第百七話
お待たせしました。
第百七話です。
どんな強大な敵を前にしても、決して引かずに立ち向かう。
自分の強さを信じ、突き進んでいく。
気高く、分け隔てない優しさを持つ戦士。
それが、私の思い描いた勇者の姿であった。
本来は彼―――カロンにこそ相応しい称号であったはずだ。
私のような器用なことが取り柄な騎士とは違い、彼は豪胆さと繊細さを兼ね備えた美麗な剣技と、卓越した指揮能力を有した、ミアラークにおいて最強であり最優の騎士だからだ。
そんな彼に与えられるはずだった称号は、私に与えられてしまった。
勇者という誉れは、私にとって重りでしかなかった。
しょうがない話なのは私自身よく理解していた。
ただでさえミアラークで屈指の実力を誇るカロンが龍の力に目覚め、暴走し、誰にも手が付けられない状況で、カロン以外の誰かがミアラークの心の支えにならなければならないのだ。
それに、彼の次の候補だった私が選ばれた。
ただ器用なだけの私が選ばれてしまった。―――それだけの話なのだ。
今、私の前に一人の少年が立っている。
リングル王国からの使者、ウサト。
武器もなにも持たずに私と相対している彼は、相変わらずどこにでもいるような普通の少年のように見えた。
最初に彼を見たとき、私はカロンに止めを刺される寸前だった。その時は、戦いに巻き込んでしまった少年という認識でしかなく、すぐに逃げるように警告した私だったが、彼への認識はすぐに変わった。
彼は己が肉体を以てしてカロンをその拳で殴り飛ばしたのだ。
龍の力を持つカロンを殴り飛ばす、それはどれほど異常なことかは、私が一番よく知っている。大柄な男ならまだ納得できていたが、自分よりも年下の少年がそれを行ったことに、私は驚愕と畏怖の感情を抱いた。
『奴は貴様と見ているものが違う』
昨日のファルガ様との対談でウサト達が戻った後に、ファルガ様に言われた言葉がそれだった。
彼の言葉に私は口をつぐむしかなかった。
『我の言葉の意味が理解出来ぬのならば、戦ってみろ。貴様の迷いを振り払う切っ掛けとしては奴はこれ以上にない相手だろう。だが、手加減はするな。相手は弱体化していたとはいえ我が半身を打倒した傑物。一瞬の油断で意識を刈り取られてもおかしくはない』
ウサトと、戦う。
彼はなにを思って戦っているのだろうか?
彼はその拳になにを込めているのだろうか?
それを知りたいと思った私は、彼と戦う決意を固め、今この場に立っている。
「レオナさん。ルールを確認させていただきますが、よろしいでしょうか?」
「え? あ、ああ」
アルク殿の言葉に我に返り頷く。
私の返答に彼は頷くと、私とウサトの中間ほどの位置に立つ。
「基本的に武器は刃引きしたものを使用。魔法も使用可。本気で戦うのが望ましいですが、大怪我だけはしないようにお願いします。ウサト殿は特に怪我に無頓着なところがありますからね」
「えー、分かりました」
「了承した」
「では、合図は私が出します。危険と判断したら止めに入りますので、その時は双方矛を収められるようにしてください」
そう言いその場から離れたアルク殿。
本気、か。
治癒魔法使いと戦うことは初めてだが、ただの手合わせでこれほどまでに緊張するとは思わなかった。彼の拳は常人が食らえば一撃で意識が飛ぶほどの威力。しかも、それが驚異的な敏捷性と共に放たれると考えると、油断して戦える相手ではないのは明白だろう。
だが―――、
「対応できないわけじゃない」
彼の動きを一時とはいえ近くで見ていた私はすぐに気付けた。
彼に不足しているものであり、弱点とも呼べる脆い部分を。
恐らくそれは、口で説明しても難しいだろう。それは一朝一夕で補えるものではなく、修練と実戦の末に身につけるものだからだ。
「それでは、よろしくお願いします。レオナさん」
「ああ、こちらこそ」
こちらに一礼した後に、拳を構え半歩後ろに足を引いたウサト。
私も彼に返礼し、木剣を両手で握りしめ、彼に切っ先を向ける形で水平に構える。
「それでは―――」
アルク殿の声が静かな訓練場に響く。
油断なくこちらを注視しているウサトの瞳が鋭いものへ変わっていく。
普通の少年から、戦う者に変わった彼の気迫に、私も柄を握る両手に力を込める。
徐々に空気が張り詰めていく訓練場、互いに構えた私達を一度交互に見たアルク殿は、ゆっくりと手を上に掲げ―――、
「―――始め!!」
―――そのまま力強く振り下ろした。
瞬間、戦いに臨もうとした私の眼前では既に、ウサトが拳を振り上げていた。
「ッ!」
一息で間合いを詰めてきた!?
圧倒的な初動の速さ、彼の並外れた反射神経に背筋が冷たくなった。
「だが!」
ある意味でこうくるのは予想できていた。
的確に私の胴体を穿とうと突き進んでいる拳を滑るように斜めに歩み出ることで回避する。
「っ、前に!?」
「そこだ!」
反射神経で圧倒的に上回っている彼に、木剣を振り上げている余裕はない。
私は、木剣を構えたまま、拳を空ぶった彼の体に肩をぶつけて体勢を崩す。吐息がかかるほどに狭まったウサトの顔に驚愕の表情が映る。
私は勢いのままにウサトを突き飛ばし、横に倒れかけた彼に刺突を繰り出す。
「うぉ……!? あっぶ、な!?」
「やはり避けるか」
しかし、体勢を崩した突きも、咄嗟に体を横に傾けた彼に避けられてしまう。
普通の攻撃で彼を捉えるのは難しい……ならば、魔法を使うしかない。
剣を両手から右手に持ち替え、左手を彼に見えないように後ろ手に隠し、右手の木剣を彼へ振るう。
彼は拳で私の剣を弾き、再び懐に潜り込もうとするが、それと同時に後ろ手に隠して生成した氷系統の魔法を彼の視界外から足下目がけて放り投げる。
「っ、な!? いつのまに!?」
着弾し、足下を氷で固めたことにより、彼の動きがようやく止まる。
その一瞬の隙を突くように、私は上段に振り上げた木剣を彼に振り下ろした。これで決まってくれ、そんな思いを込めて振り下ろすが―――、
「この程度ぉぉ!!」
「っ!? 地面ごと足を引き抜いたのか!?」
驚くことに氷で縫い付けられた地面ごと足を引き抜いたウサトは、当たる寸前で私の木剣を回避し、後転する形で私から距離を取った。
「ふぅ……やっぱり、レオナさんは強い……」
「それはこちらの台詞だ。下手をすれば、最初の一手で負けていたところだ」
驚異的な身体能力と、反射神経。
間近で見た彼の実力は、凄まじいの一言に尽きた。しかも、彼の力は容易に手に入れられるものではなく、血の滲むような修練の果てに手に入れたものだ。
「……勿体ない、な」
自然と私はそう呟いてしまった。
ウサトの戦い方は素人のそれに近い。
近づいて攻撃して、攻撃がきたら避ける。技術もなにも感じられない戦い方は、私から見れば手に取るように分かりやすいのだ。
私の攻撃を回避するときも、彼の動きは少し大袈裟すぎる。
剣を拳で弾けるほどの動体視力と反射神経を有する彼ならば、あそこまで大袈裟に動いて回避せずとも最小限の動きだけで避けきれるはずだ。
「そして……」
一番勿体ないのが彼の拳。
彼の身体能力に任せて繰り出された攻撃は確かに絶大な威力を有しているが、その力全てが拳に籠められるわけではない。
雑に振り上げられた腕に足、攻撃時に乱れた姿勢のせいで拳に力が集中せずに威力が逃げてしまっている。
それで並の騎士が沈むだけの威力があるのが恐ろしい話なのだが、そんな隙だらけの挙動と拳ではカロンを倒すことはできない。
「……」
私が想像しうる最悪の可能性。
それは、この先彼が戦う相手が私のように彼の弱点を見抜いた上で、これ以上にないタイミングで致命的な反撃を叩き込むこと。
現在理性を失っているカロンも例外ではない。
もし彼が理性を失っても尚、理性を失う前の洞察力、技術を用いて戦ってくるという可能性はゼロではない。
「レオナさん?」
「……ああ、続きをやろう」
今は彼との手合わせを続けよう。
左手に複数の魔力弾を生成し、ウサトを見る。
「君との接近戦は肝が冷える。少し距離を取らせてもらおう」
「なら僕は、意地でも貴女に近づくだけです」
先程と同じ構えで、拳を構えたウサト。
私は左手の魔力弾を薙ぐように振るい、眼前の宙に浮くように固定させる。宙に固定された魔力弾はそのまま形を変え、氷の短剣へと変わる。
「刃は潰すが、当たると痛いぞ!」
後方に下がると同時に、五本の氷の短剣がウサト目がけて撃ち出す。
氷の魔法の大きな特徴は応用が利くことだ。
相手を凍らせる魔力弾として撃ち出したり、今のように短剣の形として生成し撃ち出すこともできる。
「魔法ってこんなこともできるのか……!」
撃ち出された氷の短剣を、横に跳躍し避けたウサトに続けて短剣を放つ。
ウサトの動きは速いが、読みやすい。
こちらに近づけさせないように場所を変えながら、彼が飛び出すであろう場所に、先に短剣を放つことで逃げ場所を限定させていく……!
「それでも当たってくれないのが……本当に凄まじい!」
「こっちは避けるので必死ですよ、っと!」
回避が間に合わない短剣を手刀で落としたウサトが、こちらへ猛烈な勢いで突っ込んでくる。
恐ろしいことに、迫りくる氷の短剣全てを叩き落としながら近づいてこようとしている。
「このまま一気に!」
「君がそう来るのを私が予想していないはずがないだろう!!」
瞬間、短剣を叩き落としたかに見えたウサトの右腕が凍り付く。
「私が飛ばすのは短剣だけじゃない!」
無数に撃ち出す短剣の中に魔力弾を織り交ぜることで、彼の迎撃行動の虚を突いた。
悪いが、この隙に君を氷で拘束させてもらおう。
「く、しまっ……ん? いや、行ける!!」
しかし、ウサトは私の予想を超えた行動に出た。
彼は氷で固められた両手を一瞬だけ呆然と見ていたが、すぐに私に目を移すと凍った右腕そっちのけで再びこちらへ走り出したのだ。
「なっ!?」
立ち止まるどころか逆に勢いをつけて向かってくる彼に、面食らいながらも、続けて短剣と魔力弾を放つ―――が、彼は魔力弾で手を覆う氷が大きくなっているのを気にしてもいないかのように、短剣と魔力弾を凍った右腕で防ぎながら、こちらへ進んでくる。
「え、え!? 流石にそれは予想できないぞ!? というより、それでも向かってくるのか君は!?」
肘から先を覆う形で固められているはずなのに、彼はそれをものともせずにブンブンと腕を振り回して、私へ殴りかかろうとしている。
これ以上の魔力弾での足止めは無理と判断した私は、剣を構え、彼を迎え撃つ。
「フンッ!」
突き出された氷に覆われた拳を、木剣の腹で受け止める。
「ぐぅ……!」
メキリと軋んだ音を立てる木剣に顔を顰めつつ、なんとか彼の拳を後ろに流す。
一瞬だけの衝撃で手が痺れていたが、既に目の前の彼は凍っていない左拳で右溜めに構えていた。
「行くぞ、レオナさん!」
「ッ!」
殴打ではなく、裏拳を繰り出すかのような構えに嫌な予感を感じながらも、こちらも痺れた手のまま渾身の力を込めた刺突を繰り出す。
しかしこの瞬間、彼の視線が私ではなく突き出された木剣に集中していることに気付く。
「折らせてもらう!」
「なっ……」
振り切られた彼の左拳が、的確に先程の一撃で脆くなった木剣の中心部分を打ち砕いた。
動体視力と剣を恐れない精神がなせる技に、私は驚愕の声を漏らす。
「これで―――」
「いいや、まだ終わっていないぞ! ウサト!!」
武器がなくなったくらいで戦意を喪失するほど、私は簡単な相手じゃない。
即座に折れた木剣を彼の目の前に放り投げ、潜り込むように彼の懐へ踏み込む。
目の前に放り投げられた木剣に一瞬だけ目を取られた彼は、慌てて左腕で木剣を弾いた。
「そこだ!」
その左腕に、魔力弾をぶつけ胴体と左腕を氷で縫い付ける。
一瞬で解けるであろう拘束―――だが、それは私には十分なほどの隙になる!!
「冷た!?……っ、させるか!」
苦し紛れに突き出された右腕を身を低くすることで回避。
前に進む勢いを止めずにすれ違いざまに右腕に手を添えると同時に、足払いをかける。
「混乱を重ねれば、いくら君でも……!」
右腕を両腕で抱きしめるように固め、彼を地面に叩きつけ、背中を体で押さえつける。
右腕ごと完全に固められ、身動きの取れないように地面へ押しつけられるウサト。彼は自身にかけられた技に驚きのあまり声を漏らした。
「か、関節技!?」
「カンセツワザというのは知らないが、これは剣を失ったときに使う対人格闘の一つだ」
「そ、そうなんですか……」
ウサトの背中にのしかかったままそう言うと、彼は若干頬を赤くしながら気まずげに返答する。
少し強く固めすぎたか?
だが、これ以上力をいれれば彼の肩が外れかねないので、我慢して貰わねば。
「なんとか君を押さえることができて良かった……。こうでもしなくては君を止められなかったからな……」
一つでも間違えていたら、地面に倒れていたのは私の方だった。
冷静を装った口調とは裏腹に、私は早まった鼓動を必死に落ち着かせていた。
木剣をへし折った彼の技。
恐らく、彼は鉄の剣で同じことを行えるはずだ。でなければ、確信を持って技を繰り出せるはずがない。
「いえ、まだ終わってませんよ」
「……え?」
私の下で拘束されているウサトの言葉に、呆けた声を出してしまった。
……ウサトは、この状況でもまだ続けようとしているのか? 普通ならこの状況で続けようなんて思わないはずなのに、彼はまだ闘志を燃やしている。
「本気でやるからには、僕もこれくらいで負けるわけにはいきませんからね、アルクさんも止めていないですし、勝負は続いています」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、この状態のまま続けたら君の肩の骨が外れてしまうぞ!?」
「肩が外れるくらい慣れていますの、で」
拘束されたまま、左腕の氷を砕いて地面に手を置いたウサト。
私が固めている肩に凄まじい痛みが走っているはずなのに、それを表情に出さずに少しずつ体を起こしていく彼に、私は頬を引き攣らせた。
その時、私はファルガ様の言葉を思い出した。
『試合なら貴様が勝つだろう。しかし、勝負ならば確実に貴様が負ける』
彼を抑え込んだ時点で試合での勝利を得た。
だが、これは試合などではなく、彼と私が本気で戦う勝負。彼を技術で抑え込んだとしても、彼がこの状況をどうにかできる力があるのならば、勝負は続行される。
「……っ」
力が入らないはずの右腕が前に戻っていく。
彼は身体能力と反射神経だけではない。真に恐ろしいのは、どのような痛みにも耐えうる強靱な精神力だった。
「ふん!」
中腰ほどにまで立ち上がった彼が、私が押さえている右腕を振り回す。
これ以上の拘束は無理と判断した私は、諦めて右腕から手を離し、彼から飛び下がる。自由になった右腕を回しながら調子を確かめたウサトは、獰猛とも取れる笑みを浮かべ、拳を構えた。
「さあ、続きをしましょう」
その笑みは、昨日ファルガ様の魔術によって映し出されたローズと呼ばれる女性が浮かべていた笑みを連想させるには十分なものだった。
今回は現状でのウサトの弱点を明かしてみました。
なお、弱点をついて腕の関節を極めても、どこぞの格闘漫画のキャラのように普通に起き上がってくる模様。




