第百六話
お待たせしました。
第百六話です。
カロンさんを止める手伝いをすることになった僕達は、ファルガ様との対談を終えた後、泉のある地下から城へと戻った。
都市を護るべく気合いを入れているノルン様、そんな彼女とは対照的に落ち込んでいるレオナさんに、どこか不安な気持ちにはなったけど、今日のところは僕達それぞれにあてがわれた部屋で休むことにした。
「さすが城の客間、豪華なことには変わりないんだな……」
僕に与えられた部屋は、とても広く、それでいて豪華だった。
救命団の宿舎、キリハ達の寮、エヴァの住む結界内の家のような素朴な感じの部屋に慣れていたので、これほどまでに豪華な部屋にいると落ち着けなかった。
「……ま、当分はここにいるから慣れなきゃ駄目か」
三日から五日、その後にファルガ様は勇者の武具を僕専用のものに作り直してくれる。
武器の造形、能力は僕の心が決める……ようなことを言っていたけど、ようするにカロンさんの持つ武器のように僕に最も適した武器に変わるということなのだろう。
「僕に適した武具、ね」
……鈍器かな?
それとも、足の速さを生かせるものとか?
僕が個人的に求めるものとすれば―――、
「守れるものがいいな」
傷つけることはどんな武器でも簡単だけど、どんな攻撃も防ぎきる防御は難しい。
特にカロンさんの攻撃は、一撃が命取りになる強力なもの。それを相手に無手で挑むのは得策じゃ無い。
「まずは、武具以前にカロンさんとの立ち回りを考えなくちゃな」
彼との接近戦は文字通りに苛烈なものになる。
ひたすらに回避と迎撃に努めれば、いくらでも時間を稼げる自信はあるけど、それではカロンさんを倒すことが出来ない。
一番理想的なのは、近距離で彼を翻弄し強力な一撃を食らわし、彼の意識を奪うというものだ。
生半可な一撃では彼の体に攻撃を通すことはできない。
恐らく、彼に対して決定打となるのは、僕が邪龍にやったように本気の拳を食らわせることだ。彼の体は邪龍と同じように硬いけど、邪龍ほどの硬度はない。それは僕が実際に彼に拳を当てて、感じたことだ。
だが、僕が人間である彼に、邪龍にしたような本気の拳を当てていいのか?
「……加減無しで攻撃を与えるのは危険すぎる」
下手をすれば取り返しのつかないことになる。
治癒魔法で治しきる前に彼が絶命してしまう可能性だってある。
いや、そもそも彼の攻撃を避けながら、大ぶりの一撃を与えられるか? 一瞬の隙が命とりの状況で、力を溜めるなんてことをカロンさんが許してくれるとは到底思えない。
「まだ時間はある。対策は訓練でもしながら考えよう」
とりあえずは、明日からは力のコントロールとカロンさんの攻撃を想定しての回避訓練をしよう。
明日の予定を立てた僕は、ベッドに寝転がり体を休めようとすると、不意に僕の部屋の扉がノックされた。
「ウサト、起きてる?」
「ん、起きてるよ」
アマコの声だ。
ベッドから起き上がり、アマコを部屋に招き入れる。
一体何のようかな? 彼女の座る椅子とテーブルを用意しながらそう訊くと、アマコは「暇だったから」と簡潔に答えてくれた。
「あと、あんな広い部屋じゃ落ち着かなかった」
「ははは、分かるよ。その気持ち」
部屋が広すぎると落ち着かないよね。
彼女の言葉に苦笑しつつ、僕も自分で動かした椅子に座る。
「ここに来るときにネアとアルクさんは見たかな?」
「アルクさんは剣の手入れをしていて、ネアはもう寝てた」
「あいつ寝るの早くないか?」
吸血鬼なのに早寝早起きが日課になってきているような気がする。
普通なら夜が活動時間のはずなのに、最近のネアは日中の活動時間の方が長い。なんというか、だんだんと健康的な生活になってきている彼女に、曖昧な表情になってしまう。
「疲れてたのかな? やっぱり」
「そうだろうね。旅の疲れもあるだろうけど、今日のこともあったから」
カロンさんとの戦いの時、ネアに手を貸してもらっていたからなぁ。
正直な話、彼女の耐性の呪術が無ければ危なかったかもしれない。
……冷気への対策はどうにもならないから、ネアの魔術に頼り切りになりそうだな。
「……今度は私も力になるよ」
少し考え込んでしまった僕に、ぽつりとアマコがそんなことを言ってきた。
その言葉は、カロンさんとの戦いに彼女も加わることを意味していると、僕はすぐに理解した。
「……アマコ」
「大丈夫。危ないことはしないよ、私は私にできることをしようとするだけ。それにウサトは……無茶ばっかりするから……すごく心配なの」
確かに、今回も無茶をしてしまうかもしれない。
端から見たら僕って本当に綱渡り染みたことをしているよな。
邪龍の時は単身で戦って手痛い一撃を貰ってしまったし、サマリアールの呪いの時は魔術師の存在に気づけず呪いに縛られた魂達に精神世界に取り込まれて危うく心を壊されそうになっていたし。
考えれば考えるほど、彼女に心配されてもおかしくないことばかりをしていた。
「ははは、ごめん。心配ばかりかけて」
「……うん。ウサトはもうちょっと自分を大切にした方がいいよ。いくら体が強くても、いつか駄目になっちゃうよ……多分?」
なんでそこまで言いかけて多分と疑問符がつくのでしょうか。
自分で言葉にして、本当にそうなるか不安になったアマコは微妙な表情を浮かべ、僕を見る。
「私はウサトに母さんを助けて欲しいけど、その為にウサトにも犠牲になってほしくない」
「犠牲になる気なんてさらさらないけどね。僕にもまだまだやることが沢山あるし」
アマコの母さんを救って、無事に旅を終わらせて、んでもってリングル王国で犬上先輩とカズキと再会する。
他にもまだあるけど、まずそれを達成するまでは倒れるわけにはいかない。
「それに明日からは、カロンさんと戦うことに備えての訓練だ。アルクさんも参加するだろうし、レオナさんも一緒にやってくれるから、ある程度の成果は見込めるはずだ」
「そうだといいけど……」
「なにか気になることでもあるのか?」
微妙な表情を浮かべたアマコに、そう訊くと彼女は言い辛そうに視線を斜めに逸らした。
「あの人達は、まだ私達に隠していることがある……気がするの」
「隠していること?」
「それがなんなのかは分からないけど……」
……隠していること、か。
レオナさん達がなにかを隠している。
考えられる可能性としては他国に所属する僕達に知られたくないことだろうけど、それはなんなのだろうか? 確実にカロンさんに関係することだろうけど……ん? そういえば―――、
「どうしてカロンさんに龍の因子があったんだろう?」
彼が普通の人間では無いことは説明は受けた。受けたけれど、彼がどうして龍の因子を持っているのかその理由は結局は話してもらえなかった。
それは大して重要な部分では無いのかもしれないけど、彼の力の出所をファルガ様達が意図的に隠しているとしたら……ちょっと不安になってくるな。
「アマコ、人が別の種族に変身する話ってありえるのか?」
「……ううん。そんな話は聞いたことないよ。だから、カロンが龍に変身しているのはかなりおかしいことなんだよ」
「おかしいのか?」
「あるとしても、それは呪いだよ。もしくは……彼の血縁になにか関係があるかもしれない。祖先に亜人の血が混ざっていたら、数世代後にその亜人の血が色濃く現れる人間が生まれるのと同じ」
「……へぇ」
ということは、カロンさんの中にあるのは龍の因子、そうなると彼の血縁には龍がいたことになる。
まるで、神話やおとぎ話みたいな話みたいだ。
「まあ、カロンさんの血筋がどうあれ、僕達が戦うことには変わりないよ。ノルン様達が隠しているってこともいずれ教えてもらえるかもしれないし、そんなに気にしない方が良いでしょ」
「それもそうだね」
こくりと頷くアマコ。
そう、現状カロンさんの中に龍の因子がある理由を知る必要はない。
問題は、彼の体が龍の体に変身したことで強化されていっているということだ。多分、邪龍が目覚めた夜に暴走したことを引き金にして彼の体は龍へと変わっていったはずだ。
目覚めた時点では龍の”凶暴性”を、牢を出る時点で龍の”怪力”と堅牢な”鱗”を身に纏った。
そして、今日―――表だった変化として、龍の尾と角に目覚めた。
「……どちらにしろ、長引かせるのはマズいな」
これ以上は手を付けられなくなるかもしれない。
「そういえば。今日リングル王国から呼び出された魔族の人って……。やっぱり黒騎士なの?」
「ん? ああ、そうだよ」
少し考え込んでしまっていた僕に、アマコがそう訊いてきた。
アマコは予知で黒騎士の姿を見たことはあるけど、黒騎士の中身であるフェルムに会ったことは無かったな。
「なんだか、予想していた人とは違かった」
「ははは、僕も彼女と話したときはそう思ったよ」
「どんな人なの? 今日見た限り、気が強そうな人に思えるけど……」
僕はアマコにフェルムのことについて話してみた。
黒騎士として戦場で戦ったこと、捕まえた後に牢屋でのやり取り、それから救命団に入る経緯とかを簡単に説明した。
「自分の怪我を放っておくくらい無鉄砲な子だよ。ま、あの子は一応僕の後輩でもあるから、救命団でうまくやっているか少し心配だったんだ。今日、久しぶりに会って、元気にやっているようで良かったよ」
しかも、鎧の形を救命団の団服の形にするとは思わなかったな。
嫌よ嫌よと言いつつも、その実はそこまで救命団での生活を嫌っていなかったってことなのかな? だったら僕としても嬉しいのだけど。
「……」
「……?」
フェルムが元気にやっていることに口元を綻ばせていると、アマコが訝しげにこちらを見つめてきた。
「……ウサトって」
「ん?」
「意外と、女たらしなんだね」
「ちょっと待ちなさい。どこでそんな言葉覚えてきたの? 怒らないから教えなさい」
動揺のあまり命令口調になりながらも、身を乗り出して抗議する。
濡れ衣過ぎる。冗談半分で先輩に言われるならまだしも、アマコにそう言われるのはかなりショックだ。
泣きそうだ。
いや、僕は既に泣いていた。
そもそも、異性を口説いたことなんて一度も無いのに、女たらしと言われるのに納得がいかない。
「だって、そうとしか思えないもん」
「いやいや、なんでそこでふて腐れるの? むしろこっちの方がふて腐れたいのだけど!?」
口を尖らせるアマコ。
僕は必死に弁解するが、彼女のジト目は変わらない。
それから身振り手振りで僕の潔白を証明しようとしたけど、結局は「ウサトは無自覚」という不名誉極まりない称号をアマコから貰うことで、話は終わるのだった。
●
ミアラークを訪れた次の日。
慣れない広い部屋で体を休めた僕は、メイドさんが作ってくれた朝食をご馳走になった後、ミアラークの城の訓練場に足を運んでいた。
訓練場にいるのは僕とアルクさんの二人だけで、アマコはブルリンにご飯をあげに行き、ネアは外に出たくないというので、メイドさんにミアラークの本が保管されている場所にまで案内されていた。
ミアラークの訓練場は予想よりも広く作られており、そこに立った僕は先ずは軽い準備運動を始めていた。
「ふー」
服装は団服ではなく、救命団での訓練用の服を着ている。
訓練をする上ではこっちの服の方が汚れてもいいので、思う存分に動けるからだ。
「さて、何時も通りにやる……訳にもいかないから、ちゃんとした目標を決めなくちゃな」
毎日の訓練のように闇雲に鍛えるのではなく、今回は明確な指針を決める。
僕達が相手をするカロンさんは、適当な対策で勝てるほど甘い相手じゃない。力で負けるから筋肉を鍛えるという安易な考えは駄目だろう。
……だけど、実際、まず最初になにをしたらいいか分からないのが現状だ。
「ウサト殿」
「どうしましたか? アルクさん」
首を捻りながら考えていた僕に、アルクさんが声をかけてくれる。
彼もいつもの訓練とあってか、僕と同じような簡易的な服を着ておりその手には真剣ではなく、木剣を持っていた。
「お悩みのようですから、私から一つ助言をと思いまして」
「助かります。鍛えるなら僕でも出来るんですけど、戦うことを前提としたら何をしていいか分からなくて……」
僕の戦い方は、素人丸出しの肉弾戦と、治癒魔法弾を用いた不意打ちの組み合わせでしかない。
しっかりとした技術も無いし、所詮は喧嘩殺法だ。
「いえ、ウサト殿の場合は戦う術こそはあれど、戦いの技術を学ぶ必要が無かったので、ある意味しょうがない話でしょう」
「そうでしょうか?」
「ええ。ですが、邪龍との戦い、サマリアールの呪い、そして……今回のカロン殿との戦いのような問題が今後起こらないとは限らない。ウサト殿自身の身を護るために、貴方には戦いの技術を身につけて貰う必要があります」
確かに、僕達の次の目的地は獣人の国。
人間を嫌う亜人の国だ。そんな国にいく僕達に何も起こらないわけが無いのだ。
その時になっても、身体能力に偏った戦闘方法だけで切り抜けられるとは限らない。
「アルクさん、僕に戦い方を教えてください」
僕の言葉にアルクさんは頷く。
彼は一流の騎士だ。僕一人で訓練するよりも彼に師事した方が断然に良い。
「それでは、まずはウサト殿の動きを確認したいので、一つ手合わせをしましょう」
「え、いきなりですか?」
「ええ、見てみないことには分かりませんから」
……思えば、アルクさんと戦うのは二度目だな。
一度目はネアに操られた時だけど、あれはアルクさん本来の実力が発揮されていないから彼の実力を計ることは出来ない。
「魔法の使用はありで、できるだけ本気でお願いします。そうでないと意味がありませんので」
「えーと、本気で大丈夫なんですか?」
「もしもの時はウサト殿に治して貰いますから」
冗談交じりでそう言ったアルクさんだが、魔法の使用がありということはアルクさんも炎の魔法を使ってくるはずだ。
確かな経験と技術に裏打ちされた彼の実力は相当なものだろう。
ここは油断せずに、いっそ胸を借りるつもりで挑ませて貰おう。
小さく深呼吸した僕は、木剣の調子を確かめているアルクさんに目配せし、周りの被害の出ない訓練場の中央にまで移動する。
「―――待ってくれ」
「ん?」
しかし、僕達が訓練場の中央に足を進めようとした時、城の方から一人の女性が現れた。
「え、レオナさん?」
「……突然、すまない」
一つに結った金髪を揺らしながら、こちらへ歩み寄った彼女―――レオナさんは少し思い詰めた表情で僕を一瞥した後、アルクさんに話しかけた。
「アルク殿、その役目……私に任せては貰えないだろうか?」
「え?」
役目、というとアルクさんではなく、レオナさんが僕と手合わせを?
なぜ彼女がそのような提案を―――と、考えたが、昨日ファルガ様がレオナさんに言った言葉を思い出し、それが理由だと思い至る。
「私としては、騎士である貴女の考察も頂けるので願ってもない提案ですが……ウサト殿は?」
「僕も構いません」
レオナさんが実力者なのは僕もアルクさんも分かっている。カロンさんと真正面から戦える彼女が相手にとって不足であるはずがない。
……それと、僕の私情でもあるけど、この人からは放っておけない危うさを感じる。
彼女がどんな問題を抱えているか分からないけど、まず踏み込んでみないことには始まらない。
「このような無茶な願いを聞き入れてくれたことに、感謝する」
綺麗なお辞儀をした彼女は、既に持っていた木剣を片手に訓練場の中央へ歩いて行く。
その様子を見送っていた僕に、アルクさんが話しかけてきた。
「彼女はかなりの実力者です。ウサト殿よりも経験も技術も上をいっていることは間違いないでしょう。油断せず、貴方の戦いをするように心掛けてください」
「僕の戦い方……ええ、分かりました」
現状で僕の戦い方がどれだけ通じるのか、それを確かめる良い機会かもしれない。
最初とは違い、相手がアルクさんでないけど、それでも全くレオナさんの動きを知らないという点で手合わせの相手として、良いのかもしれない。
「いっちょ、やってみるか」
そう呟き気を引き締めた僕は、レオナさんのいる訓練場の中央へ向かうのだった。
次回 怪物VS勇者




