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【19】愛妾の教育






 央は、夫の若い愛妾である四辻氏の教育をそれとなく押し付けられた格好だった。


 京屋敷に隆郷が置いていたその娘について、央は何かの折に、彼にその出自や仕えるに至った経緯を直接聞いた。


「出入り商人からの口利きで。最初は父上の屋敷に仕える予定だったところを、こちらに人手が少ないことを知った阿茶さまが気を回して下さってこちらに来たんだ」


 要するに、阿茶の局にていよく厄介払いされて押し付けられたという格好だろう。

 彼と話し合うべき事柄が他にも色々とありすぎて、もともと側室についてとやかく言うつもりもさほどない央としては、彼女のことはだいぶ後回しになっていた。


 とはいえ、この件もいつまでも放置していて良い問題でもない。


「見たところ、貴族然とした出で立ちをしているようですけれど」


「権中納言家の家令の娘だとか。まあ、詳しいことは阿茶さまに聞けばわかるだろう」


 彼も、詳しいことにはそこまで興味がなさそな風情だった。

 まあ、本人の振る舞いや女房たちの扱いからしても、やんごとなきどこぞの姫君というよりは気楽な出自であることはそれと知れた。


「あなたから見て、色々と目につくところもあるだろうが。……まあ、その辺りも含めて、もし家風と折り合いがつかないということであれば、遠ざけても構わない」


 と、隆郷はまあまあ無責任なことを言った。


「まあ。遠ざける遠ざけないについては、私が口を出すことではありませんわ。それはご自分でお決め下さいませ」


 少し驚いて、珍しく真正面からそう苦言を呈してしまった。

 央からしてみれば正直なところ、「知りませんけれど」という感じだ。


「もし阿茶さまの手前、遠ざけるのに支障があるということでしたら、私と折り合いがつかなかったということにしてよそにやっても構いませんけれど」


 新しい局を構えるなら構えるで、そう報告してほしいものだ。手を付けたけれど別にどちらでもいい、というような中途半端なことを言われてもこちらも対応に困ってしまう。


「……いや。正直、どちらでもいいというか。四辻に何も思うところはないが、あれを遠ざけたら遠ざけたで、どうせまた次の女子を置けと圧をかけられるだけだろうから」


 隆郷は多少ばつが悪そうにしつつも、かなり開き直ってきたというか、だいぶ掛け値なしの本音のようなことを言った。

 ……薄々察してきてはいたものの、この人、だいぶ女というものに興味がないというか。


 もともと、彼が央との縁談に二つ返事で頷いたというのも、色々といわくのある年上の正室であろうとその縁談が政略的に有用であれば構わない、という割り切った態度であったことだろう。


 彼はもともと、家で女といるよりは、歳の近い側近や気心の通じた友人と男同士の社交や遊びに興じている時のほうがよほど楽しそうだ。央と話をしている時も、家の外のことや際どい外交方面の話題のほうがよほど活き活きとしている。


「わかりました。それならばまあ、今のところは彼女でよろしいのでは?」


 ただ、側室が必要だというのは、個人的な好みとは別のことだと彼自身もよく理解している。


 隆郷にはいまだに、実子が姫一人しかなく、跡取りとなる男子がいない状況を心許ないと捉える結城家中の声は日に日に増している。本人もそれを実感しているからこそ、周囲からのお節介で置かれた愛妾をそうそう無下にはできないというところだろう。


「蓮は少し、体調を崩しておりますし」


「そうだな。とりあえず蓮の容態が回復するまでの間は」


「蓮とお話になりました?」


 しかし、そう考えるとこの人の琴線に、なんら強制力のない形で素のまま食い込んだ蓮はすごいよなあ、と央はあの可愛らしい側室に少し思いを巡らせた。


「話した。四辻のことは、怒っていたが。まあでも言って聞かない相手でもないしな」


「そうですね。蓮のことはあまり心配していません」


 けれどまあ、その頼みの綱の蓮も今は療養が必要だ。


「いずれにせよ、四辻についてはもう少し示しがつく扱いに正すべきでしょう。彼女にはもう少し、武家のしきたりなどを理解してもらう必要もありそうですし。……しばらくの間、いったん四辻を私付きの女房としても構いませんか?」


 話しながらどうしたものかと考え、結局は近くで面倒を見るしかないか、という結論に央が内心で至ると、隆郷はほっとしたようにあっさりと頭を下げた。


「助かる。仔細あなたに任せる」


 そもそも、彼が側室を置かなければならない最大の理由は、正室の央が子を産まないことにあるのだろう。


 それを思えば、四辻の世話は元より央の仕事という気もするし、何より隆郷が話し合いの場で一切そのことに言及しないのは彼の優しさだろうと思った。








 そういうわけで、央は四辻を敢えて側付きの女房として使うことになった。


 ただ、面倒だったので、無理に礼儀作法を叩き込んだり、即座に態度を改めさせるように口出ししたりすることはしなかった。


 そもそも央が何かを言ったりする前に、四辻の言動のあれこれが全て与加那たちの神経を逆撫でしており、細かく言葉遣いを直させたり、不必要な言動は抑えさせたりという実際的な教育はほとんど懇意の女房たちが担ってくれていた。


 そうして過ごしているうちに央は、彼女が単に若いというのではなく、いっそ幼いままなのだということをなんとなく理解した。


 四辻は確かに美しい少女だった。

 彼女の目はいつも、下座からは不釣り合いなほどはっきりと央を見据え、女たちに対してさえそっと蠱惑的に微笑んでみせた。

 それが、万人に好かれようとしての無意識の媚びなのか、それとも仕える男の正室に対する挑発なのか、彼女自身でさえよく理解できていないのかもしれない。


 真っ赤に佩いた唇の紅は、その笑みの形の美貌の印象を強めることには成功していたが、ただ、その分だけ彼女を安っぽく、軽くも見せているようだった。


 四辻が万事そんな調子であったので、与加那たちはともかく、京屋敷にもともと仕えていた女房たちとは相変わらず折り合いが悪いままのようだった。


 四辻本人がどうこうというよりは、央はどちらかと言えば、屋敷の女房たちがあまりにも彼女を蔑ろにしていることのほうが気にかかった。


「彼女がこの家の女として恥ずかしくないように、あなたたちもよく彼女のことを見てやってちょうだい」


 一度だけ央は、女房たちの機嫌を取るようにそう釘を刺した。


「……お方さまは、四辻どののあの我慢ならない態度を看過なさるのですか?」


「彼女に色々とわきまえさせるのも私の仕事だわ。私がいたらなくて、あなたたちにも迷惑をかけてしまって申し訳ないわね」


 ひとまずは家の者たちを黙らせておくために、央は小ずるさを発揮してそう言って申し訳なさそうな顔をしておいた。






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