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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第五章 水上都市ミアラーク
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第百五話

ローズ登場回の感想欄が最終回ムードとは……。

 僕にとって、彼女は尊敬する人物だ。

 手段はどうあれ、漠然とした思いを抱えて犬上先輩とカズキの力になろうと考えていた僕に、救命団としての道を示してくれた恩師だ。

 しかし、尊敬する対象であると同時に苦手な人物であることは確かだ。

 人柄が嫌いな訳では無い。

 彼女に直接訓練を施してもらった者ならば、彼女が好んで人をいたぶることをしないのは分かっている。言動がどうあれ、彼女の仕打ちは全て僕を成長させる要素として不可欠なものだった。

 彼女の優しさは、きっと彼女を良く知る者以外には理解されないだろう。

 粗暴で荒々しい言動がそもそもの原因だが、その実は彼女は最も命を尊く、大切にすべきであるべきことを理解しており、それを僕に教えてくれた。

 なら、どうして苦手か?

 決まっている。彼女と戦うことにおいて、これほどなく相性が悪い相手だからだ。

 これはもう好きとか嫌いとかじゃ無い。

 蛇、黒騎士、ハルファさん、邪龍、呪い。

 時には仲間の力を借りて、戦ってきた僕でも、身体能力だけで圧倒的に上回っている彼女に勝てるビジョンが思いつかない。

 旅を始めて成長を実感した今だからこそ、ローズがどれだけの実力を有しているかを改めて理解できていた。


「十秒もつかなぁ……」

「ウサト、あれが貴方の師匠なの? さっきから私の魔物としての本能が”今すぐ逃げろ”って訴えかけているんだけど、これってもしかしてあの人のせい……?」


 鏡の先にいるのは、久しぶりに会うローズの横顔。

 あぁ、元気そうだなぁ。

 うん、凄い笑顔だから元気なのは当たり前だよなぁ。

 喜ばしいことなんだけど、全然喜べないんだよなぁ……。


「ファルガ様、この光景はあちらから見えているのですか?」

「いや、あちらからは見えていない。今は空間の狭間から見えているに過ぎない。発動する時にのみ、鏡は現れる」


 つまり、ローズからはこの鏡が見えていないという訳か。

 ローズの場合、見敵必殺とばかりに壊しにきそうだから、少し心配していたんだ。

 ……そうなったらいいのになぁ。


「ウサト、目が、目が死んでるよ……」

「これは想定外ですね。まさかローズ様が……ウサト殿、事情を話せば彼女も……無理、ですね。すいません、どうあっても彼女と戦う以外道は無さそうです」


 アルクさんですら諦めてしまった。

 そうですよね、あのローズが僕と戦うと聞けば「おう、成長しているか確かめてやる」とか言いながら、嬉々として殴りかかってきてもおかしくない。

 自分でも目に生気が無くなっていくのを理解しながら鏡を見ていると、ふと彼女の足下に寝転がっている二人の人影を見る。

 銀髪で特徴的な角―――一人は間違いなくフェルムだろう。うつぶせのまま一言も発さないその姿からして、死んだふりをしているのだろう。だが、そんな演技がローズに通じるはずも無く、先程から罵倒を浴びせられながらフルフルと体を震わせている。

 そして、もう一人の黒髪の少年は―――


「……そうか。ハハ……」


 ルクヴィスで出会った治癒魔法使いの少年、ナック。

 彼が僕の所属する救命団で、ローズに訓練を施されていた。

 無事に救命団に入れたんだな、ナック。これは今日一番の朗報だ。

 普通なら諸手を挙げて喜ぶべき事なのだろうけど、これから起こることを考えると、おいそれと喜んでいられない。


「覚悟を決めるか……僕も……」


 逆に考える。

 今からするのは、この旅で僕がどれだけ成長したかをローズに見せる勝負だと。

 ローズに一泡吹かせるチャンスだと。

 そう思い、闘志を燃やした僕はローズと戦う覚悟を固め、鏡を見る。

 しかしその瞬間、鏡に無表情で拳を突き出すローズの姿があった。


「……え?」


 ブゥンと、鏡を素通りする拳。

 だが、鏡を発動しているファルガ様と、彼の魔術について聞いていた僕達は鏡の先で拳を確認しているローズを見て、呆然とするしかなかった。


「ファルガ様、鏡ってあっちから見えないんですよね……?」

「……そのはずだ」

「あの人、普通に存在を感じ取っているのですが……」

「……」


 なにか、なにか言ってくださいファルガ様。


『勘だが……なにかいるな』


 しかも、鏡の先の人は勘だけで、鏡の存在を感じ取っているのですが。

 燃やした闘志が消沈していくのを感じながら、僕は改めて自分の師匠がとんでもない人だと認識する。


「ウサト……彼女は一体、何者だ……?」


 信じられないとばかりの表情を浮かべたレオナさんが、僕にそう訊いてきた。

 ノルン様もファルガ様も、鏡の先の彼女について知りたいようで、一様にこちらを見る。

 僕は、小さく深呼吸をして、口を開く。


「彼女は、リングル王国救命団、団長ローズ。僕の師匠であり上司で……理不尽の塊です」


 理不尽。

 これほど彼女を表す言葉として適切なものは無かった。


「貴様の師匠か。ならば得心がいったな」


 ローズの紹介を聞いたファルガ様は納得するようにそう呟いた。


「我が魔術は、感知こそされぬが存在している。勘に鋭く、周囲の変化に敏感な者ならば魔術の存在に気づけてもおかしくはない。気づけるものはそうそう居ないがな」

 

 気づけないレベルでは無いけど、気づくのは難しい、か。

 意外とローズは周りを見ているから、自身の周囲の僅かな変化にも対応できたってことなのかな?

 どちらにしろ、人間離れしていることは確かだ。

 ファルガ様の話を聞いたネアは、やや引いた様子で僕を見た。


「うわぁ、やっぱり化物の師匠は化物なのね。しかもウサト以上とか、まさに弟子は師匠に似るってやつねー」

「いずれ君も会うんだぞ? 因みに君はリングル王国に帰ったら救命団の預かりになるから、僕の使い魔である君もローズのしごきを受けることになるんだ」

「ごめんなさい。そんな光の無い目で私を見ないで。あ、え……本当にごめんなさい」

「大丈夫、その時は僕も一緒だ。君は一人じゃ無い」

「状況と言動が噛み合ってないわ!? 目が笑ってない……全然笑ってない!?」


 茶化してくるネアに笑みを向ける。

 彼女は怯えるように涙を浮かべ謝ってきたけど、彼女を道連れにすることは使い魔になったときから決まっていることなので、彼女のしごきを回避することは不可能だ。


「我としては貴様の実力が見れればそれでいい。その為に別の相手を探してもいい」

「……いえ、手合わせしますよ。団長と」


 今更別の相手と戦うのも面倒だ。

 それに、今ここにハルファさんやフェグニスさんを呼び出すのは気まずすぎる。

 フェグニスさんなんて今は戦える状態ですらない。

 個人的に、僕が一番の怒気を抱いたであろう彼が鏡に映し出されなかったのは、そもそも彼が戦える精神状態で無かった為だろう。


「決まりだな。ならば、今から貴様の心に写した存在を呼び出す。時間は三分のみだ」

「分かりました」


 ローズとフェルム、ナックを写しだしている鏡に光が灯る。

 ごくりと唾を飲み、一歩前に踏み出した僕はその場で一度立ち止まり、アマコに振り向く。


「アマコ、僕が肉塊になっても……君のお母さんは助けるよ……」

「ウサト……全然笑えないよ、その冗談……」

「冗談になることを祈ってる」


 肉塊は流石にないだろうけど、骨と内臓くらいは覚悟しなくちゃならないかもしれない。

 絶対に手を抜いて挑んではいけない相手だ。

 気を引き締め、拳を握りしめた僕は、光に包まれた鏡に向かい合う。


「日々の訓練の成果、ここで発揮する」


 そして、今日を生き残ってみせる……!

 後ろ向きな考えと共に、覚悟を決めた僕の前で、光に包まれた鏡が青色に変わる。

 すると、鏡に映り込んでいたローズと、その前に立っていた僕の目が合った。そして、彼女の背後で起き上がろうとしていたナックは、驚いた表情で僕を見てなにかを喋る。

 こことリングル王国の空間が繋げられた。

 空間が繋がれたことで、鏡像の呪術本来の効果が発揮される。


「―――!」


 鏡がさらに輝き、鏡面から光に包まれた人影が飛び出す。

 人影はどさりと地面に落ちるように現れる。次第に光も収まり、現れた人影の全容が鮮明になる。


「グス……くそぅ、あの暴力女ぁ……いつか絶対に仕返ししてやるからなぁ……って、へ?」


 鏡面から出てきたのは、ローズでは無く、銀髪赤目で羊のような角の生えた少女であった。


「……魔族!? ノルン様、お下がりください!!」


 彼女を見て即座に魔族と認識したレオナさんは、ノルン様の前に歩み出て剣の柄に手を添える。

 涙を拭い、きょとんとした面持ちで周りを見回した少女は、僕に視線を固定する。


「な、なんでお前がボクの前にいるんだ!?」

「それはこっちの台詞だよ。フェルム」


 元魔王軍所属、現救命団のフェルム。

 どういう訳か、彼女が僕の戦う相手としてこの場に呼び出されてしまったのだ。



 呼び出されたのは、鬼の団長ではなく、救命団に所属する魔族のフェルム。

 銀髪の髪に、角を持った彼女は僕の顔を見て、ニヤリと口角を歪め、薄ら笑いと共に立ち上がる。


「まさか、夢にお前が出てくるとは思わなかったぞ……ローズに気絶させられたことを幸運に思う日が来るとはな。フフフ」

「え、団長に気絶させられて喜んでいるのか?」

「っ、そんなはずないだろ!!」


 露骨に引くと、フェルムは顔を真っ赤にさせて怒鳴る。


「夢でもお前のその態度は変わらないな……! 少しはボクを怖がれ!」

「……怖がるって、えーと」

「~~~ッ!!」


 僕の反応の何が気に入らなかったのか、その場で地団駄を踏むフェルム。

 そんな彼女に警戒していたレオナさんとノルン様は呆けた顔を浮かべ、ファルガ様は観察するように僕とフェルムのやり取りを見ていた。


「この際お前が夢でも幻覚でもどうでもいい!! とりあえず一発殴らせろ!!」

「なんで久しぶりに会うのにそんなに好戦的なの……?」


 各々の反応に気を向けていると、早々に思考することを放棄したフェルムは拳を握りしめ僕へ殴りかかってきた。

 僕と戦う意思が無いと思っていたけど、実のところ戦意はあったんだな。

 それに、彼女ならば怒気を向けた対象としてこれ以上の者はいないだろう。なにせ、彼女は先輩とカズキを死の淵にまで追い詰めた黒騎士なのだから。

 まあ、勝手に呼び出してしまった手前、悪いのは圧倒的に僕の方だ。ここは彼女の拳を受けよう。それで周りの状況を把握してもらえるなら、それで―――、


「死に晒せ! 化物!!」

「ふんッ!」

「げふぇ!?」


 まるで悪魔を退治する時のような台詞にイラッとしてしまった僕は、反射的にカウンター気味の治癒デコピンを食らわせてしまった。

 デコピンをした後に、ハッと気付くと地面には額を押さえもんどり打っているフェルムの姿があった。

 流石のこれに僕もまずいと思い、すぐに謝る。


「ご、ごめんフェルム」

「ふ、ふざけるなぁ。どうして治癒魔法使いはボクの額ばっかり狙ってくるんだ……」


 それは僕も分からないけど、多分普通に叩くよりも簡単だからじゃないかな?

 僕とフェルムのやり取りを見た、ファルガ様は呼び出されたフェルムに目を細めていた。


「―――封印されているな。加えてこの波動。……闇魔法の使い手か。好戦的なのも丁度良い……」

「ファルガ様……?」

「ウサト、続行だ。闇魔法の使い手ならば相応の実力はあるはずだ。―――枷は我が外そう」

「え、ちょっと待ってくだ―――」


 僕が言い終わる前に、ファルガ様は地面に魔術を発動させ、フェルムの首に巻かれている魔力封印の魔具をいともたやすく外してしまった。

 しかも、ご丁寧に歪んだ鍵穴をほぼ復元した上での解錠だ。

 自身の魔力を封じていた魔具が外れたフェルムは、自身の首に手を当て起き上がる。


「なんだか分からないけど、これでお前をぶん殴れるな……!」

「えぇ……」


 君は少し周りの状況を把握してよ……。

 なんで僕しか眼中にないのだろうか……。

 戦意を滾らせたフェルムは不敵に笑い魔法を発動させる。

 すると、彼女の影から、真っ黒な流体が這い上がり鎧の形を作り上げる。


「闇の魔法……か」


 かつて勇者の二人すらも死の淵に追い込んだ鎧を纏った騎士。

 それが、再び僕の前に現れた。

 彼女の魔法の能力は反転。受けた攻撃をそのまま相手に返す、という理不尽極まりない技だ。


「魔法が復活し、あの地獄の日々をくぐり抜けたボクに負ける道理は無い……! 覚悟しろ、ウサト!!」


 ガシャガシャと音を立て、こちらへ向かって突撃してくるフェルム。

 確かに彼女は救命団で訓練をしていた。おまけにあのローズがほぼ見張った状態でだ。僕ほどじゃないにしても、相当な訓練を積んできていることは確かだ。

 ここは侮らずに、治癒パンチを使っていこう。

 そう思い拳を構えようとした瞬間―――ガシャガシャと音を立てていたフェルムが足をつんのめらしてその場で豪快に転んでしまった。

 ズザザーッ、と僕の目の前までヘッドスライディング気味に滑り込んだ彼女に、僕はこの構えた拳をどこに向けて良いか素直に迷ってしまった。


「う、うぅ、くそ、重いな!!」

「え、えー……」


 起き上がりながら、そう愚痴を漏らしたフェルムに唖然とせずにいられない。

 今の彼女は身軽になりはしたが、その代わり今までのような鎧を纏っての戦いは出来なくなってしまった。

 それもある意味当然かもしれない。

 彼女の能力上、戦い方は自ずと待ちの姿勢だ。わざわざ自分から仕掛ける必要のない彼女に、身軽な鎧をつけるという選択肢は無い。


「まさかあの黒騎士が……私としては少し複雑な心境ですね……」

「いるのは知っていたけど……なんというか、残念な人だね……」

「闇魔法って、強力な魔法って話らしいけど、今のところはそうは見えないわね」 


 僕の仲間も微妙な表情で震えながらも起き上がるフェルムを見て、各々そう呟いていた。


「こんな重いの着てられるか!」

「いや、そんな無理して戦おうとしなくていいんだよ?」

「う、うるさい。こ、こうなったら……」


 なにかをするのか?

 立ち上がったフェルムの鎧が流動し、自身の影に戻って……いや、これは戻ってはいっているけど全部じゃ無い。彼女の鎧の形が徐々に変わっていき、また別の姿に変わっていく。

 今の身軽な彼女に最適な形に鎧を作り替えているのか? にしても、鎧というには随分と薄い……鎧と言うより外套とかコートに近い形だ。


「……あ」


 完成形に近づいたフェルムの”鎧”を見て、あることに気付いた僕は自然と笑みを浮かべてしまった。

 フェルムは僕が笑ったのを見て、バカにされたと思ったのか、怒りながら食ってかかってきた。


「な、なにがおかしいんだ!?」

「いや、馬鹿にするとかじゃ無いんだ……。でもさ、今の君が着ているのは―――」


 それは鎧では無く黒色の服であった。

 厚手のコートを思わせる外見と、黒の手袋に頭に被られたフード。


「それ救命団の団服じゃん。しかも僕が着ているものと同じ」

「は? そんな訳……ボクはもっと軽装の鎧を……。な、なぁ!?」


 信じられないと笑い、自身の着た鎧に目を見やった彼女は目を見開き、顔を真っ赤にさせながら狼狽し始めた。

 フェルムが新たに作り出したのは、救命団の団服。

 強面達の様に世紀末然としたものではなく、僕の着ている団服をそのまま真っ黒に染め上げたようなものであった。


「ち、違、これは……」

「ハハハ」

「わ、笑うなぁ! く、くそぅ、なんで戻せない!?」


 グネグネと震えるフェルムの黒い団服だが、その形は固定されたように変わらない。

 その様子に、ファルガ様は驚くように吐息を漏らしていたが、僕からしてみたらどうして彼女の制御下にある魔法が思い通りに動かせなくなっているのか気になった。


「も、戻せない……! こうなったら、このまま戦ってやる!」


 黒い団服を別の形にするのを諦めたフェルムは、拳を掲げ僕目がけて殴りかかってくる。

 その動きは先程のゴテゴテとした黒騎士の鎧を着ていた時とは違い、速く鋭いものへと変わっていた。彼女の動きを少し見ただけで、僕はこの数ヶ月間、彼女がどれだけの訓練を重ねてきたかを理解できた。

 例え、それが強制されたものだとしても、腐らずそれを続けて来れたのは他でもないフェルムの強さだ。

 だからこそ、僕は真正面から彼女の拳を治癒魔法を纏わせた左の掌で受け止めた。


「―――なっ!?」

「ナイスパンチだフェルム。よくここまで頑張ったな」


 強い拳。それに嬉しさを覚えた僕は、左手と同じく治癒魔法を纏わせた手刀をフェルムに叩きつけ意識を奪う。

 悔しそうな表情で崩れ落ちたフェルムを、横にさせる。

 彼女の体を覆っていた黒色の団服が地面に解けるように消えていく。

 しかし―――、


「……ウサト貴方、手が真っ黒になっているわよ?」

「え? ……うぉ!?」


 ネアの言葉に自身の両手を見て驚く。

 僕の両手が、フェルムの体を覆っていた魔法に覆われていた。手と団服の袖と一体化するように溶け込んでいたフェルムの魔力は、すぐに彼女の元へ還ってはいったが、いきなり両手が真っ黒に染まっていたのはかなりビックリした。

 治癒魔法を解除したから消えたのだろうけど、前に彼女と戦ったときはこんなことは無かった。

 一体、何が起こったのだろう……。


「……終わったようだな。丁度、時間だ。そこの魔族を元の場所へ返そう」

「あ、彼女の魔導具も直せますか?」

「ああ、問題ない」


 今のフェルムが周りに被害を与えるとは考えにくいけど、リングル王国の人達の安全の為に魔導具は付けておかなければならない。

 再びフェルムの首に巻かれた、魔導具を確認した僕は彼女を鏡の前にまで運ぶ。


「……おお」


 その瞬間、魔術の発動時間の三分が経過し、フェルムの体が再度光に包まれる。

 眼前の鏡が輝き、再びローズとナックの姿を映し出す。

 ローズは目を瞑り腕を組んでいるだけだったが、ナックは次に鏡が現れるのを待っていたのか、鏡が出現するであろう場所を見つめていた。

 フェルムが光と共に鏡面に引き寄せられた瞬間、目を見開いたローズは何かをこちらに投げつけてきた。

 凄まじい速さで飛んできたなにかは、鏡が出現すると同時に鏡面に入り込み、僕のいる空間に飛び込んでくる。


「―――と、危な。ははは、手裏剣みたいに飛んできたな」

「えと、今……なにか飛んできた?」

「うん、団長がなにかを投げてきたみたい。……二つ折りの紙と……手紙かな?」


 パシッと普通にキャッチした僕に、周りから怪訝な視線が突き刺さる。

 まるで何事も無く手紙をキャッチした僕がおかしいみたいな視線はやめてほしいのだけど……とにかく、ローズはなんで手紙なんて投げつけてきたんだ?

 首を傾げながら手紙を開くと、簡潔な文章が目に入ってきた。


『心配はしていないが、訓練を怠るなよ』


 なんというか、不器用さを感じさせる一文であった。

 たったそれだけの文に僕は、嬉しくなってしまった。照れくさいとかそんなんじゃなくて、普通に嬉しかった。


「もう一つは……ナックからの手紙か」


 これはこの場で読むには少し長そうだから、後からゆっくり読もう。

 手紙を懐にしまった僕は、フッと緊張を解きながらファルガ様を見上げる。


「戦い、というには少しばかりアレでしたが……もう一度、戦いましょうか?」


 僕としては後輩の成長を見れて満足したのだけど、さっきのは戦いとしてはあまりにお粗末すぎた。

 しかし、ファルガ様は僕の言葉にゆっくりと首を横に振った。


「必要は無い。貴様の力はよく分かった」

「……えーと」

「闇系統の魔法は、使用者の精神を反映する特殊な魔法だ。元来、孤独な運命を辿る使用者は、誰にも心を許さず、己の心に閉じこもるような者がほとんどだ。それ故に、闇系統の魔法使いは他者に心を見せないことを意味する強力な防御と、他者への拒絶を意味するカウンターを得意とする者が多い」


 ……全然意味が分からないけど、闇系統の魔法は特別だと言いたいのだろうか?


「貴様が呼び出した者は、粗暴ではあれど貴様を信頼していた。つまりはそれに足る行いを貴様がしたということだ。闇を抱える者に心を開かせた―――それだけで、貴様の実力を計るのは十分だろう」

「フェルムが僕に心を開いている……?」


 死に晒せとか言われたような気がするけど、あれはフェルムなりの心の開き方ってことなのか?


「……過激だなぁ」

「あれは過激と言うより素直になれないだけだと思うよ?」

「そうかな?」

「うん、そうだよ。きっと」


 こくりと頷くアマコ。

 素直になれないだけ、か。

 そう考えるとなんだか彼女らしいな。


「ウサトよ、我が貴様を試した理由は、貴様の力を確認したいことともう一つ存在する」

「もう一つ、ですか」

「貴様の持つ奴のカタナ、それを貴様が持つべきものか見極める、というものだ」


 勇者の小刀を僕が持つべきか見極めるため?

 いやいや、僕がこれを持つべきじゃない。だって僕は勇者じゃないからだ。


「これは作り手である貴方にお返しします。これの本来の持ち主は僕でもありませんし、この刀の力を扱えるわけではありませんから」

「いいや、貴様は然るべき試練を受け、それを奴の心の臓から引き抜いた。その時からソレの所有者は貴様に他ならない。―――後は、我が貴様専用にすればいいだけだ」

「……っ! ファルガ様!! 貴方様の肉体は最早……」


 ファルガ様の言葉を聞いたノルン様は、慌てた様子で彼を止めようとする。

 しかし、ファルガ様は鋭い視線をノルン様に向け彼女を黙らせた。


「勘違いするな未熟者。ここで残り二つの翼を使う気はない。我は武器を創るのではなく、作りかえるのだ。我の肉体を切り離す必要は無い、なにせ、ウサトの手には我の”片翼”があるのだからな」

「一体、それはどういうことですか?」


 彼の言葉の意味が分からない。

 ファルガ様の命に関わるなら、武器を創って貰いたくは無いのだけど……。


「我が創る武具は皆、我の体の一部を使っている。未熟者が持つ杖は我が”爪”と”鱗”を、カロンが持つ”杖”は我が”尾”を、そして前代の勇者が扱っていた二振りの刀は我が四つある内の二つの”翼”を使っている」

「……つまり、貴方様の言う片翼は文字通り、元は体の一部ということですか……」

「そうだ。元は我の一部、幾百年の時が経とうが作り直すことは容易だ」


 神龍の体の一部を用いてつくられた武具。

 ファルガ様の背の二対の翼の内の二つが千切れているのは、勇者の武器の材料にしてしまったからなのだろう。

 そりゃあ絶大な威力を発揮するに決まっている。


「最終的な形は貴様の心が決める。我はそのカタナを一つ前の段階に戻すだけだ。だが、それにも時間がかかる、時間にして三日から五日ほどだろう」

「……分かりました。では、よろしくお願いします」


 確かにカロンさんを相手にする上で丸腰は辛い。

 しかも、彼の扱っている武具が勇者の扱っているものと分かれば、僕も彼と同じ土俵に上がらなければ勝負にならない。

 僕は小刀をファルガ様に差し出す。


「うむ、確かに受け取った。未熟者、我は直ぐに作業に取りかかる。辛いだろうが貴様は結界を保たせていろ。意識が遠のくようなことがあれば、治癒魔法使いであるウサトを頼れ」

「分かりました。絶対に守り抜いて見せます」


 ぎゅっと杖を握りしめたノルン様。

 その瞳には並々ならぬ覚悟が見えた。

 そんな彼女を、慈しむような視線を向けたファルガ様は、次にレオナさんへと視線を向ける。


「貴様はウサトと共に訓練を励め。貴様は実力のある騎士だが足りないものが多すぎる」

「……はい」


 彼女自身理解していたのか、重い声でそう返したレオナさん。

 彼女の反応に目を細めたファルガ様は、続けて言葉を紡ぐ。


「自身の立場、状況、全てに納得しなければ貴様は次の戦いで確実にカロンに殺されるぞ。これは脅しでは無い、貴様が変わらなければこれは確実なる未来だ」

「……っ、ですが、私が」


 そこで反論しようとしたレオナさんを眼力で黙らせたファルガ様は、威圧感と共に続きの言葉を言い放った。


「頑なな貴様には敢えて言わせて貰おう。”勇者レオナ”。他者に存在意義を求め依存し、自身を肯定することができぬ騎士よ。貴様は自身の存在を認めることができねば無様な死を遂げることを理解しろ」

「……! ……は、い」


 苦渋の表情で頷いた彼女は、一瞬だけ僕の方を見る。

 その顔は、まるで僕に自身が勇者であると聞かれたくなかったと言いたげなものだった。


「勇者、か」


 勇者になるはずだった龍人、カロンさん。

 勇者であることを否定した騎士、レオナさん。

 都市を護るために身を挺する女王、ノルン様。

 そして、邪龍と対を成す神龍、ファルガ様。

 あまりにも特異な顔ぶれとそれぞれが抱える問題を前にして、僕はこの先に起こる出来事の全てが簡単に終わるものではない、と予見せずにはいられなかった。

正直、今の状況でローズが来れば展開的に色々と破綻してしまうので、代わりにフェルムに来て貰いました。

そして、ようやく勇者の小刀が本当の意味でウサトのものになります。

どんな形になるかは、今後のお楽しみですね。


ローズを呼び出せばカロンを倒せるのでは、という感想がいくつか寄せられましたが―――、

その為の地下ですね(意図無し)

いくら彼女でも、地上に行くまで三分以上かかる……はず!


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― 新着の感想 ―
[一言] ローズさんナチュラルに天井吹っ飛ばしそうなんですが…
ローズの、成長したなとか、まだまだだななどの今のウサトへの評価が聞きたくて期待していたら、対戦相手がフェルム、しかもギャグ展開でガッカリだったんですが……。 3分の間にナックとともに手紙を書いていたの…
[一言] そうですよねえ。 いくらローズでも地下深くからなら3秒はかかりますよね。
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