第9話 経験者
俺は帰ってから部屋の中でシナリオについて考えていた。父と電話をしてから既に2日経っている。竹刀も木刀もまだ届いていない。そんな事を思っていたところで、インターホンが鳴った。俺は届いたのかと思い、出て行くと、玄関の先に父が立っていた。当然、竹刀と木刀を持ってだ。
「なんで父さんが来たんだよ…」
「いや〜、配達してもらおうとしたんだが…仕事が休みになってな。いい機会だと思って持ってきたわけだ。」
「なるほど」
「まぁ、そんなわけで帰るわ。明日はしっかり残業ありの仕事だからな」
「という事は本当にこれだけのために来たのかよ!?」
「うむ。それじゃ、文化祭頑張れよ」
父はそれだけ言って帰っていった。俺のやる役は、二刀流の剣士という事になっている。あの某小説に登場するキャラと言えば分かるはず。中3で剣道を辞めてからは、高校の3年間でずっとテニスをやってきた。それなりにまだ筋力は落ちてないと思うのだが、左腕の筋力はおそらく落ちている。そこで考えたのが、左手に木刀を持ち、右手に竹刀を持つ。これを10分毎に変えながらやるっていう練習を剣道を習っていた時にやっていた事を思い出した。多分、クラスの奴等(男子に限る)が何かを仕込んでくるのは既に分かっていることだ。それに臨機応変に対応しなければならない。
「まったく…どれだけ俺が苦労すれば良いんだ…」
俺は不意にそんな事を呟いていた。
「悠真くんは、苦労しながらも、その一苦労を楽しんでるよね」
と、そんな声が聞こえた。振り返ると麗華だった。そう思えば、最近話していなかったような気がする。
「まぁ、楽しんでるっちゃ楽しんでる。あ、別にMってわけじゃないんだけど、何て言うか…苦労の中に振り返るとやって良かったって思える事があるんだよ」
「それは、分かるよ。でも、やっぱり悠真くんって不思議な人だね」
「不思議…か。小学校の頃はしょっちゅう言われてたよ。」
「不思議ちゃんじゃなくて不思議くんだね(笑)」
「確かにそうかもな(笑)」
そして俺と麗華は2人で笑いあった。
「あのさ、麗華」
「なに?私が出来る事なら何でもやるよ?」
「ちょっとした稽古に付き合って欲しいんだけど…良いかな?」
「良いよ〜。で、それってなに?」
俺と麗華の目が変わったのが分かった。俺は1つ無茶な事を頼もうとしていた。竹刀と木刀を片手に1本ずつ持ってもらい、二刀流を1度試してみるということだ。そのため、麗華に立ち合ってもらう事にした。
「ちょっと1度勝負してみない?」
「私が?でも相手にならないよ?」
「それは良いんだ。俺が文化祭の劇でやる役が二刀流の剣士ってなって、その試しだよ。剣道の構えとか、剣道じゃないから気にしなくても良いよ。見たところ剣道初心者っぽいし」
「ふぅ~ん…。やっぱり私ってそう見えるんだ。それなら私も本気でやらせてもらおっかな!」
そう言って麗華は具現体になり、竹刀と木刀を両手に持った。
「俺の合図でスタートだ」
「良いよ、いつでも。」
「それじゃ、スタート!」
俺が先に切り込むと、麗華はまだ立ったまま動こうとしない。怯えたのかと思っていたが、口が笑っている。剣道初心者がここまで笑えるのだろうか…。まぁ、中学、高校のどちらかで剣道を少しやった事はありそうだが、それだけでもやはり不可能に近い。俺は周りから見られると情けないとか言われそうだが、役になりきろうとするために本気でやってみることにした。すると、麗華は、剣道の構えが様になっているのに俺はこの時気付いていなかった。麗華には申し訳ないけど、負けてもらおうかな。心の中で麗華に謝りながら俺は斬りかかった。
「せやあっ!」
俺は実際、この時に勝ったと思っていた。構えた竹刀と木刀が手から離れ、面を1発喰らわせられると。だが、俺の予想は外れた。竹刀と木刀は麗華の両手から1ミリたりとも動く気はないとでも言うように、しっかりと俺の攻撃を受けている。俺は半ば放心状態だった。何が起きているのか。どうなっているのか。そして、最初に辿り着いた答えが、"自分の剣道の腕が落ちた"ということだ。その隙を狙って、麗華の連続攻撃が始まった。俺はそれを防いだ瞬間、とても重く感じた。物理的にでもあるし、その一撃一撃の気持ち的な事でもある。俺はその猛攻を何とか凌ぎきり、やっと反撃した時には既に面を喰らっていた。
「あのさ…俺、麗華がそんなに強いなんて知らなかったぞ…?」
「そりゃ、言ってないもん。私、実は剣道範士っていう段を持ってるんだからね。だから、少なくとも悠真くんよりは強いよ?」
「どうりで…。それにしても、随分二刀流に慣れてたようだけど、もしかして二刀流で試合してたのか?」
「いや、もともと両利きなの。だからああいうのは楽なんだよね」
「もう最強じゃん…」
「何か言った〜?」
「いーや、何でもないよ」
俺はその日、初めて麗華が地獄耳だということを知った。そして、麗華と組手をした方が自分も強くなれるという事にも。俺は終わったあと、急いで夕食を作った。至って簡単な目玉焼きとご飯とインスタントの味噌汁というものだった。俺としても疲れているし、手の込んだ料理を作るのもしんどいというわけでの手抜きだが、疲れていたのは麗華も同じだったようだ。
「そんなのでも意外と疲れるんだな」
「それは失礼じゃないの?私だってこんな体でも疲れますよ〜だ」
「そっか(笑)。何か、あんまりお前の事知らないからさ、ごめんな」
「良いよ。別に(笑)」
そして、俺と麗華はいつものように寝た。