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第十章 岸壁の上の要塞(姉心)


「ロザリア」

「……セバスティン様」

 部屋を出ると、廊下にはセバスティンの姿があった。一本道の廊下、他に向かう場所も、待機する理由もない。もちろんセバスティンはロザリアを待っていたのだ。


「大丈夫か?」

「……もちろんです。ダーウェル様のお話も、旅先でのエレン様のこと」

「……そうか。いや……」

「……?」

 200人以上の使用人を冷静沈着な思考で、正確に機能されるセバスティンの普段の様子とは違い、口調に歯切れの悪さが出ていた。


「ロザリアはあの件があってから……少し」

「セバスティン様、このような場であの話はやめにしましょう。どこで誰が聞いているとも分かりません。セバスティン様の身にもご迷惑がかかります」

 セバスティンの話をロザリアはゆっくりとした口調で遮る。


「……そうだな。やめておこう。だが、これだけは誰に聞かれても同じ答えだ。私は今でも二人とも我が娘のように思っておる。二人ともだ」

「ありがとうございます。きっとあの子もその言葉を聞けば喜んでいたことでしょう」

「そうあってほしいものだ。引き止めてすまなかった」

「いえ、それでは失礼致します」

 セバスティンに一礼すると来た道をなぞるように戻って行く。階段を降り、本館と別館をつなぐ渡り廊下に差し掛かると、ロザリアは足を止める。目線は窓から外を眺めていた。

 小高い丘の上に立つロンガム家の渡り廊下の窓からは、眼下に広がる町並みが見渡せ、緑地帯の間に小さな噴水を中心に置いた公園があった。噴水の周りを小さな女の子が二人、追いかけっこをしている。目鼻立ちが似ている様子から、姉妹であることが想像できた。


「あ……」

 遠く見つめていたロザリアの口から思わず声が漏れる。

 追いかけっこをしていた女の子の一人、花柄の髪飾りをしている子が石に躓いて転んでしまったのだ。大粒の涙を目からこぼして泣く女の子の擦りむいた膝を、もう一人の女の子が優しく濡らしたハンカチで冷やしていく。するとこぼれていた涙も、締め切った蛇口のように乾いて止まっていた。


「……ふふ」

 頭の奥底に眠る記憶の中に、似たような光景を思い浮かべたロザリアは一人、気が付けば小さく笑っていた。

 女の子二人は手を繋いで公園を出ていく。帰る時間……その様子がロザリアの思考をまた現実へと連れ戻す。


「帰っていたのかロザリア」

 エレンの屋敷に繋がる扉まで、あと少しというところでまたしてもロザリアは声をかけられる。声がしたほうに振り向きながらロザリアは、今日はやけに人に会う日だと思わずにはいられなかった。


「あに、うえ……失礼しました。室長」

 そこにいたのはロザリアの実の兄であり、エレンの兄専属執事でもあるレイヴンの姿であった。ロンガム家の執事の序列でロザリアの一つ上の第4位、執事室室長を務めている。


「気にするな。どうせ今は誰もいない。兄上でもかまわんさ」

「……はい」

「エレン様に同行していると聞いていたが、帰ってきているならたまには家に顔を出せ。父上や母上もお前の顔をみたがっている」

「申し訳ありません。いずれ折を見て帰ろうと思ってはいるのですが……エレン様の傍を離れるわけにもいかず」

「ふん、まぁいい。お前のその主人への忠誠心はエスティル家の評判にも繋がる。そういう理由ではあれば、父上も母上も少しは我慢されるであろう。それに、お前が家に顔を出したくないのは忙しいだけではないだろうしな。家に寄り付かなくなったのは……あの件があってからか……」

 あの件という言葉にロザリアの唇にも力が入る。


「エスティル家の面汚しが出て行ってからお前はかわ……」

「兄上」

 廊下に響き渡るほどの声で、ロザリアはレイヴンを制止する。


「ふん、お前は昔から可愛い妹が大好きだったよな。普段冷静沈着なお前が唯一感情を表に出すことがあるとすればエレン様のことか……妹のことか」

「これ以上は仕事がありますので、失礼致します」

 斜め下を向いたまま、話し続けるレイヴンを無視して再び歩き始める。


「ロザリア」

 振り向かないまま、ロザリアは足を止める。


「お前がエレン様にご執心なのは忠誠心だけか? それとも手放した妹の代わりにしようとしているのなら、メイドとしても人としても失格だな」

「……」

 ロザリアは背中に問いかけられる言葉に何も答えないまま、何もなかったかのように別館に繋がる扉を抜けていくのであった。


 エレンの部屋の前では侍女が二人、オロオロとした様子でたたずんでいた。

「どうしました?」

「ロザリア様」

 ロザリアの姿を見た瞬間に侍女達の顔がパッと明るくなる。こういう時はたいていエレン様の機嫌が悪い時だと、長年の経験からロザリアには分かっていた。


「エレン様がお部屋にお戻りのようですね。ヘンリー殿下と何が?」

「あの……詳しくはお話頂けないのです。怒った様子で戻られて……今はお部屋に」

「……分かりました。お二人は下がっていいですよ」

 ロザリアに一礼して下がっていく二人の侍女を見送った後、一呼吸おいてからロザリアは部屋の扉をノックした。


 コンコン

「誰?」

 中からすぐにエレンの声が返ってくる。


「エレン様……ロザリアです」

「ロザリア? 戻ってきたのね。早く入って」

 明るくなった声色に促されるままロザリアは部屋の中に入っていく。


「失礼致します」

 部屋に入ると、勢いよくかけてきたエレンがロザリアの胸に飛び込む。それをしゃがみながらロザリアは両手で受け止める。


「何があったのですか?」

「……別に」

 ロザリアの胸に顔をうずめたままエレンは言う。隙間から見える頬は膨らんでいた。

 しわにならないようにエレンの服を整えると、そっとロザリアはエレンの髪に手を添える。そのままゆっくりと撫でていく。

 機嫌の悪い時のエレンに対していつも、ロザリアは黙ったまま髪を撫でるようにしていた。それで自然とエレンの気持ちは穏やかさを取り戻していくからだ。


 お前がエレン様にご執心なのは忠誠心だけか?

 ふと、脳裏に兄の言葉が思い出される。


「……」

 そんなことはないと心の中で小さく呟きながら、ロザリアはエレンをぎゅっと抱きしめるのであった。



………………………………………………………………………………


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