょうがないのは分かっています」

「う、ウサト君……」

「それに先輩本人も大分反省しているようですし、わざと広めたわけじゃないのは明らかですから」


 思わず口元に手を当ててしまう。

 簡単に許してくれるわけがないと思っていた。

 もしかしたら、ウサト君が私に対しての仕返しを考えているんじゃないかと思っていた。

 でも今は、そんなことを想像していた自分を恥じていた。


「よかったじゃないですか。ちゃんと分かっていてもらえて」


 後ろからそう囁いたクルミアに頷く。


「それに先輩のことですからその場の勢いとか、テンションが上がって歯止めが利かなくなって後戻りできなくなっちゃった感じだと思うので」

「うぐぅ!?」

「わぁ、凄い。ウサト様、スズネさんのことをよく理解していらっしゃる」


 不意打ちにうろたえた私だが、隣にいるクルミアは感心したようにパチパチと拍手をした。

 こ、この護衛ぃ! 状況を楽しんでいるなぁ!?


「あ、クルミアさんもお久しぶりです」

「ウサト様、アマコ様、お久しぶりです。アルク君もお元気でしたか?」

「ええ、クルミアは?」

「私は——」


 しかも私を差し置いて、さっきとは逆ベクトルの和やかな会話に花を咲かせている!?

 なんだいこの差は!?


「——、あ、そういえば先輩」

「は、はひ!?」


 目の前の光景に唖然としていると、こちらに視線を移したウサト君が灰色の外套のポケットから二つ折りにされた紙を取り出して、私に見えるようにそれを広げた。


「分かりますか? これ」

「そ、それは……」

「このイケメン貴公子にデフォルメされた絵とか、根も葉もない噂が出回っているのは流石に許容できません」


 も、最も危惧していた話が!?

 挙動不審になる私に、嗜虐的な笑みを浮かべたウサト君は、紙を手で叩く。


「なんですか、これ。治癒魔法で目つぶししたり、殴ったら金縛りにあうとか」

「そ、それは……」

「これなんてもう、あれですよ? 片手で人を振り回した後に治癒魔法とかもう訳が分からないんですけど。どうしてくれるんですか?」

「ご、ごめんよぉ! なんだか、ミアラークとルクヴィスからその噂が広まっちゃったんだよぉ!」


 ウサト君が旅をしたところなので、彼の人物像に脚色を加えて根も葉もない話をでっちあげたんだろう。

 いくらウサト君でも、そこまで常識はずれなことをするはずがない……多分。

 とにかく、悪いのは全部私だ。

 彼の言葉を全て受け止めて見せなくてはいけない。


「あ、あの、ウサト……そろそろいいんじゃないか? 彼女の膝が震えているのだが……」

「ウサト、いくらなんでも嘘はいけないと思うよ……」

「……そうだね」


 金髪の女性がおろおろしながら、膝を笑わせている私を見てそう言葉にする。

 女性の言葉に、ウサト君はほっと肩の力を抜いた。


「ははは、冗談です。少しばかりからかっただけですよ、先輩」

「……え」

「今のでとりあえずの仕返しは終わりです。さっき言った通り、僕は本当に怒っていませんから」


 年下にからかわれた事実に、羞恥のあまり頬が熱くなる。

 だけど、この懐かしいやり取りを心のどこかで嬉しく思える自分がいたことは確かだった。


「カズキとはまだ会えていませんが……先輩と無事に再会できて本当に嬉しいです」

「……うん。私も嬉しいよ!」


 二ヵ月、数にしてみれば短いように思えるが、その期間に起こった出来事は一言では言い表せないくらい濃いものだった。

 今ここにいるウサト君も、旅の間でたくさんの修羅場を乗り越えてきたのだろう。だから、こうして無事な姿で再会できたことは、本当に喜ばしいことだ。


「……ん? とりあえずの仕返し?」


 思わず涙ぐみそうになっていると、ふと先ほどの彼の言葉に引っかかる部分があったことに気づいた。

 先ほどとは別の意味で、声を震わせながらウサト君へ問いかける。


「ウサト君、とりあえずって……もしかして……気が済んでない?」

「……」

「う、ウサト君? む、無言で笑みを浮かべないで! なにか喋って!?」


 それでも尚、無言のまま口の端を歪めるウサト君。

 そんな彼を前にして、これからいつ起こるか分からない仕返しという名の悪戯に、恐怖するしかなかった。



 二か月ぶりに再会した先輩は、いい意味で変わっていなかった。

 人をからかったりするのが好きなくせに、いざ自分がされると物凄く弱いところとか相変わらずで、つい僕もからかいすぎてしまった。

 先輩に少しばかりの悪戯を仕掛けたその後、僕は先輩とクルミアさんにレオナさんを紹介することにした。


「紹介します。彼女が僕たちをここまで護衛してくれたミアラークの勇者、レオナさんです」


 僕の紹介に先輩は、驚きながらレオナさんの方を見やる。

 そんな先輩の視線を受けたレオナさんは、小さく一礼した後に一歩前に出た。


「お初にお目にかかる。リングル王国の勇者、イヌカミ・スズネ殿。私はミアラークの勇者、レオナだ。この度はウサト達の護衛を任され、ここまで同行していた」

「勇者!? 相当な実力者だと分かっていたけど、まさか私と同じ勇者だなんて思わなかった……」

「い、いや、私はあくまで勇者の称号を賜った一介の騎士に過ぎないんだ。正式に勇者になったのもついこの前だし……」


 照れるように頬を赤くしたレオナさんが先輩の言葉を否定するが、実際勇者として申し分のないほどの実力を持っている。

 それは、一緒に戦った僕も十分に理解している。


「レオナさんとは、ミアラークで起こった騒ぎの時に一緒に戦ったんですよ。彼女が協力してくださったおかげでカロンさん……暴走した龍人を止めることができました」

「なるほど、詳しい事情はあまり知りませんでしたが、レオナさんもミアラークの騒動を解決に導いた一人ということですか」


 クルミアさんの言葉に頷く。

 すると、腕を組んだ先輩が横に揺れながらレオナさんを眺めていることに気づいた。


「……レオナさん、貴女は……」

「ど、どうしたんだ? スズネ殿」


 つま先から頭まで、全身を確認した先輩は僕の方を向く。

 なんだか異様な既視感と、嫌な予感がするのは気のせいだろうか?


「ウサト君! 金髪の女性騎士って本当にいたんだね! しかもクール系だよ」

「……貴女がいつも通りで逆に安心しました」


 か、変わってねー。本人を目の前にしてこのとち狂った言動は確かに犬上先輩そのものだ。

 慣れた反応なのか、先輩の隣にいるクルミアさんも肩を竦めながら苦笑している。


「ウサト。スズネ殿はなにを言っているんだ? くーるけい?」

「レオナさんはかっこいいって意味ですよ。変な意味はないので安心してください」

「う、そ、そうか……」


 この人に変な知識を与えるわけにはいかない。

 レオナさんにそう簡単に説明すると、先ほどまでテンションを上げていた先輩が妙に静かなことに気づく。

 彼女の方を見れば、なにやら僕とレオナさんを交互に見て首を傾げている。


「……いや、なんか少しばかしレオナさんのウサト君に対しての反応に違和感が……」

「え? なにかおかしかったですか?」

「そ、そうかなぁ?」


 先輩もよく分からないのか、僕と同じく首を傾げる。

 なぜか近くにいるアマコが呆れたようなため息を吐いた。


「……ま、いっか」


 深く考えてもしょうがない。

 とりあえずレオナさんの紹介はもういいだろう。

 次はネアを紹介するか……どんな反応が返ってくるか楽しみだ。


「じゃあ、次は旅の途中で使い魔になった仲間を紹介します。ネア」

「……」

「ん?」


 肩の上にいるフクロウに声をかけても反応せずに、ジッと先輩のことを観察しているように見える。

 先輩と会ってからやけに静かだと思ったけど、どうかしたのか? 想像していた勇者とかけ離れていて唖然としているのか?


「う、うぅぅ、ウサト君。その子の名前はネアちゃんっていうのかな? さ、触らせてもらっても……」


 結構我慢していたのか、先輩がちょっと危ない人になりかけている。

 傍目から見ればかわいらしい見た目をしているから、この反応はむしろ当然ともいえる。

 どうしようか逡巡していると、何を思ったのか僕の肩から軽く跳んだネアが、先輩の伸ばした手に飛び乗った。


「かうわ!? あひゃふあぁびゃ!?」

「ウサト。スズネ殿はなんというか……個性的な人物だな」

「レオナさん、もっとはっきり言ってやってもいいんですよ……」


 女子らしからぬ声をあげた先輩に、困惑した様子のレオナさん。

 僕としては平常運転だが、傍目から見れば本当に変な人なんだよなぁ。元の世界の高嶺の花な犬上先輩が懐かしく思えてくる。

 あの頃の僕にとって憧れだったなー。


「ようやく……ようやく、私に普通に接してくれる魔物がいた……うぅ、なんだか泣きそうだ……」

「……クルミアさん。まさか、旅の間も」

「ええ、お察しの通りです」


 どれだけ、魔物に触れることに飢えていたんだこの人は……。

 一周回ってかわいそうになってきた。

 ネアを撫でようとしたのか、先輩が手を震わせながらその頭へ伸ばそうとする。掌にちょこんとのっていたネアは、一度その手を一瞥すると———、ぱしん、と翼で先輩の手を払った。


「……」

「ネ、ネアちゃ——」

「ふんっ、気安く撫でないでちょうだい」

「!?」


 そう言い放つとともに、ネアは翼を広げて僕の肩に戻ると、驚きのあまり声も出せないのか、口を鯉のようにぱくぱくとさせた先輩を見やる。


「やっぱり異世界の勇者は違うわね。魔力も質も何もかも普通の人間とは全然違う」

「な、なな……」

「……え、まさか、言葉を……嘘でしょう?」


 突如として言葉を話しだしたフクロウに先輩だけではなく、クルミアさんまでもが驚愕している。

 それも当然か。今まで何度も驚かれていたけど、ネアはああ見えて人の言葉を話せる人型の魔物。滅多に人の前に姿を現さない存在が、僕の使い魔になっていたらそりゃあ驚くだろう。

 想定とは違ったけど先輩を驚かすこともできたし、今度こそネアの紹介をしよう。


「あー、改めて紹介します。こいつが僕の使い魔のネア。見た目こそフクロウですが、その姿は仮の姿で——」

「いいわ、ウサト。自分の紹介くらい自分でできる」


 僕の言葉を遮ったネアは、肩から飛び降りると同時に変身を解いた。

 一瞬の光の後、彼女本来の姿である黒髪赤目の少女が、得意げな表情で腕を組んでいた。


「ご機嫌よう、異世界の勇者さま。私は吸血鬼とネクロマンサーの混血種、ネア。この治癒魔法使いという名の化物の使い魔であり——」

「ドジっ子」

「そうドジ……って誰がドジっ子よ!」


 どこぞの黒幕のようなミステリアスな雰囲気で自己紹介を行おうとしていたネアだが、アマコのその言葉によってその雰囲気は脆くも崩れた。

 怒るネアに、そっぽを向くアマコ。


「下手に演技っぽく見せてたのがイラっときた。それだけ」

「こ、この……! 私の華麗な自己紹介を邪魔するんじゃないわよ! このチビ狐!」

「チビ? 今、チビって言った?」

「こらこら、喧嘩するんじゃない」


 先輩とクルミアさんそっちのけで、喧嘩しようとするネアとアマコの襟を掴んで止める。


「離しなさい、ウサト! 今日こそこのチビ狐にどっちが上かを分からせるんだから!」

「その無駄な身長と胸を削り取ってやる」


 襟を掴まれながら、わーわー、と騒ぐ二人にため息が漏れる。

 ヒノモトを出てから一層喧嘩早くなった気がするなぁ。その分、距離が近くなったともいえるけど。


「はぁ、どうして君たちはちょっとしたことで喧嘩するんだろうなぁ」

「まあまあ、アマコ殿とネアも本心で怒っているわけじゃないでしょうし。それより、ウサト殿。スズネ様が……」

「はい?」


 困った様子のアルクさんに促され、先輩の方を見やる。


「ウサト君、私、やっぱり駄目な勇者なのかな? 碌に使い魔との出会いもないし、出会う魔物もみんな殺伐としている。く、うぅ……使い魔でフクロウで、吸血鬼でネクロマンサーで、黒髪赤目の女の子で、しかもドジっ子なんてどうやったら出会えるんだ……。ふふふ、ウサト君だけ、ファンシーなファンタジーに転移したと言われたほうが驚かないよ私は……」


 なんだかもう、あと一押しすれば闇堕ちしそうな雰囲気を醸し出していた。

 即座に状況を確認した僕は、ネアに声をかける。


「ネア、フクロウになれ」

「はぁ!? 今、このチビ狐をこら——」

「なってくれるよね?」

「はぁい! 今すぐなりまぁす!」


 笑顔でお願いすると、顔を青くしたネアは再びフクロウに変身する。

 それを確認した僕は、即座にネアを鷲掴みにして、虚ろな目の先輩の手に乗せる。


「先輩。こいつ、好きにしていいですよ」

「え?」

「本当に!?」


 うわ、すげぇ笑顔。

 一転して惚れ惚れするくらいの笑顔を見せた先輩と、絶望の表情を見せたネア。

 ついでだ、ネアへのいつかの仕返しを今しておこう。


「この子、ケモミミ属性もありますよ」

「ふぁぁ……! どれだけ属性を盛れば済むんだい! もうなんでも許せちゃうぞぉ! うりうりー!」

「ちょ、助け……ウサ……」


 先輩に頬ずりされながら苦悶の声を漏らすネア。

 僕はいついかなる時でも受けた屈辱は忘れない……ほとんどね!

 そして返せるときには必ず返す……返せる相手にだけね!


「ウサトって結構根にもつタイプだよね。やり方もちょっと陰湿だし」

「次は君を先輩に差し出す」

「やっぱりウサトって真人間だよね。うん」


 君の変わり身の早さにはびっくりだよ。

 あんなに弄ばれているネアを見れば拒むのは分かるか。

 まあ、その……なんだ——、


「ネア、先輩への生贄になってくれ。後で埋め合わせはするから」

「あぁ、もう食べちゃいたいくらい可愛いなぁ!」

「ひぃぃぃ!?」


 内心で両手を合わせた僕は、先輩がネアをもみくちゃにしている光景をただただ見守るしかなかった。


犬上鈴音は知らなかった……今回知った事実が氷山の一角に過ぎないことを——(フラグ)


※活動報告にて『天候魔法の正しい使い方』についての更新日について書かせていただきました。

『天候魔法の正しい使い方』の更新日は、土曜、日曜の週二日。午後零時の更新を予定しております。


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[一言] >「こ、この……! 私の華麗な自己紹介を邪魔するんじゃないわよ! このチビ狐!」 >「チビ? 今、チビって言った?」 いえ 「1DKにもピッタリフィットな収納上手の豆粒どチビ」 って言ってま…
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