第百三十六話
お待たせしました。
今回も、二話更新の予定。
まずは第百三十六話です。
アマコが囚われて三日目の昼。
『トワ』の完成が間近に迫った今、僕達は作戦決行の為に、ヒノモトの周辺で待機していた。
作戦をするにあたり、僕達は三つのチームに別れた。一つは機動力に優れた陽動部隊、二つ目が警備の兵士達を足止めする部隊、そして最後に本命であるジンヤさんとアマコの元へ向かう部隊。
僕がいるのはハヤテさんが指揮する三つ目の部隊で、アルクさんとブルリンは二つ目の部隊に入っている。
……ブルリンがちょっと心配だけど、アルクさんと一緒なら大丈夫……だよね? まあ、相手に大きな怪我はさせないように配慮できるとは思っているけど。
しかし、所定の位置についたのはいいものの、案の定ヒノモトの入り口付近には厳重な警備で守られており、見つからずに入るというのは難しかった。
「緊張してんのか?」
離れた場所から門を見据えている僕に、ダイテツさんが話しかけてくれる。
簡素な鎧と、背に鞘に収められた大きな剣を携えた彼に僕は素直に頷いた。
「ええ、今までこういうことはしてきませんでしたから」
「そうだろうなぁ。実を言うと、俺も初めてだ」
あっけらかんにそう言ったダイテツさんにズッコけそうになる。
ハヤテさんから聞いた話だと、ダイテツさんは隠れ里に来る前はヒノモトの兵士をやっていたらしく、経験も十分に積んでいる優秀な人とのこと。
「こんなことは最後にしてぇよな」
「……ええ」
彼もヒノモトを守っていた兵士の一人だった。
そんな彼が、戦争を止めさせるために協力してくれているが、本心は同じ種族と争うのは嫌なはずだ。
できることなら、最短でジンヤさんを捕縛できればいいんだけど……。
「隊長、陽動部隊の準備が整いました」
ダイテツさんと会話している間に、別の門の前で待機している陽動部隊の連絡が届いたのか、少し離れた場所にいるハヤテさんに部下がそう伝えた。
話を聞いたハヤテさんは頷くと、僕とダイテツさんを含めた三十人ほどのメンバーを見回して口を開いた。
「あちら側の合図が出たら、僕達もヒノモトに入る。きっと中には厳重に配置された警備の兵がいるだろうけれど、混乱に乗じて一気に『トワ』の元へといく。その際、護衛部隊は露払いを頼んだぞ」
ハヤテさんの言葉に僕を含めた全員が頷く。
彼は合図を待つように指示し皆を座らせると、僕の方へ近づいてきた。
ハヤテさんは、不安そうに僕へ話しかけてきた。
「ウサト、もしジンヤと戦闘することになったら囲まれないように気を付けてくれ」
「ええ、分かっています」
「……ジンヤは魔法を用いない戦いを好む武人だ。魔法を必要としないのは、彼が体格が恵まれているクマの獣人で、その身体能力も非常に高いからだ。それに、あいつの得意とする剣術はカンナギ様の技を元につくられた流派のもの……いくら君でも予知魔法で動きを予測された上での攻撃を避けることは難しい」
カンナギ様。
確か、先代勇者と一緒に行動していた獣人の女性。
そんなお方の剣術を扱える人を侮れる訳がない。というより、勇者と一緒に行動していた人物という時点で僕の中では、ローズ並みの恐ろしい女傑だと認識している。
「……リンカを置いてきて良かった。こんな争いにあの子を参加させるわけにはいかないからね」
「来たいって言ってましたもんね……」
隠れ里を出発する前、リンカが弓矢片手に「私もいきたい! アマコを助けにいく!」と駄々をこねていた。端から見れば微笑ましかったけど、ハヤテさんからすればあまりよくないことだろう。
僕達は、今から遊びにいくわけではない。相手が殺すつもりで向かってくる危険のある場所に行かなくてはならない。ハヤテさんは、そんな場所にリンカを連れて行くわけにはいかなかった。
そんなこんなで、リンカはカガリさんに羽交い締めにされ家に連れ戻された。……泣きながらハヤテさんとなぜか僕の悪口を大きな声で叫びながら。
『父さんの甲斐性無し! くさい! どんくさい! いっつも母さんの尻に敷かれてる! うぅぅぅ、くさい! それに、それにぃ、ウサトの、ウサトのっ! 怪力おばけ! びっくり人間! お前なんか首から上は化物で、その下は怪物だぁぁぁ!』
本当に、散々な物言いに涙が出そうになった。
なっただけだけど。
「……ウサト、僕ってもうそんなに加齢臭出てたかな……二回もくさいって言われたんだけど」
「化物と怪物ってどう違うんでしょうね……」
どっちも人外なことはこの際スルーしよう。あれか? 僕って妖怪の鵺とかスフィンクスみたいな感じに見えているのかな?
彼女の言葉を思い出して、どんよりと落ち込む僕とハヤテさん。
リンカの罵倒を思い出して、ふと気になったことがあったので、訊いてみることにした。
「ハヤテさん、奥さんはどうしているんですか?」
「妻は、仕事でここを離れていてね。結果としては好都合だったけど、帰ってきたあとが怖いなぁ……はぁ、本当に怖い……」
大きな溜息をついたハヤテさんは哀愁が漂っている。
……まあ、この際罵倒されたことはしょうがない。これから戦いにいくのにこんな落ち込んだ気分でいるわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせ気持ちを切り替えていると、空になにか光るものが打ち上げられたことに気付く。ヒノモトの上方へ飛び、大きな音とともにはじけ飛んだソレは、紛れもなく陽動部隊の者が放った魔法だった。
「合図が出た。行くぞ、皆」
合図を機に、全員が立ち上がり静かに扉の方へ向かっていく。
見張りの兵は、合図に気をとられてこちらを見ていない。
「ウサト、頼めるかな? 援護はこちらでする」
僕と同じく見張りの兵士を確認したハヤテさんがそう訊いてきた。
見張りの兵士は六人……今なら気付かれずに近づいて無力化できるな。
頷いた僕は籠手を展開させ、治癒魔法弾を作りながらその場を勢いよく飛び出した。僕の飛び出した音を聞いて、一斉に振り向いた兵士達は即座に武器を構えた。
その瞬間、走りながら生成した治癒魔法弾を弓矢を構えようとした兵士の手元に当てて叩き落とす。
「うわっ!?」
「て、敵しゅ――」
突き出された槍の穂先を籠手で軽く弾き、一気に懐に潜り込み鎧の襟の部分を掴んだ僕は、ごめんなさい、と内心で謝りながら、こちらに武器を向けようとした四人の兵士を巻き込むように兵士を振り回す。
最後に、弓矢をはたき落とした兵士に放り投げる。
「ば、ばけ―――ぐえぇっ」
なにか言いかけて気絶した気がしたけど、僕は気にしない。
見る限り、外傷もなし……うまく気絶させられたな。やっぱり、集団戦は治癒投げが効果的だな。加減さえしっかりすれば、確実に気絶に持っていける。
倒れている人に治癒魔法をかけながら後ろに向けてサムズアップすると、二日前のハヤテさんと同様にドン引きしている部下達と、引き攣った笑みを浮かべるダイテツさんが口を開いた。
「……おいおい。こりゃあ、援護の必要すらなかったんじゃないか?」
「頼んだとはいえ、六人の兵士すら軽々と……本当に凄まじいな」
驚きながら、ハヤテさんは部下の方に振り返り、僕が気絶させた兵士達を手で示した。
「見たか? これが彼の実力だ。もう疑う者はいないだろう。なら、僕達の役目は彼をアマコの元へ連れて行くことだ。……行くぞ!」
最初こそは戸惑っていたが、ハヤテさんの言葉で気合いをいれなおした部下達はそれに応えるように声を出し、僕のいる扉の方へ近づいてくる。
それをどこか遠い目で見ていた僕は、次に背後にそびえ立つ扉を見上げる。
「待ってろよ。アマコ、ネア」
絶対に助ける。
化物だ、怪物だとは言われている僕だけど、今回は心すらも鬼にして最短ルートを突き進んでいこう。
この際、自分の評判がどれだけ悪くなっても構わない。そんなことよりも、これまで一緒に旅をしてきた仲間を失うことの方が絶対に嫌だ。
今一度、そう覚悟を決めた僕は治癒魔法を籠めた拳を固く握りしめ、前へ進み出すのだった。
●
『トワ』。それは予知魔法を持つ人達の為に作られたはずだった。
予知魔法を魔道具そのものに移し替えることで、隔絶された空間での生活を余儀なくされる予知魔法使いに自由な暮らしをさせようと、母さんが心血を注いで作ってきた魔道具。
母さんはきっと、私に不自由な人生を歩んで欲しくないと思ったのだろう。
予知魔法に縛られない自由な人生。
国から出ることを許されない身分からの解放。
そんな、普通の人が歩む当たり前の人生を、心の底から願ってくれていた。
「見ろ、アマコ。これが『トワ』だ」
だけど、この男が母さんの願いを狂わせた。
監禁されていた部屋を出された私は、ジンヤと近衛らしき兵士達に囲まれながら、ある場所に連れてこられた。
ネアは部屋に置いてきているが、今もどこかで私のことを見ているはずだ。
連れてこられた先は、ここでは珍しい大きな広場であった。
本来は、祭りや催し物などで多くの人が集まる場所だが、今日はその広場の中心に小屋より一回りほど大きな四角い黒い物体と、その周辺に魔道具を見ている数人の技術者らしき人物が数人いた。
あれが、『トワ』。
「眠りにつくとはいえ、母と同じになれるんだ。お前も本望だろう?」
「……最後に、質問があるんだけど。いい?」
「なんだ」
ジンヤの言葉を無視しながら、質問する。
これからする質問は、ただの確認だ。だけどほんの少しだけの疑問もある。
それを聞くまでは、状況を前に進めることはできない。
「本当は、最初に誰が『トワ』にのるはずだったの?」
「……」
予想外の質問だったのか、目を見開き黙るジンヤ。
数秒の沈黙のあと、彼は部下に下がるように目配せした。
部下がいなくなったのを確認すると、彼は薄ら笑いを浮かべた。
「いいだろう。最後に教えてやろう。お前の想像通り、本来はお前が『トワ』にのるはずだった」
「……完成した『トワ』にのせられても私は予知魔法をなくすだけだったはず。貴方は、母さんの『トワ』になにをしたの?」
「……聡いな。僅かな情報だけでそこまで行き着くか」
驚いた様子を見せるが、その薄ら笑いは消えない。
ジンヤは、視線の先にある『トワ』を見据えると懐かしむように言葉を紡ぐ。
「カノコの研究は間違いなく成功していた。だがな、その研究の過程で偶然俺はあることを知った。『トワ』が他者から魔法そのものを移し、与えることを可能にしていることを」
……そういうことか。
魔道具に予知魔法を移すことができるなら、魔道具を介して人から人へ魔法を移すことができる。
「だけど、母さんがそれに気付かなかったはずがない」
「勿論それはカノコが隠し通そうとしていた。それも無駄だったがな。それを知った俺は研究員を買収し秘密裏に『トワ』の内側を作り替えるように指示した」
「っ」
分かっていた。
そんなことをするような人物だと、頭では分かっていたが、怒りを抑えられずジンヤを睨みつける。
彼は、私の視線を気にもせずに嘲笑の笑みを漏らした。
「だがなぁ、気付いたんだよ。あの女は。予知魔法でそれに気付いてしまったカノコは、すぐさま『トワ』を元の機能に戻そうと試みたが……既に手遅れな状態にまで『トワ』は完成しきっていた」
「……」
「その際、余計なマネをさせないようにカノコに監視の目をつけ、身動きをとれないようにした……はずなんだが――」
そこで一旦区切ったジンヤは、呆れたように首を横に振った。
「普通ならそこで諦めるはずが、あの女は予想外の行動に出た、なんと監視の目をかいくぐり『トワ』を無理矢理暴走させる形で破壊しようとしたんだ。忌々しいことにな」
監視の目を欺いていられるのも長くはない。
そんな短時間で壊すことができないのは、他でもない母さんがよく知っていたはずだ。
でも、それでも破壊しようとしたのは……私のためだった。
「『トワ』を暴走させて破壊しようとするなんざ、俺にとっても予想外の事態だった。だからあの時は我ながら慌てたものだ。だが、この時、カノコにとって思わぬ誤算が生じた」
そう言って、ジンヤは自分の目を指した。
「暴走していても『トワ』はきちんと発動していた。偶然、暴走する『トワ』の一番近くにいた俺に、カノコの予知魔法が宿った。当初の目的であったお前の予知魔法は手に入らなかったが、俺は欲しかったものを手に入れることができた。しかも、唯一俺の目論みを知っているカノコも今や寝たきりになった。つまりはだ……お前の母の行為は――」
心が震える。
自分が抱いているのはなんの感情かは分からない。
だけど、確かに、確かに言えることは――、
「全て無駄だ」
絶対に許してはいけない存在だということだ。
私を見下ろし、嘲笑と共にそう言い放ったジンヤは再び戻させた近衛の兵士達に私を『トワ』のすぐ前まで連れてこさせた。
「今度はお前だ。歴代の時詠みで最も優れた予知魔法を持つお前がいれば、俺達はより強大な力を持つことができる。お前も本望だろう? なにせ、カノコと同じ末路を辿れるんだからな」
そういって、ジンヤは私を『トワ』の内部に入るように背中を小突く。
私は無言のまま、中に入る。
そこは外と同じような真っ黒な空間で、敷き詰められたブロック状の内装の中で一際目立つ椅子のようなものが置かれていた。
椅子には、拘束具のようなものと頭に被せる輪っかのようなものが置かれていた。
「座れ」
再び背中を小突かれて、躊躇しながら椅子に座る。
すると、研究員の一人が私の四肢に拘束具をつけていく。その過程を無言で過ごしながら、私は俯く。
やっぱり、怖い。
どんなに心を強く保とうとしても、恐怖が奥底から湧いてくる。
助けにきてくれるのは分かっている。ネアがどこかで見て、一緒にいてくれているのも分かる。でも……それでも、死に相対する恐怖はどうあっても消えてくれない。
だけど、それでも泣かないのは、彼が助けにきてくれることを信じているからだ。
無言になって俯いてしまった私に、ジンヤは追い打ちをかけるように話しかけてきた。
「無駄な希望に縋っても無駄だぞ。仲間は逃げた。お前を置いてな」
違う、そんなことはありえない。
「人間なんてそんなものだ。自分の身が危険になったらすぐに逃げ出すような脆弱な一族だ」
私は知っている。
自分の身すらいとわずに誰かを助けようとするその背中を。
ああ、そうだったよね。
あの人は誰に止められても、どんな相手に阻まれようとも、ずっと突き進んできたんだ。そんな彼が『絶対に助ける』と言って、来ないなんて絶対にない。
「……ふふ」
そして今、見えた。
「言いたいことはそれだけ?」
「なに?」
「『トワ』も完成させた。仕込みは十分……もういいよ。私も、もう助かっているから」
この場にいる誰でもない誰かに話かけた私に、気味の悪いものをみるような視線を向けるジンヤ。
だけど、もう異変に気付いても遅い。
貴方の計画は、とっくの昔に破綻している。
「気でも狂ったか? 一体、なんのことを―――」
「ジ、ジンヤ様!」
「ッ、なんだ!」
私の言葉に顔を顰めたジンヤだが、一人の兵士が血相をかえて走ってきたことで声を荒げて振り向いた。
兵士は怯えたように悲鳴を漏らしながらも、たどたどしく報告を始めた。
「ひっ、あ、あの襲撃です! ハヤテ様が大勢の部下を引き連れて、どういうことか味方が突然裏切って国中が大混乱に陥っています!」
「な、なんだと!?」
「そ、それに先日捕まえた人間が、信じられない動きで次々と兵士達を制圧しています! あ、あああああれははたして人間なんでしょうか!? 人間側の新しい兵器なのかも――」
「バカなことを言うな! 兵士を集めて物量で片付けろ!」
「そ、それがもうすぐそこまで」
表情を変えるジンヤだが、研究員が私の拘束を勝手に外していることに気付く。
「貴様、なにを勝手に外している!」
「申し訳ありません。命令なので」
ジンヤの怒りの言葉に、虚ろな瞳でそう返す研究員。
ここで、彼はさらに混乱したように額に汗を滲ませている。
「っ、誰の命令だ。お前達に命令を下せるのは――」
「それが、私だけなのよねぇ」
「……っ!」
上から降ってくる声にジンヤが顔を上げると、そこにはいつのまにか黒髪赤目の少女が足を組むようにして『トワ』に腰掛けていた。
本当にいつのまに座ったのだろうか? しかも登場の仕方が無駄に凝っているのは多分狙ってやったことだろう。
「何者だ、獣人ではないな? 俺の部下になにをした?」
「んー、まだ自分が優位な立場にいると思ってるのね。それじゃ、えいっ」
ネアが軽く指を振ると、ジンヤの後ろで剣の柄に手をかけていた近衛の兵士の一人が、唐突に鞘に収められた剣を彼の頭めがけて振りかぶった。
予知で気付いたジンヤが兵士を殴り飛ばしたが、その表情からは余裕が見られない。
ジンヤに襲いかかった兵士は、他の兵士が取り押さえつけるが、もう一人が虚ろな瞳で彼らに殴りかかったことで、取り押さえるどころではなくなっている。
「な、なんだ。なにが起こっている!?」
みるみるうちに仲間割れを始めていく自分の周囲をみて、混乱の極みに陥るジンヤ。
そんな様子を上機嫌に眺めている少女、ネアとは対照的に私は哀れむようにジンヤを見る。
「そう。貴方の予知は本当にその程度なんだね。所詮は借り物の力。だから今も、未来も全然見えていない」
「ッ、貴様……!」
「私は信じていたよ? この未来が来てくれるのを」
私は拘束を全て外してくれた研究員の肩を踏み台にして『トワ』の上に乗る。一瞬だけ、ネアと視線があったが、彼女はいつもとは違う優しげな笑みを浮かべたまま先を促してくれる。
ジンヤは止めようとするが、ネアの操った近衛の兵士が彼を押さえつける。
それに目もくれずに私は、思いっ切り『トワ』の上から飛び降りる。後先なんて考えないほどに無防備に飛び降りたが、もう私の中に恐怖なんて微塵もなかった。
だって、私はもう視たから。
彼が来てくれるのを。
「え、アマコ!? なんで飛び降りてんだ!?」
声のする先を見れば、両手それぞれに白目を剥いた獣人の兵士を掴んだウサトの姿。周囲には同じく白目を剥いている兵士達が転がっており、まさに惨状と表現するに相応しいものだった。
ちょっと台無しかな、と思いつつ両腕を広げると、彼は兵士を下ろした後全速力で私の元へ走り――、大きく跳んだ。
「――――ああ……」
言葉が出ない。
言いたいことが沢山ある。
だけど駄目だ。それを言ってしまったら、私は多分泣いてしまう。
こんな状況で外聞もなく泣いて、ウサトを困らせてしまう。
でも、一言だけ……一言だけなら大丈夫。
私は、力強く抱きしめるように受け止めてくれたウサトに、今心の底から思った言葉を声を震わせながら小さく呟く。
「ウサト」
「ん?」
「私と一緒にいてくれて、ありがとう」
場にそぐわない言葉。
だけど、それでもウサトはいつもみたいに笑ってくれた。
鬼でも、怪物でもない、年相応の明るい笑顔に私はまた涙がこみ上げてくるけど、それを必死に堪えた。
それから先の言葉は恥ずかしさのあまり言えなかったけど、きっといつか言葉に出して伝えたい。
"私と、これからも一緒にいて"と。
(あ、これ完全にメインヒロインの立ち位置……)
予知魔法だけを信じているジンヤと、ウサトが来る予知を信じていたアマコ。
この違いは、大きいですね。
次話は明日の朝六時に更新いたします。
※コミカライズ第一巻発売に関しての活動報告を書きました。