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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ22 グネリの子

「いよいよ予定の日ですな」


 ヨスタがエン麦のおかゆをスプーンでほおばりながら感慨深げに言った。四日間で旅の買い物を終えた祐司が昼頃、店に顔をだしたのでヨスタは強引に祐司を昼食に誘ったのだ。


「天候もなんとかなりそうですね」


 祐司もおかゆを食べながら相槌をうつ。エン麦のおかゆは、オートミールとして祐司は日本でも食べたことがあった。

 それは品種改良されたもので結構な値段であり牛乳で煮立てたものだった。リファニアのエン麦のおかゆは岩塩で味付けした素朴このうえない味だった。


「一週間前に出立した隊商は引き返してきません。キリオキスがいよいよ越える状態になったようです。昨日は、それを見越して、二隊の隊商が出ました。

 荷を求める隊商を組む大手の商人やら、個人で商売をする行商人で商売も忙しくなるでしょう」


「明日は出立する隊商はあるのですか」


「いいえ、一番早いので四日後です。それからは、どんどん出ますよ」


「向こう側からはこないのですか?」


「まあ、皆無じゃありませんが、今、中央盆地に商売に出ている隊商が帰りに品物を持って帰ってくるのが大部分ですね。

 残念ながらクルトにあって、中央盆地に無い物はありません。クルトに無くて中央盆地にある物はたくさんあります。中央盆地の商人はリスクを負って、それほど商売にうまみがないクルトまでは来たがらないのです」


「すっかり長居をしてしまいました。午後は用事がありますのでこれで失礼します」


「明日から旅の身ですから、ほどほどに」


 ヨスタは意味深長に言う。




 祐司はヨスタの店から直接、グネリを訪ねた。宿の番頭に、グネリから聞いた合言葉を言うと、番頭は黙って祐司を裏口に連れていった。宿の裏には宿泊客用の家畜小屋があった。


 番頭は二階建の家畜小屋に入ると右の壁を引いた。単純な仕掛けだった。壁に見せかけた引き戸であった。


 戸の中には人が一人通れるほどの傾斜のきつい階段があった。



挿絵(By みてみん)




 番頭は顎で祐司に上がるように指図した。祐司が階段を上がり始めると番頭は戸を閉めた。上がった先の空間は、人目をはばかるかのような小さな窓を除けば、荒い板張りの床だが十分に人が住めるような空間だった。ベッドに小さい机と椅子があった。


 街の堅気の女が日常着る目立たない服装をしたグネリがそこにいた。グネリは祐司が隠し部屋に入ると急いで階段に続く床の穴に木の蓋をして閂で留めた。


「もうすっかり大丈夫ですわ」


 グネリは微笑みながら祐司に言った。


「はい」


「ユウジ様」


 いきなりグネリが祐司に飛びついてきた。




 小さな窓から差し込む太陽の光がひどく傾いていた。夕刻に近いのだろと祐司はベッドに寝転んだまま窓を見上げた。



「ユウジ様、大切な話があります。どうぞ、この女を哀れんでお聞き下さい」


 祐司の横で天井を見ながら寝ていたグネリが決心したような口調で切り出した。


「子ができました」


 祐司は最初、言葉の意味が頭に入らなかった。子って誰にできたの?素直に取ればグネリの子?


 だってグネリさんはもう四十歳位だろうし。でも、妊娠しない歳でもない。色々な思いや想像が祐司の頭を駆け巡った。


「子?って、妊娠した」


 祐司はようやく出た一言が自分で言っていても、ひどく人ごとのような言い方だと感じた。どうする、どうしよう。祐司の頭は一杯になり、突然、大切なことを思い出した。


「いや、いや、合いませんよ。まだ、グネリさんと出会って二月も経っていない。子が出来てもわからないでしょう。あの、生理だって抜けることはありますし」


 祐司は自分で言っておきながらかっこ悪いと思った。


「そう、ユウジ様の子ならどんなによかったことか」


 グレリが祐司の腕に抱きついてきた。


「え、すると」


 祐司は父親に心当たりがあった。


「そうです。マッカレール・ディオンの子種です」


 マッカレール・ディオンは祐司の呪い返しで、あっけなく無残な最後をとげたが、グネリの弱みにつけ込んでアヒレス村に入り込んで村人までを悩ましていた巫術師である。


 祐司はマッカレール・ディオンを呪った。死んでまでグネリに祟るろくでなしの男だと。


「どうされるのですか」


 祐司は言ってから、ここが現代の日本でないことを思い出した。グネリの選択肢は少ないのだ。


「生みます。そして、わたしが育てます」


 グレリの言葉は公式の場のグネリのように威厳があった。


「固いご決心のようですね」


「わたしは若い頃、マルタンで学んでいた頃に相思相愛の相手ができました。そして、子ができたのでございます。しかし、学ぶ立場の私たちには育てることができずに里子に出しました」


 祐司は突然、グネリに秘密を打ち明けられて困惑した。リファニアにおける価値観の中で祐司にとって性も計りがたいものの一つだった。


 キリスト教社会ではないリファニアは史実の中世ヨーロッパなど比べれば、はるかに性に対してはおおらかなのであろう。

 日本でも昔の見られた夜這いなども容認されているらしい。もっとも相手方の家族、特に父親や男兄弟に見つかれば半殺しにされることもあるという。


「今でも、その子がわたしの傍らにいたらと思う日がございます。もう、腹を痛めた子と別れるのは嫌でございます」


 母としてのグネリを祐司は感じた。


「それは、そうですが」


 がんばって下さいともいうのも憚られるような気がして祐司は軽く受け流すような返事をした。


「アヒレス村ではマッカレール・ディオンの死は当然の報いだとされて今でも事あるごとに罵られています。

 そのマッカレール・ディオンの子と知れたら、その子はどんな仕打ちを村で受けるでしょう。どんなつらい思いをするでしょうか。確かにディオンは悪人です。そうだとしても、その子が父親の報いをうけるのが正しいことなのでしょうか」


 グネリの目が真剣に祐司に返事を求めていた。


「それは違うでしょう。いや、はっきり正しく無いと思います。ディオンだって、子供の時から、酷い人間だった分けではないでしょうし」


「誰もがユウジ様ではございません。ユウジ様が特別なのでございます。ユウジ様お願いがございます」


 これが、本題だと祐司は感づいた。今度こそ、何が来ても驚かずに冷静に答えようと祐司は思った。


「で、何でしょう」


「ユウジ様、子の父親になってください」


 最初に、グネリの妊娠を告げられた時よりも祐司は混乱した。父親になれとはどういう意味なのだろう。旅を止めて父親になって子供の世話をしろというのかと祐司は思った。


「でも、わたしはこれから」


「名目だけでいいのでございます。後生でございます。ユウジ様の子なら村人も納得いたします」


 グネリの目から涙がこぼれた。


「どうして納得するんですか」


「ユウジ様はアヒレス村の英雄でございます。マッカレール・ディオンを打ち倒して、テスラに憑いた魔狼を倒したのでございます」


「そんなだいそれたことはしていません」


「その謙虚さが素敵でございます」


 グネリは祐司の胸に抱きついた。


「で、僕はどうすればいいいんですか」


「特に何も。ただわたしとの婚姻届を神殿に出して下さい」


 この日、最大の困惑に祐司は襲われた。どうして、グネリと結婚しなければならないという話になるのか祐司はさっぱりわからなかった。


「あなたと結婚するのが”特に何も”ですか」


 祐司が言えたのはそれだけだった。


「形ばかりのことでございます。そうすれば、ユウジ様の名を子も頂けて、父無し子にならずにすみます」


 グネリの言葉は必死の言葉だった。


「じゃ、認知します」


 祐司はやけくそで言った。


「ニンチとは?」


 グネリが、それこそ、鉄砲玉を食らった鳩のような声で聞いた。


 祐司はリファニアの”言葉”を、スヴェアが与えてくれた薬の力もあって二年ほどで、大体はしゃべれるようになった。

 ただ、祐司のクセなのか不思議なことに、日本語の中で、リファニアの”言葉”にない概念を日本語で言ってしまうのだ。


 祐司は、あわてて信者証明に父親として記載してよい意味だと説明した。それをグネリはたちまち拡大解釈した。



「それは、本当で御座いますか。生まれてくる子にわたしが、結婚相手の子を産んだと言ってよろしいのですね」


 グネリの言葉に祐司は押しまくられていた。


「結婚とは言っていません。それに、万が一、万が一ですよ。本当に僕が誰かと結婚したくなったらどうすればいいんですか」


 ほとんど祐司はやけくそになって言った。


「婚姻届を出してくだされば、子が生まれたらすぐに離婚の届けを出します。どうぞ、わたくしめをご信用ください。それにリファニアでは結婚後相手と五年会わなければ好きに離婚できます」


 グネリも必死だった。


「各地の神殿は一年の報告をマルタンの本神殿にいたします。その報告書と一緒に私信を託すことも許されております。離婚の報告はかならずその私信で送ります。

 ユウジ様はそれをマルタンで受け取ってくださればこのグネリの言葉が真実であったと確認できます」


「誰から受け取れと」


「神殿の庶務神官のところに私信はつきますから預かって貰えるはずです。わたしの私信をユウジ様に渡すようにという証書をかきます」


「いつ頃着くのですか」


「子が生まれて信者証明を取ってからでございますから秋の半ばになると思います。この辺りの神殿の報告書はまとめて、北の街道から直接、マルタンに届きます。冬になる前には届きます。でも、天候が不順なら翌年の春になります」


「いいですよ。マルタンに到着するのは多分、来年の春でしょうから」



「もうブレヒトルド神官長には話をしております。夕刻の儀式の後で秘密裏に結婚の儀式を行ってくださいます」



「ブレヒトルド神官長は何もかも承知なのですか。例えば、本当はグネリさんの子が誰の子とか」


「はい、承知の上です。どうぞ、直接お尋ね下さい」


「まあ、それなら」


 途中まで言いかけた返事を曖昧に終わった祐司は”あっ”と思った。


 リファニアの言語は分化以前のゲルマン系言語が祖語だろうと祐司は考えていた。そのためか、英語にあるような仮主語を用いた言い回しがある。

 

 祐司は仮主語で肯定の表現をした。肯定したのはブレヒトルド神官長に直接、事情を知っているのかを聞くことの肯定だった。しかし、その部分は具体的には言っていないのだ。グネリは自分のいいように、結婚の承諾だと解釈するはずだった。


「ありがとうございます。無理を承知して下さいましてなんと感謝してよいか」


 祐司が言い足そうとした瞬間、感極まったようにグネリが大きな声で言った。


 もう諦めるしかない。別に何が損をするわけでもない。無理矢理にそう考えた祐司は引き下がることにした。


「ユウジ様、承知していただいたところで、もう一つお願いがあります」


「なんでしょう。できることならしましょう」


「お腹の子に名前をつけてください」


「え、まだ男とも女ともわからないのにですか」


「男と女の名前を言ってください。その名をつけとうございます」



「ヒカリはどうですか」


「ヒカリ?」


「ヒカリは”光”という意味のわたしの故郷の言葉です。男でも女でもおかしくない名前です」


「ヒカリ、いい名です。ユウジ様ありがとうございます。では、仮名はいかがいたしましょう」


 仮名はリファニアの習慣で、神々の妬みを避けるためにわざとつける蔑称に近い名である。


「オーイナルはどうでしょうか」


 祐司は悪戯心に近い発想で思いついた名を言った。


「オーイナル(おぼろげな)ですか。ヒカリに合ってますね」


「オーイナル・ヒカリでいいですか」


 祐司はリファニアの神々が日本語を知らないことを願いながら言った。


「はい、気に入りました」


「ナチャーレ・グネリ、わたしは千年巫女様に帰ってくると誓いました。その時は、グネリさんも訪ねます」


「わたしは、ついでなのですね」


 祐司は今後一切余計なことを言わない寡黙な男になりたいと思った。


「それでも嬉しゅうございます。ユウジ様のお帰りを子と待っております」


 グネリは微笑んで言った。


「ユウジ様、まだ夕刻の儀式には時間がございます」


「そうですね」


 グネリは祐司の敏感な部分を握った。


「もし、ユウジ様が帰ってこられなければ、わたしにとってこのようなことは、今生では今一度で終わりです」


 グネリは最後のおねだりを乙女のような口調で恥ずかしそうに言った。


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