立ちはだかる猛き壁
それをコウヨウは強靭な精神力で抑えていた。だが今は違う。部下も率いてはいないし、迷惑をかける者も存在しない。自分一人だけだ。こんなに気兼ねなく戦えることは希だ。コウヨウがそんなことを考えているうちにカナタの気合の込もったトマホークの一撃が襲いかかる。素早く無駄のない攻撃だ。コウヨウはそれを巨大なシールドで受け止める。激しい金属音と共に火花が散る。カナタは受け止められることすらお構いなしに直ぐ様、次の斬撃を繰り出してくる。
息を付く間もない程の斬撃の嵐。コウヨウはその連撃をシールドで確実かつ最小の動きで防御する。機動性はあちらが上であるため無駄な動きをすると致命的だ。何より一撃一撃が見た目とは異なり、重いのである。ヴァイデンフェラーより一回りも大きいウェズレイが後方に少しずつ押されている。
「嬉しいぞ。真のパイロットとはその立ち振る舞い、攻撃に想いが込められる。今のお前からはそれがひしひしと伝わってくる。故に重いわ!」
コウヨウは今のこの劣勢の状況を楽しんでいるかのように言った。コウヨウのそのつぶやきを聞いているがカナタは無言でひたさら攻撃の手を緩めない。余計なことに気をまわしていられる程の相手ではないからでもある。
「(重い・・・こっちの攻撃をいくら繰り出しても全て跳ね返してくる、この圧迫感。やはりこの人はただのパイロットとは格が違う)」
カナタは心の中でつぶやいた。一見、カナタが押しているかのように見えるがそれは違うとカナタ自身が一番理解していた。心音が高鳴り、喉が渇く。
「ふんっ!」
コウヨウの掛け声が通信回線から聞こえてきた。そして目の前で受け止めていたシールドがこちらに向かって勢いよく動いてくる。ただでさえ大きいシールドが近づいてくるせいか、さらに巨大に感じる。カナタはすぐに回避行動を取る。ヴァイデンフェラーを後方に下がるように操ると胸部にあるスラスターから勢いよく推進剤が霧状に噴出される。
「!?」
何かが空間を切り裂いてヴァイデンフェラーに凄まじいスピードで迫ってきている。カナタもそれを目視した時には自機の左舷からほんの少しの距離まで迫っていた。
それとはコウヨウがシールドアタックで後方に距離を離した後に繰り出した破格の大きさの両刃付きのアックスだった。
「そう、動くことは予想しておったわ!」
コウヨウが豪快に言葉を吐く。それは獲物を狩る狩人そのものだ。巨大なアックスはヴァイデンフェラーに吸い込まれるかのように向かっていった。刃がもうそこまで迫ってきている。直撃したらどんな機体であろうとも無残な姿に一瞬で変わり果ててしまう。
「くっ!」
カナタは自分が反応出来る最大限の速度で操縦桿を操る。ヴァイデンフェラーの左舷のスラスター全てが凄まじい量の推進剤を発射口から吐き出し、アックスの横払いの一撃を回転するかのように回避した。無理かつ急速な回避運動だったため中で操縦しているカナタ自身にも凄まじい衝撃が走る。しかし直ぐ様カナタは体勢を立て直し、ウェズレイと距離を取る。凄まじいアックスの斬撃の風圧を感じる。防雨風が家屋を倒壊させるかのようなそんな感じである。
「(何てパワーだ!)」
アックスを回避したのを確認してからカナタは肝を冷やしたかのように心の中でつぶやいた。直撃したらひとたまりもない。視線をウェズレイに戻すと、ウェズレイはシールドを右手に、巨大なアックスを左手に持ち、仁王立ちしている。その立ち姿からは威厳すら感じる。
「よく避けたわい。間合いを測り間違えたかのぅ」
豪気に笑いながらコウヨウは言った。
「いや、間合いは十分。回避したのは俺の判断力と腕です」
カナタは強気に答えた。
「相も変わらず生意気ぃ! 流石はエースじゃのう」
コウヨウはカナタの言葉を理解している上で言った。今の状況を楽しんでいるようにも見える。
「ふっ、この程度やって退けないと二つ名なんて名乗れませんよ」
カナタの口元にも不敵な笑みが漏れていた。強者を倒すのはそのまた強者。久々にそんな存在とあいまみえることが出来たのだ。楽しくないはずがなかった。
「次は外さんぞ」
「ご心配なく」
コウヨウが二回目の生意気な奴めと言葉を吐いた時にはカナタのヴァイデンフェラーはすでに双方のお互いの間合いに入るところまで高速で移動していた。小型のトマホークを構え、また斬撃を開始する。高速の斬撃がウェズレイに襲いかかる。ウェズレイのシールドが本体を守るかのように動き、斬撃を受け止める。火花が舞い、衝撃をカナタ、コウヨウの二人は肌で感じるがそんなことはお構いなしに戦闘を続ける。闘争の愉悦とはまさにこのことであろう。
小型のトマホークではこの堅牢なウェズレイに中々、致命傷は与えられない。となると少しでも致命傷になるような傷を与えるにはどうすればいいか。カナタがその答えにたどり着くには時間を要さなかった。
一方的な乱打戦の中で僅かに生じる隙が訪れるのをカナタは逸る感情を抑えて待つ。心音がまるで時計の秒針のように聞こえる。そんな錯覚すらカナタは感じる。一秒一秒が長い。ごくりと乾いた喉に唾がゆっくりと流れ落ちる。
「(まだか)」
そんなカナタの声が神に届いたかのような瞬間だった。ウェズレイがこの短調な展開に業を煮やしたのかカナタの繰り出す斬撃を少し強くシールドで弾き飛ばし、ヴァイデンフェラーが少し体勢を崩したのを確認してアックスをなぎ払ってきた。必殺の一撃だ。
「(来た!)」
カナタはその一撃を地面に這うかのようにして回避した。その上空を巨大なアックスが高速で通り過ぎていく。ヴァイデンフェラーは今や、地面にうつ伏せになったような状態だ。しかしこのアックスを回避し、アックスがウェズレイの手元に戻っていくまでの時間をカナタは逃さなかった。直ぐ様背中に収容されていた尾を展開し、ウェズレイのシールドの隙間を付き、胴体の部分を狙う。それは地に這う、尻尾の毒針を獲物に向かって構え、今にも必殺の一撃を見舞うかのようなサソリの状態である。どこかに直撃さえすればそれだけでいい。一流同士の戦いでは少しの損傷でも勝敗が左右する。それを狙っての一撃だ。尾の先端の特殊加工された矢尻が灼熱化し、真っ赤に変色し熱を帯びる。
「うおおおおおおおおおっ!」
カナタの掛け声が戦場に木霊した。渾身の一撃。尾が伸び、シールドの隙間を付き、ウェズレイの胴体に一直線に向かう。あと少し、少し、少し。カナタの心の声が声に出さずとも声に出されているかのようなそんな心境だ。
「!?」
しかし、その心の声とは裏腹に尾がウェズレイに突き刺さることはなかった。
「ふむぅ、もう少し反応が遅れていたら危なかったわ。まさかこんな隠し球を残していたとはのぅ」
コウヨウの声が通信機から聞こえる。ヴァイデンフェラーの不意を付いた尾の一刺しは胴体に刺さる前にウェズレイの左手で握られていた。灼熱化している矢尻の部分ではなく限りなく矢尻に近い尾の先端の部分を掴んでいる。
「何か、きな臭い感じがして左手を自由にしてみればこの一撃か。過去にその機体の詳細を頭の片隅に叩き込んでおいたのは無駄ではなかったわ。いやはや油断できんわい。惜しかったな」
コウヨウの頭には自国の機体詳細のほとんどが詰まっている。戦争をするには自分達の戦力を把握し、出来ること出来ないことを明確にし、出来ることの最上の一手を打つことが重要だからだ。ウェズレイの足元には左手に握られていた巨大なアックスが落ちている。咄嗟の判断でここまでやって退けるコウヨウを流石と称えるしかカナタはなかった。この一撃まで読まれている、戦いという戦いをしてきた戦士の勘というものなのか定かではないがこうも簡単に読まれてしまうとは敵ながら流石であるとカナタは率直に感心してしまった。
「!!」
攻撃を読まれて愕然としている時間はカナタにはなかった。ウェズレイに掴まれている尾はびくともしないことを確認し、この武装は使用不可と直ぐ様、判断し尾を付け根からパージし、跳ねるように後方に跳躍し、ウェズレイとの距離を取る。
「その場にいれば尾を一気に引っ張り、機体ごとひねり潰してやろうかと思っていたがそれも叶わんようじゃのう」
跳躍して距離を取ったヴァイデンフェラーの姿を目視し、コウヨウは言い、掴んでいる尾を自機の近くの地面に放り投げ、アックスをゆっくりと拾った。
「コウヨウさん、イダンセ国に忠勤してきた貴方が何故、姫を拐うような真似をするんですか?」
カナタがコウヨウに問いかけるように言った。少しの時間でもいい。コウヨウに致命傷を与える策を考える時間をカナタは欲していたし、実際コウヨウは何故このような真似をしたのか気になったのも事実であるからだ。
「ほぅ、戦闘中におしゃべりか、それで時間を稼いでワシに勝つ算段でも考えておるといったところかの。まぁ、いいじゃろう。簡単に言うとイダンセ国のここ最近やり方が気にいらないだけじゃ」
コウヨウは充血した眼をさらに開き、言った。イダンセ国は前国王が統治していた時に軍上層部強硬派のクーデターにより前国王が殺され、今はその前国王の息子が強硬派の筆頭であるアイシンカグラ家の傀儡となり、政治を無理やり、やらされている。
前国王は決して悪政をしていたわけではないが迫力に欠け、近国との調停等が弱腰で相手国の押しや無理難題に負けていた。そのため、軍上層部の特に若い世代はその弱腰外交が気にいらなかった。そのため、軍上層部強硬派で一番権力を持っているアイシンカグラ家を筆頭にクーデターを起こし、今に至っている。そのため前国王の血族の大半が殺されたか、幽閉されている。超強大軍事国家をスローガンにし、近年、爆発的に軍事力を伸ばしてきている。
「クーデターはわからんでもない。確かに 前国王の弱腰をワシも何度か諌めたこともある。じゃが国王が変わり、皆が幸せに暮らせると思いきや、全くの逆。さらに貧富の差は激しくなり、死者が増え、国民が貧困に喘いでいる。これも超強大軍事国家とかいう寝ぼけたことをぬかしておる奴らが招いたことじゃ」
コウヨウは自分が長年見てきた国がどんどん弱り、痩せ干せていくのを頭に浮かべながら言った。
「あのクーデターは必要だった。あれをしなければ我が国は近国に舐められ、最悪の結果、属国や蹂躙されていたかもしれない。これはこのイダンセ国を作った古き老人達の招いた結果だ。それをあのアイシンカグラ家が先頭に立ち、前国王を廃すという罪を自ら被った。見事な覚悟ではないか。俺は今でもあのアイシンカグラ家の選択は正しい、この国に必要だった絶対的な選択だと微塵も疑ってはいない」
カナタは激昂した感情を抑えきれず言った。それだけあの革命はカナタ自身、激しい感銘を受けていたのは事実だからだ。
「つまりお主が疑っていないその信念は弱者は強者に虐げられるということじゃぞ? お主はそのことも理解しておるのか?」
コウヨウはカナタとは対照的に落ち着いた口調で聞いた。
「大事を成すために小事など些細な事。弱者は強者に虐げられる、それこそ自然の摂理。だからこそ我が国、イダンセは超強大軍事国家にならないといけない!」
カナタの吐いた言葉は若者らしい真っ直ぐな意見だった。
「お主の言うことは一見、正しいことのように聞こえる。じゃがその裏で泣いている人達がおる。あるお方はそのことで心を痛め、自分の力など無力だと気がついた。しかしそれでも何か自分に出来ることはないかとワシに相談してきた」
コウヨウは頭の中にその時の心を痛めた姫の表情を今も覚えている。汚れなき少女の痛々しい表情を。
「俺も昔はそんな事を考えていたこともあった。だが俺はあの時、気がついてしまった。無力だからダメなんだ。力さえあれば、力さえあれば。力は正義なんだ。力なき正義は無力。だからこそこの国はもっともっと強くならないといけない」
何かに取り憑かれたのようにカナタは力という言葉を強く強調するように言った。彼の過去に何かあったのかもしれない。
「力に溺れ、取り憑かれたか。お主の過去に何があったかは分からない。じゃが覚えておけぃ、己の力に。溺れる者は、より大きな力の持ち主の前には必ず破れ、己が不明を悔いる羽目となるということを!」
コウヨウはカナタに悟すように語りかけた。その言葉は心に響くものであるが今のこの感情が高ぶった心理状態のカナタには悲しいことに届いていないだろう。
「コウヨウ殿、いやアカギコウヨウ。おしゃべりをするためにここに俺はいるわけではない。貴方を倒してすぐに姫を連れ戻さないといけない!」
カナタは呼吸のリズムを整え、神経を前方にいるウェズレイに集中させた。視覚から入る情報、身体から感じるこの独特の戦いの空気感。カナタから発せられる鋭利な刃物のような冷たいプレッシャーをコウヨウは全身で感じた。
話している限りだと激昂して感情を高ぶらせたりして真っ直ぐで熱い男という印象があるが実際、戦闘をしているとそれとは真逆で常に冷静な判断の元、相手の勝機をじわりじわりと潰し、無駄のない動きをする。厄介な男だとコウヨウは思った。考え方のベクトルを変えてみて物事の本質をきちんと見極めたらこの男は姫と逃亡する側だったかもしれない。彼の融通の利かなさと何より時代に巻き込まれた年齢から来る若さがその判断を鈍らせたとコウヨウは思った。
「(先代よ、これも我々のしてきたことに対しての罰なのかもしれませぬ)」
コウヨウは今はなき先代の国王に空を仰ぎながら語りかけた。
「通りたければワシの屍を越えていくがよい! こおおおおおおおおおっ!」
コウヨウは自分を鼓舞するかのように吠えた。丹田の下に力を入れ、額には血管がうっすらと浮かび上がり、瞳はさらに充血しているように見え、上下の歯と歯からガギリという音が鳴り、力強く歯を噛み締めている。コウヨウの駆るウェズレイの周囲から渦巻く何かをカナタは見た。それは一瞬にして消えたがあれは紛れもなくコウヨウが先ほど言った想いが具現化したものであるとカナタは直感的に感じた。




