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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第五章 水上都市ミアラーク
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第百八話

お待たせしました。

第百八話です。


※内容の方、若干修正いたしました。

 レオナさんとの手合わせ。

 今のところの結果を言うなら、僕は彼女の動きに翻弄されっぱなしだった。

 ……いや、本当に技術で戦う相手にこれほどまでに翻弄されるとは思わなかった。


「ただ殴っているだけじゃ当たらないな。これは」


 右腕の氷を手刀で砕きながら、視線の先にいるレオナさんを見やる。

 レオナさんの戦い方は氷の魔法と剣術を用いたトリッキーなものだ。

 恐らく、カロンさんと戦った時も今と同じような戦法をとって、彼の攻撃を凌ぎきっていたのだろう。


「甘く見てるつもりはなかったんだけど……」


 彼女が僕の予想を超えて強かった、そういうことなんだろう。

 小さく深呼吸をして心を落ち着かせた僕は、自由になった右手を開く。

 今までみたいに殴る蹴るじゃ、勝てない相手だ。


「レオナさん。今日、貴女と戦えて良かった」

「ど、どうした? 急に?」


 僕の突然の言葉にしかめっ面を浮かべていたレオナさんが困惑する。


「やっぱり僕は学ぶことがたくさんあります。訓練もまだし足りないし、戦いの技術なんて全く知らない。今までの僕の戦い方は、暴力と鍛えた体に任せた力業に過ぎなかった」


 負けそうになっても、仲間達と力を合わせて打ち勝ってきた。

 だけど、この先仲間を頼れずに一人で戦うことがあるかもしれない。


「自分の未熟な部分に気づけた。後は、それを補う努力をすればいいだけです」

「……前向きだな。君は……」

「そうでなくては、ここにはいませんから」


 前向きになれなきゃ、今頃僕はどこかで心が折れている。

 僕の言葉に、レオナさんはなにかを言い淀むように唇を小さく動かす。なにかを呟いたようにも思えるが、距離が離れているせいかその呟きは僕の耳には届かなかった。

 ……少し気になったけど、それは後で聞こう。

 気持ちを切り替えて、拳を構える。


「現状、僕の攻撃が読まれているとすれば、下手に策を弄するのは逆効果だな」


 付け焼き刃ほど危ういものはない。

 だから、小細工なしの正面突破で彼女の理を打ち砕いてやる。

 やや身を低くした僕に、身構えるレオナさん。その手には武器もなにもないけど、それで油断するほど僕はこの人を侮ってはいない。


「行きます……!」


 全力で地面を蹴り、レオナさんへ向かっていく。

 下手な接近戦は彼女の良いようにされてしまう。一撃で倒すつもりで立ち回る!


「私も、力を使うことに躊躇はしない!」

「っ!」


 拳を握りしめて一息で間近までに接近した僕に、レオナさんは大剣と見間違うかのような氷の剣を横薙ぎに振るってくる。

 霜のようなものを放出している大剣は、どうみても彼女の細腕では振るえるようには見えないほどの速さで僕へ迫る。


「作り直すなら、また壊してやりますよ!」

「それができるなら! 砕いて見せろ!」


 大きさも材質が変わろうと関係ない。

 迫り来る大剣に拳を振るいへし折ろうとする―――が、拳が大剣に触れたその瞬間、風船のように刀身が弾けた。


「!? はじ……」


 刀身が弾け、大量の霜が僕の上半身を覆い尽くし、視界を真っ白に染め上げる。

 ……ッ、実体のない剣! 目的は攻撃じゃなくて僕の視界を潰すことか!

 その考えに至ったその瞬間、頭上で何かが連続で打ち付け合うような音が聞こえる。


「剣群よ! 捕えろ!」


 声と共に、頭上から何かが降ってくる。

 白にまみれた視界のまま、咄嗟に後方へ跳ぶと目の前の地面にズガガッという音と共に氷でできた剣が交差するように降ってきた。

 僕の動きを封じるための目潰しと拘束……!

 この人の技は多彩すぎる!


「休んでいる暇はないぞ! ウサト!」

「分かってますよ!」


 掌から作り出した氷の剣を掴み、斬りかかってきたレオナさん。

 即座に迎撃しようと拳を構える僕だが、彼女の背を追いかけるように浮遊している三本の氷の剣を見て、笑みが引き攣る。


「君にはこれくらいしなければ……!」

「くっ」


 彼女の斬撃を回避すると同時に、追撃するように三本の氷剣が僕へ襲いかかってくる。

 流石に動きは単調だけど、それでもバラバラのタイミングで襲ってくるので、かなり意識を削がれる。


「これでも対応してくるか!」

「こっちは必死ですけどねぇ!」


 実質、四つの剣を対応しなくてはならない状況だ。

 本命の一撃はレオナさんだけど、僕の周りで時間差で襲ってくる氷剣が僕に反撃の隙を与えてくれない。

 なんとか、攻撃をさばきつつ、レオナさんの振り下ろした氷剣をたたき折るが、それもすぐに折れた部分から修復されてしまう。

 ですよねー。氷だからすぐに直せますよねー。

 武器破壊はやめて、直接レオナさんを叩こう。このままじゃ何もできずに押し切られそうだ。


「フンッ!」


 力を込めた拳で氷剣の一つを砕き、本体のレオナさんを叩く。

 その場から跳び上がり残りの二つを避けた僕は、その跳躍に合わせ刺突を繰り出したレオナさんの攻撃に合わせるように、宙を半回転し勢いをのせたかかと落としを繰り出す。

 しかし、先程砕いた氷の剣が円形へと変形し、レオナさんの前に盾として展開され、僕の蹴りを阻んだ。


「んな!?」

「力押しでは!」


 阻まれたのはほんの一瞬だけ。

 だけど、その一瞬の隙を突き、一気にこちらに踏み込んだレオナさんは、僕のがら空きの胴体に勢いを乗せた刺突を直撃させた。

 咄嗟に氷剣の切っ先を掴むが、勢いは止まらず僕の鳩尾に突き刺さり、空中で身動きのとれないまま思い切り後方へ吹っ飛ばされる。


「……ッッッ!」


 かろうじて防御は間に合ったけど、突きの勢いは殺せずに、地面を一回転しつつ着地する。

 ルクヴィスでカズキが披露した魔力弾の操作。

 それを三つの剣で……しかも、彼女自身が攻撃に加わっている。

 力はカズキの方が強いけど、技術に関していえば、レオナさんはルクヴィス時点の先輩とカズキよりも上だ……!


「あ、危な……ッ、って」


 顔を上げると、いくつもの氷剣が降ってくる。

 咄嗟に横に転がり避けるが、休みなく氷剣は僕目がけて落下し続けている。


「徹底的に僕を倒しにきているな……! レオナさん!」


 このままじゃ埒が明かないので、掌で大きめの治癒魔法弾を生成し、こちらへ降り注いでくる氷剣へ投げつけ、まとめて叩き落とす。


「……! 落とされた!?」

「こっちも出し惜しみはなしです!」


 治癒魔法使いの僕が、空中の氷剣を壊したことに動揺したレオナさんに治癒魔法弾を投擲する。

 普通の相手なら食らってしまうにしても、レオナさんなら簡単に防いでしまうだろう。実際、サマリアール騎士長のフェグニスさんだってそうだった。

 だから、僕は手加減なしで治癒魔法弾に追随する形で接近を試みる。


「魔力弾……!?」


 治癒魔法弾を操作した氷剣で防いだレオナさんは、追加の氷剣を作り出して撃ち出してきた。

 今から降り注ぐであろう氷剣に僕の動きを止める魔力弾が織り交ぜられているのは確実だろう。それに、先程の短剣と違い、僕に引き寄せられていくように落下している。

 動きを止められず、且つレオナさんへ近づくためには―――、


「全部避けきってみせればいいだけの話だろ!」


 僕には鍛えられた目と体がある。

 なら、それを信じて前に突き進めばいいだけだ。

 僕は躊躇するどころか、さらに前へ大きく踏み込む。


「おおお……!」


 雨のように降り注ぐ氷剣を目で捉え、走りながら避けていく。

 地面が抉れ、氷の破片が空中に舞う中で一身に前へ進み続けたその先に、驚愕の表情のレオナさんがいる。


「ッ!」

「捉えた!」


 冷気を手で払い、腰だめに構えた拳を彼女へ振るう。

 空中に幾重にも重ねられた氷の盾によって拳が阻まれるが、それに関わらず僕は拳を振り切り盾ごとレオナさんに直撃させた。


「っ、く……」

「浅いか……!」


 後ろに跳んで威力を流されたか! なら次で直撃させる!

 拳を振り上げ、再度の突撃を試みる。

 地面に着地しながらも苦しげにこちらを見たレオナさんは、防御に使ったであろう半ばから折れた氷剣を捨て、目を瞑る。


「使うしか、ないか……」


 そう小さく呟いた彼女は、両の掌に魔力を籠め始めた。

 今までのようにただ魔力を籠める訳じゃない。透明感のある綺麗な水色の魔力が、魔力が注がれるにつれてその色素が濃くなっていく。


「―――っ、させるかぁ!」


 それだけで僕は彼女が何をしようとしているのか理解できた。

 だからこそ、止めなければなかった。

 全力で地面を蹴り、一気に距離を詰めようとしたその瞬間、僕とは比べものにならない早さで彼女の魔力の色が濃密なものに変わる。


「オラァ!」


 なにかされる前にケリをつける。

 拳を振り下ろすその瞬間、驚くほど落ち着いた動作で地面に両手を置いたレオナさんは、僕の耳に聞こえるか怪しいくらいの声で、その言葉を呟いた。


「―――系統強化」


 瞬間、僕とレオナさんの間に強烈な冷気を放つ壁が出現した。



 氷の魔法での系統強化。

 勇者であるレオナさんが系統強化により作り出したのは、氷の壁であった。

 あまりにも透きとおりすぎて、そこに壁があるか分からないほどの氷壁。

 だが、それがただの壁ではないことは、放たれる強烈な冷気ですぐに理解できた。


「――まずッ!? ……ぐっ」


 拳を振り下ろす寸前に出現した氷壁に激突する前に、僕は思い切り地面に足を突き刺しブレーキをかける。

 足に強烈な痛みが走るが、それでも氷の壁に激突する一歩手前でなんとか止まることができた。


「ッ……!?」


 こんな壁に正面から激突したら痛いなんてものじゃないぞ! 意識ごと飛ばされる可能性だってある!

 なんてタイミングで出してくるんだ、この人は!?

 透き通った氷の先にいるレオナさんは、肩で息をして僕を見ているが、その表情は悔しげだった。


「……これで決まり……なのか?」


 ……このまま迂回すれば、僕はレオナさんを倒すことができる。

 もう勝負は決まったも同じだ。

 彼女は最後の賭けに系統強化という技を出して、失敗した。

 ……勝ちにこだわるなら直接、レオナさんの元に行けばいいが……。


「違うよなぁ……!」


 ここで今更迂回するなんてできるはずがない。

 これはレオナさんの切り札。

 だからこそ、現状の僕の力が……拳が、どれほど通じるか知りたい……!


「行きますよ! レオナさん!!」

「……!? ウサト、何を―――」


 それを前にして、振り上げた拳を収めるほど、僕は勝ちに拘っているわけじゃない。

 僕は今の体勢で出せる本気の拳を氷壁に叩きつけた。


「オラァ!!」


 キィィンという金属を打合わせたような強烈な音が訓練場に響く。

 氷壁のあまりの冷たさで吐く息が白くなり、拳には凍てつくような冷たさが伝わってくる。

 今出せる本気の拳。

 叩きつけた右手をゆっくりと離し、殴りつけた場所を見る。

 そこには―――、


「……っ! ハハ……」


 力の限り叩きつけた氷壁は、亀裂の一つもなくそこに存在していた。

 邪龍の時とは違う。これは、今の僕じゃ絶対に壊せないという確信すら持てるほどに、この壁は固かった。

 氷系統の魔法の系統強化。

 レオナさんが使う系統強化の特性は、何者も壊せない氷壁を創り出すこと。

 いや、彼女ほどの使い手となれば、ただ硬いだけの壁でも厄介極まりないものに変わるだろう。事実、僕でなければあのタイミングで出された氷壁に真正面から激突して大怪我を負ってしまっていたところだ。


「僕も、まだまだ訓練が足りないな……」


 今一度自分の未熟さを自覚しつつ、先程から地面に両手を添えたまま動かないレオナさんを見る。

 氷の壁を通して見える彼女は、フラフラと上半身を揺らして今にも倒れそう―――って、


「レオナさん!?」


 ぐらりと横に倒れた彼女の元に駆け寄り、慌てて支えると、少し焦点の合わない目で申し訳なさそうにする。

 彼女を支えたまま僕と同様にこちらへ駆け寄ってくれたアルクさんに、手合わせの終わりを伝える。


「レオナさん、大丈夫ですか?」

「す、すまない……魔力が、尽きかけている。少し無理をしすぎてしまったようだ……。しばらくすれば、良くなるはずだ……」


 確かにあれだけの魔法を使ったら魔力が尽きかけてもおかしくはないな。

 それに、系統強化は普通の魔法よりも多く魔力を使うし。

 とりあえず、疲労の方を治すべく治癒魔法を施す。


「凄いですね。レオナさんの系統強化。僕の全力すらも防ぐとは思いませんでした」

「ははは、カロンでも壊せないからな。私が唯一誇れる技でもある。……それも失敗してしまったがな」


 未だに存在し続ける氷壁を見上げながらそう言葉にすると、大分血色が良くなったレオナさんが力なく笑った。


「あれだけの強度の壁に正面からぶつかっていれば、勝っていたのはレオナさんでした」

「……ぅ、君は当たらなかったじゃないか」

「まあ、僕は力技で止まりましたけどね」


 正直、止まる瞬間に足に相当な負荷がかかっていた。

 治癒魔法で即座に治したのはいいけど、一つ間違えれば壁に激突した衝撃で意識が飛んでいたかもしれない。

 ……自分の突っ込んだ衝撃で気絶とか笑い話にもなりゃしねぇ……。


「大丈夫ですか!?」

「ああ、軽い魔力切れだ……。ありがとうウサト、もう大丈夫だ……」


 駆け寄ってきたアルクさんにそう言ったレオナさんは、ふらつきながらも自分で立ち上がった。

 僕とレオナさんに大きな怪我がないと確認したアルクさんは安心するように、肩の力を抜いた。


「いやぁ、いつ止めにはいるか迷いました。ウサト殿がレオナさんを鬼の形相で殴ったときは、いつでも貴方を止められるように構えてはいたのですが、それも必要なかったみたいですね」

「僕ってそんな怖い顔してました?」


 鬼の形相って、僕ってどんどん表現が怪物になっていくなぁ……。

 地味に落ち込んでいる僕に苦笑したアルクさんは、横目でレオナさんの系統強化によって創り出された氷壁を見やり感嘆の声を漏らした。


「防御に秀でた系統強化ですか。見たところ、不純物の一切存在しない氷を生成してみせた、というので間違いないでしょうか?」

「あ、ああ。よく分かったな……」


 顎を当てながらそう考察したアルクさんに、レオナさんが肯定する。

 不純物の一切存在しない氷、か。なんだかよく分からないけど、魔力でつくられたこともあり僕が思っている以上の強度がある物質なのは確かなのだろう。


「ウサト殿の拳さえも防ぐとは……」

「いやぁ、全然壊れる気がしないですね。こんなの初めてですよ」

「流石はミアラークが誇る騎士ですね」


 褒め称えるようなアルクさんの言葉に、少しバツが悪そうな顔をするレオナさん。

 そんな彼女に、なにかを察したのか言葉を止めたアルクさんは、僕の方へ視線を向ける。


「さて、ウサト殿。レオナさんとの手合わせをして、なにか得るものはありましたか?」


 得るもの、か。

 僕はアルクさんの言葉に頷く。


「僕は力こそはあるけど、その使い方がなっていない。レオナさんと戦ってみて、自分がどれだけ感覚と力に任せて戦っていたのかを痛感させられました」

「それだけ理解出来れば十分です。なにをするにも、まずは自覚することが重要ですからね」


 僕は戦いに関しては素人だ。

 でも、いつまでも素人でいられるわけじゃない。


「訓練できる時間は限りなく少ない。ウサト殿には、これから戦いの基本のみを覚えてもらいます。貴方の場合、姿勢、心構えさえきっちり整えることができれば、今以上に強くなれるでしょう」

「姿勢と、心構え」

「ウサト殿は少し力が入りすぎていますからね。まずは、自らの力を制御できるようにならなければなりません」


 力の制御。

 僕が今以上に強くなるために必要なものがそれか。

 なら身につけるしかないよな。きっと、この先の旅にも必要になってくる。


「私も協力しよう。君に不足しているものを、この期間内で埋められるように力を尽くす」

「レオナさんの力も加われば、百人力です。頼りにしてます」

「そ、そこまで言われるほど、私は……」


 少し赤くなったレオナさんの言葉に頷いた僕は、改めて二人に向き合い気合いを入れるに頬を叩き、思い切り頭を下げた。


「よろしくおねがいします!」


 専用の武具ができるまでのこの数日間。

 僕は、この場所で新たな強さを手に入れる為に鍛え直す。


今回の勝負ですが……。

ルールのある試合なら、ウサトを抑え込んでいた時点で彼女の勝ちでしたね……。

ですが、結果的にいうならば最後はだいぶ余力を残しているウサトの勝利です。


※後書きの方、部分的に修正させていただきました。

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― 新着の感想 ―
[一言] アルクは最初新人衛兵って感じだったけど、今は剣聖のような雰囲気だね
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