亡命!!
「何てスピードなんだ!?」
男は地声が裏返るかのような声で言った。その言葉の節々から並々ならぬ緊迫感が伝わってくる。その視線は後方から追尾してくるある機体に目を向けられていた。細い胴体とは打って変わって両肩部は肥大しているのが特徴的な機体だ。それに対して男達の搭乗しているセザルはがっしりとした体型で量産機ではあるが多少の攻撃が被弾してもびくともしない強靭な装甲を有している。
「ちっ、ロックオン機能が意味を為していない。マニュアルで応戦するッ!」
先ほどとは違う男がそう言い、モードを切り替えた。ロックオン機能が通じない。今の相手がそうだ。ロックオン表示が点滅したときにはもうその機体がカメラの中央から消えているのだ。激しい銃撃音が聞こえ、機械人形である数機のセザルが装備してあるマシンガンを発射する。無数の弾が補足してあるであろう機体に向かっていくが、それは虚しく空を切る。
機械人形。ドールと呼ばれているこの巨大人型兵器はこのクホウト大陸を象徴するものだ。この機械人形は今は、日常生活や作業にもたまに使用されているが、ほとんどが自国を防衛するための軍事力として保有している。 機体にパイロットが搭乗し、操縦するというものだがパイロットの感情が高ぶったりすると機体もそれに呼応し、動きが良くなったりとパイロットの感情に機械人形が応えようとする。その理由としては機械人形を生産するために利用される特殊な鉱石が関係していると言われている。
「くそっ、何で当たらないんだ!」
セザルに乗っているパイロットの男の一人が嘆いた。後方から向かってくる機体の姿は特徴的である。各所にバーニアがあり、肥大した両肩にはこの機体の肝でもあるジェットエンジンが搭載されている。多数あるバーニアとさらにこの二つのジェットエンジンの馬力でまかなうことで高機動、高加速を可能にしている。
この機体名はヴァイデンフェラー。パイロットは大国イダンセの若きパイロットであるハルカ・カナタだ。透き通るパープルアイに片目を覆っている長髪が特徴的である18歳だ。彼を人はモスキート、サンダークラップの二つの通り名で呼んでいる。モスキートは彼が鋭い攻撃で相手の生き血をすするかのような動作から付けられ、サンダークラップはその高速戦闘から雷鳴もとい迅雷という意味を込められ呼ばれている。
このヴァイデンフェラーも彼専用に作られた機体だ。高機動戦闘をメインとし、そして接近戦が得意な彼にチューニングされている。武装は主に、小型のトマホークと背面部に収納されている隠し武器の鞭状の尾だ。無駄に武装を増やすと機体質量が増加し、機動性が落ちてしまうために最低限の武装しか装備していない。だが彼にはこれで十分なのだ。
「売国奴風情が・・・姫様を返せ」
カナタは吐き捨てるように言った。そして機体の操縦桿を一気に前方に倒した。背面部にある二つのブースターから推進剤が霧状に吹き出され、機体は一気にセザルとの距離が縮まる。セザルは合計二機。そしてそのセザルの前には深緑の色をしたセザルより一周り巨大な機体が先行している。
「それにしてもあの深緑のウェズレイ・・・乗っているのはアカギ・コウヨウ殿か。何故にこのようなことを」
カナタは先行している機体を一瞥して言った。ウェズレイはイダンセ国王女直属の親衛隊に与えられる機体である。そしてカラーリングを変更出来るのはその親衛隊の隊長だけ。アカギコウヨウ。イダンセ国を古きから支えてきたと言っても過言ではない老将だ。通称イダンセの巨木。齢六十を超えて隠居しようとしたところをその今までの経歴と武功を買われ、軍上層部に王女の親衛隊の隊長に抜擢された。
上層部の一部にはコウヨウの顔なじみもいたし、また王女のことも幼少期からの姿をコウヨウ自身見てきているせいか、無下には出来なかったとコウヨウ本人からカナタは聞いている。カナタは実際には話したことはないがコウヨウという男の噂は教本や大人達から聞かされていた。人柄は良く、多くの人々に尊敬されていた。だからこそ何故今回、コウヨウがこのような暴挙に手を貸したのか正直、理解に苦しんでいた。
しかし、カナタはそんな迷える想いを断つかのように一機のセザルに向かって距離を詰めた。眼前であるセザルもヴァイデンフェラーの攻撃に巨大なシールドを構え、備えている。量産機と言えどセザルはその分厚い装甲や扱いやすさから数多のパイロットに配備されてきた名機だ。カナタ自身もかつては搭乗し、世話にもなった機体でもある。
「遅い!」
カナタは一気に機体を加速させ、セザルの後方に回り込もうとした。どんな機体でも後方は死角にもなるし、何よりあの分厚いシールドがない。セザルが体勢を整え、シールドを戻す時間。その戻している数秒さえあれば撃破するのはカナタの技量からして十分すぎる時間だ。相手の嫌な方向から攻撃する。これが相手の気持ちからの操縦ミスを促す要因にもなる、相手の心理も同時に攻めるのだ。
「そこだ」
後方に回り込み、装備している小型のトマホークでがら空きの背面部を斬りつける。激しい火花と金属音が鳴り、セザルの装甲に傷がつく。しかしながらセザルのパイロットの男もすぐに体勢を立て直し、反撃を試みる。アックスを勢いよく自機後方にいるカナタの操るヴァイデンフェラーをなぎ払うのかのように振り払った。風を切る鈍い音が聞こえ、その一撃が迫る。しかし、その一撃は空を切った。何もない空間をアックスが通り過ぎていく。ヴァイデンフェラーはそのアックスの動きを最小限の動きで見切り、回避運動を取ったからだ。全身についている小型のスラスターの性能を利用した動きだ。スラスターから推進剤が光に反射しながら忙しなく噴出される。
「ちぃ、すばしっこい奴だ」
セザルに乗ったパイロットの男が舌打ちをしながら言い、すぐにマシンガンで攻撃する。カナタは機体を少し後方に下がるようにし、体勢を整え、容易に回避運動を取った。先行しているウェズレイが少しずつ離れていくのがカナタの視線に入ってくる。その間を二機のセザルが阻んでいる。一機はヴァイデンフェラーと相対していて、もう一機はウェズレイとヴァイデンフェラーとの間に位置している。微かに苛立つ感情を押さえ込みながら
「手こずっていられないな・・・」
カナタはそうぼそりと呟き、目の前にいるセザルにまた向かった。
「如何に装甲が厚かろうが弱点はある」
カナタはそう言い、ヴァイデンフェラーを左右に激しく動かし、揺さぶりをかける。その動きは鈍重なセザルにはついていけるはずもない。そのことは搭乗している男も重々承知しているのでシールドを構えて相手の出方を待った。後方に細心の注意を払いながら。間に合わないなら先読みしてこちらは行動を移すしかないと男は判断する。
しかしカナタの行動は如何にも平凡なものだった。シールドに対してひたすらにトマホークで攻撃する。その攻撃は苛烈を極めるものではあるがシールドからトマホークが直撃している振動は伝わってはくるが所詮は灯篭の斧だ。機体に直撃しなければ問題はないからである。シールドから伝わってくる振動と音を男は集中して感じていた。周囲はヴァイデンフェラーの全身のスラスターから発する風圧で砂煙が生じている。それだけ激しく機体が斬撃を繰り出しているのだ。メインカメラに砂煙が反応して視界はあまり良好ではない。だが男はあくまでも慎重に対処する。
「無駄なことを!」
男がシールドをさらに念入りに構える。カナタの連撃に男は次第に慣れていっているようだ。攻撃の当たるタイミングが大体分かりかけてきていた。しかし、その攻撃のリズムが変化した。おかしい、男がそう思った時だった。激しい振動を男は感じた。機体に緊急アラーム音が鳴り響く。
「何だ!?」
そう男が発したのも束の間、何かが自機の後方から前方に胴体を貫いているのが見える。それは紛れもないカナタのヴァイデンフェラーの身体の一部だった。あまりの速さと砂煙のせいでモニターを移すモノアイカメラが詳細ではなかったために反応が遅れた。その数秒で勝負は決してしまった。
「うあ・・・・気をつけ・・・ろ」
男が声を全部出し切る間もなく何かは貫いた箇所を巻戻したかの如くヴァイデンフェラーに戻っていった。
そしてカナタは素早くその場を離れた。激しい爆発音が鳴り、一機のセザルは火柱を上げ、燃えかすの残骸へと姿を変えてしまった。そしてその何かとはヴァイデンフェラーの尾だった。それは機体の背面部に折りたたまれており、主に接近戦の奇襲としてカナタの戦闘スタイルに組み込まれている。攻撃時は一気に開放され、先端には硬度の高い鉱石を加工して生成された鋭い矢尻が付いていて、攻撃時に灼熱化する。相手の虚を付いて使用するのが主だ。
「装甲とシールドを過信しすぎだ。シールドなど突破しなくても何とでもなる。それにこの俺から逃げきれるわけがないだろ」
カナタは吐き捨てるように言った。そして一瞬の出来事でまだ状況を完全に把握していない残りのセザルを見て一言漏らす。
「あとはお前だけだ」
それから間もなくして激しい爆発音が周囲を包み込んだ。そのもくもくと上がる煙の中をカナタは煙を払うかのように勢いよく飛び出した。そしてコウヨウ達に距離を離されたことを感じ、ヴァイデンフェラーの操縦桿を一気に倒し、二機の後を追った。機動性がヴァイデンフェラーと二機とは大きく違うので追いつくことは可能だがそれは相手がただのパイロットの場合だ。アカギコウヨウを倒し、姫を奪還する。そしてそれは自国の国境内まででということだ。
「むぅ、二機の信号がロストしたか。追手め、やりおるわ」
落ち着いた精悍な声でコウヨウは言った。足止めをしていたセザルの二機の信号が消える。それはその二機が撃破されたことを意味する。
「あぁ・・・」
ウェズレイに追従しているセザルのコクピット内の後方座席でアイは声にもならない声を漏らした。前の座席で操縦しているアオイも鎮痛な表情をしている。
「・・・すまぬ」
コウヨウは軽く呼吸を溜め込んで嘆息を漏らす。心が痛む。状況は思わしくない。元々、ウェズレイとアイとアオイが乗るセザル二機で逃亡するつもりだった。しかしコウヨウを慕う部下が共に行くと志願してきた。それを一度は断ったコウヨウだが彼らは勝手について来てしまった。コウヨウは無下には断れなかった。彼らの心意気がひしひしと伝わってきていたからだ。生き延びたとしてもただではすまんし、命を落とすやもしれんとコウヨウは彼らに告げたが彼らは喜んで覚悟していますと二つ返事で答えた。コウヨウはウェズレイの動きを急に止めた。止まってはいられないこの状況でだ。
「コウヨウさん、急にどうしたんですか?」
アオイが回線越しにコウヨウに聞いた。ウェズレイが止まったことを不信に思ったからだ。アオイの後方でいるアイも不安そうにコウヨウの乗るウェズレイを見ている。
「・・・先に行け」
コウヨウが静かに答えた。その声からは何かを覚悟した雰囲気すら感じられる。
「何を言うんです」
アオイは心配そうな表情をしているアイに大丈夫ですと促しながらコウヨウに訴え掛けるように言ったが返事はない。アオイ自身、今の状況を理解しているつもりだ。だからこそコウヨウと離れるということはかなりのリスクを犯すことになる。
「アオイよ、お主自身も気がついておろう。このままじゃ逃げおおせることなど不可能じゃ。ワシの部下をこうもすぐに倒すということは相手はただものではない」
コウヨウは落ち着いた口調で言った。それはコウヨウ自身、今の現状を含めて冷静に導き出した答えでもある。
「ワシがここでその追手を抑えている間に タキアに入国するのだ。そしてワシが渡した紙に書いてある御仁を尋ねるのじゃ」
コウヨウは悟すように言った。
「ここに書いてある人とは?」
アオイはコウヨウに事前に渡されていた紙に記されていた名前を思い出した。
「ワシの昔馴染みじゃ。必ずお主達の力になってくれるはずじゃ。さぁ、行けぃ!」
コウヨウはすぐに行くよう促すようにアオイに言った。もはや一刻の猶予もない。
「ですが・・・」
アオイは止めどない不安を胸に抱き始める。いつものコウヨウは敵と相対する時には前口上など言わないからだ。さっそうと出陣し、何食わぬ顔で帰ってくる。そんな男だからだ。
「ですがじゃないわ、迷う暇があるなら前を見て、歩を進め。二人にはこれから成すべきことがある。この国の未来を頼む」
コウヨウはそう言い、両刃のある巨大なアックスを構えた。コウヨウの見据えた視線の先にはこちらに向かって砂煙を上げる程、高速で迫ってきているヴァイデンフェラーの姿がある。
「来おったわ、早く行けぃ!」
怒号にも似た声に機体の背中を押されるかのようにアオイはセザルの操縦桿を九十度に倒した。セザルが歩を進める。アオイは瞳に涙を一瞬溜めたがすぐにそれを片手で振り払い、
「ご武運を!」
アオイは自分を鼓舞するかのように言い、後ろにいるウェズレイを振り向くこともなくタキア国境に機体を向かわせた。アイはそんなコウヨウの方を見て神に祈るかのように両手を合わせた。コウヨウはそれを確認してアオイとの通信回線を切った。そして口元に笑みを浮かべ、
「頼んだぞ、我が国の希望よ」
とつぶやいた。前方から来るヴァイデンフェラーの姿がもう目前に迫っている。コウヨウは通信回線をカナタに聞こえるように合わせ、呼吸を整え、深く息を吸い込んだ。
「行くぞぉ! 小童! 全身全霊の武を以てして存分に参られい!」
雷鳴が鳴り響くかの如く怒号が聞こえ、空気が振動した。それだけコウヨウの言葉には力とこの戦いに込められた想いが詰まっていた。その戦士の咆哮を聞いていたカナタはその迫力に少し気圧されながらもすぐに
「誰であろうと押し通る!」
と叫び返し、そのまま距離を詰めた。不動の如きウェズレイと蝶のように舞い、蜂のように刺すヴァイデンフェラー。機体のコンセプトの両極をいく機体同士の戦いが繰り広げられようとしていた。
まず先に仕掛けたのはヴァイデンフェラーを駆るカナタだった。持ち前の機動性で一気に得意の間合いに入る。すぐに自機のトマホークを構える。しかしそれはウェズレイの得意な間合いでもあるという裏返しでもある。
「だからと言って接近しないわけにはいかない!」
カナタは自分の心の中での心情や恐怖といった類を振り払うかのように力強く叫んだ。
「その意気込みは良し。自分の得意な間合いを捨ててまで戦うのでは花も実もない」
同じパイロットとしてカナタの心情をよく理解出来るコウヨウはまるで今のこの状況を楽しんでいるかのようにつぶやく。口元には不敵な笑みを浮かべ、充血した瞳で眼前の相手を睨みつけている。言うなれば今にも何かが弾け飛ぶと表現したらいいのかもしれない。 元々、コウヨウ自身、守りより攻めを信条としているため、我慢するのは苦手である。相手が強ければ強いほどその感情は顕著に現れ、身体全身の血液が沸騰するかの如く、熱くなり血が沸る。




