第百三十五話
いつもと違って色々と早めに更新。
第百三十五話です。
獣人の国、ヒノモトを脱出することに成功した僕達は、少し離れた場所で同じくハヤテさんの指示で国を離れた彼の部下達と合流した。
待ち伏せを警戒して、アルクさんとリンカに待機してもらい機動力のある僕とブルリンがハヤテさんについていったけど、幸いハヤテさんの部下に裏切り者はいなかったので、難なく合流することができた。
ハヤテさんの部下の数は、三〇名ほどで本来はもっと人数がいたらしいのだが、他の部下達は国に隠れ情報を僕達に送る為に残ってくれたそうだ。
一気に大人数になった僕達がヒノモトを離れ向かった場所は、リンカの祖父カガリさんが住んでいる隠れ里であった。
早朝、ハヤテさんと共に隠れ里に帰った僕達を迎えたカガリさんは酷く驚いていたが、ヒノモトで起こったことを聞くと、ハヤテさんとリンカと同様に怒りを露わにしていた。
そんなカガリさんに神妙な面持ちを浮かべていたハヤテさんは、覚悟を決めた顔で衝撃の言葉を口にした。
『僕はジンヤを……族長の座から引きずり下ろす。今のジンヤは、戦いにしか目が向いていない。そんなあいつに愛する家族を……民を任せるわけにはいかない』
そんな彼の言葉は、酷く重く感じた。
そして、彼は次に僕達を見ると頭を深く下げて協力を願い出た。
本来、部外者のはずの僕達はハヤテさんに協力してはいけない。
しかし、今回に至っては、そもそもジンヤさんは人間と敵対しようとしているので問題ない。むしろ、リングル王国の人間として、人間と敵対し戦争への介入をやめさせようとするハヤテさんに力を貸すのは、これ以上にない大義名分を得たと言っても過言ではない。
アルクさんと話し合った僕はハヤテさんの申し出に了承した。
ジンヤさんを止め、アマコを助け出す。
んでもって、旅の最終目的であるカノコさんを助ける。
以上の目的を認識し、アマコ奪還の日まで自分のできることをすることにした。
●
「……フゥー……」
隠れ里に到着し、そこで少しばかりの仮眠をとった僕は、またお世話になったカガリさんの家の前で治癒魔法の訓練を行っていた。
一通りの肉体的な訓練を行ったが、やはり治癒魔法使いとして治癒魔法の練習はやらないといけない。アマコが囚われている状況で、そんなことしている場合じゃないのは分かっているけど。
作戦会議までの時間を無駄に過ごすのも勿体ないので、今のうちにできることをしていく。
「治癒パンチ」
相手を無傷で気絶させるための技。
治癒魔法を纏わせた拳を突き出す。
ヒュン、という風切り音が嫌に響く。
「治癒魔法弾」
遠距離の相手を癒やすための技。
続いて、掌に生成した魔力弾を目の前の木に投擲する。
放たれた魔力弾は、緑色の閃光と共に弾けて消える。
それを確認し右手の籠手を展開した僕は、魔力を練る。
「治癒魔法乱弾」
集団で傷ついた負傷者を癒やす技。
拡散する魔力弾をさっきと同じ場所に放つ。
魔力弾は分裂し、火花のような音と共に消える。
「治癒魔法破裂掌」
窮地に陥った味方を救うための技。
構えた掌から、系統強化を利用した魔力の爆発を放つ。
バァン、と地面の木の葉と空気を弾く。
「そして、系統強化」
治癒魔法の奥義。
意識を集中させ、掌に碧色の魔力、治癒魔法の系統強化を生成する。
他者への回復力を爆発的に上昇させることを代償に、使用者への回復力を失わせる諸刃の剣――、それが系統強化。
「これが今、使える技か」
治癒投げやら、治癒目潰しやら、派生形はあるけど基本はこれだな。
戦闘に用いるなら技全てが相手の動揺を誘うものだけど、味方を助けることに用いることもできる。
「もう一つ、手段が欲しいな」
技はいくらあっても困らない。
僕の場合、あらゆる状況を想定しなくてはいけないから、その状況に応じた技が必要になる。
「治癒魔法破裂掌に指向性を持たせる……治癒魔法破裂拳!」
イメージは砲台。
籠手全体で放とうとした治癒魔法炸裂掌を、一気に拳にまで凝縮し解き放つ。
すると、ボッ!! という凄まじい音が拳から響く。
想像以上の衝撃に思わずのけぞってしまう。
「うぉ!?」
前を見れば、くっきりと拳大に抉られた木の幹が視界に入った。
フシュゥゥ、と木くずを散らせながら、抉られた表面がどのようにして造られたかは、煙のように霧散する治癒魔法の残滓ですぐに理解できた。
距離は十メートルと少しだけだが、意図せず魔力弾を飛ばせないという弱点を克服してしまった。
しかし、しかしだ。
「……」
我ながら引いた。
すんごい引いた。
こんなの人に向かって放って良い治癒魔法じゃない。
僕としてはロケットパンチみたいに飛ばせたらいいなぁ~なんて軽い考えだったのに、予想を超えて凶悪な技になっちゃったよ。
「よし、この技は封印しよう!」
これは治癒魔法破裂拳じゃなくて、治癒魔砲……いや、治癒魔法キャノン、もしくは治癒魔法収縮砲だ。
今後一切、この技は使わないようにしよう。
あらゆる状況を想定するといっても、これを使う怪我人なんているはずがないからね。むしろ、怪我人にとどめを刺す技になってしまう。
よーし、この技は忘れてそろそろハヤテさんのところに行こう!
そう思い、後ろを振り向くと――、
「……は、え、ウサ、ト?」
扉を開けて驚愕の面持ちで僕を見ているリンカと目があった。
ぎぎぎ、と僕の顔と抉った木を交互に見たリンカは、バッと後ろを振り向き――、
「じ、爺ちゃん! 父さん! ウ、ウサトが、拳圧だけで木をえぐったぁぁぁぁ!!?」
「ち、違う! 治癒魔法だから! これ治癒魔法だから!」
「嘘だ! そんな骨折ってからぶっ飛ばす治癒魔法があるわけないじゃん! まだ拳圧の方が信じられるよ! 常識を考えろ!」
十四歳の女の子に常識を問われてしまった。
カガリさんとハヤテさんは、リンカの言葉を普通に信じられてしまったので、弁解するのにかなり苦労した。
こういう時、ネアがいなくて良かった。
多分、いや絶対に引かれていたと思うから。
●
一騒動あったが、なんとかそれを乗り切った僕は、アルクさんと共にハヤテさんと彼の部隊の人達と一緒に作戦会議を行っていた。
ヒノモトに残った人達からの報告によれば、『トワ』は明日の午後には完成してしまう。ジンヤさんは完成と同時にアマコを『トワ』にのせて計画を始めるつもりらしい。
『トワ』が完成し、アマコの予知魔法がジンヤさんと近衛兵士達に移ってしまえば、『獣人は人間達と戦える力を手に入れた』ことになってしまい、戦争への参加は避けられなくなる。
それを止め、ジンヤさんを族長の座から引きずり下ろすことがハヤテさんの最終目標。
作戦をする上で、まず僕は彼らにネアのことを話した。
「今、僕の使い魔がヒノモトの内側から味方を増やしています」
「彼女のことだね? しかし、味方を増やすとは?」
「兵士達の血を吸って暗示をかけて仲間にしています」
そう言葉にすると、ピシリと僕とアルクさん以外の全員が固まってしまう。
予想していた通りの反応なので、構わず僕は言葉を紡ぐ。
「僕の使い魔は吸血鬼です。普段は力を使わせないように言いつけてありますが……今回ばかりはそれを解禁させてもらっています。彼女の目算では、明日までに兵士の四分の一か三分の一を味方にできると言っています。流石に直接ジンヤさんを狙うことはできませんが……」
「そ、それでも十分だよ……。そ、そうか。彼女は吸血鬼だったのか。文献でしか知らない魔物だけど、実在して……しかも使い魔にしているなんて……。ジンヤですら気づけないぞ、これは……」
本当はネクロマンサーとの混血なんだけどね。
それを言ったらもっと引かれてしまうので、言わないでおく。
「でも、それでもまだ数で負けていることには変わりない……あとはどうやって――」
「俺達が力を貸そう」
「!」
第三者の声に、ハヤテさんが集会場の入り口に視線を向けると、そこにはカガリさんと、以前腕相撲勝負をした虎の獣人、ダイテツさんが腕を組んで立っていた。
「父さん、それにダイテツさんじゃないか! 一体どういうことだ!」
ダイテツさんのことを知っているのか、ハヤテさんは驚きのあまり声を荒げた。
「うちの若い衆が、お前の仲間になると言っているんじゃ」
「それは分かっている。しかし、君達がわざわざ危険に関わることなんて……」
「水くせぇこと言うな。俺達も事の次第は長から聞いた。……正直、腕っ節だけで生きてきた俺には族長がなにを考えて戦争をしようだなんて一つも分からねぇ。だがよ、その為にアマコを、大人が子供を犠牲にして力を手に入れようとすることが間違っているってのは分かる」
「ダイテツさん……」
ダイテツさんにも息子さんがいる。
それを考えると、その怒りも尤もなものだ。
「きっとな、一度でもそんな犠牲を出しちゃあ、それが当たり前になっちまう。駄目だろうが、そんなこと。守るべき子供が犠牲になることなんて、絶対にあっちゃあいけねぇ」
「……本気なんですか?」
「ああ、腕っ節だけが自慢の男衆二〇人全て納得している。あとはお前が決めるだけだ」
その言葉に、ハヤテさんは頷き、ダイテツさんとカガリさんの椅子を用意するように部下に指示した。
今度こそ全員が席に着くと、
「ウサトと里の皆のおかげで戦力差はなんとかできそうだ。……あとは潜入方法を考えよう」
それから、作戦の綿密な計画が組み立てられる。
計画の条件としては、
ジンヤさんと戦うのではなくジンヤさんを止める為のものであること。
同族同士で殺し合うことは避け、できるだけ取り押さえること。
戦争への参加を止めさせるために同族を殺傷しては意味がないので、この条件は当然だ。問題は、ジンヤさん側の兵士が僕達を本気で殺しにくるかもしれないということだが、それについてはハヤテさんが否定した。
「彼らも迷っているんだ。自分たちは本当に戦争に参加するのか、戦いに赴かなければいけないのか、と。ここにいる者達もそうだけど、兵士の多くは民を守るという志を持って軍に入ったんだ。恐らく、本当に戦いを望んでいるのはジンヤと数少ない者だけだ」
嘆かわしいことにね、と言葉を付け足した彼の表情は悲しげだった。
それからある程度の作戦が練られ、次の段階に話が移っていく。
「アマコは恐らく厳重に守られている。『トワ』の起動時も同じはずだ。ジンヤも『トワ』が完成次第すぐに魔道具を発動させようとするだろうから……アマコを助けるなら、ここは包囲網をかいくぐり彼女を救い出せる俊敏な者がいい」
「ならここは狼族の自分が行きます」
ハヤテさんと似た耳を持つ一人の兵士が名乗り出た。
しかし、そこで僕と同じく沈黙を保っていたアルクさんが手を軽く上げて口を開いた。
「いえ、ここはウサト殿の方が適任でしょう」
今まで口を閉ざしていた彼の言葉に一同に驚くが、ハヤテさんは悩むように顎に手を当てた。
「彼は人間ではないのか? 仲間なのは分かるが……獣人の私達とは……」
「いや、ウサトに任せた方がいいかもしれない」
「隊長!?」
その言葉に驚く隊員達だが、ハヤテさんはそれを諫めるように両の掌を前に出した。
「いいか、皆。よく聞いてくれ。彼という人間は私達の獣人の常識における人間から外れている。彼は強固な枷も素手で引きちぎるし、中距離にいる二人の兵士を一瞬で制圧した。この目で見たけど……人間の範疇を超えていた」
すいません。凄い口を挟みたいんですけど。
必死に説得しようとしてくれているのは分かるけど、貴方の前でグサグサと心に何かが突き刺さっている人間がいるんですけど。
「わ、わふ、私もそうだと思います!」
「え?」
そこで手を上げたのは、ヒノモトに入ったとき僕が驚かしてしまった女性の兵士であった。
彼女はちらりと僕を見て、肩を震わせた後、意を決して口を開いた。
「今は普通の少年には見えますが、その実とても恐ろし……勇ましい戦士の顔を持っています。彼ならアマコ様を救ってくださるはずです!」
すいません、今恐ろしいって言いかけませんでした?
後押ししてくれるのは嬉しいのですが、あの、なんで目を合わせてくれないんですか?
「ああ、見た目に騙されちゃあいけねぇぜ。なにせ腕相撲で里の男衆全員をごぼう抜きにしたからな。見た目は人間だが、中身はオーガ以上の怪物だぜ」
そこで後押しするように、嬉しそうな表情でダイテツさんがそう言ってくる。
いよいよ、皆さんの目が僕をなにか別の生き物を見るように変わった頃、最後にハヤテさんが口を開いた。
「しかも彼は吸血鬼を使い魔とし、ブルーグリズリーとも純粋な絆を結んでいる。それはなぜか? 彼がそれだけのことをしたからだ。そうだろう? ウサト」
「え? へ? えーと、あの」
「ウサト殿。苦しいでしょうけど、大人しく肯定してください」
「……はい」
あ、アルクさん……。
小声でそう囁いたアルクさんに肩を落としながら肯定すると、部隊の人達はどこか畏れるように僕を見る。
なんだろう、真っ直ぐにアマコを助けにいけるのは良いことなのだろうけど、いよいよ人間扱いされなくなりそうで怖い。
しかし、これでほぼ作戦の内容が決まった。
僕達の目的はアマコの救出。
ハヤテさんの目的はジンヤさんの捕縛。
うまく嵌まれば、無用な争いもなくことが終わりそうだけど、予知魔法を持っている彼がいる以上それは難しいだろう。
「……」
だが、この時僕の脳裏に過ぎったのはジンヤさんではなく、檻に閉じ込められている時に顔を合わせた魔族の男であった。
――近いうち、あの男と相対するかもしれない。
なんの確証もない漠然とした予感を、僕は嫌々ながらも感じていた。
治 癒 魔 法 キ ャ ノ ン。
すぐ目を離すと頭のおかしい技を編み出すウサト君でした。
因みにこの作品でウサト以外に明確な技名がないのは、私のネーミングセンスが致命的にないからです。




