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第十章 岸壁の上の要塞(渓谷)


 薄い雪が積る道は、旅人や行商人の通る足跡や車輪の跡によって茶色い土の地肌を日の下にさらしだし始めていた。バーデンハイムの街から国境の街セイグラムまでの道のりは人の行き来が多く、雪の降っていない日は、積もった雪が溶けていることもおかしくはない光景だとのこと。雪ばかりの世界を体験したハイダルシアも終わり、新たな国アルセントが近づいてきている証拠でもあった。


「少し名残惜しいですね」

「うん? 何がだ?」

 隣を歩くルインさんが聞き返してくる。その顔にはバーデンハイムの雑貨屋で購入した、ガラスが少し黒みがかった丸いフレームの眼鏡をかけていた。眼鏡姿なんて見たことがなかったので、最初にルインさんがかけた時には違和感が強かったけど、見慣れてみればそこまで気にならなくなっていた。


「いえ、雪がない光景です」

 雪崩に巻き込まれて遭難したくせにと言われてしまうかもしれないが、それでもハイダルシアを旅してきた間、ずっと目の前にあった当たり前の雪がなくなろうとしていることは素直に寂しかった。


「アルセントで雪が降る事なんてほとんどないからな。確かに今が見納めだな」

 そう言って感触を確かめるように、木の枝に積った雪を手で払い除ける。


「そういえば一つ聞いてもいいてですか?」

「なんだよ、もしかしてこの眼鏡か?」

 聞かれると分かっていたのだろう。少しおちゃらけたように眼鏡をずらしてみる。


「はい。その変装もアルセントに行くからですか?」

「……まぁな。ただ言っておくけど、別にお尋ね者ってわけじゃないからな。俺もマリアもアルセントで悪事をしたわけじゃない。単純に知り合いに会いたくないだけさ」

「知り合いですか……この間の貴族の方も?」

 思い出されるのはエイダが病に侵されて苦しんでいる時、藁をもつかむ思いで観光に来ているアルセントの貴族に会いにいった時のことだ。結局貴族には会えず、少し機嫌の悪そうなメイドさんの了承を得て、旅行に帯同していた薬師を派遣してもらい、エイダは無事回復することができたのだ。

 後ろをそっと振り返る、今もこうしてマリアさんと楽しそうに談笑している姿を見ることができるのは、会ったこともない貴族のおかげでもあった。一度、なんとか会ってお礼を伝えたいと思ってはいるけど、あの時の様子からしてルインさんを含め、きっと僕やエイダも会わせてはもらえないだろう。


「あー貴族ね。あったな……そんなことも。しかし眼鏡って高いんだなー。あの店ぜったいにこっちの足元見てただろ」

 案の定、触れられたくない話なのだろう。ルインさんは話題を逸らすかのように、バーデンハイムでの雑貨屋とのやり取りを手取り足取り説明しだした。

 長く一緒に旅をしてきたと思ってはいたけど……まだルインさんにとって僕は話せる相手ではないのだろう。それがちょっと寂しくもあった。はぁ……思わず小さくため息がでる。話してもらえないことではない、こんなことで勝手に拗ねてしまう自分に対してだ、どうもアラド先生が死んでしまったニュースをしってから、僕は落ち込みやすくなったのかもしれない。もっと前向きに考えないと……やっぱりアラド先生に笑われてしまいそうだ。


「せっかく雪ウサギで稼いだお金も全部もってかれましたもんね」

「そうなんだよ。最後の方はかなり上手くなったのにな」

 ルインさんが自慢げに言うように、エイダを薬師に見てもらい回復するまでの2日間、ルインさんはこっそり雪ウサギを狩りに出かけていた。弓矢の元を取るためにとはいっていたけど、本心では意外と狩りにはまっているように見えた。

 もともとセンスはあったようで、最終日には一人で50羽もの雪ウサギを狩って戻ってきた時には、街の中でも噂になったくらいだ。僕らに雪ウサギ狩りをススメた、受付の女性も目を丸くしていたとか、やっぱりルインさんは凄い人である。


「もう2、3日滞在してれば、最高記録も更新してただろうな」

 ルインさんの言う最高記録とは80年以上前に作られた伝説的な記録で、一人で雪ウサギを73羽も狩って戻ってきた強者がいたそうだ。あまりに前のことなので、本当かどうか知っている人も少ないらしいけど……。ルインさんなら本当に更新しそうである。


「ルインさん」

「なんだ?」

「聞いてもいいですか?」

「だからなんだよ? やけに質問が多いな今日は」

「これから向かうアルセントについてです」

「……うん」

「僕は行ったことがないので、どんな国なのか教えてもらえないですか?」

「……改まって聞くから何かと思えば、それくらいならいいに決まってるだろ」

 ルインさんのことだから、貴族の事は教えてもらえなくても、アルセントという国のことなら教えてもらえると思っていた。少しずつ、少しずつでいいからルインさんの口から話してもらえる日が来ることを願っていた。


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