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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第十七章 霜を踏みゆく旅路
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マルタンへの道程1  王宮の密議と騎兵誕生秘話 上

 冷たい雨が降りしきったオラヴィ王九年九月二十四日、この日から続々とモンデラーネ公軍別働隊の追撃に出ていた王都貴族軍と北西軍がイルマ峠城塞に帰還してきた。


 彼等は数名の捕虜とそれに比例するような数の討ち取った相手の首を携行していた。数日間雨に降り込まれた捕虜はいずれもやせ細り精強なモンデラーネ公軍の兵士の面影はどこにも無く、ただ目ばかりが目立っていたがどことなくほっとしたような表情も見せていた。



「ユウジ様、いよいよベルンハルド将軍の元に行かれるのですね。どこを通ってマルタンに向かうおつもりですか」


 パーヴォットが城壁の上から続々帰還してくる追撃隊と彼等が連行している捕虜を見ながら祐司に聞いた。

 祐司はリファニアに到着して最初の二年を過ごした”小さな花園”を出ていく時に、大巫術師スヴェアから祐司を現代日本に帰還させるためにはかつてスヴェアの弟子だったマレーリ・ラディスラ・ハレ・コルネリの力が必要であり、マレーリ・ラディスラの居場所を明らかにするにはベルンハルド将軍を頼れと言いつかっていた。

(第一章 旅路の始まり ”小さき花園”の女10 いわゆる聖女 下 参照)


「モンデラーネ公軍本隊が撤退を開始した。モンデラーネ公軍本隊が引くにしたがって北西軍はモンデラーネ公軍を追うようにアヴァンナタ街道を南下している。

 聞いた話ではアヴァンナタ街道からマルタンに向かう北東マルタン街道が分岐するあたりまで押し出すということだ」


「そうするとそこに行けばベルンハルド将軍に会えるし、マルタンにも行けるってことですね」


「まあモンデラーネ公軍が逆襲してこなければな」


 祐司はモンデラーネ公軍逆襲への警戒を口にしたが、実際はすでにモンデラーネ公軍はほぼアヴァンナタ州から撤退しておりアヴァンナタ州に残っているのは敗残兵か迷子の兵士だけである。


 九月中旬の時点でモンデラーネ公はすでに北西戦役を打ち切っており、これから冬に向かう中で再度アヴァンナタ州で軍事行動を起こすつもりはなかった。

それよりもの一刻も早く本拠地ローゼン州カルヤニーネに帰還して酷く傷ついてしまった兵備を再編成して、むしろ支配地域への敵勢力侵攻に備えたかった。


 この半世紀に渡ってローゼン公家、途中からはモンデラーネ公家は周辺の弱みを見せた地域へ侵攻して一方的に勢力を拡大してきた。

 それだけに自分が弱みを見せればつけいってくる相手がいるのではという警戒心が湧いてくる。


 それでも二年前まで西隣のナデルフェト公爵を除いては相手になるような勢力は周辺にはなかった。

 ナデルフェト公爵にしても自領を守るという気概は強いが積極的に領外に出てくることはなかった。


 ところが南の大州ドノバ州では実質的にドノバ候による一元支配がまるで夢を見るかのようにあっという間に成立して、一度はモンデラーネ公の支配下になったリヴォン・ノセ州を蚕食している。


 モンデラーネ公の宿敵とも言えるリファニア西岸の雄であるナデルフェト公爵バンジャ・ビリデル・イキニパラガクはその南のノヴェレサルナ連合侯爵家女侯爵デデゼル・リューチル・ミラングラスと結んでいた。

 このためノヴェレサルナ連合侯爵軍が隣接するモンデラーネ公の支配地デレット州へ侵攻すればナデルフェト州に隣接する地域のモンデラーネ公軍が動けないように軍勢を動員することは明らかになりつつあった。


 さらに独立領主であるが王家に近いベムリーナ・エラ州レルスマイアー伯爵や、最近急速に王家に接近しているマール州バルバストル伯爵家は他のマール州領主を巻き込んで中小勢力とはいえ軍勢を急激に拡大している。

 モンデラーネ公は自分の都合だけで合戦相手を選ぶことが出来たのはすでに過去のことになりつつあることを自覚し始めていた。


 このように懸念される事態はあるが、オラヴィ王九年秋から冬にかけてのモンデラーネ公は北西戦役の後始末に追われた。

 合戦は始めるまでに多大な準備と下工作が必要であり、終わったら終わったでその後始末に追われる。


 まずモンデラーネ公は数十リーグほどもアヴァンナタ州に攻め込みコダデル峠まで北西軍を押し込んで痛打を浴びせたと勝利を喧伝した。

 イルマ峠からそれこそ命からがら逃れてきた兵士にはもちろん敗北感があったが、それを困難な中でイルマ峠の封鎖を続けたことが本隊をして勝利を呼び込む助けになったと言い換えることでその敗北感を犠牲的な働きをしたのだとすりかえさせた。


 勝ったということにしたために従軍した兵士を労い、それなりの恩賞を与える必要がモンデラーネ公にはあった。


 もちろん実体は敵地奥深く攻め込みはしたが、戦病死を含めて第一戦級の機動兵力として使用できる六千人以上の兵士と防御的な戦闘にも転用可能な経験豊富な輜重兵千三百、そして軍の要求を満たす”雷”や”突風術”が可能な四十五人の巫術師と二戦級の十八人の巫術師を失っただけで、支配地が広がったワケでも略奪品や戦利品、捕虜を得たワケでもない。


 このためにモンデラーネ公の文官達は必死に金や物資をかき集めて、支配地のモンデラーネ公軍は秋の徴税を例年以上に過酷に取り立てた。

 むろん収奪には限界があり一揆を誘発する可能性もあったので支配地には守備隊という名の収奪部隊の増援を送り込む必要があった。


 このような状態では余程の好機であってもモンデラーネ公軍が再度アヴァンナタ州へ侵攻して北西軍に鉄槌を浴びせることなどモンデラーネ公の頭の片隅にもなかった。

 モンデラーネ公は北西戦役で短期での占領の見込みの無くなったイルマ峠城塞包囲を続けさせたという間違いを犯しはしたが、本来は頭の切り替えが早くすでに軍勢を立て直して周囲の情勢判断をするとともに来年の侵攻目標の策定に入っていた。


 モンデラーネ公にとって北西戦役はすでに終了した戦役だった。


 もちろん祐司とパーヴォットはそんなモンデラーネ公の頭の中とモンデラーネ公軍の内情に通じているワケではないので、モンデラーネ公軍の逆襲という事態を考えてしまう。 

 


「いつ出発するんですか」


 パーヴォットが連行されてきたモンデラーネ公軍の兵士を冷ややかな目で見ると祐司に聞いた。


「流石に単独での行動は難しい。数日すればトンバルデン男爵様が率いるムラデムリの三千人ほどが援軍としてベルンハルド将軍のもとに向かう。

 援軍といってもベルンハルド将軍への表敬訪問みたいなもので、穿って考えれば同行するムラデムリはトンバルデン男爵様の護衛と北西軍指揮官に対する王家の示威行為の一環だろう。


 それと同行させてもらえるようにトンバルデン男爵様に請願書を出すつもりだ。これはマメダ・レスティノさんの入れ知恵だ」


 祐司はそう言うと少し微笑んだ。


「三千人の護衛とは大層な護衛で御座いますね」


 パーヴォットは今度は少女らしい透き通ったような笑みとともに言った。


 祐司はパーヴォットの故郷で当面自分と一緒にパーヴォットを連れて旅をするという決断をした。

 そして今度はベルンハルド将軍に会って祐司が現代日本に戻るために必要な人物である大巫術師スヴェアの弟子マレーリ・ラディスラの捜索を依頼する。


 祐司が現代日本に戻るという行動を進めれば進めるほどパーヴォットとの別れが近づいてくる。


 祐司はそのことに逡巡していた。


 トンバルデン男爵に同行するムラデムリ以外のムラデムリはイルマ峠城塞に残留して付近の森林にまだ散らばっているモンデラーネ公軍の兵士の死体から主に武器を回収する作業を行った。


 流石に腐乱死体から甲冑やヘルメットなどを剥ぎ取るのは衛生上の理由と悪霊の存在を信じる気持から憚られた。

 また王都とその周辺で作られたリファニアで最も優秀な武具を装備したムラデムリには、実用一点張りで田舎風と思えるモンデラーネ公軍の武具をどうしても手に入れたいとも思わなかった。


 このために死ぬ直前に自分で脱いだモノを除いては腐乱死体は武装した状態で埋められた。


 戦役の大勢が決まったことで契約金の関係からムラジュ兵団は出来るだけ早く本拠地に帰すことになった。ムラジュ兵団はすでにイルマ砦城塞の中庭で帰還の準備に入っていた。


「ユウジ様、イルマ峠の方から馬に乗った者がやってきます」


 突然パーヴォットがイルマ峠の方を指差して言った。


 祐司の目にも速歩ほどの速度でイルマ峠を通過しただろう二騎の騎馬がイルマ砦城塞目がけて向かってくるのが見えた。

 リファニアでは人間が発する巫術のエネルギーを馬が嫌うことから、乗馬はそのエネルギーの排出が例外的に少ない人間しか馬を自分の背に乗せない。


 こういった馬がなんとか我慢してくれる人間は百に一人ほどなので、リファニアでは乗馬は軽業の類でしかない。


「ユウジ様、馬に乗っているのはムラデムリの肩章をつけた兵士のようです」


 騎馬はまだ四半リーグ(約四百五十メートル)ほど城壁から離れた場所を走っているが祐司にも乗馬しているのは軽武装の兵士だということはわかる。

 しかし数センチ四方ほどの大きさしかない肩章のデザインを読み取るなどということはパーヴォットにしかできない芸当である。


 やがて二騎の騎馬はイルマ峠の前で野営しているムラデムリの兵士の間を縫ってイルマ峠城塞に到着した。

 ムラデムリの兵士達はおもむろに立ち上がって二騎の騎馬をぽかんとした顔つきで眺めていた。


 この二騎の騎馬はバセナス州第一の港町ムリリトからやってきたムラデムリに属する騎馬伝令だった。

 騎馬伝令は祐司達には内容が教えられなかった王都からの指令を運んで来たのである。そして次の日には北西軍指揮官ベルンハルド将軍のもとへトンバルデン男爵の手紙を持って一足先にイルマ峠城塞を出発した。


 これはリファニアの軍事史で軍事組織の中に騎馬が登場して任務を果たした初めての例である。そしてこの騎馬の兵士、すなわち騎兵は密かに王立軍で育成されている。


 この騎兵誕生には祐司がかかわっていた。



挿絵(By みてみん)




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 祐司とパーヴォットが目撃した騎馬伝令については、この日王宮で行われたオラヴィ王、家老であり岳父であるドルトナン伯爵デンザ・カリマ・ブルクハルト、そして秘書官ホシルタル子爵レタゼ・マフェルタワリー、そして王弟ビリロトの会話で語られていた。


 その日、オラヴィ王は詳しい北西戦役の戦況報告書を読んだ後で密会を行ったのだ。


「予想以上の成果があったということだな。モンデラーネ公軍は去年の痛手を回復するどころか確実に弱体化したと判断していいか」


 オラヴィ王が椅子に座るなり聞いた。


「希望的観測で事態を判断することは危険です。モンデラーネ公軍で損害を出したのは自慢の精兵とはいえ一般兵です。

 これはまだまだ補充が可能で、新兵を集めてこの冬に訓練を行えば兵力と戦力はそう減じないと思っていた方がいいと思えます。また戦車隊の再建は出来ていませんが親衛隊は無傷です」


 ドルトナン子爵は答えてから椅子に座った。


 公的な場ではホシルタル子爵がオラヴィ王の前で椅子に座ることはないが立っていられてはまっとうな話が出来ないというオラヴィ王の指示で、密議ではドルトナン伯爵、ホシルタル子爵、そして王弟ビリロトとも丸机を囲む椅子に座っていた。


 オラヴィ王は王立軍を把握する王弟ビリロトとは密議の前に意見を聞いたり爾後に報告するのが常だったが、最近は密議に参加させて時間の節約をすることが多くなっていた。


「ただ巫術師の数はますます苦しい状態になったのは確実です。これはモンデラーネ公軍に入り込んだ複数の巫術師の報告からも裏が取れています。かなり質の落ちる巫術師までもがかき集められているようです。

 現在のモンデラーネ公軍の巫術師の人数能力の詳細につきましては鋭意調査中ですので報告書ができしだいお持ちいたします」


 ホシルタル子爵が補足するように言った。

 

「王立軍とモンデラーネ公軍の実力差について王立軍のビリロトは、現在の時点で互角と判断していると言っていた。そちらはこの意見をどう思う」


 オラヴィ王が聞いた。オラヴィ王は自分が誰かに進言されたことは大抵ドルトナン伯爵とホシルタル子爵に意見を求めた。


 ビリロトはオラヴィ王の三歳下の弟で王立軍の名目上ではあるが総指揮官である。名目上とはいえビリロトは軍事的な才能に長けており、オラヴィ王が身内の中では最も信頼している武人である。


 ドルトナン伯爵とホシルタル子爵は互いに顔を見合わせた。そしてドルトナン伯爵は「ではその件はわたしが話します」と言った。

 どうも王立軍とモンデラーネ公軍の戦力の比較については、二人は話をしたことがあるようだった。


「お恐れながら王弟殿下のご意見に同意いたします。ただ勝つか負けるかは指揮官と戦術次第と思えます。王家がその武威をリファニア全土に示す時には負けることは許されません。

 王家の軍がリファニア全土を常勝軍として闊歩していた時代が過ぎて六百年です。その長い隠忍の時代は間もなく終わります。


 しかし王立軍が再びリファニアの辺土であれその武威を示すのなら、”冬眠から目覚めた熊”であることを明確にリファニアの民に知らしめなけらばなりません。


 それから考えるとまだ道半ばかと思います。圧倒的な兵力差、隔絶した武器、正義を天下に知らせるという意気を持った精兵、これが揃って始めてリファニア王の軍と言えます。リファニア王の軍は戦う前に敵の戦意を挫く無敵の軍でなければなりません。


 ただムラデムリが真に役に立つ軍勢と判明しました。また王都貴族の軍勢も使い方によっては計算が出来ることもわかりました」


 ドルトナン伯爵は一気にしゃべった。


 ドルトナン伯爵が”冬眠から目覚めた熊”と言ったのはリファニアの慣用句であるが王家にはワタリガラスと熊の精霊の血が流れているという伝説も踏まえている。


 初代リファニア王ホーコンの母親については、史書ではマネルという名しか伝わっていない。

 伝説の一つにマネルは父親がワタリガラスの精霊で母親は熊の精霊であるというものがある。


 この伝説を踏まえて王家の旗印はワタリガラスであり、王立軍の軍旗には熊が描かれている。



挿絵(By みてみん)




「わたしもこの二人の意見にはまったく異議はありません。今年はムラデムリが初陣を飾りました。

 王立軍も一度は大規模な実戦の洗礼を受けるまでは、その力を判断すべきでないと思います。兄上の指示でできた荷駄幕僚処も動き出したばかりです」


 王弟ビリロトが初めて口を開いた。


 ビリロトは宮様将軍で名目上の総指揮官と見なされてはいるが実務を丸投げするようなことはなく、王立軍の幹部の間では王立軍のことでわからないことはビリロト様に聞いてみろと会話されるほど研究熱心である。


 ビリロトの言った荷駄幕僚処とは近代軍でいえば全軍を対象にした主計及び兵站担当のことである。

 荷駄幕僚処は後に平時から各地の駐屯部隊に物資を手配する兵站奉行が指揮する兵站奉行所となり、オラヴィ王自らが失脚させたランバリル士爵が初代の奉行に任じられる。


 兵站部門を専門にする荷駄幕僚処の設立は祐司が関わっている。


 これは祐司の口から独立した兵站部門の必要性をバーリフェルト男爵家の家臣アッカナンが聞き、バーリフェルト男爵家次女サネルマを妻とした知将レフトサリドリ子爵ダブト・エルデヴェルドが聞き及んでビリロトに設置を進言した。それをビリトロがオラヴィ王の裁可を得て今年の五月に新たに設置させたのだ。

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ14 マルトニア見聞記五 -ネイニロネの策略- 参照)



「近衛隊は?」


 オラヴィ王は近衛隊の名が出てこなかったことを聞いた。ただオラヴィ王も組織として硬直化が進んでしまった近衛隊の実情は知り尽くしている。


「近衛隊は王立軍とムラデムリとは少々力の差がつきました。国王殿下が即位して以来優れた人材は王立水軍か王立軍、そこからさらに優れた者はムラデムリに流れます。

 近衛隊は王立軍に入れなかった者の受け皿という捉えられ方になって久しく御座います」


 ドルトナン伯爵が遠回しに近衛隊を無用の隊と言った。


 歴史的に見ると元々のリファニア王の軍勢は全て近衛隊である。それが三百年前の南部貴族諸家の反乱である”白狼の乱”を切っ掛けに王立軍が創始されてから、近衛隊の称号が出来てリファニア王家守護の軍とされた。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖4 史実グラニダニの戦い 中 参照)


 近衛隊は全て郷士階級の兵士で構成されおり格式の高い軍勢で精鋭部隊とされていた。

 しかしそれだけに郷士階級の者でも兵士が平民である王立軍や王立水軍と比べると出世は難しいので意欲のある郷士階級の子弟は近衛隊を避ける傾向が出てきた。


 また近衛隊は郷士、それもホルメニアの郷士階級からのみ入隊させ続けたために、代々近衛隊で高位を占めた家が幅をきかせるようになって家柄が優先される組織になってしまっていた。


 このことからさらに有能な者は近衛隊を避けて、家柄のみしか誇る者がない者が近衛隊に集まるということになった。

 この家柄を優先させる者の心情は近衛隊でありながら、心ならずも王以外を十把一絡げと見るような強大な王権とは相性が悪い。


 オラヴィ王八年の政変でオラヴィ王が近衛隊によるクーデターを警戒していたのはこうした理由がある。

(第八章 花咲き、花散る王都タチ オラヴィ王八年の政変5 王宮の密議 参照 参照)


「歴史のある近衛隊のことは一朝一夕はいきません。規模は徐々に縮小させる方向で気長にすべきかと。

 近衛隊の中にも有能で忠義一徹の者は大勢おります。まずはそうした者を王立軍に出向という形で異動させていくべきかと思います。


 また近衛隊を廃止する必要はありません。王室警護と王都の大通りを王家の威信と武威を示すために行進するきらびやかな儀仗兵は泰平の世になっても必要です」


 王弟ビリロトのこの言葉で近衛隊に関することは打ち止めになった。 


「この冬はゆっくりと計画を練り、また一層の軍勢の鍛錬をすべきかと思います。北西軍の予想以上の善戦、いや勝利で多少状況は予想より変化しました。政略の練り直しにつきましては青星会にはかりまとまり次第ご報告いたします」


 ドルトナン伯爵が大局に関することを言った。


 青星会は王都貴族の中でも明確な王権支持派の有能と目された貴族と中枢官僚で構成されたオラヴィ王の諮問機関であり、実質的な内閣組織として機能している。


「先に一つだけ意見を聞きたい。北西軍の勝利があっても王家が動くとしたらやはり三年後ほどか?」


 オラヴィ王がいつもに似合わず子供がねだるような声で聞いた。


「早くてと思います。北西戦役でモンデラーネ公軍は打撃を受けました。来年は流石にモンデラーネ公も自軍の涵養に時間を取って大規模な侵攻作戦は行わないでしょう。

 これは言い換えればモンデラーネ公軍が消耗しないで兵備を整える時間を与えたということになります。その意味では北西軍は勝ちすぎました」


 ドルトナン伯爵が一息置いてから答えた。


 リファニアは中世世界であるので多くの者は六十歳までは生きられないだろうと思って暮らしている。

 オラヴィ王の目標はリファニア王国のリファニア王による一元支配の復活であるが、この目標は流石に自分の御代ではできないと覚悟している。


 オラヴィ王がリファニア統一にこだわるのは野心や思想的なことが第一の要因ではない。


 リファニアの長い歴史を持つ宗教組織と王家の記録からリファニアの気候が数百年という単位ではあるが寒冷化していることを王家は把握している。

 そのために数百年後かもしれないがリファニアから大規模に王領キレナイト(北アメリカ)への移住を開始せざるを得ない時が来れば、それに効率よく対処するためにリファニアが統一国家である必要があるとオラヴィ王は認識しているからだ。

(第八章 花咲き、花散る王都タチ オラヴィ王八年の政変5 王宮の密議 参照)


 ただリファニアが人間の生存に適さないほど寒冷化するのは早くとも十世代ほど先であり、また確実に全土が寒冷化するのかどうかも確かな話ではなくかなりの可能性であり得る未来に、オラヴィ王以下中世世界であるリファニア王国の中枢部は備えている。

 

 寒冷化に備えてリファニア王国を統一する最大の障害であるモンデラーネ公を滅ぼして、できればリファニア南西部を根城にするヘロタイニア人勢力を排除するか無力化して、次王にバトンを渡したいとオラヴィ王は思っている。


 ただ中世世界リファニアでは五十歳ともなれば老境と思われて何時死ぬかもしれないと覚悟をする。

 そのためにリファニアの人間がことをなすべきは五十歳までという感覚でいる。オラヴィ王にすれば自分が元気で活動できる残り時間を意識する。


 オラヴィ王も四十歳の声が間近なのでできれば早く事を進めたがっていることが密議の出席者にはわかった。

*オラヴィ王九年の段階でオラヴィ王は満三十八歳

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― 新着の感想 ―
[良い点] トンバルデン男爵との縁やドノバ州やナデルフェト州での出来事等、過去の色々な出来事や縁故が現状に繋がって反映されていく、という展開は大長編ならではの楽しみですね。 [気になる点] 諮詢は逡巡…
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