霧雨の特許都市ヘルトナ21 旅の支度 下
祐司は、次の日から本格的に旅支度を始めた。祐司は登山靴などの日本から持ってきた物は出し惜しみはしないが長く使おうと思っていた。
それに、怪しいまれないためにも、出来る限りリファニアの品物で旅装束を揃えようと考えていた。
リファニアではホームセンターで何から何まで揃うわけではなく、専門店を周り値段交渉をする必要があったので最低限の物を入手するのに三日かかった。
また、パーヴォットの旅支度も悩みの種だった。
結局、ヨスタに相談して、安全面から男で通すことにした。それでも子供サイズの旅装束があるわけでもないので一番小柄な男物のマントや上着、股引みたいなスラックスなどを購入した。流石に靴は既製品がなかったので誂えなければならなかった。
少し余裕のあるワンピース型の薄手のフランネルの無染色の上着、上着は黒い皮のベルトでウエストを留めている。
フラネルのワンピース型上着は祐司も着用しているが、裾は太ももの辺りまで、大きなTシャツのような感じである。ただ、祐司の上着は薄い青色の染色が施されている。
上半身の下着は、亜麻の短いスリップとブラジャーである。祐司はまさかと思ったがリファニアにはブラジャーが存在していた。
金枠などは使用していない、ただ乳房を固定するためのブラジャーだが、今、しばらくは男として行動させるパーヴォットの膨らみかけている乳房を固定して、ラフな上着で誤魔化した方がよいと思い祐司はヨスタの奥さんに頼んで買ってもらった。
下半身は股引のようなリファニアの男性が着用する膝の上までの麻のスラックス。リファニアには下半身用の下着は男女とも、砧で丁寧に柔らかくした亜麻布の端にヒモを付けたもである。
早い話が越中褌である。越中褌と異なるのは、ヒモが布の両端についていることである。ただし、この下着は着用しない者も多いらしい。パーヴォットも祐司が買い与えた複数の下着を見て、「毎日着用していいのですか」と祐司に聞いたほどである。
祐司は越中褌姿のパーヴォットを想像して、ちょっと萌えた。
股引のような四幅袴(半ズボン状の袴)と越中褌タイプの下着は祐司も用いているので、祐司とパーヴォットは服装の種類では同一の姿である。
パーヴォットの靴は足首の上までの編み上げ靴で、麻のゲートルをふくらはぎの部分を覆っている。ゲートルは男女とも旅装束の代表的な物らしい。
この男物の旅装束をパーヴォットに着せてみると妙に似合っていた。
ブルネットというのだろうか薄い茶色の髪は頭の後ろで切りそろえられている。形のいい小さな耳がよく見えた。
透き通るような白く儚げな顔の皮膚、すっきりとした鼻筋に小さな鼻、対象的に大きな薄い少しばかり不安げな灰色の瞳が祐司を見つめていた。
祐司はパーヴォットが女の子と知っているので、そのボーイッシュな姿に少しどぎまぎした。
「可笑しいですか」
パーヴォットが恥ずかしそうに聞いた。
「いいや、よく似合っている(可愛いよ)」
祐司は最後の言葉を飲み込んだ。
「ありがとう御座います。わたしはいつもの服装で十分でしたのに、ご主人様にこのような散財をさせてしまいましいました。申し訳ございません」
「そのご主人様というのはなんとかならないか」
「しきたりです。マシューバニ・ハーシュナン神官にも後見人はご主人様と言うように言われました。そう呼ばないと周りの人が変に思います」
パーヴォットは訴えるように言った。
「ふーむ、こっちが慣れるしかしかたないのか。ところで、パーヴォットはキンガ師匠、いやお父上から剣術は習ったのか」
祐司は本題に入った。
「はい、剣術は農民や町民を含めて男のたしなみです。世間にはわたしは男ということでしたから、剣術の師範が自分の子に剣術を教えないのは不自然だと父は思ったのでしょう。
本来は基本として両手剣を習いますが、流石に女の手に余ると思ったらしく父が教えてくれたのは片手剣です」
「それはちょうどよかった。これをパーヴォットにやる」
祐司は布に包まれた細長いのもを取り出してパーヴォットに渡した。
「布から出してみろ」
布から出て来たのは、五十センチほどの刀身を持った両刃の細身の剣だった。
パーヴォトは旅では祐司の従者と見られるだろうから形だけでも何か剣を持っていた方がいいというヨスタの忠告があった。
二日前に祐司は買い物のついでに、鎧の類に良い品はないかと武具職人のファーネデスを訪ねた。
ファーネデスは祐司に造ったヘルメットと同型のヘルメットを造っていた。守備隊の士官や下士官から幾つも注文が入り、街の人間も興味を持って見に来るのがいると上機嫌だった。
肝心の鎧は、レザーアーマー(皮鎧)に、ファーネデスが鍛えた小さな金属板を表面に縫い付けてあるという品物があった。祐司は考える間もなくファーネデスの言い値の銀貨十五枚で購入した。
更に、祐司はファーネデスが試しに造ったという剣をいくつか見せてもらった。流石に巫術で強化されていないために明らかに品質は劣る物だった。
祐司がうなって剣を見ていると、ファーネデスは完成間近の細身の剣を出してきた。祐司はファーネデスに無理を承知で、祐司のハンマーを使って二三日で仕上げてくれるように頼んだ。
さらに、祐司はスヴェアから貰った日本の絵馬に使われていた古釘の破片をファーネデスに渡して剣に埋め込んでくれるように頼んだ。
祐司の武具ほどではないが、巫術で強化された武器には効果を発揮するはずだった。いぶかるファーネデスには釘を埋め込むのは故郷の習慣でお守りだといって誤魔化した。
「これは」
パーヴォットの目が剣に釘付けになった。
「パーヴォットの剣だ。抜いてみろ」
鞘から剣を抜いたパーヴォットはそれに見惚れた。そして、それを巧みに操って見せた。
「かなり小ぶりだが、ちゃんとした片手剣だ。どうしようもない時の護身用だからめったなことで抜くな。特にオレと一緒の時はオレが抜けというまで抜くな。さあ、鞘にもどせ」
祐司は内心パーヴォットの剣さばきに舌を巻いた。キンガのことだから、いざ教えるとなると手抜きはしていないようだった。
「このような高価な物をありがとうございます。ご主人様、本当にパーヴォットはご主人様の為なら何でもいたします。そして、何でも我慢しますからお言いつけください」
「おい、何でも我慢するとはどういうことだ。パーヴォットに我慢なんかして欲しくない」
祐司は、当然ながら言葉通りの意味しか言ってはいない。ところが、祐司の言葉にパーヴォットは跪いて情けない声で言う。
「申し訳ございません。お許しください。後見人であらせられますユウジ様の言いつけを我慢するなど、傲慢不遜で御座います。どのような言いつけも喜んでいたします」
祐司を見つめるパーヴォットの眼差しに祐司はくらくらしそうだった。
これはゲームではない、目の前の女の子は生身の女の子だ。めったなことはしてはならないと、祐司は自分に言い聞かせた。




